表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/23

異能者は二人でも姦しい

いわゆる説明回。

 朝から始まった異能力者同士の対決は、十分もかからずに終了した。睡蓮は攻め続け、有希は受け続け、最後は睡蓮が頭を押さえてパッタリと倒れたところで、ドクターストップとあいなった。


「うぉぉん……うぉぉぉぉぉん……」


 座布団が散乱し、襖に座卓が突き刺さっている居間に響く、睡蓮の呻き声。原因は超能力の使いすぎによる脳の発熱、及び発熱に伴う頭痛。別に体内で発電しているわけではない。


「いたいよぅ……いたいよぅ……しんじゃうよぅ……」


 目に何本もの針が刺さる。こめかみが秒針に合わせ激しく鼓動を打つ。脳の奥がぐつぐつと煮えたぎる。そんな痛みが睡蓮を襲う。


「そんなに調子悪いなら、超能力なんて使わないで寝てればよかったのに」

「うっさい起こしたのはお前じゃボごぶろふうぉぉぉぉん……!」


 いつもの睡蓮なら、座布団をいくら操ろうが、ここまで体調は悪くならない。重い座卓でさえ数度なら軽い頭痛が短時間起こる程度。だが座卓を動かしたのは一度きり。


 ならば、なぜ痛みで悶えているのか。


「はい、これ」


 文句と呻きを同時に上げる睡蓮に呆れながら、有希は白いポーチと水の入ったグラスを、睡蓮の前に置く。なかに入ってるのは、何種類ものカプセルに錠剤、粉薬の薬の束。全て睡蓮のために処方されている薬。


 睡蓮の体調不良の原因としてあるのは、眼精疲労に徹夜の疲労。そして、ちょうど薬の効力が薄れているところで、超能力を使ったから。七時に目覚ましを設定したのも、薬を飲むため。


「おう、ごくろー」

「人に取ってきてもらって、えっらそうに」

「ケッ。さーんきう」

「もー」


 適当に感謝しながら、睡蓮はポーチから錠剤と粉薬を取り出す。そして一緒くたに口に含むと、水で一気に流し込んだ。


「じゃあ私、ちょっと着替えてくるから」

「ういー……」


 有希は着替えと昨晩の仕事の連絡で十分ほど離れ、再び居間に戻ってくる。寝転がる睡蓮の顔色は大分マシになっていた。そして、座卓に出されたままの錠剤の色を見て首を捻る。錠剤の色は、くすんだ玉虫色。なぜそんな色の必要があるのか有希には検討がつかない。


「相変わらず不気味な色してるよね、ソレ。どんな成分が入ってるのか想像できない」

「超能力者用の頭痛薬とでも思っとけ。どうせ説明しても、ユーキにゃわからんよ」

「それはそうなんだけど。でも、大変だよね。超能力を使い過ぎるとと頭が痛くなるとか」

「そりゃ、“ココ”が原因だからねー」


 睡蓮が指を差すのは、自分の頭――その内部。


「『脳の90%は眠っている。その90%に秘密がある』だっけ?」

「それ迷信だから。『脳は100%使われてる。超能力は、その100%を超えた先にある』のスァ」

「そうだった。普通の人にはない“器官”があるんだっけ」


『良性か悪性かは別として、まるで腫瘍のように超能力は存在する』


 昔の超能力研究者の言葉。腫瘍というのは比喩表現で、人によっては脳が大きいだけに見えることもあれば、成長と共に、本当に腫瘍のように肥大し、大人になってから使えるようになるパターンもある。


超脳パラノーマルブレインて呼ばれてる器官。なんで存在するのかも、どうして創られたかもわからない。突然変異的に現れて、遺伝するわけでもない」


 その超能力の原因たる超脳を、睡蓮は持っている。


 超脳を持つ割合は、一億人に対して一人いればいいほうだろう。病気なのか、それとも進化なのか。あまりにも症例/研究対象が少なすぎて、結論はいまだに出ていない。だが、それでも遅々とは進んではいる。睡蓮の飲む薬も、過去からの長い年月を費やした努力の結晶。


「スイって、念動力の他にも超能力が使えるだよね」

「まぁねー」


 超能力という異能は、モノを動かすだけではない。人により千差万別で、モノを動かす念動力サイコキノ、炎を生み出す発火能力パイロキノ、距離に関係なく思考を共有できる精神感応テレパス透視クレヤボヤンス念写ソートグラフィー……数え上げればキリがない。


「距離は短いけど、精神感応とかも。一種類だけって人のほうが珍しいかな」

「うん。コンビニはいかないからね」


 頭のなかに直接聞こえてきたのは、『チキン買ってこい』という睡蓮の声。


「あだまいだい」

「だから使わなきゃいいのに」


 そして、どんな超能力であれ、使うと超脳はエネルギーを消費し、熱を持つ。血流は早くなり、膨張した血管は神経を刺激し、頭痛を誘発する。


「使いすぎて、頭の血管がパーンと弾けちゃった人もいたとか。それに、普通にはない器官だからね。“普通の脳”の重要な部分に侵食しちゃって、脳の機能を阻害することもあるんよ」


 過去には、脳障害により意識不明と診断された子供が、超能力で意思の疎通をしたという事例もある。


「あ、わかった。だからそんな性格なんだ」

「うっさいわ。これが素だ。もう勉強教えんぞ」

「ごめんなさい」


 睡蓮が超能力ではなく腕で投げた座布団を、有希は素直に顔で受ける。


 互いに同じ高校の一年と二年。有希は高校入学と同時の泉家に世話になっているため、当時中学生だった睡蓮との付き合いも一年以上。しかしテスト前になると、有希が睡蓮に泣きつき勉強を教わる光景がよく見られる。


「アタシとしては、霊能力者ユーキのほうが謎だって。なんで十枚同時に飛ばした座布団を、全部避けられるのかね」


 座布団が当たったのは最初の一度だけ。しかも前後左右と死角を織り交ぜた攻撃を、有希は逸らし、捌き、避けきった。


「霊力の基本は、幽霊を視たり祓ったりじゃなくて、身体機能の向上だから。それに鍛錬もしてるしね」

「霊力って、マンガとかにある“氣”ってヤツに似てるんだっけ」

「そうそう。どっちかっていうと、氣を上手に使える人のなかに霊能力者がいる感じ」


 気力や気合と言ってもいい――と有希は説明する。気力が漲り、いつも以上の力を発揮できた。気合で限界を超えた。それと一緒なのだと。


「氣――霊力っていうのは、誰でも持ってるモノなの。だって、生きとし生けるモノが持つ魂は、霊力でできてるんだから」

「魂ねぇ……ぶっちゃけ魂ってなんぞ? 『心じゃよ』とか言わないよね」

「心があるのがこんはくどっちって話なら、その考えで合ってけど」


 肉体は器。魂こそ人そのもの。つまりは、魂が肉体を動かしている。それが有希たち霊能力者の考えであり、視える者にとっての真実。


「だからって、肉体うつわがなくてもいいわけじゃないけどね。魂は外に出たら、途端にあやふやな存在になるの。魂だけで存在しようと思ったら、すっごく強い自我が必要になっちゃう」


 肉体のおかげで意識せずとも“自分”であったモノが、常に強い自我を持ち形を保つ必要がある。保てなければ、そのまま掻き消えてしまう。


「わけわからんのはわかった。んでさ、こうして生きてるアタシも氣を使えるはずと」

「どうだろ。霊力の量を調べてみて、才能があれば。いまからだと厳しい精神鍛錬からかな」

「んじゃいーや。アタシ、精神もひ弱なんで」


 霊能力者は、“異能”と呼ばれるに値するほど霊力たましいの扱いに長けた者たちの総称。一般人よりも霊力の量――魂の密度が濃い。才能にも左右されるが、肉体に多量の霊力を漲らせれば、身体能力は一流のスポーツ選手や格闘家をも凌駕することができる。


「幽霊を見たりするのは? クラスに一人くらい、言うヤツいるじゃん」

「霊視ってこと? いることはいるね。大体は勘違いだけど。妄想とか、言ったら悪いけど病気とか」


 霊視だけであれば、霊能力者ほど霊力の量が必要というわけではない。量よりも才能。他の存在に敏感に気付ける共感覚が必要になる。霊能力者は、その霊力の多さ故に共感覚が元から備わっている。


「霊力で強化すると感覚も鋭くなるから、空気の流れを読むなんて芸当もできるよ」

「だから当たんなかったのか。そんなんリスクなしで使えるとか、チートやん」

「代償はあるって。疲れるし、肉体を超えた力を発揮させるから筋肉痛にもなる。酷いと倒れちゃう。魂を保てないほど霊力を使い過ぎたら、死んじゃうこともね」


 超能力も、霊を祓えるほどの霊能力も、異能としては強すぎる力。代償は同じ死。頭痛も疲労も、死なないために働く一種のリミッターなのだろう。


「死ぬかー。どっちもリスキーな力なこってすって」

「代償もなしに、特殊な力は使えないってことじゃないかな。……さて」


 話を区切り、有希が立ち上がる。


「これから軽く朝ごはん作るけど、スイも食べる?」

「おう。食う食う。でも薬飲む前に言ってほしかったゾ」


 食事を摂っていないと薬の効きが悪いというわけではなく、ごく一般的な薬と同じように胃に悪い。


「なにが食べたい?」

「忙しい人の味方、栄養補給ゼリー」

「スイのどこが忙しいのよ。食べたいなら自分で冷蔵庫に取りにいきなさい。それとも味噌汁にでも入れようか?」

「ふむ、チャレンジしてみるか。シェフよ、作りたまへ」

「え……ヤダ……なにこの子」


 なぜか乗り気の睡蓮。まだ頭が茹っているのかと有希も渋い顔をする。


「作ってる間に、居間の片付けしといてよ」

「神に掃除させるつもりか!」

「その神様の名前、疫病神っていわない?」


 その後、後ろから睡蓮にちょっかいを出されつつ作った朝食は、


「あー!? なんで本当に入れちゃうかな! しかも鍋に直接!」

「ウェヒフヘヘヘヘヘ!」


 再び異能力者同士の戦いに発展するには十分な味をしていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ