理由はとても単純で
金属同士のぶつかり合う甲高い音が、広い庭に響く。睡蓮はその音の発生源を、縁側でボケっと見ていた。
「なんぞね有希、あんなスゲェかったのか」
鼻にティッシュを詰めながら、一人で鬼面蟹と戦っている有希に呆れ顔を浮かべる。勝っているわけではないが、現状は互角。膠着状態。優劣なし。おかげでこうして縁側で休めている。
「言われたもの、持ってきたわよー」
「おーう、さんきう」
家のなかから戻ってきたなずなから、薬の入ったポーチを受け取る。
「コレとコレとー。んで、コッチは“キミ”の分だよ」
睡蓮の声に、なずなの後ろに隠れていた誰かが震える。
「フハハハハ! もう逃げ場はないのだよチミぃ!」
「ちょっとスイちゃん」
「ハハハ……すんません」
失敗失敗と睡蓮は頭をかく。テンションの置き所がわからず、いつも通りにいってしまった。
「えーと……怖くないから出ておいで」
「……はい」
やっとなずなの後ろから、螢が出てくる。泥と汗で汚れたパジャマから、睡蓮の替えのスウェットに着替えている。
「初めまして。泉睡蓮です」
「あ、えっと。……鳴谷螢です」
正座し頭を下げる睡蓮に合わせ、螢も正座して返す。
「あら。似合わないことしてるわね」
「黙ってろい」
イーッ! となずなを威嚇し、睡蓮は咳を一つ挟む。
「はい、これ。超能力の薬。頭が痛くないなら、飲まなくてもいいよ」
「あ、はい。ありがとうございます……」
さて話をしようと睡蓮は口を開きかけるが、なにをどう話してよいものか、と首を捻る。
「アタシのこと、ユーキからなにか聞いてる?」
「……超能力者だって聞いてます。あと自由人だから変なことを言い出しても気にするな、って」
「そかそか」
あとで有希を絞めようと決めつつ、さらに首を捻る。母親のことを有希は伝えていない。ならばどう伝えたものか、と。なにせ螢は、母親の詳細を知らない。思い出すのは螢の夢に出てきた、製造元の人間と父親が会話をしているシーン。螢は二人の会話の内容を理解しておらず、睡蓮だからこそわかったに過ぎない。
(ユーキが言ってくれてたら、こっちも腹をくくったんだけんども)
記憶を覗いたとは言い出せず、ならば有希に話したように、宗治の伝手で知ったと説明するか。
「あの、睡蓮さん」
「んお?」
どうストーリーを仕立てるかと考えていた睡蓮に、螢のほうから話しかけてきた。
「逃げて、ごめんなさい。病院に運んでくれたのに」
「ええんよ別に。起きていきなり名前を呼ばれたら、ビックリしちゃうよね」
それに霊鬼を呼び寄せるという力もあり、病院にはいられないと逃げたのだろう。そう睡蓮は予測しているし、事実その予測は当たっている。怒るに怒れない。
「他にユーキに言われたことは?」
「……家族」
ポツリ、と螢は口にする。
「家族になろうって、一緒に背負ってあげるって、言ってくれました」
「そか」
先を越されたと思いつつも、ならば遠慮は要らない。
「螢くんや、今から衝撃の真実を伝えよう」
「は、はい」
睡蓮はもう一つ咳払いし、口を開く。
「アタシは、螢くんの、姉です! よろしくね!」
「…………はあ」
説明をすっとばした事実に、螢はきょとんとしている。
「ま、螢くんを産んだ母親は、アタシの母親でもあるってこと。種違いの姉弟ってことやね」
「!? 僕のお母さんのこと、知ってるんですか!?」
「知ってるよ。アタシの本当の母親の能力は、超能力者を産むっていう超能力者。だから螢くんは超能力を持ってるんだな」
この話に驚いた表情を浮かべたのは、螢だけではない。横で話を聞いていたなずなも目を丸くしている。
「スイちゃん。弟って、わたしも始めて聞いたんだけど……いえ、ちょっと待ってね」
睡蓮の生まれた経緯は、養子にしたときに知っている。もちろん本当の母親の情報も。驚いたのは、螢に対して。なずな少し考え込み、思い至る。
「鳴谷一門は、霊力の差を超能力で補おうとしたのね」
「……はい、そうです」
素直に肯定する。螢は幼い頃から、父親に言われていた。霊能力者として復権するため、オマエには超能力を与えたのだ、と。霊能力者としての力は弱まったが、空を飛び、変身という力を得た。
「霊能力者が霊能力を弱くするって、本末転倒じゃない。それとも、鳴谷はそれだけ追い詰められていたってことかしらね」
「まぁまぁ。そこら辺はおいおいでいいじゃん」
睡蓮にとって重要な点はそこではない。
「あの、お母さんはどこに」
「さぁね。アタシも会ったことないから」
睡蓮を出荷した組織は潰れたが、それは末端に過ぎず、母親を含め首謀者たちは逃げおおせている。望んで超能力者を産んでいるのか、それとも事情があってのことなのか。もう死んでいるのか、まだ生きているのか。それすら知らない。
「疑ってるなら、DNA検査でもなんでもすればいいよん。んで、信じてくれるんなら」
じわり、と睡蓮の手の平に汗が浮かぶ。
「アタシのことを、お姉ちゃんって呼んでくれないかな」
出合って間もない少年に、睡蓮はいったいなにを言わせようとしているのか。断られたらと思うと怖い。しかし、呼んで欲しいと思ったのだから仕方がない。
「……睡蓮、お姉ちゃん」
うつむきかけた睡蓮の顔が上がる。
完全に話を信じたというわけではないだろう。言われた勢いで呼んでしまっただけかもしれない。それは螢の戸惑った表情を見ればわかる。しかし、今はそれだけで十分。
「よしゃ!」
覚悟は決まった。
家族が戦っている。家族が困っている。
ならば手伝わねばならない。守らねばならない。
「いくの? 夏凛から、時間を稼いでくれれば向かうって連絡はあったけど」
「ユーキが戦ってるんだ、アタシもいくさね。約束守ってくれた礼はせんと」
「だったら僕も!」
「休んでなって。出番はないよ。母もね」
睡蓮は、なずなに頼んで持ってきてもらった合金ワイヤーを念動力で浮かせ、立ち上がる。
「スイちゃん、ティッシュ。カッコつかないわよ」
「おっと。どーりで息がしづらいと。恥ずかしいなぁ」
鼻に詰まっていたティッシュを、鼻息で吹き飛ばす。
「はしたないわね」
「黙れ母」
血は止まっている。しかし多少休んで回復したといっても、全快には程遠い。頭痛は収まらないし、耳鳴りも止んでいない。無理をすれば、また鼻血も出てくるだろう。
それでも睡蓮は、いかなければならなかった。
「これは弟を守るアタシの戦いだっ! 誰かに守らせたままなんて、アタシが許さないぜぃ!!」
なぜなら、自分の家族を守る戦いなのだから。




