地球上に帰還
異世界で理不尽を振り撒いたゲルドアルドに、より理不尽な現象が襲い掛かる。
◆アイゼルフ王国・ゲシュタルトシティ・ゲルドアルドの蜂の巣
目の前に現れたのは蜂蜜結晶の中に点された魔法の光が照らすハニカム状に区分けされた巨大な蜂蜜のプール。覚えがある光景だ。
ゲルドアルドが記憶を手繰り寄せる前にこの部屋の主が自身を産み出した存在の元へと現れる。
音も無くゲルドアルドの背後に降り立った巨大な影は、しなやかなで長い身体と真珠色の柔らかい体毛で優しくゲルドアルドを包み込む。彼の頭部から流れる蜂蜜が綺麗な体毛に触れてしまうが彼も彼女も気にしない。
ハニービー種の体毛は蜂蜜で汚れることは無い。防水を施したアイテムが水を弾くように触れてサラサラと流れるだけだ。
大きく宝石のような複眼の顔を寄せ、触覚と交信フェロモンがゲルドアルドの顔を撫でる。
(不在。長期。不満。帰還。歓喜。)
(ただいま、レディパール。)
クイーンニトロハニービー……固体名レディパールと表面上は落ち着いて不可視の繋がりを通じてやり取りをする。内心は暫定異世界に転移した時と同じくらい混乱していたが、彼女の前で取り乱すのは恥ずかしいという思いがなけなしの見栄をゲルドアルドから引っ張り出す。
ここが本当にアニメートアドベンチャーの世界だとすれば、サーバーの中に存在するただの高度なAIの一つに過ぎない筈だが、見栄を張りたいくらい可愛い存在だ。
スルリとレディパールがゲルドアルドから離れる。美しい背中の翅を広げ、軽やかにステップして喜びを表現する。交信フェロモンを巨大な彼女が跳ね回れる程広い部屋中に撒いてまわるその姿は見惚れるほど美しい。
三色の蜂蜜のプールを優雅に跳ねて廻ったレディパールは、ゲルドアルドの真っ正面に立つと先程とは打って変わって不機嫌を表す交信フェロモンを出しながら顔を付き合わして来る。
(未知。娘。沢山。誰。何処。)
ガッチ!ガッチ!とレディパールの顎が目の前で打ち鳴らされた。
その顎がゲルドアルドに襲い掛かってきてもスキルの効果でフレンドリーファイヤが無効化されているので痛くも痒くも無いが、ゲルドアルドの背筋に寒気が走った。彼女は肉食ではないがその顎は魔法で強化された鋼鉄でも容易く噛み砕く。
ノーダメージでも噛まれるのは怖い。
(その説明はあとで……!)
結婚もしていないのに不倫がばれた夫のような気分を味わうゲルドアルド。出張から愛する家族と我が家の元に帰った浮ついた気分が吹っ飛んだ。
分類ではレディパールはゲルドアルドの創造物、もしくは娘の筈なのだが。
死なれてしまうとショックが大きいため暫定異世界では作成しなかったクイーンハニービーが居るということは、ここはアニメートアドベンチャーのゲーム世界。主要国家の一つ【アイゼルフ王国】にあるゲルドアルドが所属するプレイヤーギルド【ゲシュタルト】だ。
正確に言うなら蜂蜜等の生産物。ハニービーワーカーやハニービーアルケミストによる労働力。蜂の巣の規模で増えるゲルドアルドの膨大なMP。
それらを対価にギルドホームの敷地内に作成を許可してもらったゲルドアルドの蜂の巣である。
グリグリと大きな顔を押し付けて甘えて来るレディパールのフワフワの体毛の感触を久々に味わうゲルドアルド。相変わらず素晴らしい感触だが何か違和感があった。
(まさかとは思ったけど本当に転移できるとは……)
暫定異世界で作成した憶えが無い見知らぬ巣があると、配下のモンスターに言われて確認した。確かに転移可能な巣として蜂の巣が五つも登録されていた。しかし、それは暫定異世界で作成された配下には見知らぬ巣でも、ゲルドアルドにとっては見知らぬ巣ではなかった。
アニメートアドベンチャーのゲーム世界に作成した蜂の巣へと転移が可能だった。
意味不明で理解不能だったが、不用意に自分を殺せるかもしれないダークネスホーリーマスターと敵対関係になってしまった焦りと恐怖が後押しした。深く考えずにゲシュタルトのギルドホームへとなんの検証もせずに転移してしまった。
結果はなんの問題もなく転移できてしまったが、転移失敗等が起きたらどうなっていたのか今頃になってゲルドアルドは恐ろしくなってきた。
(まぁ、不用意だったけど成功したことを悔やんでもしょうがない。
こうして、無事に元の世界に帰れたのだし結果オーライの万々歳だ。
そう、これで死の恐怖に脅えずに済むと思ったゲルドアルドだったが、何かが引っ掛かった。何か根本的な勘違いしている気がしたが言葉に出来ない。とりあえずレディパールを引き連れてここの蜂の巣内にある自室のベッドに向かう。
ゲルドアルドの目的を察したレディパールが彼女が乗っても余裕がある巨大ベッドに先回りして横になる。
ゲルドアルドはベッドに腰掛け、躊躇うことなくフワフワの体毛のレディパールを背もたれにして体重を預ける。素晴らしい寝心地だ。しかし、ここでも何か違和感を感じる。
(ボクは一体どうしたのだろうか?
どうなることかと思ったが、こうして無事に元の世界に戻れたと言うのに……ここなら別に何か恐れる必要も無いし、死んだって普通に復活す……る……?)
ここでゲルドアルドは違和感の正体に思い至る。そして理解した。自分が元の世界なんかに戻ってないことに。
「ここゲームの中じゃん!?全然戻ってないよ!?地球上にサーバーは存在しているだろうけども!!」
突然立ち上がって叫びだしたゲルドアルドをレディパールが不思議そうな複眼で見つめる。そんなレディパールを突然ゲルドアルドは上半身をギュイっと音を鳴らして真後ろに回転させた。
レディパールの真珠色の美しい体毛を彼はめちゃくちゃに撫で回しはじめた。レディパールが驚いて身体を硬直させて触角が真上にピンと伸ばされる。
「しかも、何この手触り!!めっちゃモッフモフスッベスベじゃん!?」
「すっげっ!すっげっ!」と連呼しながらゲルドアルドはいつまでも触っていたくなるようなその感触に魅了されていた。
レディパールは彼の使役するモンスターであり、その毛並みを幾度も味わい、独占してきた。幾度も触ってきたその体毛の感触。なぜだかゲルドアルドには今日始めて触ったような新鮮さ。自分如きが本来触れられる筈が無いと確信できる超高級毛皮を思う存分凌辱するような背徳感を得られた。
それがゲルドアルドの背筋をゾクゾクと震わせている。
ゲルドアルドは幾度もレディパールの体毛に触れてきたが、それはゲームの話だ。現在はゲームの中ではあるが、特殊な方法でこの世界にログインしたゲルドアルドの五感は通常のゲームプレイ時には「フワフワすべすべの素晴らしい毛並みの体毛に触れている」という情報が脳に送られるのではなく、ゲルドアルドの素の触覚でレディパールの体毛の感触を味わっていた。
今日始めてゲルドアルドはレディパールに直接触れたのである。感じていたもう一つの違和感はそのせいだった。
「ぐげっ」
ゲルドアルドはレディパールの頭突きを喰らいベッドから吹き飛ばされ部屋をゴロゴロと転がった。頭突きをしたレディパールはご立腹だ。
ガッチガッチと顎を打ち鳴らして威嚇し、警告フェロモンをゲルドアルドにぶつけて来る。
(不満。雑。触。不許可。優。触。許可。)
(ご、ごめん)
警告フェロモンを大量に浴びせられて正気に戻ったゲルドアルド。蜂蜜色のレモン型の目を明滅させながら彼は謝罪した。確かに乱暴過ぎたと反省する。ゲルドアルドはインベントリからニトロハニービー種の毛を集めて作ったブラシを取りだし、レディパールの機嫌が直るまでブラッシングすることにした。
ブラッシングされて上機嫌で歌うようにリズミカルに交信フェロモンを分泌するレディパールの様子にほっとしたゲルドアルドは、ブラッシング途中から気になっていたことを試すことにした。
「コマンドメニューオープン」
ゲルドアルドがそう呟くと、向こうとは違い目の前にA四サイズの角を丸めた四角いパネル……コマンドメニューが現れた。まずはちゃんとゲームの基本システムが動いていることにほっとする。
レディパールがゲルドアルドが開いたコマンドメニューを嫌そうに見て、顎をカチカチ数回打ち鳴らす。
インベントリのアイテムを取り出しやスキルの使用等。その手の操作は慣れればコマンドメニューを開かずに念じるだけで可能だが、一つだけコマンドメニューを開かないと使えないコマンドがあった。ログアウトの項目である。
これだけはコマンドメニューを開き、厚みの無いメニュー上のボタンをタッチパネルのように指で押さないと機能しない。
ゲルドアルドはログアウトでしかコマンドメニューを開かないので、レディパールは彼がコマンドメニューを開くと巣を離れてどこかに行くのだと理解しているのだ。レディパールが顔をグリグリと押し付け交信フェロモンを分泌して甘えて来る。
今更だがレディパールは本当にAIなのだろうかとゲルドアルドは気になった。気になったが後回しにする。今はログアウトである。
(正直何か嫌な予感がするけれど、サーバーは地球上に存在する筈だ。ログアウトさえできれば僕は地球に帰れる筈だ、レディパールには悪いけど帰れるかどうか確認したい。)
ゲルドアルドの本当に魔人族になってしまった身体は嫌な予感を感じていたが、それでも精神は気軽に考えていた。暫定異世界の巣からアニメートアドベンチャーゲーム世界にある巣へと転移するように、実は簡単に帰れるのだと高をくくっていた。
ゲルドアルドがなんの気負いもなく、ログアウトボタンを押した……その瞬間。
世界が凍りついた。
ビキィッ!!驚くほど近くから、そしてとても遠くから響く割れる音が聞こえた。
蜂蜜色の結晶の瞳に映る景色から色が消える。
いや、色調反転したような奇っ怪な色に変わる。
違う、全ての色がにじみ境界が壊れていく。
視界に移る2Dアニメの景色が何もかも変わり果てた。
いや、何一つ変わっていない。
認識が狂い、正常が視界から消え失せる。
ゲルドアルドはこの目に一体何が映っているが理解出来なっていく。
しかし、ログアウトボタンだけはハッキリとゲルドアルドの目に映っている。
何もかも実体を見失った視界にログアウトボタンを指で押したことで「本当にログアウトしますか?」というメッセージと「YES/NO」の選択肢が表示されている。
ゲルドアルドが指を動かしYESを押そうとするが……指が動かない。いや、全く動かない訳じゃない。僅かに動いている。
それはナメクジのようなノロノロとした動きだ。
指先がYESへと近づいていくと周囲から何度もビキィッ!!と音がなる。
それはYESに近づくほど感覚が短くなり、大きく激しくなっていく。
YESの真上に指が来る頃には音は鼓膜があれば鼓膜が敗れているであろう大きさで一切途絶えることなく鳴りつづけていた。時折ガラスが弾ける音も聞こえる。
音の大きさと激しさに何かが耐えかねたのか、地の底から無数の人間が唸る重低音が噴出し。天からは絹を引き裂く悲鳴に似た音が幾万も重なって降り注ぐ。
ゲルドアルドの周囲に存在するありとあらゆる存在が、その唸りや悲鳴に共鳴するように激しく震え、全て揺らし始めている。
ゲルドアルドの胸中には嫌な予感なんていう生易しいものではなく、YESを押してしまえば、何か致命的な事が起きるという確信が生まれていたが、ここはゲームという認識が彼の指を後押しした。
固い粘土に指を押し付けたような手応えが、YESを選択しようとするゲルドアルドの指を阻む。
タップリ10分はかかっただろうか?強情な抵抗がついに押し切られ指先がコマンドメニューの上に表示されているYESに触れた。
GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!
声のような音ではなく、明確に感情を持った何かの悲痛な絶叫が響き渡る。
ゲルドアルドは咄嗟に指をメニューから離さず、YESに触れた指先をボタンの真上にずらした。タッチパネル等で間違えてボタンに触れてしまった時のキャンセル方法だ。急いで指をずらした指ですぐさまNOを押す。何も抵抗無くNOは押される。
すると今までの怪現象は何だったのかと思うほど異常は綺麗さっぱり消え去る。一瞬何が起こったか分からず、周囲を見回した後、ゲルドアルドは開きっぱなしのコマンドメニューのログアウトボタンに興味深げに光る右目を近づけて凝視した。
ボンッ!!
何の前触れもなくログアウトボタンが爆発した。
バリンという硬質な音がゲルドアルドの右目から鳴った。遅れて爆炎が彼の顔を焼く。鋭い痛みが右目に生まれた。
ゲームのシステムによって処理された「右目に何かが刺さって痛い」という情報ではなく、実際の痛覚に右目を鋭い何かが貫いた痛みが襲い、ゲルドアルドに悲鳴を上げさせる。予想外過ぎるダメージに悲鳴上げながらコマンドメニューから勢いよくのけ反りながら飛び上がり、背もたれにしていたレディパールの背中を勢い余って乗り越えたゲルドアルドは頭からベッドの反対側に落ちた。
「いぃぃぃぃぃぃっ!?……痛!?ささっ!何!?ささってる何が!?ログアウト!ログアウトボタンが刺さってる!?なんだ!ログアウトボタンか!……ログアウトボタン!!?」
ゲルドアルドはひっくり返りながら自分に起こったことを認識して処理しようとするが「ログアウトボタンが爆発で飛んできて目に刺さる」という意味不明な現実を改めて認識した彼の混乱は一切おさまらず加速するばかりだ。
爆発で吹き飛んで来たログアウトボタンをゲルドアルドは眼から引き抜いた。硬質なガラスのような目の破片が零れ落ち、血の代わりに蜂蜜が溢れ出る。
蜂蜜はゲルドアルドとレディパール濡らすが両者とも蜂蜜で汚れない存在だ。
そんなことよりもゲルドアルドは手に持った厚みが一切無いログアウトボタンに注意を向ける。目が割れそうに痛い。実際に割れているので当然だ。
ゲルドアルドの混乱を表すように左目が激しく明滅し、右目の割れ目から漏れた光は光線となり明滅しながらフラッシュの自室の天井を照らす。血の代わり溢れた蜂蜜が涙のように顔伝い床に滴り落ちていった。
突然異世界に転移するという不思議体験をしたゲルドアルドでも、まさかログアウトボタンが爆発して、目に刺さるとは想像も出来なかった。
指先で摘んでいたログアウトボタンはゲルドアルドの混乱が収まる前に光の粒子となって消えて行った。
監督ビル・コーラン
映画【アナコンダ・アイランド】
アナコンダとかタイトルに書きながら出てくるのはツノメクサリヘビ。
どうでもよいですがツノメクサリヘビで検索しても出てこないけどツノクサリヘビだと左右の眼の上にちょこんと角が生えた可愛い蛇が出てきます。毒蛇なので実際に見かけても近づいては行けません。
遺伝子操作された蛇が研究所から逃げだし、研究所のある島が大変なことになる映画です。モンスターパニック蛇にありがちな肉を食いちぎるタイプ。人を骨も残さず食べてくれます。
成長促進と癌の特効薬になる毒の生成量を強化されたのでめっちゃ殖えます。強化の副作用で狂暴です。そして数で攻め、そしてやがては人類を滅ぼせるボテンシャルを秘めている。
残念ながら巨大化展開は無しですが蛇の見た目が良い。そして話も楽しい。
やたらドロッとした島民の愛憎劇がありますが安心してください。ツノメクサリヘビが跡形もなく始末してくれます。事件の発端のユニバーサルバイオテック社も協力的です。めっちゃ遺伝子操作やってそうな会社ですね。
1番の見せ場は避難していた島民達が、やってきた研究所勢力と争いになり「こんなところに居られるか!俺達は逃げるぞ!!」というノリで一斉に避難所から飛びだして瞬く間の間に蛇に襲われて全滅するシーン。主人公達が止めるのも間に合わず本当にあっと言う間に島民が死に絶えます。
最高ですね。
ガラス張の温室で絶望的な籠城戦も良い感じです。
基本ありがちな展開ばかりですが逆に言うとやってほしいことはやってくれるのでモンスターパニック好きな人にオススメ。研究所勢力の証拠隠滅の毒ガス散布殲滅作戦の時間が迫る中、頭を捻ってツノメクサリヘビ殲滅と脱出作戦実行するクライマックスが楽しいです。




