第八稿 襲撃
零たちは、先ほどの戦いで負傷したレツの腕の状態を見つつ神谷邸を目指すことになった。
「なぁレツ、ほんとに2、3時間で大丈夫なのか?」
「はい!こいつと修業し始めてから、ずいぶん経ちますし、痛みにも慣れてますので!」
レツは夜叉丸の器である刀の柄を見つめながら言った。
""夜叉丸~そんな調子ではせっかく受け入れてくれた宿主に愛想付かされちまうぞ~""
ゼロはバカにしたような口調で夜叉丸をからかう。当の本人は何も言い返せず、ただただ唸るばかりである。
ただ、夜叉丸が言い返せないのも無理はなかった。ゼロの慈悲がなければ、レツは生き返れはするが、二度と戦えない体になるのは確実だった。
""女神の加護、いや、呪いは万能じゃない。どんな死に方をしても、生前の万全な体に戻れるのはほんの数人。その他は体に何かしらのダメージが残る。""
そしてそのダメージは、再生した肉体に表面的に反映される。
傷跡が残るくらいならかなりの幸運だが、最悪の場合四肢が再生しない場合もある。
死亡時の肉体へのダメージが大きければ大きいほど、再生した肉体に反映されるダメージは大きくなるのが、この女神の加護が呪いと揶揄される所以であった。
「ふう、お待たせしました!行きましょうか!」
レツが腕の治療を終えたようだ。切断された腕の断面を癒着させるためにワイヤーのようなもので縫い付けてあった。
レツの手慣れた治療の様子を見て、ゲンダは彼の過去、修行に関する想像を始めたが、刀の宿主の身体能力や技術を知っているため、もはや普通の人間には想像もつかないような修行という、曖昧な結論にとどめておいた。
森を抜け、広々とした平野に出た。
辺り一面に、まるで人の手による手入れが施されているかのような、均一にそろえられた芝生にそこにまばらに生えている木々は、大豪邸についている庭のような面影があった。
「すごい…」
「はぁ~、すげえとこだなぁ。初めて見たぜこんなに綺麗な草原は。」
零とゲンダは、初めて見る光景に大きな感動を覚え、レツは少し複雑そうな表情を浮かべていた。
「…?どうしたの?」
「あぁ、いや、何でもないよ。」
レツの弱々しい笑みに、零は疑問を覚えたが、あまり踏み込む気にはなれなかった。
しかし、零はこの後すぐにその意味を知ることになる。
""!?避けろ!""
ゼロがそう叫ぶのとほぼ同時に、魔法と思しき火球が一行を襲った。
「…ここにいたか…神薙零、いや、神将ゼロ!!」
間一髪のところで火球を避け、飛んできた方向に目をやると、そこにはまるで顕現をしたかのような姿のリグレットが刀を構えそこに立っていた。
「ちっ、相変わらず反応は異様に早いな。」
悔しそうにこちらを睨みつけるリグレット。その力は以前よりも遥かに強力に、そして強大なものになっていた。まさかと思い口を開こうとしたその瞬間に、思考に割って入るかのようにして声が頭に響いた。
知っているようで知らない。でも確実に聞いたことのあるような声で。
""君の予想は正解だよゼロ。""
「!?チャネルハックだと!?」
本来零とゼロにしかアクセスできない領域に、なぜか相手の偽神らしき声が無理やり入ってきた。
それも何の違和感もなく、まるで最初からそこにいる権限を持っているかのように。
""うーん。そこま教えちゃうと面白くないからね。とりあえずはチャネルハックだと思ってくれ。""
「貴様らの疑問はいずれ解消されるわ。」
リグレットは再び攻撃の構えをとる。
「ここから生きて逃げ切れたらなぁ!!!」
勢い良く突っ込んできたリグレットを何とか受け止め、一歩引こうとするが、なにがなんでも逃がすまいと、一気に距離を詰めてくる。
「これじゃあキリがない…」
繰り出される猛攻にただただ受け止めるしかない零。
そんな中わずかな隙を見て顕現を発動したレツが強引に横やりを入れた。
「さっきから黙ってみていれば!!俺の相手もしてくれていいんじゃねぇか!?」
「ちっ!纏めて潰してくれる!!」
レツの攻撃をいなしつつ、零に確実に傷を負わせている。
顕現しているのもそうだが、明らかにリグレットの戦闘能力も向上している。レツの攻撃もかなりのものだが、それでも今のリグレットには届いていない。
こんな短期間のうちにここまで能力を伸ばせるなんて聞いたことがないと、ゲンダも後方で焦りの表情を浮かべていた。
「くぅぅぅ!!」
「どうした神将ゼロ、ただ攻撃を受けているだけでは、今の私は倒せんぞ!!!!」
圧倒的な速さと一太刀の重さ。
最早今の零たちに勝ち目はなかった。このままなされるがままやられていくしかない。そう諦めかけた時、ゲンダの頭のすぐ真横から、光の矢がリグレット向けて飛んで行った。
無論、ゲンダの攻撃ではない。
「くっ!?誰だ!!」
矢の接近に気づいたリグレットは、間一髪のところで矢を刀ではじき落とし、飛んできたであろう方向をにらみつける。
しかし、目線を向けた先にいたのは、矢に驚いたゲンダだけであった。
「姿を現せ!!弓兵!!!」
しかし矢を放った主は現れない。帰ってきたのは声だけだった。
「敵にそんなことを言われて、はいわかりましたと出てくるほど私も馬鹿ではないわ。」
「ふん、臆病者が。」
「あいにく、私は狩人なのよ。獲物を狩る時に堂々と真正面から狙ったりはしないわ。それに…」
「ん…?」
「そこ、危ないわよ。」
リグレットが謎の弓兵に気を取られている隙に、体制を立て直した零とレツの同時攻撃がリグレットの眼前に迫っていた。
「なに…!?」
"神技 紅大蛇"
"神技 原生ノ太刀"
左右から同時に放たれた二人の同時攻撃を、リグレットは捌ききれず、零の放った紅大蛇を受け止めたものの、原生ノ太刀は回避しきれずにくらってしまった。
「クソッ…!!」
傷を負い体制を崩したリグレットは、零とレツから距離を取り、もう一度仕切りなおそうとするが、思ったよりも傷が深く、これ以上の継戦は不利だと判断し、「次は必ず殺す。目覚めも奪う。覚悟しろ。」そう言い放って戦地から離脱した。
「あいつ、あんなに強かったか…?」
「ううん、あの動きは…人間の動きじゃない…」
「じゃあ権限を??」
""いや、少し違う。顕現は器の人格は後ろに引っ込むからな。""
「うーん、じゃああれなんなんですかね…」
一同がリグレットの常軌を逸した強さに首をかしげていると、零たちが歩いてきた道の方から足音が近づいてきた。
零たちがその方向に顔を向けると、見知らぬ女性が立っていた。
「久しぶりね、夜叉丸。」
レツと夜叉丸はその女性を見て驚きの表情を隠すことができなかった。
「あ、あなたは…!!」
to be continued