異能者は二人でも姦しい
いわゆる説明回。
朝から始まった異能力者同士の対決は、十分もかからずに終了した。睡蓮は攻め続け、有希は受け続け、最後は睡蓮が頭を押さえてパッタリと倒れたところで、ドクターストップとあいなった。
「うぉぉん……うぉぉぉぉぉん……」
座布団が散乱し、襖に座卓が突き刺さっている居間に響く、睡蓮の呻き声。原因は超能力の使いすぎによる脳の発熱、及び発熱に伴う頭痛。別に体内で発電しているわけではない。
「いたいよぅ……いたいよぅ……しんじゃうよぅ……」
目に何本もの針が刺さる。こめかみが秒針に合わせ激しく鼓動を打つ。脳の奥がぐつぐつと煮えたぎる。そんな痛みが睡蓮を襲う。
「そんなに調子悪いなら、超能力なんて使わないで寝てればよかったのに」
「うっさい起こしたのはお前じゃボごぶろふうぉぉぉぉん……!」
いつもの睡蓮なら、座布団をいくら操ろうが、ここまで体調は悪くならない。重い座卓でさえ数度なら軽い頭痛が短時間起こる程度。だが座卓を動かしたのは一度きり。
ならば、なぜ痛みで悶えているのか。
「はい、これ」
文句と呻きを同時に上げる睡蓮に呆れながら、有希は白いポーチと水の入ったグラスを、睡蓮の前に置く。なかに入ってるのは、何種類ものカプセルに錠剤、粉薬の薬の束。全て睡蓮のために処方されている薬。
睡蓮の体調不良の原因としてあるのは、眼精疲労に徹夜の疲労。そして、ちょうど薬の効力が薄れているところで、超能力を使ったから。七時に目覚ましを設定したのも、薬を飲むため。
「おう、ごくろー」
「人に取ってきてもらって、えっらそうに」
「ケッ。さーんきう」
「もー」
適当に感謝しながら、睡蓮はポーチから錠剤と粉薬を取り出す。そして一緒くたに口に含むと、水で一気に流し込んだ。
「じゃあ私、ちょっと着替えてくるから」
「ういー……」
有希は着替えと昨晩の仕事の連絡で十分ほど離れ、再び居間に戻ってくる。寝転がる睡蓮の顔色は大分マシになっていた。そして、座卓に出されたままの錠剤の色を見て首を捻る。錠剤の色は、くすんだ玉虫色。なぜそんな色の必要があるのか有希には検討がつかない。
「相変わらず不気味な色してるよね、ソレ。どんな成分が入ってるのか想像できない」
「超能力者用の頭痛薬とでも思っとけ。どうせ説明しても、ユーキにゃわからんよ」
「それはそうなんだけど。でも、大変だよね。超能力を使い過ぎるとと頭が痛くなるとか」
「そりゃ、“ココ”が原因だからねー」
睡蓮が指を差すのは、自分の頭――その内部。
「『脳の90%は眠っている。その90%に秘密がある』だっけ?」
「それ迷信だから。『脳は100%使われてる。超能力は、その100%を超えた先にある』のスァ」
「そうだった。普通の人にはない“器官”があるんだっけ」
『良性か悪性かは別として、まるで腫瘍のように超能力は存在する』
昔の超能力研究者の言葉。腫瘍というのは比喩表現で、人によっては脳が大きいだけに見えることもあれば、成長と共に、本当に腫瘍のように肥大し、大人になってから使えるようになるパターンもある。
「超脳て呼ばれてる器官。なんで存在するのかも、どうして創られたかもわからない。突然変異的に現れて、遺伝するわけでもない」
その超能力の原因たる超脳を、睡蓮は持っている。
超脳を持つ割合は、一億人に対して一人いればいいほうだろう。病気なのか、それとも進化なのか。あまりにも症例/研究対象が少なすぎて、結論はいまだに出ていない。だが、それでも遅々とは進んではいる。睡蓮の飲む薬も、過去からの長い年月を費やした努力の結晶。
「スイって、念動力の他にも超能力が使えるだよね」
「まぁねー」
超能力という異能は、モノを動かすだけではない。人により千差万別で、モノを動かす念動力、炎を生み出す発火能力、距離に関係なく思考を共有できる精神感応、透視、念写……数え上げればキリがない。
「距離は短いけど、精神感応とかも。一種類だけって人のほうが珍しいかな」
「うん。コンビニはいかないからね」
頭のなかに直接聞こえてきたのは、『チキン買ってこい』という睡蓮の声。
「あだまいだい」
「だから使わなきゃいいのに」
そして、どんな超能力であれ、使うと超脳はエネルギーを消費し、熱を持つ。血流は早くなり、膨張した血管は神経を刺激し、頭痛を誘発する。
「使いすぎて、頭の血管がパーンと弾けちゃった人もいたとか。それに、普通にはない器官だからね。“普通の脳”の重要な部分に侵食しちゃって、脳の機能を阻害することもあるんよ」
過去には、脳障害により意識不明と診断された子供が、超能力で意思の疎通をしたという事例もある。
「あ、わかった。だからそんな性格なんだ」
「うっさいわ。これが素だ。もう勉強教えんぞ」
「ごめんなさい」
睡蓮が超能力ではなく腕で投げた座布団を、有希は素直に顔で受ける。
互いに同じ高校の一年と二年。有希は高校入学と同時の泉家に世話になっているため、当時中学生だった睡蓮との付き合いも一年以上。しかしテスト前になると、有希が睡蓮に泣きつき勉強を教わる光景がよく見られる。
「アタシとしては、霊能力者のほうが謎だって。なんで十枚同時に飛ばした座布団を、全部避けられるのかね」
座布団が当たったのは最初の一度だけ。しかも前後左右と死角を織り交ぜた攻撃を、有希は逸らし、捌き、避けきった。
「霊力の基本は、幽霊を視たり祓ったりじゃなくて、身体機能の向上だから。それに鍛錬もしてるしね」
「霊力って、マンガとかにある“氣”ってヤツに似てるんだっけ」
「そうそう。どっちかっていうと、氣を上手に使える人のなかに霊能力者がいる感じ」
気力や気合と言ってもいい――と有希は説明する。気力が漲り、いつも以上の力を発揮できた。気合で限界を超えた。それと一緒なのだと。
「氣――霊力っていうのは、誰でも持ってるモノなの。だって、生きとし生けるモノが持つ魂は、霊力でできてるんだから」
「魂ねぇ……ぶっちゃけ魂ってなんぞ? 『心じゃよ』とか言わないよね」
「心があるのが魂と魄どっちって話なら、その考えで合ってけど」
肉体は器。魂こそ人そのもの。つまりは、魂が肉体を動かしている。それが有希たち霊能力者の考えであり、視える者にとっての真実。
「だからって、肉体がなくてもいいわけじゃないけどね。魂は外に出たら、途端にあやふやな存在になるの。魂だけで存在しようと思ったら、すっごく強い自我が必要になっちゃう」
肉体のおかげで意識せずとも“自分”であったモノが、常に強い自我を持ち形を保つ必要がある。保てなければ、そのまま掻き消えてしまう。
「わけわからんのはわかった。んでさ、こうして生きてるアタシも氣を使えるはずと」
「どうだろ。霊力の量を調べてみて、才能があれば。いまからだと厳しい精神鍛錬からかな」
「んじゃいーや。アタシ、精神もひ弱なんで」
霊能力者は、“異能”と呼ばれるに値するほど霊力の扱いに長けた者たちの総称。一般人よりも霊力の量――魂の密度が濃い。才能にも左右されるが、肉体に多量の霊力を漲らせれば、身体能力は一流のスポーツ選手や格闘家をも凌駕することができる。
「幽霊を見たりするのは? クラスに一人くらい、言うヤツいるじゃん」
「霊視ってこと? いることはいるね。大体は勘違いだけど。妄想とか、言ったら悪いけど病気とか」
霊視だけであれば、霊能力者ほど霊力の量が必要というわけではない。量よりも才能。他の存在に敏感に気付ける共感覚が必要になる。霊能力者は、その霊力の多さ故に共感覚が元から備わっている。
「霊力で強化すると感覚も鋭くなるから、空気の流れを読むなんて芸当もできるよ」
「だから当たんなかったのか。そんなんリスクなしで使えるとか、チートやん」
「代償はあるって。疲れるし、肉体を超えた力を発揮させるから筋肉痛にもなる。酷いと倒れちゃう。魂を保てないほど霊力を使い過ぎたら、死んじゃうこともね」
超能力も、霊を祓えるほどの霊能力も、異能としては強すぎる力。代償は同じ死。頭痛も疲労も、死なないために働く一種のリミッターなのだろう。
「死ぬかー。どっちもリスキーな力なこってすって」
「代償もなしに、特殊な力は使えないってことじゃないかな。……さて」
話を区切り、有希が立ち上がる。
「これから軽く朝ごはん作るけど、スイも食べる?」
「おう。食う食う。でも薬飲む前に言ってほしかったゾ」
食事を摂っていないと薬の効きが悪いというわけではなく、ごく一般的な薬と同じように胃に悪い。
「なにが食べたい?」
「忙しい人の味方、栄養補給ゼリー」
「スイのどこが忙しいのよ。食べたいなら自分で冷蔵庫に取りにいきなさい。それとも味噌汁にでも入れようか?」
「ふむ、チャレンジしてみるか。シェフよ、作りたまへ」
「え……ヤダ……なにこの子」
なぜか乗り気の睡蓮。まだ頭が茹っているのかと有希も渋い顔をする。
「作ってる間に、居間の片付けしといてよ」
「神に掃除させるつもりか!」
「その神様の名前、疫病神っていわない?」
その後、後ろから睡蓮にちょっかいを出されつつ作った朝食は、
「あー!? なんで本当に入れちゃうかな! しかも鍋に直接!」
「ウェヒフヘヘヘヘヘ!」
再び異能力者同士の戦いに発展するには十分な味をしていた。