その3
ねーちゃんは真剣な眼差しで、メニューを見つめている。
気球を模したピンク色の壁掛け時計の長針が、お店に入ってから60度程移動していた。ねーちゃんの手元を見ながら心の声で訴える。そのページ見るのは四回目だよ。グラスも待ちくたびれたようで、全身から沢山の汗を流している。
ねーちゃんの悪い癖だ。色々な事を天秤にかけて妥協点を悩み続ける。今は、金額、食べたい物、夕飯時の満腹状態あたりだろう。
ボクのブラウスが赤く染め上げられている事に気付く。顔を上げ窓の外を眺めると、力強く空を照らす太陽が、柔らかい光に変わっている。ねーちゃんの容姿を見て眩しい太陽の様に表現する人が多いが、ボクの意見は違っている。太陽と例えるなら、今の時間帯の様な優しく全体を包み込む様なやさしい光だと思う。
気が付くとねーちゃんの手元のメニューのページが先頭に戻っていた。駄目だ。このままだと一生決まらない。
急ぎカウンターのウェイトレスに声をかけ注文を取って貰う事にする。
「このペアセットを一つ。飲み物は、ホットコーヒー2つで。」
注文を聞くと我慢強くボク達を待っていてくれたウェイトレスは、安心した表情で去って行った。
「ねー、何で勝手に注文するの。」
「注文しないとお店に迷惑だし、ねーちゃんの食べたい物を外してないよね。」
「うん、そうなんだけど。でもね、ほら。」ねーちゃんの言いたい事がよくわからない。
「いろいろなケーキが少しづつ五個付いてくるから好きなの選べるよ。量が多いならボクが食べれば良いのだから問題ないと思うけど。」
「そうじゃなくて。えっとね。」僕が難しい顔をしていると、もういいとため息混じりに会話を中断する。ねーちゃんは、よくわからないことを言っては、諦めたように話を終わらせてしまう。これも癖なのか、ボクには判断が出来ない。
椅子に深く腰掛けゆっくりと力を抜くと、全身にだるさを感じる。理由はわかっている。そう、あの事だ。
ボクは高校入学以降、いや人生でこれ程注目された事がなかった。ねーちゃんが教室から姿を消すと、沢山の野次馬達がボクの元に集って来た。友達もいれば、話した事の無い女子生徒も含まれていた。四方八方から色々な質問を浴びせられオロオロと周りを見回しながら、簡単に説明するのが精一杯だった。ボクは日頃、あまり話をしないタイプなので、あの様な場面ではどのように立ち振る舞えば良いのかわからなかった。
一方的な質問攻めは、放課後まで続き精神は限界まで磨り減っていた。ねーちゃんと話しながら体を休める予定だったが、不機嫌になり上手く行きそうにない。
「お待たせいたしました。」ウェイトレスの声で我に返る。
「早く食べようよ。」頬杖をついて幸せそうな顔でねーちゃんがボクを見つめていた。
西日で頬を赤く染められたねーちゃんを見ていると、先程考えていた事が馬鹿らしく思えてくる。
さてと、やさしい光に包まれながら、コーヒーとケーキを食べる事にしよう。