好奇心は猫を殺さなかった
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◆見知らぬ森・ゲルドアルドの地下蜂の巣
キメラを調べた結果、ゲルドアルドは実に愉快な結果と少し不愉快な結果を得ることができた。どちらにしろ暇潰しとして良い感じだった。
低予算劇場未公開映画で面白いのを引き当てた、そんな気分だ。
愉快なのはこのキメラは食った生物をその場で取り込む<捕食融合>という強力なスキルをこの微妙な性能で保有していることだ。
食えば食うだけ、スキルを獲得や拡張が行われ、キメラが強化されるモンスターパニックでてきそうなスキルだ。
何故かそんな能力を持っているのに取り込んだ生物のスキルを使えるようになっていなかったのは、普人族以外の人族を積極的に襲うように設定されているのと同じくらい謎だが。
このスキルでキメラを強化するなら、他の人族と違いオンリーワンの進化する異能を持った普人族の方が良いんじゃないかとゲルドアルドは不思議に思う。次点で魔人族。
不愉快な部分は、初期ジョブが錬金術士で長年遊びとは言えキメラの作成をやっていたゲルドアルドでも再現できないスキルを、この品質に著しく問題があるキメラが持っていることだった。
自分ならこのキメラに使われているよりも素材でもこのキメラより遥かに強いキメラ作成できるとゲルドアルドは強く思った。<捕食融合>ような強力なスキルを持つキメラは、このキメラよりも高品質な素材を使ってもゲルドアルドには作成出来ないが。
<捕食融合>はジョブもスキルもステータスも錬金術系の生産に特化して取得強化したプレイヤーにしかキメラに付けることが出来ないキメラ作成の極致。
ゲーム中の行動や思考でオンリーワンのジョブやスキルが自動生成されてしまう魔人族を選んだゲルドアルドには辿り着けない場所にあるのがキメラを作成使役する錬金術士の憧れ<捕食融合>である。
これがゲームではない現実の世界に魔法があることによる違いかと、ゲルドアルドは不愉快な気分を一旦棚に上げて考える。
安全を確保した巣の中に引きこもっていたが、もっと外に感心を持つべきかもしれないとゲルドアルドに思わせるほど、この弱いキメラには価値があった。
<捕食融合>のスキルを付けられる高品質のキメラを作るにはとんでもない額の金が飛んでいく。しかし、このキメラはその額と比べると「実質無料じゃないか?」と思えるほど低価格だ。キメラ業界に革命が起きるとゲルドアルドは確信する。
外にはこのキメラのような思わぬ宝が他にもあるかもしれない。
そうなるとついでに同情して治療してやった猫獣人にも価値が出てくるとゲルドアルドは思う。
ギシギシと木が擦れるような音を立てて、ゲルドアルドの上半身だけが真後ろに振り向いた。頭部から生えた蜂蜜のベールが上半身の動きに合わせてゆったりと不安定に動く。
ゲルドアルドの蜂の巣の身体の間接は、魔力を宿した蜂蜜で繋がれている。こういう機械のような動きもプレイヤーであるゲルドアルドが慣れれば可能だ。
「ニャッ!?」
ゲルドアルドのその動きに驚いた猫獣人が悲鳴あげる。
善意で治療したが目が覚めて暴れられると困るので、スキルで生み出した下手な金属よりも頑丈な蜂蜜結晶で作成した檻の中に閉じ込めている。大丈夫怖くないよ。
猫獣人がキメラを解体している途中で目覚めていたのは、ゲルドアルドは気づいていた。猫獣人を見張る罠蜜劣蜂経由で何かブツブツと呟いていたのゲルドアルドは聞いていたのだ。
どうでもいいがこのよくニャーニャー鳴く猫獣人は猫語尾ではない。驚いた時等に思わず猫のような声を出してしまうらしい。
中々興味深い事をこの猫は言葉にしていた。
ゴーレム。キメラ。錬金術士。
日本語でも英語とも思えない未知の言語を喋るこの猫の獣人は、何故かこの三つの単語は日本語のように発音していた。
三つの単語が日本由来だと仮定すると何となく猫獣人が言っていたことが、自慢できる程の学を持たないゲルドアルドでも何となく理解できる。
そしてこの世界の背景に溶け込んでいる同類の存在も感じられたが、今はその辺はどうでもいい。
巣の拡張は順調だ。
ゲルドアルドの邪魔を出来るような者は近くに存在しない……たぶん。
手に入れたキメラの死体も有効に活用すれば、ゲーム中ならチートを疑われそうな戦力が手に入るだろう。
ゲルドアルドの欲望に火が付いた蜂蜜色の硬質な瞳が怪しく明滅する。
それを見た猫獣人が大袈裟に怯える。
後ろ向いている下半身を器用に歩きながら前に向け、檻の中の自分に迫るゲルドアルドから、少しでも遠ざかろうと檻の端まで猫獣人は移動する。
「傷つくなぁ、ボクに猫を虐める趣味は無いよ?」
「ゴーレム※※※※※!?」
「ゴーレムが喋った!?」とか言ったのかな?と妄想しながらゲルドアルドは出来るだけ優しい表情を作ろうして、蜂の巣の身体では表情が作れないことに気づいて諦めた。蜂蜜色の瞳の光は心なしか抑えめにする。
猫の獣人はゲームの中でも沢山見てきたゲルドアルドだったが、言葉が通じないというだけで、文明的な装備や二即歩行してても動物にしか見えないと感じている。
「チクッとするけど」
その言葉と同時に、親指程度の大きさの罠蜜劣蜂が尻の毒針で最弱に調節した麻痺毒を素早く猫獣人の首筋に打ち込んだ。
「ニィ!ニャァ……」
猫獣人が気の抜ける可愛い猫声を発しながら力を失い崩れ落ちる。ゲルドアルドは麻痺して動けない猫獣人優しく裏返して俯せにした。
「その先は何も感じないから。死ぬって訳じゃないよ?ちょっとボクの都合の良い機能を追加するだけだからね。
力が手に入る、アナタは運が良いよ。大丈夫気にしないで、目が覚めたら生まれ変わったような気分になるかもしれないけど悪いことは殆ど無いからね……」
ゲルドアルドは作業を補助する大蜜劣蜂を、身体と不釣り合いに大きいハニカム構造が剥き出しの腕から大量に生み出し、優しく猫獣人に語りかける。
音だけでもわかる大量の蜂の出現を背に感じた感じた猫獣人は唐突に「コイツの身体は蜂の巣で出来てるんだ……」と悟った。
猫獣人は見たこと無いほど高度な技術で作られているように見える、未知の言語を操る奇妙な蜂の巣のゴーレムに自由を奪われ、恐怖で震え上がっていた。
もし、ゲルドアルドの言葉が通じていたら、一般的に語られる悪い錬金術士そのものな台詞のゲルドアルドに一体何をされるのかと様々な想像が頭を駆け巡り猫獣人は発狂していたかもしれない。
猫獣人を罠蜜屠蜂を素材にしたキメラ化をゲルドアルドは数分で終わらせた。
夜明けを待って森に一番近い街……猫獣人のパーティーが拠点にしている街の近くに大蜜蔵蜂によって気絶させられた状態で運ばれた猫獣人は、他の冒険者によって発見されて街へと無事?に帰還した。
目覚めた猫獣人は森の異変を調査するという依頼を「……何も思い出せない」と報告し、僅かな休養の後に一人で冒険者として活動しはじめた。
一人だけ無事だったこと、何が起こったのか語らないことを不審がられ「仲間を見捨てて一人で逃げだしたのではないか?」と陰口が囁かれたが、森の調査に赴いた猫獣人の所属していたパーティーは、実力は確かで人柄にも優れており、猫獣人がパーティーに加入したばかりの駆け出し新人冒険者であったために若い猫獣人だけを命を捨てて助けたのだろうと直ぐに陰口は収まった。
一人で活動を始めた猫獣人はメキメキと頭角を現した。その実力は、パーティーが壊滅したというのに強い心で立ち直った、という美談と共に広く広まり。
街を代表する冒険者として一躍有名になった。
最速で銀級冒険者まで駆け上がっていった猫獣人は、不思議なことにモンスターでもない蜂や蜂の巣を異常なまでに恐れ、それは生涯治ることが無かったという。
明日も更新予定