蜂の巣の魔人
暫定異世界
◆???
突然、見知らぬ土地に一人ぼっちにされてしまった。彼の状況を一言で表すならそうなる。
後頭部から発生している、ベールか長髪のように背中を覆う蜂蜜色の液体が彼の心を表すように不安に揺れて波打つ。
その見知らぬ土地というのが異常だった。
鬱蒼とした深い森。彼の家の近所にあるスカスカの林とは比べものにならない濃密な生命の息吹を感じる。不安と怯えから来る震えで忙しなく揺れる視界でも、見つけられる巨大な虫。
そして異様に高い位置にある木に刻まれた獣の深い爪痕……爪痕はなぜか一瞬視界から外すとなくなっていたので、これも何かの虫を見間違えただけかもしれない。
どう考えても日本の森じゃない場所だ。
絶対に家の近所のみすぼらしい林ではないし、そしておそらく地球でもない。それを証明するかのように、明らかに犬じゃない大きさの狼がうろつき、人より大きな猿が木の上から襲ってくる。
狼が吠えると突風が口から放たれ、猿は何も持っていない筈の手に拳程の石を生み出し弾丸のような速さで投げつけて来る。
どちらも立派な木の幹を穿つ威力だ。
そして穿たれた木は気がつくと元にもどっている。
意味がわからない。
突如その生物達に襲われ錯乱した彼は、人の手には見えない異様な両腕を出鱈目に振り回して狼と猿を叩きのめした。
場所は異常だったが彼も負けず劣らず異常だった。
彼の身体は薄い茶色とそれより少し濃い茶色の斑色だった。質感は無機質で表面に細かい凹凸が無数にある。全体のシルエットは幼児のようなバランスで、大きさは成人男性を越える。
腕だけが異様に大きく、小手のように肘から下が蜂の巣を思わせる剥きだしのハニカム構造に覆われ前腕から狼や猿叩き潰した時に着いた血が滴り落ちている。
幼子を思わせる丸く大きな頭部の顔面には、檸檬の形をした蜜色の硬質な目だけがあり、額から後頭部まで髪の毛のように広がる蜜色の液体のベールが不安定に揺れ動き、それが腰まで伸びている。
彼はどうみても地球上に存在しえない者だった。
それもそのはず、彼のこの姿は彼が数分前までプレイしていたVRオンラインゲームのキャラクターであり、魔人族というランダムで自動生成されるオンリーワンの異形、ジョブ、スキルを沢山使うことが売りの種族だった。
彼の身体は皮膚は硬い蜂の巣。血の変わりに体内を蜂蜜が流れ、蜜蜂型モンスターを飼い馴らす蜂の巣の魔人という存在であり、彼がやっているゲームの中にあるような魔法でもないと存在できない生物だ。
ではここはゲームの中なのか?
そう考えた彼は即座に否定する。彼がプレイしていたゲームは意識を仮想空間に飛ばし、まるでその世界にいるようにゲームがプレイ出来るというゲーマーが待ち望んだ夢のゲームの一つだったが、ここがゲームじゃないことを彼は即座に判断できた。
まず、見た目が違う。
どういう技術を使っていたのか不明だが、彼がプレイしていたアニメートアドベンチャーというゲームは、手書きのアニメにしか見えない特殊な描画システムを使用しており、まるでアニメの中にでも潜り込んだようにプレイ出来るゲームだった。
今、彼の目の前に広がる光景は完全に実写だ。
叩き潰した狼と猿達の水々しく重たい肉の感触、むせ返るような濃い血の臭いもここは現実の世界だと彼に訴える。ゲームは五感も再現されていたが「これは肉を潰した感触」「これは血の臭い」「これは血の味」という情報が脳に送られるだけで実際に血肉の感触や臭い、味がするわけじゃなかった。
肉片や内臓が飛び散ること自体は、誇張され手書きアニメで残酷描写され見慣れていたので、それほどショックは受けなかった。むしろ逆に作り物っぽいと思ったくらいだ。
血の臭いには吐きそうな気分にはなるが、この身体は食事を蜜蜂を通して行うので吐くことはない。そもそも口が無い。
もしかすると何物かに転移系の魔法で飛ばされて、それと同時に運営の方針が変更になって実写風の描写に変更になったという可能性はあるが、サービス終了ならともかく何の通知もなくそんな大胆な路線変更はしないだろう。
転移系はありそうな気がする彼だったが、アニメートアドベンチャーの世界は非常に広く、古参と行っていいプレイ時間の彼でも見知らぬ土地があってもおかしくない。最近宇宙もフィールドの一部だと判明したくらいだ確実に存在するだろう。
それはサービス変更と同じく現実にしか見えない森の風景で否定されてしまう。この現実感には夢だと思える余地も存在しなかった。
ここはゲームの世界ではない。
しかし、自分の姿はゲームのキャラクター。
プレイヤーネーム【ゲルドアルド】の姿だ。
ゲルドアルドは錯乱した。突然森に放り出されゲームのようなスキルを使う狼や猿に襲われ、怯えて適当に振り回して殺したときとは比べものに出来ない狂乱だ。
口汚い罵詈雑言や、目に付く木や地面に感情のままに殴りつけ蹴飛ばす。
周囲を更地にする勢いで暴れた後、ゲルドアルドは我に帰り怯えた表情で……蜂の巣で出来ているゲルドアルドの表情は動かないが周囲を見回す。
突風を吐き出す狼や、石を生み出して投げつける猿、プラナリアのように元に戻る木を素手で叩き潰したが、それは彼らが弱かったからだ。
ゲルドアルドは高レベルだが戦闘に特化したキャラクターではない。拠点を持っていない状態だと彼に攻撃用の強いスキルは少ない。
静かだが生命の気配を周囲から濃密に感じられる森の中で目立つ行為をしてしまった。突風狼達は弱かったが、強いスキルやステータスの高い生物が他に居るかもしれない。
早急に身を護るための拠点が必要だった。出来れば森を出て人が居る場所に行きたい。
しかし、ゲルドアルドには森を迷わずに抜けるスキルはリアルでもゲーム的にも保有してない。マップは使えないかと念じて見たがゲームのようにコマンドメニューが開く様子は無い。
メニューを開こうとした行為で自分の中にあるゲームで手に入れたスキルの力は使うことが出来ると確信したが、同時にゲームのように死んで復活するというシステムが無いという確信もゲルドアルドの中に生まれた。
恐怖が、ジワリジワリ這い寄って来るような感覚をゲルドアルドは覚えてしまった。
広範囲を探索できるスキルは持っていても魔法系の一定範囲を瞬時に把握できる便利なタイプではない無く、モンスターを作成、召喚して探索させる時間がかかるタイプしか持っていない。
森の広さがわからず、どれほど時間がかかるかわからないので、やはり拠点が必要だった。
幸いな事にゲルドアルドは拠点建築に適したスキルを保有していた。
明日もたぶん投稿