知られざるディセニアンの世界へ
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◆雹庫県。ガハラ市。荒谷高次元素材研究所跡地。
「……んんんっんぎぃぃぃぃぃ!?」
木星軌道からの超遠隔呪術攻撃により地表に穿たれた巨大クレーターの中央。GTFⅡの内部でゲルドアルドは唸っていた。
その両腕はプルプルと震えて、関節を繋いでいる蜂蜜もグラグラと揺れている。
手の平を向かい合わせて、彼に蜂蜜ではなく血液が流れているなら顔が真っ赤に染まり、口があったなら歯があるなら割れてしまうんじゃないかと思うほど力を目一杯込めているのに、見えない何かが抗っているように両手の間には不自然に縮まらない奇妙な空間がある。最も彼には血液も口も無いので蜂蜜結晶でできたレモン型の目がビカビカと光るばかりだった。
これは決して下手くそなパントマイム芸をしている訳じゃない。
今のゲルドアルドの両手は、木星軌道にいる敵である俺は永遠を許さないを包み込んだ大量の蜂蜜と連動しているのだ。外部ではGTFⅡも同じ動きをしていた。
全くそうは見えないが、これは旧き邪神と新たな竜種の存在をかけた激しい戦いの最中なのである。
「ぎぃぃぃっぬぅぅぅぅぅぅ!うわぁ駄目だ!足りない!手伝って!」
そんな戦いに限界を感じたゲルドアルドはあっさりと音を上げた。その周りで様子を固唾を飲んで見守っていた大蜜蜂達に助けを請う。
それにまず応じたのは、暫定異世界にある蜂の巣から移動して来た赤色と黄色の巨体。
ディレッドとディエローの大蜜蜂と灼蜜蜂女王種の二人が十メートルもある身体を支える前足でそれぞれ左右からゲルドアルドの手の甲を押し始める。
彼女達は謎の不自然な空間を押し潰そうと全力で押すが、ゲルドアルドの両腕の震えが酷くなるばかりで空間は揺るがなかった。
「もっとぉぉぉ!」
愛しの至高の巣の更なる要望に答える為に赤色と白色の群れがザワザワ動き出す。
白色の群。爆蜜蜂達がディレッドとディエローの背後に集まると、爆裂する蜂蝋に耐えるために硬く太く進化した翅と腹部の先端から爆炎を噴射する。体長十メートルの女王達の背をロケット並みのパワーが生み出す推進力で押し始めた。
僅かにゲルドアルドの手の間にある空間が縮み始める。
赤色の群。灼蜜蜂達は爆蜜蜂達の隙間を縫うように赤い身体を納めていき彼女達ほどの推力はないが、断続的に全力で翅と腹部からの爆炎の噴射による助力を行う。
彼女達の協力でジリジリとゲルドアルドの手の平の空間は縮んでいく。
その光景にディレッドとディエロー達が手伝う前から俺は永遠を許さないを破壊するために一心不乱に呪詛を吐いていた黄色い毛の大蜜蜂とその呪詛を編んで呪術を行使してゲルドアルドの強化に励んでいた罠蜜蜂達が触覚を動かし顎を激しく打ちならして興奮し始める。
人の言葉にするなら「いけ!死ね!くたばれ!」といった品の無い交信フェロモンが周囲にばらまかれた。
しかし、空間の突然ピタリと止まってしまう。それからは彼と彼女達が幾ら力を入れようともびくともしなかった。
「ぎぃぃぃのぉぉぉぉぉぉ!?」
どうあっても空間は、俺は永遠を許さないは、あと一歩のところで潰れる様子はなかった。
そんなゲルドアルドと大蜜蜂達の様子を少し離れた位置にある丘の上からティータは見ていた。
その表情はとても退屈そうで、その隣に山と積まれている、花粉を熟成して作られた大蜜蜂の保存食である蜂パンを手にとってモソモソと口にしている。
「ぎぃぃぃぃぃ!?」
「んー飽きたのじゃ……」
蜂パンの味にではなく。何やら現在大規模な戦闘が行われているらしいのに自分だけ除け者になっている状況にティータは退屈して不満を膨らませていた。可愛らしいが、蜂パンを胃に納めた後にわざとらしくプクリと頬も膨らませている。
「母上だけズルい……妾も参戦したかったのじゃ」
最近起こった大きな戦いである邪神オブシディウスとの戦い。戦の初動には巻き込まれたために彼女は関わったが、ティータは別の任務を父親である陛下に与えられたせいで現在と同じように本格的には参戦しなかった。
あの戦いはアイゼルフ王国にとって百害あって一利なしと判断された哀れで愚かな異母兄弟である王族を抹殺する側面があり、任務がなくても自衛以外では関わるなと予め言い含められていた。
それ自体には彼女は文句がない。常々嫌っていた相手だったが、直接手を下すのも面倒だと考えるほど興味が無い相手だ。
その件に関しては汚れ役を、莫大な報酬と引き換えとはいえ、嬉々として引き受けてくれたゲシュタルトにはとても感謝している。
特にゲルドアルドの活躍が大きかったと聞いたので、戦後何故か三ヶ月ほど姿を見なかった彼を見つけた時にティータは感謝の念を込めて、ゲルドアルドの丸い蜂の巣の頭をナデナデした。
その時には邪神オブシディウスや邪神に取り込まれた王子の事など、綺麗サッパリ忘れていたゲルドアルドは、突然の年下の女の子に頭を撫でられて、胡乱気にレモン型の蜂蜜結晶を光らせていたがティータはとても感謝していた。
(報酬も妾の財布には影響ないしの)
なら、何が不満かというと。
「あー暇なのじゃー!何か役目が欲しいのじゃー!」
自分だけ祭に参加できていない。彼女はちょっと寂しくて母親が羨ましくて、草原の上で手足を投げ出して玩具をねだる子供のようにジタバタし始めた。
「のぉぉぉぉぉぉ!」
ジタバタしても、我が儘を聞いてくれる相手は現在大変忙しい。いくら駄々を捏ねても構ってくれる様子はなかった。
世話係として配置されている三人の大蜜蜂が触覚を付き合わせ「やだわ、この娘どうしよう」「蝋で固めとくか?」と言った内容の交信フェロモンを分泌させるくらいしか効果がない。
「もっとぉぉぉ!」
「ふぅ、むなしいのじゃ。主戦場はなぜだかMPが全く無いと言うしのぉ。クロックロードを使うこともできん戦場とは……不思議な場所なのじゃ」
ティータは薄々察していた。
ここが自分達がいる世界とは別の場所だと。
「天の先、それは世界精霊の領域。近付くものは容赦無く排除されると聞くが、母上が戦っている相手が災害の化身である中級精霊よりも遥か格上の世界精霊とは思えん」
どちらかと言えば悪霊のような印象を受ける。
人間臭い、感情的で嫌な執着を感じた。
「ここはもしや、ディセニアンの世界なのか?」
「ふがぁぁぁぁ!?」
漏れ聞く断片的な話で想像するしかないディセニアン達の世界。そこがここじゃ無いかと聡明な彼女は考えていた。
何故かゲルドアルドにそのような様子が全く無く、想像よりも激しい現状に少し疑念はあるがまず間違いないと思っている。
「ちょっとぉぉぉ!」
「聞いていた話よりも、些かデンジャラスな場所じゃの」
ティータは無駄に図体がデカイ弟のように考えているゲルドアルドが産まれ育った世界に興味津々だった。
モンスターも精霊も居ないので安定した世界だと聞いていたのと、大きく食い違っている現状との違いもかなり気になっている。
「よし、戦えぬのならっ!……知られざるディセニアンの故郷を探索しに行くのじゃ!」
そうと決めたら行動あるのみ。バイタリティー溢れる細身で幼いながらも、美しく鍛えられた肉体で仰向けから素早く立ち上がると、好奇心旺盛な猫の雰囲気を纏った彼女はそんな暢気な事を宣言した。
「いい加減にぃぃぃ!潰れろぁぁぁ!?」
緊張感に欠けた呻き声を上げる決死の戦いに挑んでいる筈のゲルドアルドが居るため、彼女が暢気なのはしょうがないのかもしれない。
まさか、ヘタクソなパントマイムやっているようにしか思えないゲルドアルドが戦いで敗北すると、探索しようとしている地球ごと吹っ飛んでしまうとは。
現状を俯瞰することが叶わない彼女には想像もできなかった。
次回更新は未定。
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