プロローグ・薄暗い森の中で
初投稿使い方を探る。
まだ日は高いというのに薄暗い深い森の中を必死に走りつづける。
息が切れ、足が降り積もった木の葉と枯れ葉に足を取られ何度も倒れる。
直ぐに立ち上がり自慢の手入れの欠かさない体毛が枯れ葉の破片だらけになっても払う時間も惜しいと走り出す。
化け物に追いつかれれば仲間と同じ目にあってしまうから。
恐ろしくて恐ろしくて必死に走りつづける。
KyaKyaKyaKyaKyaKyaKyaKyaKyaKyaKya!
化け物は笑っている。
自分より矮小で弱い存在の必死の努力を笑っている。
楽しくてしょうがないと笑っている。
逃げる者にはそう聞こえたかもしれない、化け物が発するその笑い声はそういう鳴き声が出るように造物主によって調整された結果に過ぎない。
もっとも、化け物の創られた目的を考えれば必死に逃げる姿を嘲笑っていることに違いはなかったが。
KyaKyaKyaKyaKyaKyaKyaKyaKyaKyaKya!
大きな前脚無造作に振るわれ、逃げる者を打ち据える。
爪は立てない、矮小な存在が死んでしまうから。
最終的に殺してしまうのが追う者の生まれた目的だが、それは散々苦しませた後の話だ。
逃げるものが吹き飛び、立派な木の幹にたたき付けられる。
ふわりとした枯れ葉に覆われた地面は何の気休めにもならない。腐葉土になりつつある枯れは葉の静かな異臭の中に身体が沈み、肺の空気が無理矢理絞りだされ、血と共に吐き出される。
逃げる者はもう限界だった。
愛用のダガーは、一度切り付けただけで刃こぼれして使い物にならず、体毛と同じく自慢だったしなやかで長い尻尾は半ばで食いちぎられて仲間の後を追って一足に先に化け物の胃の中に収まっている。
もうすぐ自分もあの大きな口で食べられて仲間の元に行くのだろう。
恐い。嫌だ。誰か助けて。
声を出す気力も無く、頭頂部の三角の耳を倒し震える。
化け物に食われた仲間達の顔が目に浮かぶ。
走馬灯じゃない、化け物は苦悶の表情で彩られた仲間達の顔を頭部に貼付けるという悍ましい姿をしているのだ。
猫のような愛らしい顔を歪めて震える、仲間の末路を見せつけられ、お前もこうなるんだと見せつけられて。
しかし、その時はまだ訪れない。
「ニャァァァァァァァァァァァァァァー!?」
普段は出さないように気をつけている猫のそのもの声で叫ぶ。化け物に巨大な前脚で踏みつけられ、地面と脚の間に挟まれ痛みでもがく。
潰す程じゃない力で、でも決して逃れられない圧力で苦しめる。
食べるのは先に取り込んだ者達と同じように苦しみ抜いてから。
化け物の意思ではない、造物主の意思で化け物は混ざり者を嬲る。
KyaKyaKyaKyaKyaKyaKyaKyaKyaKyaKyaKyaKya!
化け物は混ざり者を嘲笑い苦しめる、そこに自分の意思は欠片も存在しない。
全ては造物主が望むままに。
ぶぅぅぅぅん!ぶぅぅぅぅん!
KyaKya?
奇妙な音が聞こえ、化け物が周囲を見渡す。
力が少し緩められた足元の猫の混ざり者が気絶し、掠れた声でニャーニャーと呻いているが明らかに異なった音だ。
ぶぅぅぅぅん!ぶぅぅぅぅん!
それは虫の羽音だ。しかし、虫の羽音にしてはそれは大き過ぎる。羽音は周囲を取り囲むようにして複数聞こえるが、音の原因と思われる虫が一切確認できない。
それは化け物にとって異常な事だった。
造物主によって、身体能力に優れた混ざり者を狩るために創られた化け物の能力はとても高く、隠密行動に特化した種類の混ざり者も易々と捉えられる優れた五感も持っている。
しかし、音を追っても今も響いてるような巨大な羽音をだせそうな虫を見つけることが出来ない。試しに音に向かって魔力弾を撃ち込んでみるが羽音は途切れず、何かに当たることもなく森の奥へと圧縮した事により燐光を放つ魔力の塊が飛んでいく。
ふいに化け物にゾクリと背筋に寒気が走る。化け物はその感覚がなんなのかわからなかったが、それは恐怖という感情だった。
混ざり者に恐怖を与える為に生まれた化け物には、その感情を理解することが出来ず持て余した。
ぶぅぅぅぅん!ぶぅぅぅぅん!
まるで虫の羽音だけが化け物の周囲を飛んでいる、そうとしか言いようが無い。
困惑し判断に迷う化け物の背中に鋭い痛みが走った。
KyaKya!!?
突然のダメージに悲鳴を上げ驚いたが、化け物にとってそれは対したダメージではなかった。
瀕死の猫の混ざり者を放置して、化け物は謎の襲撃者に対応しようとしたがそれは出来なかった。
Kya……?
意思とは反対に身体から力が抜け、化け物はその場で無様に倒れる。
痛みが走った背中を中心に化け物の身体に不気味な痺れが広がって行く。必死に身体を起こそうとするが、すでに痺れは化け物の巨体を支える四肢にも広がり身動き一つとれない。
ぶぅぅぅぅん!ぶぅぅぅぅん!
そしてもっと深刻な問題が同時に進行していた。
痺れは化け物の内蔵にも広がり、肺が止まり呼吸が不能になり、心臓は脈動を止めた。
呆気ないほど簡単に化け物は死んでしまった。
ぶぅぅぅぅん!ぶぅぅぅぅん!
動かなくなった化け物の背中から一匹の蜜蜂が飛び立つ。
人の頭程のサイズという見るからに普通ではないその蜜蜂は、化け物に使用して抜けてしまった尻の毒針を新しく生やすと、サイズに似合わない静かな羽音でどこかへ飛んでいって見えなくなった。そして居なくなった蜜蜂と入れ代わるように別の蜜蜂が唐突に現れる。
現れたのは牛よりも巨大な蜜蜂が二匹、去って行った蜜蜂とは比べものにもならない激しい羽音響かせながら、それぞれが猫の混ざり者と化け物の上に降り立ち、持ち上げてどこかに運んでいく。
その場から蜜蜂達が去るのと同時に見えない虫の羽音は消え去り、森は静寂を取り戻していった。