目標・お家を守ろう! 一
採石場で夏凛たちの戦いが始まって三十分。別の場所でも戦いは始まっていた。
「イエッハァァァァァァッ!! やっちゃえファ○ネル!」
宙に浮いている悪霊に向かい、屋根にいる睡蓮が腕を振る。腕と一緒に動くのは、なずなが呪具として作り霊力を込めた、五つの独鈷。神鉄鋼製の独鈷は念動力によりランダムな軌道を描き、悪霊の身体に吸い込まれてゆく。
『……!?』
幾度も攻撃を受け虫食いの悪霊の体が、四つの独鈷により庭の壁に貼り付けにされる。そして五つ目の独鈷が、胸――心臓を貫いた。悪霊は火傷で爛れた顔をさらに歪め、消滅してゆく。
『睡蓮ちゃん、すごいね』
「はっはっはっ! そうだろそうだろ! ……うおー、視えるってコエーなー!」
眼鏡越しに視える、右半身を屋根に貼り付けた少女。有希やなずなからいるとは聞いていた睡蓮だが、避難してきた少女を視るたび、シュールな笑いを浮かべるしかない。
「むむ」
手元に戻した独鈷の一つが、パキリとヒビ割れる。屋根の上には、他にも二つほど壊れた独鈷が転がっていた。
「母ー、も一個壊れたー! 次はビームとか出るのちょーだい」
「そんなのないわよ! 大事に扱ってちょうだい! も~、来週納品だったのに……」
庭で弓を使い影鬼を相手にしていたなずなだが、倒すと同時に被害額を計算しそうになり、慌てて頭を振る。睡蓮となずなは庭で、姫狼は表で戦っていた。
「……まぁいいわ。必要経費と考えましょう。それよりスイちゃん。倒すのは、わたしに任せてくれていいのよ?」
「そうも言ってられんでしょうが」
最初は十体ほどいた霊の姿も、残りは三体。
「あらそう。霊視鏡の調子はどう?」
「視え~る視え~る。おかげで当てられる」
特殊な宝石をレンズとして加工した眼鏡をかけた睡蓮は、屋根の上からぐるりと周囲を見回す。今まで視えなかった霊の姿がくっきりと映る。
「こんな便利なモノがあるなら早く教えて……いや微妙! 怖くてチビりそう! ホラーはゲームも映画も苦手!」
ホラー映画を笑いながら観れる有希やなずなと違い、睡蓮は普通に怖がる。話を聞くくらいなら大丈夫だが、目に視えるというのはなかなかにキツい。しかも半身の少女はまだマシな部類。下半身がなく臓物を垂れ下げながら近づく霊など、精神衛生上よろしくない。しかし現状、目を閉じるわけにもいかない。
「出来がよすぎちゃって、どうしようもなかったのよね。おかげで普通の人に売るわけにもいかないし、霊能力者にはいらないし。だからスイちゃんにあげる――わ!」
なずなの放った矢が、地面を転がっていた虚目と呼ばれる、目のない顔だけの霊鬼の額に突き刺さる。自分の身長と同じサイズの顔、当てるのに苦労はない。
「いらないです! でも今は助かる!」
動きを止めた虚目の身体に、四つに減った独鈷が迫る。一つは躱されたが、三つは頬に当たり肉を抉り取る。
「むぅ、顔だけのくせにちょろこい。あと硬さが違う。今のは霊鬼なのかね」
霊視鏡をズラと、ボヤけるが大きな顔が見える。それと、わかったことがもう一つ。
『おっきなお顔ね』
「ねー。なにを食って育ったんだか」
『人じゃないかしら』
「かもねー……」
霊視鏡は視えるようになるだけ。会話ができるわけではない。しかし睡蓮は精神感応を使い、屋根にいる少女と会話をしている。試してみたらできた。できてしまった。
「この子も他のも、人ってことかよ。ちくしょうめ……」
肉体は器、魂こそが人。有希の言葉の意味が、はっきりと実感できた。だからと黙って襲われる気もない。考えすぎれば蚊だって殺せなくなる。
「そう。これはコラテラルダメージというものなのだ」
合っているかなど知らない。都合よく使わせてもらう。せっかく調子がいいのに、手を止めたくはない。
「今日のアタシは、ぜっ! こう! ちょう! なのだから!」
頭痛は軽微、熱もない。気合が漲り、身体も軽い。魂が燃えている。まだまだ動ける。
独鈷を思考するままに大きく動かす。狙う場所はこめかみ、そして人中と呼ばれる鼻下の筋。それぞれに二つずつ、狙いと寸分違わず突き刺さる。
「はっはぁ! 人の顔してるってことは、弱点もそのままだよなぁ!」
苦悶を浮かべる虚目を下目に、マンガの知識もバカにならない、とほくそ笑む。しかし相手は人ではない。痛みで怯みはしたものの、怨嗟を眼孔に浮かべ、睡蓮に向かい舌を伸ばす。だが、一陣の黒い風が通り抜けると、舌が根元から千切れた。
「キオ!」
爪を瘴気で濡らした黒狼は、唸り声をあげて虚目を威嚇する。そして、口を大きく開き。
『ヴオォォォォォォッ!!』
吠える。太古から魔を祓うとされる狼の咆哮。ひりつく怒りを込めた咆哮は空気を震わせ、虚目だけでなく他の悪霊や霊鬼をも拘束する。
「発氣操典……姫狼、どいてちょうだい!」
なずなは弓を手放し、地に霊力を流す。
ここは工房。ここは陣地。引き金は軽く、炸薬は貯蔵済み。
「燐華刃!」
虚目の側から姫狼が飛び退くと同時に、地面に光点が浮かび上がる。光点は霊力の槍となり虚目を貫き、光の華を庭に咲かせる。華は虚目だけでなく悪霊も飲み込んでゆく。
「ずっと溜めてた霊力だけど、こういうときに使わないとね」
「おおー! 母すっげぃな! でも華ってか栗だよね」
「黙らっしゃい」
残りは影鬼が一体。これで終わり。
「……? キオ?」
しかし姫狼は唸り声を止めない。姫狼が睨むのは影鬼ではなく壁。もっと遠く、家の外。その先には。
「海から……違う、もう山のなか?」
音が聞こえる。堅いモノを引き裂くような、力任せに倒すような。近づき、近づき……すぐ側に。ドンッ! という大きな音と共に、漆喰の壁にヒビが入る。何度も何度も、壁が崩れるまで繰り返す。
「なんぞ、あれ……?」
土煙が舞うなか、最初に見えたのは二対のハサミ。
それは、一匹の巨大な蟹だった。




