引きこもりとトラブル
暫定異世界のこの地に彼がプレイしていたゲームのキャラクター、蜂の巣の魔人ゲルドアルドの姿で転移してから一週間が経過した。
ゲルドアルドはスキルによって建築した巨大な蜂の巣の奥深くで寛いでいる、完全に油断しきったあられもないも姿で日も高いうちから熟睡していた。
何故ゲルドアルドが狂暴な生物……突風狼、飛礫猿、輝眼梟、泥産蟹、切断熊、刺殺草等と言ったモンスターが跋扈しているこの森で、ゲームのように復活するわけでもないのに熟睡出来ているのか?
答は簡単だった。弱かったのだ。
ゲルドアルドが鼻歌混じりに殲滅出来ると確信できるほど、この森に棲息するモンスターは雑魚だった。
スキルで土を掘り、地下に蜂の巣型の拠点を作り上げたことで拠点防衛専門の蜜蜂型モンスター作成が可能になり、拠点を獲たことでステータスも上昇したゲルドアルドとまともに戦えるモンスターはこの森に存在しない。
衣食住……魔人族は身体覆うような衣服や鎧はペナルティーが発生して装備が難しいので、衣の部分は前垂れが付いた腰巻き位しか装備していないが、その三大要素が不足無く満たされているので彼は安心しきっていた。
そう自分を騙す事ができるくらいには安全が確保されている。
森の出口や人の住んでいる場所が判明したら、とっとと森を出ようと探索に特化した蜜蜂型モンスターを召喚して放ったが、ゲルドアルドは森の全容や棲息しているモンスターや普通の生物、近くの街の存在までも捜し当てたが拠点に引きこもり森から出ようとしなかった。
何故かというと、モンスター対策と思われる高い城壁に囲まれた街には魔人族が一人もいなかったのだ。
街にいたのはゲームの知識と照らし合わせると普人族、獣人族、鉱人族、緑人族でゲルドアルドと同じ魔人族らしき千差万別の異形の姿をした人族が見当たらない。
たまたまその街に居ないだけなら良いのだが、魔人族が存在しない世界だとゲルドアルドが出向くとモンスターと間違えられて攻撃されるかも知れない。
そして、魔人族が珍しいだけの存在で人として認識されていても別の問題があった。
街に潜入した蜜蜂型モンスターから伝わってきた、街で使用されている言語が未知の言語だった。完全にお手上げである。新たな言語を辞書も無しで習得しようという意欲をゲルドアルドは持ち合わせていない。
下手に安全が確保されているのも意欲を失わせる原因になっている。
食料もスキルがあれば簡単に手に入る、ゲルドアルドが日の高いうちから熟睡しているのは安全が確保されたというのが大きいが、何もすることが無いという現実からの逃避というのも大きかった。
ゲームの中で失敗を恐れず様々なことに挑み、活動できたのは失敗してもペナルティーが軽いゲームだからだ。失敗したらうっかり死んでしまうかもしれない異世界では周囲に自分を害せる存在が居なくても精力的に行動することはゲルドアルドには難しい。
何が何だかわからない。未知の要素が多過ぎる。
元の世界に帰りたいと思っているゲルドアルドだったが彼には些か難易度が高すぎるクエストだった。
自身のスキルとステータスを強化と拡張する為にゲルドアルドは蜂の巣を蜜蜂型モンスター作成して拡張していく。これは命令を出せば蜜蜂型モンスターが勝手に進めてくれるのでゲルドアルドはやっぱり何もすることが無い。
そんなこんなで怠惰に過ごしてきたゲルドアルドだったが、そんな日常にも変化の兆しがやって来る。
ドン!
「んぁ……?」
蜂の巣の頭上から響く重い音に眠りから呼び起こされたゲルドアルドが薄目を開ける……代わりに蜂蜜色の宝石のような目をゆっくり明滅させる。檸檬の形をした目は淡い光を点し、彼が完全に目覚めていない事を示している。
蜂の巣には拠点防衛用モンスターの大蜜守蜂や灼蜜衛蜂は合計で百匹配置されているので、この森で最強のモンスター切断熊が同数突撃してきても余裕で撃退できる。
普通の蜜蜂サイズの大蜜劣蜂と灼蜜劣蜂なら数えきれないほどだ。
配備しているモンスターはある程度自己判断できるが、対応出来ない事柄が発生した場合はその都度適切な命令が必要だ。
なので異常に気づけるように蜂の巣の防音は最小限。むしろ音を拾えるように自室から外まで管を通していたりする。
なので頭上でモンスターに暴れられると煩い。
モンスターの争いはこの森では日常茶飯事。でも、そろそろ指揮官タイプを召喚か作成した方が良いかな?と寝ぼけた思考で考えたゲルドアルド。しかし、眠りに負けるように目の光をだんだん弱くしていき……。
「ニャァァァァァァァァァァァァァァー!?」
突然、頭上から響いた悲痛な猫の声に密色の目を強く発光させながらゲルドアルドは飛び起きた。
「ごがっ!?」
聞き慣れた、しかし、この森では聞いたことが無い猫の声に過剰に反応してしまったゲルドアルドは、飛び上がった拍子に寝室にしていた部屋の天井を突き破ってしまった。
自身が作成した拠点内での身体能力強化スキルが効いている。
天井の裏側で作業をしていたサッカーボールサイズの大蜜働蜂の一匹と目が会ったゲルドアルドは気まずい。ちょっと冷静になった。
申し訳ない気持ちを感じながら目の前の大蜜働蜂に天井の修理を命令して自室に戻ったゲルドアルドはとりあえず、巣の頭上……ゲルドアルドが転移してきたと思われる場所の周辺に潜ませている罠蜜屠蜂の一匹と視界を同調する。
そこには二体のこの森では見慣れない生物が居た。
一体は森で見たことが無い巨大な四足獣……ゲーム知識で考えるなら錬金術士のジョブや錬金術のスキルで作成できるキメラだ。
何故か頭部に無数の獣の顔を貼付けている。増設してスキルを増やせる頭部じゃなくて顔だけを貼付けるとは悪趣味だ。切断熊よりは強そうだとゲルドアルドは思った。
もう一体は大きな猫……ではなく街で見かけた軽装の獣人と思われる生物だ。
獣人だと考えると小柄だ。四足獣の巨大な前足で身体の半分以上を押さえ付けられてニャーニャー悲鳴を上げてもがいている。かわいそうだ。
猫の獣人に同情したが、それ以上に錬金術士のジョブを自身が保有しているので異世界のキメラに興味を持ったゲルドアルドは罠蜜屠蜂の一匹に命じてキメラを捕獲することにした。
罠蜜屠蜂は毒と隠密能力に特化した黒い大蜜蜂である罠蜜蜂が、更に奇襲能力持った種類だ。
罠蜜屠蜂には自身の最大の一撃で相手を倒すことができるかどうかを判断するスキル<必殺の心得>がある。
これによって相手の強さがある程度わかり、尻の毒針は他の蜜蜂型モンスターよりも強力な麻痺毒を注入することが出来る。
罠蜜屠蜂が<必殺の心得>を使用すると即座に結果が出た。
発動から結果が出るまでタイムラグが一切無い、ステータスを隠蔽するスキルは持っていないらしい。四足獣キメラはこの森のモンスターと同じく、罠蜜屠蜂が一撃で倒せるモンスターだった。
強力でステータス隠蔽系のスキルを殆ど無効化して効果を発揮できるこのスキルだが欠点がある。
同系統のスキルと違って明確な数字が出ないのも欠点だが、このスキルは攻撃を当てられる事が前提で相手のHPや防御に関するステータスしか参照していないので鵜呑みにできない。
スキルやプレイヤースキルは結果に反映されない。
念のため、ゲルドアルドは罠蜜屠蜂を強化しておく事にした。
蜂の巣の魔人であるゲルドアルドは、蜂や蜂の巣に関わるスキルを多数保有している。その能力は支配している蜂の巣の規模に応じて強力になる。
<蜜蜂強化>
支配した蜂の巣に所属するの蜜蜂のステータスを強化する。常時効果を発揮するが任意で発動することでより強い効果が発揮される。巣の規模に応じて強力になる。
<毒針強化>
支配した蜂の巣に所属するの蜜蜂の〈毒針〉スキルを強化する。巣の規模に応じて強力になる。
<蜂の警告>
蜂の巣の近くにいる対象の周囲に蜂の羽音を飛ばして撹乱する。味方の蜜蜂に隠蔽効果付与。敵対生物に微弱の恐怖効果付与。巣の規模に応じて強力になる。
今の巣の規模ならかなりの威力が期待できる。
正直過剰だと思うゲルドアルドだったが、拠点に居る限り直ぐに回復するMPで気軽に強化できるので迷わず実行。
見る限りじゃ無いとは思うが、ゲルドアルドの巣を破壊できるような強力なキメラだったら問題があるので一撃必殺が望ましい。少しでも不安になると確信があっても、過剰に何度でも確認してしまうゲルドアルドの性分だ
<蜂の警告>騒音のような羽音に混じり、スキルで存在を希薄にする罠蜜屠蜂の、無音に近い静かな羽音でキメラに襲いかかる。
<蜂の警告>のオマケのような恐怖効果が効いたのか、落ち尽きなく周囲を見回しているキメラの無防備な背中に罠蜜屠蜂の毒針が突き刺さる。
もしかしたら刺さらないかもしれないなんて心の片隅で考えていた、不安がゲルドアルドから綺麗に消え去った。
効果は劇的で、ビクッと身体を強張らせた、痛みに反応して背中を振り向こうとしたキメラはそこからバランスを崩して横向きに倒れた。
立ち上がろうとしたのか、一瞬足が空を引っ掻くようにもがいたが直ぐに脱力して動かなくなる。
(目標。死亡。確認。)
直ぐに離脱せずに毒針をキメラの背中に突き刺したまま、麻痺毒を送りつづけていた罠蜜屠蜂から不可視の繋がりを経由して報告が来る。
罠蜜屠蜂には相手が本当に死んでいるか判断できる<偽死破り>というスキルも備わっている。
(ご苦労様、持ち場に戻って。)
ゲームと同じ感覚で使える不可視の繋がりを経由して労いと追加の命令を下す。命令を受諾した罠蜜屠蜂が襲撃時と同じく静かな羽音でキメラの背中から離脱して森の薄闇へと消える。
罠蜜屠蜂の命と引き換えに毒針の威力を倍化する<最後の一撃>使わなくても倒せてホッとするゲルドアルド。
まだ、大きな罠蜜屠蜂は数が少なく、大きな灼蜜蜂衛兵も守りが不安になるので巣の外には出したくなかった。この森は、モンスターじゃない小型の毒虫が多く住んでいるので、退治してくれる灼蜜蜂衛兵やガードが減ると寝れなくなってしまう。
身体は蜂の巣なので、無機物でできたゴーレムと同じ理由で毒は効かないが、知らないうちに体内の蜂蜜が毒に汚染されると拠点の蜂の巣の維持に支障があるので避けたい。
(大蜜蔵蜂、獣人とキメラを回収して。)
近くに待機させていた重量物輸送に特化した蜜蜂型モンスターの大蜜蔵蜂が命令を受諾して動き出す。
罠蜜屠蜂とは違い、削岩機を早送りにしたような轟音で飛んできた二匹の大蜜蔵蜂は、牛よりも大きいキメラを軽々と持ち上げ轟音を鳴らしながら上昇する。同じように軽々と持ち上げられた猫獣人と共に大型蜜蜂用に作成した蜂の巣の入口に向かって飛んでいく。
最小サイズでも牛サイズでしか召喚、作成出来ない大蜜蔵蜂十匹が広々と待機できる場所がそこにはあるのでキメラを調べるには調度良い。
ゲルドアルドはスキルを<限定転移>を使用して一足先に大型蜜蜂の待機場所へと移動した。巣の内部ならゲルドアルドは自由に転移で移動できる。
元の世界に戻るヒントにはなるとは思わないが、暇潰しくらいにはなってほしい、大蜜蔵蜂が運んで来るキメラの死体を眺めながらゲルドアルドは思った。
作中キャラ同士を本文外で喋らしたり捕捉させたりするの昔やったなー。
入れようかなと思ってたけど、内容考える前に投稿始めてしまったのでまたの機会。
明日もたぶん更新。