第四稿 将軍リグレット
3年前か、私が将軍なんてまるでふさわしくない階級に昇進してしまったのは。
零に圧倒され敗北を喫したリグレットは、自分の体が再構築されるまで、そして痛みが消えるまでの間自らの記憶を、当分は体験することはないであろう走馬灯のように思い出していた。
3年前に武功を成し遂げたリグレットは、その功績を称えられ『白銀の魔法剣士』なんて言うどうにもむず痒くなるような二つ名と、3階級特進という前代未聞の昇進の仕方で将軍という地位を獲得した。リグレットは軍に入隊した時から、高い地位に就いて貧しかった自分の故郷を少しでも豊かにするという夢を持っていたため、恥ずかしくもまんざらでもないという表情で昇進を喜んだ。
「おめでとうリグレット。いや、もうリグレット将軍と呼ばねばならんな。はっはっはっ!」
「オスマン教官!来てくださったんですね!」
「もちろんだとも、愛する教え子の晴れ舞台だ。しっかり見届けねばな。」
オスマン・ハレルノーム名誉将軍。リグレットの将軍昇進より五年前、前線へ再起不能な呪いをかけられ、一線を退いたゼビウス軍の英雄と言われた老戦士だ。
現役だったころは、魔力も常人の五倍六倍以上といわれ、まさにナリウス派最強の魔導士と言われていた。今では軍の司令官及び戦士を育成する養成所の教官として、余生を過ごしていた。リグレットはそんな彼の初めての教え子であった。成績も優秀でオスマン程ではないが、魔力量も優秀だった彼女は、戦士としては申し分のない才能を持った候補生であった。
しかし、今では目立たないが極度の人見知りとして知られ、友人の類も殆どいなかった。そのためこの昇進の儀においても、オスマン以外にリグレットに声をかける者は少なかった。
昇進してすぐ彼女には2人の側近が付くことになった。セシル・アーセナルとシャノム・アーセナルという双子の魔導師だ。
双子の兄妹である彼らは、潜在能力こそ高いものの、ナリウス派が行なったある実験の失敗作と言われ、半ば押し付けられた形であった。
「セシルとシャノムね、これからよろしく頼むわ」
「「・・・」」
まだ側近について間もない頃、彼らは殆ど口を聞かなかった。後でわかった事だが、彼らは口を聞かないのではなく実験の影響で聞かなかったらしい。だがリグレットは、自分と同じ人見知りなのだと、妙な親近感を持って彼らに接していた。
それから様々な任務を共にこなし、ある程度コミュニケーションも取れるようになった矢先、2人はあの得体の知れない剣士に殺されてしまった。
通常なら体の再構築が始まり、長くても2週間で戦線に復帰できるのだが、彼らは違った。
「俺達は…その…一度死んだら終わりなんです。」
「セシル…?どうした突然。」
「私達双子は、ある禁忌を犯して生まれました。」
「…禁忌…一体何の?」
「俺達は…ある人の細胞から、人工的に体を構築して生まれた…言わば人造人間なんです。」
「…っ!?まさか、研究班の奴らいつの間にそんなとんでも無いことを…?」
レビアン教は、他人の殺傷や非人道的、非倫理的な行いも闘いの名目においてなら許容されると言う、戦争のためなら何でもありと言っても過言ではないほど命に対する価値観は低い。
ただ、一つだけ犯してはならない禁忌があった。それが人工的に肉体を生み出し、魂を無理矢理その肉体に宿らせる事だった。これはナリウス、ガリウス共に暗黙の了解と見做し、これまで誰もやろうとしなかった研究であった。
「その禁忌を犯した挙句、俺達の生みの親は俺達を失敗作としてあなたに引き渡しました。」
「お前たちが禁忌を犯して生まれて来たのはわかった。だがなぜそれで一度死んだら終わりになるの…?」
「簡単な話です。私達には女神の祝福が与えられませんでした。」
女神の祝福とは、闘いにおいて死を迎えてしまうような傷や出血状態に陥り、ある一定のラインを超えると発動する魔法で、この戦争が《不死戦争》と言われる所以でもあった。
「何故…命には皆等しく祝福が与えられるのではなかったの…?」
「それが禁忌を犯した代償でした。」
「そんな…貴方達はただ生まれて来ただけなのに…こんな事って…」
この話を聞いて以来、リグレットはこの2人の側近に対して少しばかり過保護になった。
セシルが背後を取られれば、彼を蹴飛ばしてでも攻撃を避けさせ、シャノムが毒をくらえばすぐさま解毒薬を飲ませ、出来る限り彼らを死なせないようにと守って来た。
だがそれも、圧倒的な力の差を前にしては無駄な抵抗だったーーーー
「ねぇ君、早く起きてよ。意識は戻って来てるんだろ??」
リグレットの耳元で聞きなれない声がした。
「あ、やっと起きたな?」
「き…さま…は……」
まだ再構築が済んでいないのか、声が思うように出せない。
「まだ声は出さないほうがいいぞ?痛みの引きが遅くなるから。」
「だれ…なんだお前は…あぐっ!」
「ほーら言ってるじゃん痛いって。」
リグレットは薄っすらと目を開けた。目の前にいたのは、あのゼロと名乗った剣士と同じような衣装を見にまとった青年だった。
「俺は偽神ニヒル。君が闘ったゼロと同じ様な存在、とだけ言えばわかるかな?」
ゼロの名を聞いて少し動揺したが、よく見れば刀を持っていない。簡単ではあるが傷の手当てもされているので、リグレットはニヒルを一先ずは敵ではないと認識した。
「君ボコボコにされてたねぇ〜あのゼロに。」
「よ、要件があるならさっさと言え…」
「冷たいなぁ君は。」
そういうと彼は何処からともなく刀を召喚し、横たわるリグレットの顔の前に置いた。
「君、僕の受け皿になってよ。」
「…受け皿?」
「そ、ゼロが入ってたあの小さい子みたいに、君の中に俺を入れて欲しいんだ。」
あまりに突然の話だったので、リグレットはまた動揺した。何を言っているんだこいつは。心の中でリグレットはそう思いながら青年と会話をする。
「私がお前の受け皿になって何の得がある。」
「お、だいぶ喋れる様になって来たね。」
「私のことはいい、早く言え。」
「おー怖い」と言いながらニヒルは続けた。
「君、あの双子の事随分気に病んでるみたいだな。私にもっと力があれば〜みたいな?」
「それが何だ。」
「僕の受け皿になってくれれば力を貸してあげるって言ってるのさ。勿論彼らを蘇らせる事だって不可能ではないよ?」
「セシルと…シャノムをか…?」
「あぁそうさ。あの禁忌の双子、助けたいんじゃない?もう一度いっしょに笑ったりしたいんじゃない??」
「人の弱みに付け込む様な真似を…」
「なーに言ってるのさ。俺は、君を想ってこの提案をしてるんだけど?」
「くっ…」
正直な話、リグレットに断る理由はなかった。もしニヒルが言っていることが本当なら、こんなに願っても無い提案はもう二度とないだろう。だが彼女にはどうしても疑念が拭えなかった。何故自分なのか?何故他の人間ではないのか?その答えが見えてこなかった。
するとそれを見透かしたかの様にニヒルは言った。
「君にはちょっとした素質があるんだ。まだ詳しい事は言えないけどね?」
「素質…?」
「そう、僕の目的を達成するための素質がね…」
素質とは一体何なのか、また疑問が出来てしまったが、痛みと疲労でこれ以上思考が回らなかった。
「わかった。お前の提案を受けよう…」
「うーん、話のわかる将軍殿でよかったよ。じゃあ、その刀の柄を握ってこう叫ぶんだ…」
"顕現 死将ニヒル"
リグレットは力を手に入れた。これでセシルとシャノムを救える。そんな微かな希望を信じて。
to be continued