オブシディウス侵攻1
◆ビースウォート将国。ヤリスティブ戦樹密林国境監視砦。
ビースウォート将国は、先のアイゼルフとの戦争で、カウンハンゲ将領を奪われ、国境線をヤリスティブ将領まで大幅に後退する事になった。
建国王ビースウォートの血を受け継ぐ、八家によって八つの将領に別れ、それぞれが他家と土地を奪い合うことで成り立っていたビースウォート。
カウンハンゲ将領も八家の一つ、建国王の血を引くカウンハンゲ家が治めていた土地だ。
近年、家名を持たぬが建国王の血を引く一人の戦士が将国の統一を宣言。
全ての将領を治める将軍の上にたつ者として大将軍とその戦士は名乗った。
その戦士は圧倒的才覚と武力を背景に八家を下し、ビースウォートは凡そ五百年振りの統一を果たし、ビースウォートにかつて無い安定が訪れていた。
しかしアイゼルフに前評判を覆される大敗が原因で国内は再び分裂。ビースウォートは再び荒れ、戦乱の世になろうとしている。
アイゼルフの現王ギガルスと、我こそ真のアイゼルフ王と信じて疑わない愚者グナローク第三王子。
本来は相容れない筈の両者。
今回、両者が協力しているわけではないが、奇跡的に方向性が一致した彼らによるビースウォートへの攻撃が開始されようとしていた。
独断でビースウォートへの侵攻を開始したグナローク第三王子。
それを敢えて見逃し、先の戦争でヒビが入ったビースウォートの現体制を、完全に破壊しようと狙うギガルス王。
統一されているより昔のように国を別ち、争っている方がアイゼルフ王国は助かるのだ。
両者の愛国心と悪意が、夜空を泳ぐ巨大な機械の黒曜の怪魚という形でビースウォートに今宵襲い掛かる。
◆
草木も寝静まるような深夜。
ゲシュタルトのレガクロスとキメラの混成部隊が国境を越え、パンツァーブルーダーも狂斤タイタニスのバトルが一応の決着を見せた頃。
夜空を切り裂く鋭い風切り音。
続いて激しい金属音。
空を飛ぶ黒い怪魚の鱗に弾かれる槍や砲丸が火花を生み出す。
住人でありながら、その多くが超級ジョブをカンスト。
またはそれに近いレベルまで鍛え上げるビースウォートの人間。
獣人が多く、国土精霊の加護によって物理戦闘系ジョブを取得しやすいこの国では、ただの投擲が亜音速で飛ぶ対空兵器となるが、オブシディウス装甲に弾かれ意味をなしていない。
『ふははははは!効かんぞぉ!なんだその攻撃は!?』
夜空にグナローク第三王子の愉悦が混じる笑い声が響く。
『下等な獣に私が攻撃の手本を見せてやろう!』
バシンッ!紫電で空気が弾け飛び。オブシディウス表面から、濡れた色合い黒曜の鱗が幾つも飛んでいく。
オブシディウス本体からすれば鱗の一枚一枚は小さい。
しかし鱗はレガクロスに匹敵する大きさと質量を備えていた。
ビースウォート国内中に棲息し、密林を生み出すモンスター戦樹達が、普段の勇猛果敢な気性が鳴りを潜める。オブシディウスの巨体と紫電の輝きに恐れざわめいている。
紫電を纏う肉厚の金属塊の鱗は、目標である戦樹で組まれた巨大で堅牢な樹木の城壁に殺到。
後退した国境線に対応するために急増された砦だが、下手な金属よりも頑丈な筈の戦樹と呪術で組まれた壁。アイゼルフに属する存在による攻撃に対して特に堅牢さを発揮する。
それが黒曜の鱗に容易く砕かれ、崩れさっていく。
城壁の上、近くに居た兵士達をもまとめて挽肉し、砦本体へと辿り着いた鱗。
それでも勢いは死なず、砦の奥まで深々と突き刺さる。
金属の重量や鋭い鱗の縁で引き裂きながら施設を突き進み破壊。
運悪く破壊に巻き込まれた人員を殺傷する。
『燃え尽きよ!蛮族の砦よ!!』
その巨体を見せ付ける為にわざと低空を飛ぶオブシディウス。
飛来する砦からの反撃を意に介さないその言葉と共に、砦の内部の奥深くまで突き刺さる、幾つものオブシディウスの鱗の表面に、無数の星のような赤い瞬きが浮かび上がる。
美しい夜空を思わせる黒曜の鱗に生まれた星空。
次の瞬間には破壊の流星。
赤熱光線となって解き放たれた流星が、砦に撒き散らされる。
内部を真っ赤に暴力的に照らし出す。
砦は突き刺さった鱗に内部から熱線砲で焼かれ、入り口や鱗に穿たれた砦の穴と言う穴から激しい炎を吹き出す。
頑丈で燃えにくい城壁と同じく、戦樹と呪いで建造された砦なのが仇になった。
外壁や構造を破壊されながらも、鱗から熱線砲の衝撃に耐えきってしまった砦。照射された熱が砦内部を余すことなくなめ尽くす。
内部にいる人員がどうなったかは想像に容易い。
それを想像したのか、夥しい数のジャベリンを周囲に侍らしているオブシディウスからは、グナロークが哄笑する。
彼は更に侍らした三百機余りのジャベリンに、容赦のない追撃を命じた。
◆
耐熱限界を越えた砦が松明のように燃える。更に空中のジャベリン達が一斉に熱線砲やプラズマ砲による追撃始めた。
ビースウォートの兵士達も反撃しているが、砦を粉砕され指揮系統が目茶苦茶。戦力差も圧倒的だ。
『たのしそー。私も砦破壊してみたーい』
そんな無惨な様子を見ている巨大な熊が、人の女性の声でそんな感想を漏らした。
国境監視砦から少し離れた位置に、二十頭の熊が集合していた。
ただの熊ではないことは、頭が異様に大きなデフォルメされたヌイグルミのような体型と、十メートルを越える熊の巨体で一目でわかる。
熊の正体はゲシュタルト製レガクロス。隠密と追跡、奇襲に特化したベア・フランキスカだ。
大きな頭や太い手足には、機体の隠蔽や、追跡に関係した様々な魔法装置が格納されている。
ベアを操縦するゲシュタルトのギルドメンバーである彼女たちの目的。それはオブシディウスの推定進攻ルートで張り込みギルドに報告すること。そして砦の責任者にアイゼルフから預かった密書を届けることだ。
その任務も密書を届け、近隣の街に伝えるためだろう通信が行われたのを確認。オブシディウスが国境を越え、ビースウォートの砦に攻撃を仕掛けたことで終わろうとしていた。
(さーてみんなー元気ですかー?)
物騒な事を呟いたあと、ギルドチャットに会話を切り替えた女性は、レガクロス操縦ランキング五位の【ハグルマ】。
彼女の愛機はベア・フランキスカをベースにカスタムされた機体【FCベア・ギアズリー】だ。
他のベアよりも一回り大きい機体は威圧感があり。隠密能力はそのままに武装が大型化。攻撃的にカスタムされている。
ギアズリーに乗る彼女は、FCベアとベアだけで構成された追跡部隊の隊長に任命されている。
(うぇーい)
(うぇーい)
(うぇーい)
(うぇーい)
(うぇーい)
(うぇーい)
(うぇーい)
(うぇーい)
「ちゃんとダイブギアの連続ログイン時間を回復させてるー?」
(うぇーい)
(うぇーい)
(うぇーい)
(うぇーい)
(うぇーい)
(うぇーい)
(うぇーい)
(うぇーい)
「話聞いてる?」
(うぇーい)
(うぇーい)
(うぇーい)
(うぇーい)
(うぇーい)
(うぇーい)
(うぇーい)
(うぇーい)
「ま、いいや。
各員、機密保持システムという名の自爆装置とMP増殖炉の転移システムだけはしっかりチェックしてねー。」
(うぇーい)
(うぇーい)
(うぇーい)
(うぇーい)
(うぇーい)
(うぇーい)
(うぇーい)
(うぇーい)
適当である。
ギルドとの報連相はしっかりしているので何も問題無い。
返事の度に金属の大熊達が、満月に掲げられた手投げ斧が爪のように並んだ、腕と大盾と投擲装置が一体化した武装〈ガイドクロー〉をユラユラと揺らしている。
大きく丸い頭部。金属眼球を光らせながらのその動き。怪しいの一言だが、隠密能力や重量軽減の魔法装置を全力稼働させている。オブシディウスや国境監視砦のビースウォートの住人は疎か、枝の上に乗られている戦樹達も、ベア達の存在に気付いていない。
別件で動いていたこの場に居ない二体のベアに乗るギルメンが居るが、無事に先触れとしての任務は終了したと連絡があった。
「大将軍宛の書を届けたのは第二王女とティータ姫ちゃんかー、フレアロードとクロックロードが並んで来るなんて、眩しかっただろうね大将軍は。」
光輝くフレアロードと、その光を満遍なく受け、いつも以上に輝いただろう黄金の機体色のクロックロードを想像してハグルマは無意識に目を細めてしまう。
暇潰しの益体もない想像は砦に起きた異変を見たことで終了された。
『おぉー来たね!大規模呪術魔法!!』
ギアズリーの金属眼球に映る、赤く燃える砦と崩壊した城壁の残骸。
その残骸が蠢き、木材が軋み弾ける音を幾重にも重ねて燃え盛る巨大な獣人が、咆哮を上げて出現した。
◆
「「「「ジンジャクジャメ!ワベラノロウドヴォフミニジッタムグイ!ジヲモッテアガナバゼルルルルル!!」」」」
砦を内側から粉砕し、現れた炎を纏う巨人がオブシディウスに向かって叫ぶ。
戦樹の木材が巨大な骨格を形成。
砦を舐める、燃え盛る炎が肉となった巨大な獣人……呪炎の大獣人が何百人の人間が同時に喋っているような奇妙な音声で吼える。
それは死と引き換えに発動する呪術系の魔法スキルだった。
木材と炎で構成されたその巨体は大きく、ゲルドアルドのサンダーフォーリナーも越える。
あの巨体を動かすには砦に居た人員全てが命を捨てる必要があると、一通り戦闘に関するスキルを頭に入れているプレイヤーなら一目でわかる。
戦争によってプレイヤーが密集するホームタウンが、まるごと無くなったばかりの砦周辺はプレイヤー人口が低い。
犠牲になったのは殆どが住人だろう。
巨大な獣人の顔は虎に似ていた。
ギアズリーの特殊機能で砦に侵入して密書を届けたハグルマは、砦の責任者が虎の獣人だったことを思い出していた。
フォーリナーよりも大きいと言ってもオブシディウスとのサイズ差は歴然。
九百メートルに達するオブシディウスと比べるとまるで子供。
攻撃が届く距離と言っても黒曜の怪魚は空も飛んでいる。
『頭が高いぞ!下等生物!!』
グナロークにはそれでも不満らしい。
オブシディウスの中でグナロークが叫ぶ。
正当なるアイゼルフ王の前でなんという不敬な!と憤る。
巨大な身体を折り曲げた怪魚が、真っ黒で巨大な四つの眼窩の奥を光らせ、呪炎の大獣人を見下ろす。
『燃え尽きろ!薄汚い松明め!』言葉と共に光輝いた黒曜の鱗から赤い熱線が迸る。幾千幾万の赤い軌跡を描いて大獣人に降り注いだ。
赤い無数の熱線は、呪炎の大獣人の身体を穿つ。
しかし大獣人の身体に触れた熱線は、纏う呪いの炎に吸い込まれて消滅した。
炎の勢いが増し、大獣人のシルエットが炎で数倍に拡大していく。
「「「ギガン!ギガンジュオ!バレガナニカラヴヴゴエヲアゲタトモッデイドゥ!!」」」
燃える要塞。
焼死した兵士の亡骸。
それが上げる怨嗟と憤怒を巻き上げ。
呪いで紡ぎ歪ませた産声を上げた呪炎の大獣人。
炎熱攻撃等、効果が無いどころかまさに火に油だ。
「「「ブルガァァァァァァァァ!!!」」」
獣とも人とも思える奇妙な、幾重にも重なる咆哮を上げる。上位者気取りで見下ろすオブシディウスに向かって、呪炎の大獣人が跳んだ。跳ぶと同時に大獣人の足元で呪炎が爆発し、地面が弾ける。
呪いを爆炎に、そして推進力に変えた大獣人が、見下ろす機械の怪魚の顔に凄まじい勢いで肉薄する。
ゴガン!と炎に包まれた大獣人の拳がオブシディウスの突き出した鼻面に激突。重なる怪魚の黒曜の鱗を何枚も砕いた。驚くべき事に僅かだが顔が拳を受けた衝撃で上下する。
「「「ゴンジュヴァオバエノバンヴァ!!」」」
オブシディウスの巨大な四つ目怪魚の鼻面にめり込む、大獣人の怨念で燃える拳が更に激しく燃える。その瞬間、機械の怪魚の顔面……鱗の隙間が真っ赤に光った。
顔面から弾け跳ぶ無数の鱗。
轟音が響き、鱗の下から激しく炎が噴き出して踊る。
まるで生き物のように炎が駆け巡る。
ただの炎ではない。焼き殺された者達の復讐の呪炎だ。
踊る呪炎は動物の特徴を持った人型に変化して怪魚の顔面を蹂躙する。
「「「ギョノヴァヴァブロゴヲズベデブギドヴァジテグヴェル!!」」」
砕いたオブシディウスの鱗の下。
鱗と同じ色の金属の頭蓋骨を掴む。
更に鱗を砕きながら踏みしめる。
頭蓋の上を歩く大獣人に、突撃形態に変形し紫電プラズマを吐き出す、ジャベリン達の突撃が襲いかかる。
それは燃える木片で作られた巨体に似合わない、驚くべき反応速度で繰り出される両腕によって迎撃される。振るわれた拳が次々とジャベリンを粉砕していった。
大獣人が怪魚の身体を昇っていく。
吹き出す復讐と闘争の機会を得た兵士の呪炎達が怨嗟と歓喜で咆哮した。
呪炎で形作られた手足で生前の技を振るい鱗を穿ち炎で焼く。
呪う対象であるオブシディウスへの攻撃は、生前手も足も出なかった怪魚の鱗を砕き焼く威力を呪いに持たせていた。
『寛大な王は清濁を併せ飲むという、故に私はその呪いを甘んじて受け入れよう。そしてその願いは今叶うぞ』
グナロークの言葉と共に、オブシディウスの全身の鱗が弾け飛んだ。
呪炎の蹂躙を受けていない部分までもが、爆発するように。
「「「ヌゥガ!?」」」
呪炎で形作られた兵士達が吹き散らされ、鱗が弾け飛んだ余波は大獣人の巨体をよろめかせる。
オブシディウスの巨大な頭蓋。グナロークが乗り込むイリシウムジャベリンが格納されている額の上で意図せず大獣人は膝をついた。
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