第七稿 原生ノ太刀
顕現の詠唱で妖鬼黒夜叉と唱えた相手は、神とは思えないような相貌をしていた。
額から天に手を伸ばすように伸びた二本の角。下顎の異様に発達した人間の犬歯に当たる牙は顎から下唇を突き刺すように伸びている。
ゼロは目を閉じながら一度刀を横に振り、再び構えた。
「あ、、ありゃ鬼じゃねぇか……まさか本当にいたのか……」
「知ってるのか?」
ゼロは零が目覚めるまでの間、ある程度この世界の神話や勢力図等の情報を集めていたが、あの黒夜叉に関するような神話の話は聞かなかった為、ゲンダがそれを鬼として認識した事に少し疑問を抱いた。
「ああ、かなりマイナーな神話で、今じゃほとんど知ってる奴はいねぇがな。」
「ほう、あの妖鬼がよもやそこまで廃れているとはな。」
ゼロは嘲笑しながら黒夜叉を見つめる。そして黒夜叉もまた笑っていた。
「忘れたかゼロ。俺はあのバカ供見たいにただ暴れまわるわけじゃねぇ。」
「どうだったかな。で?鬼が暴れないで何をするんだ?」
黒夜叉は顕現前と違いかなり大型化した刀、太刀を構える。
「狩るのさ。運悪く俺の前に現れちまった哀れな神徒をなぁ!!!!!」
この叫び声ともとれる大きな声を発したのを皮切りに、ゼロと黒夜叉は、まるで人間は二人の刀を目視すらできぬほど高速で打ち合いをする。
「おぉ、、これはまた…」
ゲンダからは刀捌きはほとんど見えないため、ただただため息をついて勝負の行く末を見守るしかなかった。
「おい黒夜叉とやら。」
ゼロは黒夜叉から放たれる重い太刀の一撃を自らの刀で捌きながら、余裕だと見せつけるかのように黒夜叉に話しかける。黒夜叉も攻撃を放ちながら「なんだよ。」と反応を返す。
「お前、本当に偽神か?申し訳ないがお前の記憶が俺には一切ない。少なくとも、俺がここに来る前に天界に居た偽神は記憶しているはずなんだが。」
「ん、あぁそうか。そういえば、俺はまだお前に会ったことないってことになってるんだったな。」
「なんだそれは。」
「その話は終わってからゆっくりと……っな!!」
黒夜叉は会話を終わらせると同時にゼロを太刀で後ろに吹き飛ばした。飛ばされたゼロは木に激突し、少しの間動くことができなかった。そして一瞬、ゼロの目の前が真っ白になった。
「……なんだこれ……」
「どうした、もう終わっちまうのか?」
黒夜叉の呼びかけでゼロは正気を取り戻した。
「へっ…なかなか、やるじゃねぇか。」
ゼロは動けるようになってからまたすぐ余裕といった表情に戻った。
「ほう、やっぱ聞いてた通りかなり骨のあるやつらしいな。」
「……さっきからその、俺がうわさになってるみたいな言い草。いったい何なんだ。」
「うーん気になるか?俺に勝てたら教えてやるよ!!」
黒夜叉はまだふらついているゼロに向けて思い切り飛び掛かった。
後ろで見ていたゲンダに、ここまでかという諦めの念が頭を過ぎり、一瞬目を閉じ、そしてまた目を開くと、今丁度木の根元でよろついていた筈のゼロは忽然と姿を消していた。
「うおおお!!」
黒夜叉は一瞬にして姿を消したゼロに驚き、空中で体制を崩してゼロと同じ木に衝突した。
何が起きたのか判断がつかない黒夜叉は、呆気にとられて周囲を見回していた。
「あ?ゼロ、ゼロはどこに消えやがった?」
「おい、ここだバカ。」
黒夜叉が頭上を見ると、木の枝の上からゼロが笑いかけていた。
「お前……いつ使いやがった。」
「あ?あぁ、"神速"のことか。」
ゼロは黒夜叉の顕現が完了してからずっと、"神技 加速之段二式 神速"が発動した状態で戦っていた。
「……その刀を振ったときか。」
「おう、よく見てたな。そうだ、あの瞬間に無詠唱で"神速"を使った。お前は今の俺より速かったからな。」
つまりゼロは顕現してからずっと、自分の攻撃や足捌きの速さをコントロールしながら戦っていたといううわけだった。
「全力を出したらすぐに終わってしまうからな。」
「くっ……」
「どうする?まだ続けるか?」
「当たり前だ。それを知って、じゃあ俺の負けですなんて言えるほど俺は諦めがよくねぇんだ。」
「……さすがは仙鬼だな。」
黒夜叉は、ゼロの放った『仙鬼』という単語に反応し、まるでうれしいことがあった少年のように笑いながら太刀を振りかざす。
「うれしいねぇ。やっぱ覚えてるじゃねぇか!!!師匠!!!!!」
「すまねぇなぁ愛弟子を忘れるなんて、だがあの襲い方は感心しねぇなぁ。罰として、殺す気で行かせてもらう。」
「俺もあれから大分成長してんだ、ただでは死なねぇ!!」
ゼロと黒夜叉が同時に神技を発動する。それぞれの周囲に白い覇気と竜巻がゼロと黒夜叉を包んだ。
ゲンダは、今まで見たことのないゼロの本気が見れるのかと、少しだけ期待に胸を膨らませていた。それと同時に自分はとんでもない次元の戦いを見てしまっているという恐怖感も覚えた。
そして同時に詠唱を始めた。
"神技 神風ノ舞"
"神技 原生ノ太刀"
ゼロが神風ノ舞で黒夜叉を風のように切り刻み、黒夜叉も大きな太刀を器用に使って斬撃を受け流し反撃の機会をうかがっている。
「うーん、結構成長したじゃねぇか、前はあんな重そうに振ってたくせによ。」
「はぁ、はぁ、師匠速すぎんぜ……隙がまるで見えねぇ……」
徐々に黒夜叉の体力が衰えていき、太刀の捌きが鈍くなった影響で黒夜叉の体に切り傷が目立つようになってきた。するとゼロは一瞬攻撃を緩め、態勢を整えるようなしぐさを見せた。それを見て、この機を逃さんと、黒夜叉がゼロに思いきり太刀をたたきつける。
「まだまだ甘ちゃんだな、夜叉丸。」
「まさか…!」
これを待っていたといわんばかりにゼロは黒夜叉の太刀を足場に森で一番高い木の頂点まで舞い上がり、下りてくると同時に黒夜叉の右腕を切り落とした。右肩から大量の血が流れる。
「なんで頭から真っ二つに割らなかった?」
「弟子にそんなこと、本気で出来る師匠がいると思うか?」
「……愚問だったな。」
勝敗を決した二人は、顕現を解き、お互いに素顔を見せあった。
それから数時間ほど経ち、ある程度夜叉丸の器となっている少年の腕が再生したのを見計らって、ゼロは少年に話しかけた。
""君が夜叉丸の器になってくれているのか。""
「あ、はい!俺、レツって言います!!」
「僕は、零。神薙零。このおじさんは……」
「ああ、俺はゲンダ。今はこいつらの案内役だ。」
「えぇ!あの不屈のゲンダさん!?」
レツと名乗った青年はゲンダの名を聞いて興奮して彼のほうを見つめた、その眼はまるで憧れの有名人に偶然出会った少年のように光り輝いていた。
""なんだゲンダ、有名人なのか?""
「有名人も何も、ガリウスのほうに居たらいやでもこの人の名前は耳に入りますよ!百戦錬磨の凄腕戦士です!!」
先程まで自分には全く手の届かない場所にいたレツにこうも尊敬のまなざしを向けられると、ゲンダはむずがゆくなって、照れ笑いをしながら「よしてくれよ~」と満更でもなさそうにしていた。
「それはそうと。さっきはごめんな、零君。」
""仕方ない、お前たちにも何か訳ありなんだろう?」
二人の戦いの顛末を見届けたゲンダは不意にあることが気になりだした。
「なぁ、レツ、それに……」
""夜叉丸でいい。""
「じゃあ夜叉丸。お前たち、さっきゼロとはまだ会ったことないってことになってるとか言ってたな。あれっていったい何だったんだ?」
「ああそれは――」
""その話はまた後でだ。神谷の所に向かってるんだろう?俺たちもついていこう。""
""ああ、助かる。""
一行にレツも加わり、ゼロと夜叉丸も含めた五人は、神谷家を目指し再び歩き出した。
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「どうだった?」
「まぁ、なかなかに面白かったよ。」
「やっぱりゼロが?」
「うん。」
「えーーーーーっ、つまんな。」
「それ結果だけ聞いたからでしょ。」
「はぁ……結局ここまで来ることになっちゃったか、ゼロ……」
「諦めなよ、あの人が言ったことはほぼ必ず現実になる。この前だって――」
「わかったわかった。さてと、そろそろ準備しますか。僕の目的のための、ね。」
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