暴炎と鬼神・3
金属の礫が雨になって降り注ぎ、暴炎の職人が灼熱を纏って宙に浮かぶ。
足元に展開する、空中に魔法で描かれた三重円環が、熱を下方に押し出し超重量のアーティザンを宙に浮かべる推進力に成っている。
緩慢な動きでアーティザンの頭部が動く。
グナロークの私兵達の殆んどは操縦系の専門ジョブを取得していないとは言え、二十機以上のレガクロスに囲まれているとは思えない傲慢な態度。
その動きは周囲を囲うグナロークの私兵たちには、圧倒的な力を持った強者の余裕のように眼に移った。
実際にはただのエネルギー不足だった。
本来はアーティザンが戦闘を行う場合は灼熱転換炉と高出力MP増殖炉の二種類の動力を併用して動かすのだ。
灼熱転換炉の熱から機体の保護。
溶解した床に沈まぬように熱を操作して浮遊。
素早く接近が出来ないので〈鍛造破壊砲〉による遠距離攻撃と、アーティザンの消費MPはギリギリだ。
内情を知らないものには悠然と浮遊しているように見えるが、完全に首が回らない状態である。
外から見ている限りでは圧倒的強者に見えるアーティザン。
そんな恐るべきレガクロスを前にして、必死に周囲を見回して何かを探す一機のジャベリン。
様子が何かおかしいが今のアーティザンは無人。
多少は思考能力を保有するが、基本的には、オゾフロが目に見える範囲で彼女が命令を下す事を前提としている。
アーティザンはただの隙だと判断してジャベリン向かって何の疑念も抱くことなく、そもそも抱くスペックもなく。ただ〈鍛造破壊砲〉を放った。
自分が狙われ、攻撃されたことに気付いたジャベリンが苦し紛れに〈マジックイレイザー〉発動して機体覆う。
そこに〈鍛造破壊砲〉の呪いの光が衝突した。
ギィィィィィー!と耳につんざく不快な高音。機体から弾け飛ぶグリッド模様がMPの光に変化して空中に溶けていく。
ジャベリンの機体に呪いのグリッド模様が刻まれるが、グリッドの三割が〈マジックイレイザー〉によって弾け飛ぶ。七割残ったグリッド模様が容赦なく機体をインゴットに変えていった。
機体はバラバラにならなかったが、左前腕と蛇の下半身の先端のプラズマ推進気がインゴット化され、機体から剥離したため飛行能力を失いジャベリンは落下した。
必死に真っ赤に煮えたぎる地獄の如く口をあけるクレーターから離れようと、残ったプラズマ推進機を全力で噴かすジャベリン。クレーターへの落下は防げたが、破損した状態で無理をした推進機は着地直前に爆発。
機体は煙を巻き上げ、激しく回転しながら転がっていく。
操縦者は生きているかもしれないがジャベリン事態は、もう動けないだろう。
呪いに対して〈マジックイレイザー〉の効果は薄い。
MPを組み立てて魔法現象を成型する通常の魔法と違い、呪いはMPをねじ曲げて魔法現象を成型するためだ。
それは恐ろしく強固という利点があるが、融通が利かない危うさも併せ持っている。
呪いによる攻撃を防ぐには削るのではなく、解きほぐす必要があるのだ。三割とは言え呪いを削いだジャベリンの〈マジックイレイザー〉は強力だった。
『クソッ!なんなんだコイツは!』
悲鳴混じりの叫び。
四機の幹部専用レガクロスは、根本的に作りが違いすぎるサンダーフォーリナーやパンツァーブルーダーはともかく。
タイラントアーティザンとグレートキングデーモンの性能は、バルディッシュⅣの延長で考えられており、特にアーティザンは全長が二倍になっただけのレガクロスだと考えられていた。
ここまで凶悪な武装は完全に想定外だ。
実際にはサブ動力のただの欠点で、本来の用途は武装でも何でも無いのだが、グナロークの私兵達にはなんの意味も無い事実である。
唯一アーティザンのみが先のビースウォートとの戦争に参加しておらず。
届け出が出されている各機体の詳細なスペックは機密扱い。
特に信頼の無いグナロークの関係者には一切公開されていなかったのも大きい。
再度、黒いバルディッシュⅣ達の武装によって攻撃が行われるが、何度やっても結果は変わらない。
固形の弾丸は衝突する前に気体に昇華して消え去り、爆発すら起きない。
大破し戦闘力を失ったジャベリンを無視して、攻撃に反応したアーティザンの頭部が黒いバルディッシュⅣの一体を睨む。
額の〈鍛造破壊砲〉が再び光輝いた。
『ひぃ!?』
アーティザンの視線の先、狙われた機体の操縦席の中で短い悲鳴を上げ、バルディッシュⅣのエレクトロシールドを発動する。
呪いは電気エネルギーのシールドにも問題なく作用した。光のグリッド模様が刻まれ、間もなくインゴット状に固まった電気エネルギーが、黒いバルディッシュⅣから剥離。機体を球形に覆っていたシールドのエネルギーがインゴット状に固められて落下していく。
それは地面に落ちることなく途中でインゴットの形が崩壊。
電気を撒き散らして爆発した。
〈鍛造破壊砲〉は主に固形物が対象である。一時的に電気をインゴット状に変えても流石にすぐに元に戻る。
『ぐぅぅぅ!?』
使用用途が電気を纏うモンスターの対処のため、バルディッシュⅣの電気攻撃への対策は万全。しかし機体の周囲でインゴット状に圧縮され、解放されることで生じた電気エネルギーの爆発の衝撃は別の問題だ。
不安定な空中であったことも災いして、操縦者は激しく揺さぶられる。
『撤退だ、撤退するぞ!』
副隊長として指名されていた男が、空中でバランスを崩して無防備になった機体を守るため、アーティザンに攻撃を加えながら叫ぶ。
隊長はもう一人の副隊長と共に格納庫に突入していたため死んでいた。
攻撃はやはり直撃することなく随分と手前で破壊される。
『き、貴様!グナローク様から与えられた任務を放棄するのか!』
一応は部下である、私兵の一人が反論する。
洗脳されているグナロークの私兵達は、第三王子の命令を第一に考えていた。この場で冷静な判断をしている副隊長もそうだ。
『黙れ!この場にいても死ぬだけなのがわからないのか!!』
洗脳には個人差があり、忠義の方法も人それぞれ。
内心で「死ぬのならば主の手で!」叫んでいる副隊長は、任務失敗で死ぬより顛末を報告して処断して欲しいと思っていた。
なので彼はここで死にたくないのだ。
『これ以上の任務の続行は不可能だ……それに見ろ』
副隊長が乗る黒いバルディッシュⅣの視線の先には、ドロドロに熔けた第四格納庫跡地の赤熱に燃え光る金属の沼に沈む、サンダーフォーリナーの姿があった。
ギラギラとした趣味の悪い金色の機体は、目のように見える七つの球体を顔の正面に埋め込む頭部しか見えていない。
そして見ている間にも趣味の悪い金色は沈んでいっている。
グナローク第三王子の影響を多大に受けている者達にとって、ゲルドアルドの専用機の無様な姿は、任務の失敗による憤りの溜飲を下げる光景だった。
同じ場所にあった筈のグレートキングデーモンに至っては、既に赤熱の沼に沈んだのか、消し飛んだのか、影も形も見当たらない。
パンツァーブルーダーは別任務に当たっていた部隊が遭遇し、交戦状態に入ったと連絡を受けている。
『私に続け!この化け物は無人で動けるが、動きは緩慢で思考ルーチンは単純だ!順番に攻撃して注意を拡散させながら後退しろ!』
副隊長が再度叫ぶ。自らが率先してアーティザンに攻撃を加え、自分が正しいことを証明する。
攻撃は届いていないが、攻撃されたのは理解できる判断能力はあるアーティザンは、ゆっくりと副隊長が乗る黒いバルディッシュⅣを見据えると額を輝かせる。
副体調が乗る黒いバルディッシュⅣは、急加速して大きく攻撃を回避。副隊長の言う通りアーティザンの行動と動きは単純で緩慢だった。
それを見て納得した副隊長に指名された操縦者が、真後ろからアーティザンに攻撃。相手の注意を引く。
真後ろからアーティザンを狙った攻撃はやはり届かないが注意を向けることには成功した。
攻撃を察知したアーティザンが排熱の方向を調整して、超重量の機体をゆっくりと回転させる。
その動きの遅さに私兵達はこの作戦が有効だと理解した。
『四機の内の二機は破壊した。任務は成功はしていないが失敗もしていない!引き上げるしかない!
私が殿を務める!最後に私が攻撃したら全機別々の方向に逃げろ!』
『合流はポイント三号だ!』と命令を下す副隊長。
順番に攻撃を加えていき、アーティザンの動きをコントロール。
黒いバルディッシュ達はジリジリ後退していく。
そして再び自身に順番が回って来た副隊長が、十分な距離を取れていることを確認。
彼は最後の攻撃を加えるため両腕の〈アームオキシジェングレネード〉をアーティザンに向けた。
『今だ!全機てげぎゃ』
奇妙な台詞を残し、副隊長が乗る黒いバルディッシュⅣが突然沈黙した。
「ふ、副隊長……?」
不審に思った私兵の一人が問いかけるが。
ギギャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!?
帰ってきたのは悲鳴だった。
突如、その場に居た全員の頭の中に悲鳴が大音量で鳴り響く。
あまりに悲痛で苦しみに満ちたその叫びに、全員が操縦席の中で思わず両手で耳を塞ぐ。直接頭の中に響く声は物理的に耳を塞いでも、割れるような痛みと共に頭の中で響き続けた。
頭に響く声は恐ろしいことに副隊長の男の声だった。
副隊長の乗る黒いバルディッシュⅣが、それが合図だったように痙攣しだす。
痙攣は見る間に激しくなり、手足や頭部、背部のジャベリンの翼や蛇の下半身を滅茶苦茶に振り回し始め、空中で激しく滅茶苦茶に動く手足ばたつかせる。
誤作動した武装が周囲に襲い掛かった。
副隊長の突然の異変。
そして副隊長が乗る機体の動きがおかしい。
全身を振り乱しているのに、空中に釘付けにされているかのように一点から全く動かない。
背部のブラズマ推進機も動いているのにだ。
生きたまま針を突き刺されて標本にされたかのように、空中で暴れ狂う黒いバルディッシュⅣ。
その様子を、それまでの攻撃的だった挙動が嘘のように大人しくなったアーティザンの金属眼球が無機質に見つめている。
そして副隊長乗っている黒いバルディッシュⅣに変化が現れた。
激しく痙攣していた機体は全身から金属の軋みと、周囲の人間の頭に響く恐ろしい叫びを更に巨大にして響かせる。
余り恐ろしく、物理的に防げない大音声は一部の私兵達を気絶させた。十の機体が脱力して落下していく。
副隊長失った機体は全ての部位をピンッ!と伸ばした後、完全に脱力して動かなくなった。
響いていた悲鳴も嘘のように消えている。
それまでの狂乱が嘘のような沈黙……それは長続きしなかった。
副隊長が乗る黒いバルディッシュⅣの周囲が歪んでいく。
同時に聞こえ始める高出力MP増殖炉の騒音。
通常炉よりも甲高い音。その音に連続する地の底から響くような断続的な重低音が重なる。否応にも通常炉とは一味違う凄味と増殖値の差を思わせる。
浮き出るように歪んでいく空間は、徐々に脂でヌメ光る特徴的な質感とシルエットを形成し、その正体を露にしていく。
浮き出たのは、特徴的な巨大な円を描く胴体。中央に向けて緩やかに窪んだその形状は、まるで大皿のようだ。
大きさはレガクロスが横になって寝られる程。大皿の中央には無数の球体を円錐型に並べた、鮮やかな赤色の葡萄のような円錐の突起が、大皿の中央から真っ直ぐ正面に向かって伸びている。
皿の上部には、コブラの鎌首から象のような長い鼻と真っ赤な牙を生やしている奇妙な頭部。頭部から胴体の大皿の背後まで広く生えた、五指とねじくれた爪を備えた翼が大きく広げられ、皿の左右と下部から背部から伸びるアームに支えられた四肢が生えている。
猿のように長い腕はだらりと垂れ下がり、ゆらゆら揺れていた。
四足獣の後ろ足に似た脚部は、副隊長が乗る黒いバルディッシュⅣを、爪先から生える真っ赤な鉤爪で左肩と背部に寄生したジャベリンの胴体を掴んで拘束している。
羽ばたくこともなく、大きい翼を広げた状態で空中に留まり続ける奇妙な姿。
先の戦争で、素材として確保されたビースウォート所属の戦士系の超級ジョブをカンスト、もしくは【Unlimited】ジョブを取得した獣人達の死体で編まれた呪物武装〈戦死達の翼〉に飛行能力は無い。
ダイ・オキシン専用機であるグレートキングデーモンは魔法を秘めた機械の巨兵ではなく、巨人型の魔法杖。翼は無くとも魔法で自在に飛行する。
コブラの顔の先端から伸びた象の鼻に見える触腕が、黒いバルディッシュⅣの背部に寄生するジャベリンの操縦席を深々貫いていた。そしてまるで嚥下するように不気味に蠢いている。
それを見たグナロークの私兵達は副隊長がグレートキングデーモンに食われたのだと、咄嗟に理解した。
理解せざる得なかった。
金属が引きちぎられる音と共に触腕がジャベリンから引き抜かれる。
鯉か干潟に棲むワラスボのような触腕の先端からは、甲高いミキサー刃の回転音が吐き出され、赤黒い液体が滴り落ちる。
ワラスボの顔の左右の真っ赤な鰓からは、副隊長の不要な部分がボジュンッ!と湿りを帯びる音をたてて、勢いよく排出された。
用済みと言うように、グレートキングデーモンからはMPモーターが唸りが聞こえ、脚の鉤爪に力が込められていく。
ジャベリンの機体が悲鳴のような金属音を鳴らしてバルディッシュⅣから無理矢理剥ぎ取られた。
片脚で器用にジャベリンの残骸を鉤爪で引き裂き捻り潰すと、器用にアーティザンのいる方向に投げ捨てた。
アーティザンの排出する熱に舐められ、見る間に真っ赤に染まったジャベリンはボコボコ泡たつように膨れ上がった。最後は破裂して跡形もなく消滅する。
グレートキングデーモンの顔と触腕先端のワラスボの顔にある、計五つの金属眼球がギョロリと周囲を見回す。品定めするような視線を向けられたグナロークの私兵たちの背中に悪寒が走った。
五指と水掻きを持つ背中の〈戦死達の翼〉が、何もない空間を掻き毟ように不気味に蠢く。表地に点在する鼻、耳、髭が、周囲を探るように一斉にさざ波のように翼をざわつかせる。
足手まといの無人のタイラントアーティザンの防御体制は整った。
今から溶解する灼熱の戦場は大王鬼神の狩り場となる。
次回更新は、明日の十二時の予定です。
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