オブシディウス侵攻2
鱗の衝撃で屈辱ながらも膝をつくことで、オブシディウスの頭蓋に踏みとどまった呪炎の大獣人。
戦樹の木片で形成された空虚な眼窩に、呪いの炎を燃やす大獣人の視界に驚きの光景が飛び込んでくる。
「「「ヴァニ?」」」
そこには鱗を失い巨大だが、貧相な骨の身体を剥き出しにした黒曜の怪魚の姿があった。
ただし剥き出されたのは当然ながら普通の魚の骨格ではない。
頭蓋は鱗を失う前とあまり変わらない。
四つの眼窩の周辺。内蔵がのたうつようなプラズマ砲の機関部が見えているが、鱗と同じく黒曜一色のため、頭蓋は鱗を失う前とさほど変わらない。精々一回り小さくなったくらいだ。
しかし頭蓋から伸びる身体の骨は異常だった。
そこに身体はなかった。
鱗を失った身体には細く頼りない背骨しかない。
頭蓋の大きさに反して細く頼りなく伸びる背骨の先は、巨大な金属の尾鰭へとそのまま続き、紫電を放っているのが見えた。
頭蓋と尾鰭の間には背骨と似通った外見の連なった金属の構造物が、左右六対の尾鰭と同じく紫電を放つ鰭に繋がっている。
海と接していない奪われたカウンハンゲ将領出身者達が、呪いの元になっている大獣人の知識にはなかったが、オブシディウスの鮟鱇のような幅広、肉厚の身体。巨大な口を持つ姿から想像出来ない貧相な構造だ。
大獣人はこれをレガクロスだと認識し、魚だとはつゆほど思っていなかったが、レガクロスだとしてもこれはおかしい。
九百メートルの身体を支えられそうな構造がまるで見当たらない。
こんな貧相な背骨だけで鱗を失う前のあの巨体を支えられる訳がない。
困惑する大獣人の足下で金属音が鳴る。
鼻面に留まり片膝をつく大獣人の目の前。怪魚の額から伸びる角……イリシウムジャベリンがズルリと這い出してくる。
幾重にも金属部品を連ねた長い下半身が不快な金属の擦過音を高速で掻き鳴らし。這い出した下半身に合わせてイリシウムが上昇。自然と大獣人の視線も上昇する。
畳まれていた腕部が変形し鋭い爪先と前腕下から生えるプラズマ推進機が顕になった。
その腕はジャベリンの物よりも力強く凶悪な造形。翼竜を思わせる満月を背にしたイリシウムの腕が音を立てて広げられる。
そして大獣人が気付いた。
この世界独特の迫るような巨大な満月で照らされている筈の夜が暗くなっていることに。時折、紫電を纏い空気を弾けさせる無数の黒曜の鱗が夜空を埋め尽くすように宙を漂い、イリシウムと大獣人に降り注ぐ豊かな月光を遮っている事に。
『あの女と同じように拳を奮って無様に地面を転げ回るのが好きなのだろう?』
天に伸ばされたイリシウムの右腕にオブシディウスの飛び散った鱗の一部が集まる。それは瞬く間に形成された。
集まった鱗は大獣人を鷲掴みにできそうな巨大な五指と鉤爪を備える腕に変貌する。
『同じ土俵で!戦ってやるぞ!!』
大きく身体を捻るイリシウム。宙をのたうつように曲げられた巨大な腕が、握り拳を作り大獣人を狙って繰り出される。
不格好で見え見えの素人パンチ。武術の達人の塊である大獣人から見れば失笑する攻撃だが。
「「「ギュォォォォォォォォォ!?」」」
紫電を纏い急激で暴力的な加速。そしてなにより拳が巨大過ぎた。
怪魚の頭蓋の鼻面という不安定な足場に居た大獣人には避けることが出来ない。為す術もなく大質量の拳が大獣人を打ち据える。
身体を形成する呪炎が衝撃で周囲に炎を撒き散らす。
戦樹の木片がさらに砕ける。
大獣人の巨体が凄まじい勢いで吹き飛び身体の元になった要塞跡地に大獣人を叩きつける。
ゴウッ!火柱が要塞跡地に産まれ、戦樹の密林が真っ赤に照らされる。
ガサガサと慌てて周囲の戦樹達等のモンスター逃げ出していく。
オブシディウスに砕かれ焼かれ破壊された要塞と、兵士で編まれた呪いである呪炎の大獣人は、オブシディウスからの打撃も無効化し火勢を増して強力になるが。
『はっはっはっはっはっは!!よーく燃えるなぁぁぁぁぁこのゴミは!?』
グナロークはその様子を嘲笑すぢ、左腕を振り上げた。
右腕に続いて、イリシウムの左腕も宙を舞う鱗の一部が集まり右腕と同じ巨大な鱗の巨腕が形成される。のたうつ拳は鎌首をもたげた蛇のように大獣人を見下ろしている。
腕を形成する鱗の一つ一つが紫電を纏い。
腕全体を加速させる。
新たに産まれた左の拳が振り下ろされる。
大獣人が悲鳴をあげる前に右の拳が振り下ろされる。
殴る。
殴る殴る。
殴る殴る殴る。
殴る殴る殴る殴る。
殴る殴る殴る殴る殴る。
殴る殴る殴る殴る殴る殴る。
殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る。
殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る。
殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る。
イリシウムは満月を背に踊るように動き回り、大獣人を殴り続ける。
一度拳が振り下ろされる度に大地が揺れる。
加速し続ける拳が大獣人の巨体を滅多打ちにする。
拳を受けた大獣人が更に激しく燃え。
大地が融解し、逃げ遅れた戦樹が燃えて灰になる。
戦樹には〈火避け油〉という樹皮から油を分泌し、身代わりに燃やすことで炎を無効化するスキルがあるが、火勢が強すぎてまるで役に立たない。
その熱は鱗を炙り黒曜を赤く染めて破損させるが、グナロークは拳を振るう速度は緩ませない。更に加速させる。融解した鱗の残骸を巨大な両腕から血のように滴らせ、飛散させる。
熱で融解しているのに鱗の拳の質量が減る様子が無い。減るよりも早く、無事な鱗から新たに生成されているのだ。
「「「ギィィィィィガジェンジジュォォォォォォォォォォ!!?」」」
咆哮する大獣人が爆炎を発する。
与えられたダメージを火勢に変えた爆炎が、オブシディウスの鱗で形成された両腕を粉々に吹き飛ばして、本体であるイリシウムやオブシディウスの貧相な骨格を飲み込んだ。
『私に指図するな!愚鈍な獣が!!』
呪の炎が砕かれ、砕いた拳が大獣人を打ち据える。宙を舞う鱗で瞬時に形成された新しい腕には、揺らめく燐光が表面を漂う。それに触れた炎が悲鳴を上げて紙でも千切るように破かれた。
掴める実態がない筈の炎の一部がMPに戻され呪いの一部が無理矢理壊されている。
爆炎に反応して瞬時に〈マジックイレイザー〉を機体に纏ったオブシディウスに爆炎によるダメージは一切見受けられない。
「強力だなぁ野獣の呪いは、イレイザーは呪いには効果が薄いと知っているが、オブシディウスの出力でも接触しただけではこの程度か」
〈マジックイレイザー〉燐光を纏う再び形成された巨大な鱗の腕が、今までのダメージで身体を膨れ上がらせていく大獣人を握りしめる。呪いの炎が鱗の腕を焼こうと燃え盛る無数の兵士達の姿を形成して襲うが、高出力の〈マジックイレイザー〉の燐光に阻まれ、ダメージを与えられない。
「「「ぎじゃまぁぁぁぎじゃまままぎjしゃっhdhjskすあhっyた!?」」」
効かなくなった呪炎が、怨嗟の矛先にダメージを与えられないフラストレーションで更に呪いを膨れ上がらせる。戦樹の木片が蠢いて成長する。びくともしない握りしめられた拳の上下から溢れ、呪炎を纏った戦樹が大獣人の身体を醜く肥大化させる。
均整のとれた戦士の造形をなしていた大獣人が醜く歪んでいく。
呪いが大きくなりすぎたのだ。出鱈目に手や足、頭部が形成されて鱗の拳の隙間から漏れでる。
辛うじて意味のある言葉を紡いでいた声も意味の無い吠え声に変わり果ている。呪いの中心となっていた要塞の責任者の自我が膨れる呪いで押し潰され、呪いが最初に定められた方向性を見失いつつあった。
その証拠に虎顔だけではなく、様々な種類の獣人の顔が咆哮をあげながら炎と木片から産まれていく。
「「「ヴォォォォォォォォォォォォォ!!!」」」
『稚拙な言葉も失ったか!獣は喋らないのがよく似合うぞぉ?』
そういい捨てると〈マジックイレイザー〉を発動したまま鱗の腕が鎌首を持ち上げるようにしなやかに動き、呪炎で燃える大獣人を満月に掲げた。
〈マジックイレイザー〉で呪いの一部を消され、その苦しみを糧にして大獣人が……ただの呪いで燃え広がる木片塊と化して醜く膨れ上がる。
『だが、喧しい!』
「「「ォォォ……!」」」
鱗の腕がその形を崩し、大獣人だったモノを鱗で包み込んだ。
間もなく完全に鱗の中に包み隠されると、呪いの怨嗟は完全に遮られ聞こえなくなる。
鱗の中では呪いが渦巻き、木片と炎を無尽蔵に膨らませているが、全方位を〈マジックイレイザー〉を覆われ、呪いを削がれ続けているため鱗の封印は破られない。
イリシウムの右腕の延長に形成されている鱗の腕に呪いを捕獲したグナロークは、イリシウムの首を傾げる。
閉じ込めた呪いを効率良く押さえるため、圧力を分散する形状、鱗の腕の先端の鱗が組み換わり巨大な球になっていく。
ジャベリンよりも鋭く硬い鏃の頭部の顎に左腕を添える。数秒、彼はただの周囲を破壊するだけの呪いに変わった呪炎の処分に迷う。
このままイレイザーで、呪いが膨らむ速度を越えて呪いを削ぎ消すことは簡単だが、それでは呪いになったモノたちに罰を与えることが出来ない。
下等が獣の癖に偉大なるアイゼルフ王に歯向かった罪に対しての罰が。
オブシディウスの性能は把握している。しかし、黒いテックマウンテンに封印されていたオブシディウスを本格的に動かしたのはこれが初めてだ。
遊びすぎて呪いの核である自我が崩壊してしまった。これでは己が犯した罪の大きさを理解させ、後悔させることが出来ない。
「この罪は償わせないといけない」
砦から続く道……街道なんていう便利なものはビースウォートの国内事情では難しい。それでも呪術や武力で苦心して作られた道が砦から延びている。
国境監視の為のこの砦の近くには大きな街はない。ある程度の規模がなければ、豊かだがアイゼルフとは違う方向で厳しい環境を持つビースウォートでは、小規模な村などの運営は不可能。
長い道の先には破壊された砦と同じ、元カウンハンゲ将領の民達が多く住まう大都市があった。
グナロークはオブシディウスの高性能知覚装置でそれを確認すると、イリシウムジャベリンの中で端整だが、常に嫉妬と猜疑で歪ませてきた顔を更に醜く歪めて笑った。
オブシディウスと戦うためだろう、避難ではなく、都市の住人の多くが武具を装備して戦の準備をしている……罪を償わせるには丁度良いとグナロークには思えた。
『我ながら良い考えだ』
頼りなく見えるが頑丈な黒曜の金属部品が連なる、怪魚頭蓋から伸びる下半身に支えられたイリシウムが空中で機体を捻る。
宙をのたうちながらしなやかに機体の後ろに回された鱗で形成された腕の先端。鱗で球状に封じ込められた、燃え広がろうと暴れ続ける呪いで蠢く炎と木片が封印されている。
そこに数十機のジャベリンが突撃形態で鱗の球に突き刺さっていく。
幾つもの槍状に変形したジャベリンが突き刺さるそれは地球のスポーツ、バトミントンで使うシャトルに良く似ていた。
急造の推進機と化したジャベリンの石突きから猛烈な勢いでプラズマが吹き出し始める。
直径百メートルはある内に莫大な呪いを蠢かせる鱗の球が、ジャベリンのプラズマ推進で加速する。
鱗の腕がジャベリンの加速に抗わず逆に利用して空気を引き裂き唸りを上げる。
鱗の腕事態も紫電を纏って更に加速する。
戦の準備を進める大都市に向けて、イリシウムの巨大な鱗の腕が呪いの塊を収めた巨大なシャトルが解き放たれた。
今も〈マジックイレイザー〉で身体を端から削られ、その苦しみを糧に膨れ上がる呪いを内包した巨大な鱗の球が、後部に突き刺さるジャベリンのプラズマの噴出による加速で動き出した。
その大きさと質量のため、始めは目に見えるほど速度は感じられない。
バトミントンのシャトルのように、球に突き刺さる数十のジャベリンは、呪炎と鱗の塊のシャトルを、長大な紫電の尾で凄まじい速度と勢いを与え、夜空を駆け抜けさせる。
街までは遠い。
だがその速度は、数分で街に金属の鱗の質量と、無秩序な怨嗟で蠢く呪いの炎を届ける。
直撃すれば街どころか、この辺一体の戦樹の密林の大半がその質量で吹き飛び、溢れ出した呪いの炎で焼き尽くされる。
今、街に居る住人にはそれを止める手段は存在しない。
次回更新は、明日の昼十二時の予定です。
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