精霊王
ゲルドアルドが異世界転移した理由みたいなのをちょこっと。
いずれゲルドアルドには再び異世界に行って貰う予定です。
ブックマークありがとうございます。
上へ。
何処までも上へと。
超大型MP増殖炉の爆発でHPが全損し、光の粒子となったゲルドアルドが昇っていく。
ディセニアンのウツシミはHPが前損することで光の粒子となって消える。
飛び散った体液なども一緒だ。
ディセニアンがHP、MP、CPを消費することでウツシミに蓄えられるリソースと意識の投影座標を内包している光の粒子は、アニメートアドベンチャーのゲーム的な部分を司る大陸の天に浮かぶ世界精霊に取り込まれる。
世界精霊は粒子からリソースを回収し、ディセニアンに死んだ者にペナルティとして一時的なステータスの低下をウツシミに付与して再構築してディセニアンが事前に登録しているセーブポイントに転送する。
大陸から異世界にウツシミごと転移して、異世界で受肉し大陸へと帰ってきた蜂の巣の魔人ゲルドアルドも、不思議なことにアニメートアドベンチャーで死ぬと同じプロセスを踏んで復活しようとしていた。
しかし、ゲルドアルドが突然異世界に転移してしまったように想定外のことが発生する。
ゲルドアルドは何故か、現在大陸を管理する為に天を覆う世界精霊を突き抜けてしまった。
天を覆う世界精霊を突き抜け、一つの大陸しか存在しない水の星が光の粒子となったゲルドアルドの真下に広がっている。
死亡、復活、ログアウト、ログイン、様々な理由で幾多の光の粒子と化したディセニアン達の光。世界精霊の内部、再構築されたウツシミが転送される時に発生する星の瞬きのような光。
そんな幻想的な光景を背後に置き去りにして、ゲルドアルドは上昇し続ける。
上昇しつづけたゲルドアルドの粒子は不可思議な場所へとたどり着く。そこは精霊巫士にしか本来立ち入れない空間だった。世界精霊達の待機場所である空間をゲルドアルドの粒子は突き進んでいく。
粒子が向かう先には、ゲルドアルドが大量のリソースを大陸にウツシミに宿した意識に保持しながら、地球にログアウトしようとしたが為に破損した世界精霊があった。
ゲルドアルドが異世界から大陸に戻って来るまで、大陸のゲームを管理していた世界精霊にゲルドアルドの粒子が入り込む。
ゲルドアルドの粒子を取り込んだ世界精霊は破損し修復中なのにも関わらず、ウツシミの再構築を開始する。
当然ながらエラーが発生した。
ウツシミに受肉していたゲルドアルドからリソースが回収することが出来なかったためだ。
リソースが回収できないまま再構築が進み、光の粒子は手足を持った人型、幼児のような体型の腕が足先に届くほど大きい奇妙な体型のゲルドアルドを成型していく。リソースの回収に失敗した世界精霊は、それでも身体の再構築が終了したため役割に従い、ゲルドアルドを大陸へと転送しようした。しかし現在修復の為に格納されているこの世界精霊にはゲルドアルドを大陸に転送する事が出来ない。
またしてもエラーが発生した。
その世界精霊が破損していなければ事前にキャンセルされていた筈の自体だったが、破損しエラーが蓄積し続ける世界精霊に正常な判断は出来ず。精霊巫士にも連絡が行かない。
エラーが新たなエラーを生み出し、無尽蔵に高速でエラーが積み重なる。
致命的なバグが発生し、世界精霊が格納されている他の世界精霊を巻き込んだ崩壊起きるその瞬間。上位者の命令によってゲルドアルドを取り込んだ世界精霊は強制停止された。
粒子の状態から、再構築されて<ギラギラゴールド>のギラギラとした黄金の輝きを放ち、世界精霊の中を漂っていたゲルドアルドが、突然出現した真っ黒な巨大な手に掬い上げられる。
世界精霊のかつて無い異常を感知した、黒い手の持ち主によって掬い上げられたゲルドアルドは、真実を知る大陸の末裔達が何よりも大切にし、どんなに渇望しても一歩も踏み居ることが出来ない場所へと引き上げられる。
周囲が変化し、世界精霊が居る空間から一段上へと。
そこは知識が溢れた場所だった。
激流のように、それが渦巻くように、文字とも映像とも、判断出来ない膨大な知識の奔流。
常軌を逸した超人と奇人が溢れる大陸であっても今だ届かぬ、沈んだ大陸と共に地球から失われた神秘と奇跡。そんな深淵なる知識の奔流が、ゲルドアルドを手の平の上に収めた黒に染まった巨大な老人の周囲を流れつづけている。
悠然と知識に囲まれる、それが当然と思える賢者然とした黒い老人。奇妙な事に黒以外の色など存在しないのに、影との区別がつかない黒い老人の巨大な顔は、深く刻まれた幾つもの皺の一つまで詳細に確認出来る。
ゲルドアルドを見つめる驚愕に見開かれた眼も黒一色だが瞳孔とそれ以外とを容易に区別できた。
『……ありえない』
絞り出すような声が黒い老人から紡がれる。
何万年もの間、一切のエラーも無く、問題なく動いていた世界精霊の破損と立て続けに発生した異常。その対処に動いた黒い老人……沈んだ大陸の王の複製たる国土精霊、世界精霊の統べる者、精霊王はそのような粗末なエラーなど問題にならない程の異常をその手に納めてしまった。
『何故だ……何故ここに本物の魔人族が存在している』
その視線、言葉は全てゲルドアルドに向けられていた。
普人、獣人、鉱人、緑人とは違い現実には存在しない種族であるゲームオリジナルの種族の魔人。
自分を見て「本物の魔人族とはどういうことだろうか?」と巨大な手で掬い上げられた当たりから意識が目覚めていたが、目の前に自分が豆粒に思えるほどの大きさの、巨大な顔面が迫って来ていることに気付いて身じろぎ出来ずに固まっていたゲルドアルドは思った。
魔人族とはゲームオリジナルの種族。アニメートアドベンチャーで登場する人族で唯一現実には存在しない種族だ……と普通のプレイヤーとしての知識しか持たないゲルドアルド認識している。
その知識で考えるなら、本物の魔人族とはプレイヤーではない、NPCの住人の魔人族を指す筈である。
プレイヤーの現実の種族とゲームの種族が一致している者を指して「本物の○○族」と言ったりはするが、ゲルドアルドの現実の種族は額から触角を生やした虫系の獣人だ。
『そなたらは滅びた筈だ……!』
(大陸中央に行けば、国規模の巨大な集落がありますが……)
凄まじい存在感を放つ黒い老人に気後れして、大陸中央の魔人族の大集落ドランオスカを思い浮かべながら、心の中でつい敬語で相槌を打つゲルドアルド。
何やら神様みたいな威厳を振り撒き、色々と壮大な設定のような物を語っているが、なんのイベントだろうか?と頭の中は疑問で一杯だ。
そして、下手に反応するとプチッと潰されそうな体格差があるため、ゲルドアルドは怖くて動けない。
(今のどういう状況なの?前から思ってたけどこのゲーム不親切過ぎるでしょ!)と心の中で不満が荒れ狂うゲルドアルドだったが、それは一切表に出さず、ゴルドアサイラムにある趣味の悪い金の彫像のようにピクリとも動かない。
目の前では勝手に盛り上がる巨大な黒い老人が、感情豊かに喋り続けている。感情の高ぶりに合わせ黒い老人の手ワナワナと奮え、時に激しく上下する。黒い老人のサイズからすると、対した動きでは無いのだが手の平の乗せられている豆粒のようなゲルドアルドにとっては震度七くらいはある大地震だ。
ゴロゴロと右往左往し、落ちそうで気が気でない。頼むから握りしめるのだけは辞めてほしいとゲルドアルド願った。
(もしかして、異世界転移の次は異世界転生なのだろうか?神様っぽいし)
この見慣れない場所に来る前に、死んだような気がしてきたゲルドアルドはそんな突拍子も無い事を考えてしまう。
実際超大型MP増殖炉の事故で酷すぎる死を経験している。辛すぎたそれを無意識に忘れ、ありえると異世界転移を経験した彼の知識は納得しそうになったその時、黒い老人の一際情感の篭った叫びがゲルドアルドの存在しない耳を撃ち抜く。
(喧し!?)と話を全く聞いていなかったゲルドアルドは驚いた。しかしそんな事など気にしていられない危機が同時に発生する。
黒い老人の叫びと共に高ぶった感情で意図せず黒い老人の手が跳ね上がった。大きく傾いた手の平の上をゲルドアルドが端に向かって転げていく。
「ノォォォォォォォォォォォォォォォ!?」
黒い老人は凄まじくデカイ。手が存在する高さは相当な物だろう、落ちれば確実に死ぬ。これはヤバいと、黒い老人に起きている事に気付かれるリスクを気にしてる状況じゃないと、ゲルドアルドは叫びながら動いた。
檸檬型の硬質な結晶の瞳に光が灯る。手の平の上を転がり、皺の窪みで身体が跳ね上がった。空中で巨大な両腕を目茶苦茶に振り回しながらゲルドアルドは半ばパニック状態だ。
それでも生存への本能か、ゲームで培った経験に依る条件反射か、ゲルドアルドはスキルを発動させる。
「<ハニーピラァァァァァァァァァ>!?」
ゲルドアルドが手の平から落ちる寸前に発動した魔法スキルが、目の前まで迫る手の平の終わりに光の粒子を集める。集束し塊になった光の粒子は、込められたゲルドアルドの意志とスキルという形でステータスに表示されている魔法の知識に従い、蜂蜜の下から上へと噴き上がる蜂蜜の柱として実体化した。
<ハニーピラー>は<マジックピラー><ファイヤーピラー>といった、スキル名に応じた魔法の柱を噴出させる魔法スキルの蜂蜜版である。一応攻撃魔法だが、攻撃力は微妙である。
下から上へと昇る蜂蜜が、柱のように勢いよく噴きだし、間一髪手の平から落ちそうだったゲルドアルドを手の平の端とは逆方向、斜め上に吹き飛ばした。彼は無事に黒い老人の手の平真ん中辺りへと着地する。
ちなみに普通の蜂蜜ではなく、至高の蜂蜜である。
<ハニーボール>や<ハニーランス>等と言った魔法系スキルを他にも取得しているが、外で使用すると至高の蜂蜜の匂いに惹かれて大量にモンスターが集うので微妙に使い所に悩むスキル達だ。
「ぶへぇ!?」
『なんだ!?』
突然手を濡らした粘度の高い液体……蜂蜜の出現に黒い老人が驚きの声を上げた。
『これはなんだ……この匂いは蜂蜜か……?』
MPを込めすぎて必要以上に持続しつづけている<ハニーピラー>で生み出された蜂蜜の柱から漂う芳醇な香り。その香りに気付いた黒い老人がゲルドアルドが乗っている手とは逆の手で、ゲルドアルドにとっては直径数メートルの柱、黒い老人にとっては直径数センチ程度の柱から指で蜂蜜を掬い口に含む。
『こ、この蜂蜜は!……この味は!?』
ゲルドアルドは黒い老人が、蜂蜜に気を取られている間にニトロハニービーミサイルを召喚して手の平の上からの脱出を謀っていた。
黒い老人が自分の蜂蜜に対して奇妙な反応をしているのが、ほんの少し気になったが、感動しているのか驚愕なのかよくわからない感情を纏い、黒い老人がゴゴゴゴゴゴゴ!!という擬音が聴こえてきそうな様子で、この謎の空間をごと震えている。
恐ろしい。本当にゴゴゴゴゴゴゴ!!と聴こえて来る!
ゲルドアルドは設定にはあまり興味を持っていない普通にゲームをしていたプレイヤーだ。
痛覚等の五感を他のプレイヤーよりも、濃厚に堪能してしまうという状況じゃなければ、耳を傾けたかもしれないが、現状だと酷い目に会いそうな予感しかない。
「〈モンスター召喚〉!!」
ゲルドアルドは一刻も早く黒い老人から離れたかった。
焦りの余り、腹部からのロケット噴射で敵に突撃して自爆する、特攻モンスターである爆蜜死蜂を召喚してしまっている。このままでは発進から数秒後にゲルドアルドは爆発する。
今のゲルドアルドにとって幸運か不運かは判断しかねるが、爆発四散する未来はすぐに回避される。
生きて返らない、敵をその身で爆砕する、物騒過ぎる産まれた目的を持つ爆蜜死蜂の加速は凄まじい。腹部から爆炎を噴射し、一瞬で爆蜜死蜂は最高速度を叩き出す。
そして何故か爆蜜死蜂は光の粒子となって唐突に消えた。
「ま、<マジッククラッシュ>!?やばっ……」
魔法構成を粉砕する魔法スキル<マジッククラッシュ>。
対象となる相手の魔法スキルの強度や、相手や使用者の魔法版【筋力】の【魔力】ステータスに依るが、決まれば魔法で実体を維持している召喚モンスター等を一撃で粉砕できる。
しかし火や風と言った不定形な物ならともかく、実体がある召喚されたモンスターの魔法構成を粉砕するには、かなりのステータス差が必要だ。
【Unlimited】ジョブの取得者の高レベルプレイヤーであり、【魔力】のステータスが全種族で一番高い魔人族であるゲルドアルドが召喚した大蜜蜂の魔法強度を貫いて、魔法構成を一撃で粉砕するのは並大抵の威力ではない。
爆蜜死蜂の背に跨がっていたゲルドアルドは、初速だけを唐突に投げ渡され、足を開いて跨がっていたポーズのままの状態で吹っ飛ぶ。そして黒い老人の手の平に上を無様に着地した。
それでも投げ渡された勢いは落ちない。間接を蜂蜜で繋がれた身体の部品を脱落させながら、最終的に頭部だけになって手の平から落ちるギリギリ場所で止まった。
三半規管など、蜂の巣の魔人の身体は持ち合わせていないが、ゲルドアルドは目を回している。
『この味、この芳醇な香り覚えがあるぞ……あぁ、知っている味だ』
「お、おぇー」
目を回し、頭部だけの状態で吐き気に襲われているゲルドアルドは黒い老人の目がゲルドアルドにしっかりと焦点を合わせ、自分に向かってその手を伸ばしていることに気づけない。
ゲルドアルドは容易く黒い老人につまみ上げられてから、ようやく己の危機に気付いたが、手も足も出ない所か首から下が脱落していた。
魔法スキルなら使えるが、手持ちで最も魔法強度が高い<モンスター召喚>で召喚した大蜜蜂を一撃ではどうにもならない。
ゲルドアルドは恐怖に震え、むせび泣きながら耐えること選択するしかなかった。
涙腺は無いので実際には泣いてない。
下手に抵抗してゲルドアルド本体に<マジッククラッシュ>を打ち込まれると洒落にならない。魔人族は人族で唯一、<マジッククラッシュ>等の魔法妨害系のスキルや攻撃が弱点になっている種族なのだ。
生きたまま<マジッククラッシュ>で分解される。そんな死に方は考えたくないし耐えられない。実際耐えられなくて、超大型MP増殖炉の事故で潰されて焼かれた記憶を無意識に忘却している程だ。
『この味と芳醇な香りは間違いない!劣ってはいるがゼークハーブ!
ゼークハーブの蜂蜜だ!なぜそなたが蜂の巣の魔人ゼークハーブの蜂蜜を生み出せる!?』
「ぜぇ゛ぐばぁ゛ぶでだれ゛でずがぁ!」
魔人族はジョブもスキルも姿も、自動で生成されてオンリーワンの姿になるが、雀蜂の巣、蟻の巣等、マイナーチェンジしたような被りは結構ある。
しかし蜂の巣の魔人ゼークハーブという名前にはゲルドアルドには心当たりは無かった。そして彼はそれどころでは無かった。
完全に泣きが入っている。
鼻も涙腺も無いのに鼻声。摩訶不思議な魔人族の神秘である。
『見せろ!我に明かせ!その来歴を!!そなたは何処から来た!滅びた種族、偉大なる最後の魔人族の一人、ゼークハーブと似た力をどうやって手にした!!!』
カッ!見開かれた黒一色の目から不気味な圧力を共なった何かが噴出する。暴風に似た何かの奔流が黒い老人の指先で摘まれ、身動き取れないゲルドアルドに容赦泣く浴びせられる。
「※※※※※※※※※※※※※※※!?」
ゲルドアルドが声にならない叫びを上げた。
彼の脳裏に記憶が駆け巡る。
死にそうな目にあっても今まで浮かばなかった、今までの人生が次々と思い浮かんでは激流に流されるように過ぎていく。
まるで死を悟った時に見るという人生の走馬灯のようだが、状況的にそういう状態にしか思えないのにそれはおかしい所があった。
覚えの無い記憶が混じっているのだ。
現実でもアニメートアドベンチャーや暫定異世界でも見た覚えの無い、知らない記憶、情景が思い浮かんでは流れていく。アニメートアドベンチャーで体感した事に近いが明確に違いがあった。
ゲルドアルドの一番古い記憶の筈の、孤児院で生活していた幼い時の記憶を過ぎた先にソイツは居た。
湖面か何かの水面を覗き混む記憶。そこにはゲルドアルドの現実の顔でも蜂の巣の魔人ゲルドアルドとしての奇妙な顔ではない。
頭部が、木にぶら下がっている蜂の巣になっている奇妙な人物がそこに映っていた。
上下にずれた位置にゲルドアルドとは違う、普通の人のような目玉を左右に一対持ち、首からは下は黄色い体毛と大小様々な蜂の翅に覆われている。
『おぉ……おぉぉぉぉぉぉぉ!?なんということだ!!そうかそういうことなのか!?そうやってそなたは生き延び……そして帰ってきたのかゼークハーブ!!!』
黒い老人……精霊王が狂ったように笑いはじめる。
ゲルドアルドの記憶から何かを見る前よりも明らかに精霊王の活力が増しているように見える。
走馬灯のような現象に耐え切れず、ゲルドアルドが意識を飛ばしてなければ、ただでさえ圧倒される存在感が膨れ上がり一回り大きくなっていることを認識できた筈だ。
『素晴らしい!流石は神秘と奇跡を体言せし魔人族!!』
摘んでいたゲルドアルドの頭部を精霊王が手放す。知識の奔流が飛び交う空間に投げ出された彼はフワリと浮かぶ。
精霊王の手の平からいつのまにか放り出されていた胴と手足が、ゲルドアルドが気絶しているのにも関わらず、独りでに頭部へと飛んでいって繋がっていく。
精霊王が彼を不可視の力で組立て直しているのだ。
『滅びた後もこのような神秘と奇跡を見せてくれるとは……しかも異世界だと?なんと面白い!
察するに大陸が沈んだ時の余波で産まれた劣化世界だと思われるが……興味深いが、有能なディセニアンが落ちて流出するのは問題だなぁ』
『これは大変だ対策しなければいけないなぁ』言葉とは裏腹に実に楽しそうに精霊王は独りで語り、盛り上がる。
沈んだ大陸の知識を管理し、到達した物に適した知識を<スキル>という形で渡すしか、基本仕事が無い精霊王にとって久々の大仕事だ。
身体の部品を取り戻し、人型に戻ったゲルドアルドを手の平に乗せ直した精霊王は、意識の無い彼の状態に構うことなく、一方的に告げる。
『大きな仕事……ではなく重大な問題を発見してくれたそなたには褒美をやらねばな……そうだな、これからは落ちないようにしてしまうが、そなたが創った穴はそのままにして安定させてやろう』
精霊王は激流のように、渦のように、周囲を回りつづける知識の奔流に無造作に手を突き刺した。
抜き取られた手には精霊王の手に納まる小さな、意識不明のゲルドアルドから見れば高層ビルに匹敵する巨大な蜂の巣が握られていた。
それを自身の手の平の上で転がるゲルドアルドの上に持っていく。
『我が回収したゼークハーブの因子だ。蜂の巣の魔人の末裔たるそなたならば、これに馴染むだろう。
この因子があれば異世界への道はより安定し、そなたの蜂蜜はより美味しくなる』
精霊王の蜂の巣を握る手に力が込められる。すると蜂の巣は砕けて光の粒子となり滝のように真下に居るゲルドアルドに降り注ぐ。
『ゼークハーブの名と共に受け取れ!蜂の巣のゲルドアルドよ!』
キラキラと輝く光の粒子……ゼークハーブの因子がギラギラと厭らしく輝くゲルドアルドに吸収されていく。
因子が一つ、二つ、十、百と次々と入り込む度にゲルドアルドは激しく痙攣し、手足を目茶苦茶に振り回しはじめる。身体中にひびが入り、漏れ出た蜂蜜が飛び散る。どう見ても身体に悪そうで、馴染んでいるようには見えないが精霊王は気にせずゼークハーブの因子をゲルドアルドに注ぎつづけた。
「BGEEEEEEEEEEEEEEE!!」
ゲルドアルドの喉から出たとは思えない悪魔の断末魔を彷彿させる絶叫を響かせ、彼は爆発四散した。
ゼークハーブの因子を受け入れられず、ゲルドアルドが死んだようにしか見えないが、因子はゲルドアルドにしっかりと受け継がれている。
時間を掛けて彼の身体に馴染んでいくだろう。
その証拠に、四散したゲルドアルドは光の粒子となって大陸に向かって飛んでいく。破損した世界精霊ではなく、現在大陸を管理する世界精霊の内部に入ってゲルドアルドは正規の手順で、セーブポイントである蜂の巣で復活した。
◆
ゲシュタルトのギルドホーム。その敷地内にある蜂の巣。
超大型MP増殖炉の爆発で吹き飛んだ実験場として利用していた蜂の巣とは違う、ゲルドアルドの自室があり、レディパールが住まう花と緑に囲まれた蜂の巣。
セーブポイントであり、空間を越えて蜂の巣を繋ぎ、ゲルドアルドに力を与えるハニークリスタルポータルで復活した彼は……。
死んでいた。
直立姿勢でハニークリスタルポータルの前に転移したゲルドアルドはドシャリと糸の切れた操り人形よりも、なお酷い姿で崩れ落ちる。
彼の意識が全く反映されていない、蜂蜜で間接を繋がれた身体は、崩れ落ちた勢いで周囲にバラバラに蜂蜜を撒き散らしながら飛び散り、丸い頭はゴロゴロと部屋を転がって、蜂蜜の貯蓄プールの一つに落ちた。
プールに充たされた蜂蜜中に沈み行くゲルドアルドの頭部。彼の檸檬型の硬質な密色の結晶で出来た両眼には光が灯っておらず、なんの意識も感じられない。
ゲルドアルドの精神は完全に沈黙していた。
ゲルドアルドの様子がおかしい事に気付いたハニークリスタルポータルを管理する大蜜働蜂や大蜜働蜂が、彼の周囲に集まって来る。
彼女達は散らばったゲルドアルドのパーツを一カ所に集めた。蜂蜜のプールに潜り、頭部を回収。パーツを床に並べて元の形に戻してみるが、ゲルドアルドはなんの反応も示さない。
そこへふらりと、大蜜蜂とは別種のモンスターが現れる。
蜂蜜色の不定形に揺れる一辺が一メートルほどの六角形のハニカム型の物体……ゲルドアルドが大蜜蜂以外で作成、召喚出来る数少ないモンスターの蜂蜜を司る下級精霊【蜂蜜精霊】だ。
高い魔法防御と蜂蜜が関係するモノへの、強力な支援スキルを保有している蜂蜜のエレメンタル系モンスターである蜂蜜精霊が、ピクリとも動かないゲルドアルドにスキルを使用する。
淡く光る蜂蜜精霊と同じ蜂蜜色の光線が、柔らかくゲルドアルドの身体に降り注ぐ。すると間もなく、ボウッと仄かにゲルドアルドの目に光が灯った。
しかしその光は弱々しくすぐ消えそうに見える。
それを見た大蜜送蜂は、スキルで蜂の巣の中の別の場所から蜂蜜精霊達を転移させて呼び寄せた。
転移で呼び寄せられた蜂蜜精霊達は、最初からいた同種と同じスキル使用して、ゲルドアルドに光線を浴びせ始める。
それと並行して大蜜蜂達はゲルドアルドのパーツをそれぞれ持ち上げ移動しはじめた。
蜂蜜精霊達もスキルを維持しながら、ゲルドアルドのパーツを運ぶ大蜜蜂達に追走する。
向かう場所はゲルドアルドの自室。彼女たちの女王であるレディパールが現在いる場所だ。
◆
「あうあうあー」
精霊王との接触からゲーム時間で一日後。
ゲルドアルドは幼児退行し、名前も言葉も忘れた状態だった。
「怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い……」
精霊王との接触から二日後。
名前など記憶は取り戻したが、恐怖に怯え自室から一歩も出ることが出来なかった。
「あ゛ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ー」
精霊王との接触から三日後。
かいがいしくレディパールや黄色、赤色、真珠色の大蜜蜂達に手厚く看病されたゲルドアルドは、ジョブ【Unlimited】保有者、特有の重たい現実時間で一日、ゲーム時間で三日のデスペナルティ期間が終わると同時にゲルドアルドの精神は正常に戻った。
ゲルドアルドは幼児退行していた記憶を思いだし羞恥で自室を転げ回った。
完全回復したゲルドアルドは「見てはいけないもの見た気がする」とレディパールに語ったが、具体的に何を見たのか全く思い出すことは出来なかった。
接触から四日後、何故かステータスのPNが【ゲルドアルド】から【ゲルドアルド・ゼークハーブ】に変わっている事にゲルドアルド気がついたが、彼は何時変わったのか、何故変わったのか、原因も理由も思い当たることは何も無く、ただ彼は檸檬型の硬質な結晶の目を困惑で点滅させて首傾げるだけだった。
お読みいただき、ありがとうございました。
次回更新は、明日の昼の12時の予定です。
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