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鬼を寄せるにゃ呼子もいらぬ

 新地街の郊外にある、広大な敷地の採石場。そこには夏凛や美兎、援軍の霊能力者たちが集まっていた。総勢八名、手にはそれぞれの得物。が、美兎だけは携帯端末を持っている。


「夏凛せんぱーい。鳴谷の鬼子、病院から逃げたみたいッスよ」

「あら、面倒が自分からいなくなってくれたの。それはよかったわ」

「そうでもないッス。ユウちーが追ってるって」

「……まぁ、逃がすわけにはいかないわよね。さすが有希、いい判断だわ」

「くるっくるッスね」


 手の平を高速で翻す夏凛に呆れながら、美兎は睡蓮に短い返事を返す。


「なら來豊山のほうは、なずなさんだけってことかしら」

「スーも一緒ッスねー。どう役に立つんだかわかんないッスけど」

「まぁ、危なくなったらなずなさんと一緒に逃げるでしょ。それよりコッチよ」


 手を回し無人になった採石場。ここが引き寄せられた悪霊、霊鬼との決戦の場。千里眼から、乙等級の霊鬼が三体ほど混ざっていると報告があった。そんなモノが街に現れれば、被害がどれだけ出るか。どうあっても採石場ここで決着をつけなければならない。


「美兎、準備を」

「ういーッス」


 地面に置いていた大きなアタッシュケースを開けると、丸められた銀紙を取り出す。広げた銀紙は新聞紙ほどの大きさ。片面ではなく両面に神鉄鋼の箔が貼られた、細かい折り目のついた傀儡符。


廻巡戻返めぐりてめぐれ もどりてもどれ捧持禽鳥ほうじきんちょう


 呪を口に、指は符に。傀儡符は折り目に流れる霊力のままに折り込まれ、姿を変えてゆく。現れたのは、頭部だけが球体のように丸い、一羽の銀鷲。しかし、まだ霊力を宿らせていない。指から流した霊力は、銀鷲を作るために流しただけ。


離魂宿我やどれよやどれ わがかけら


 宿らせるのはたった今。美兎から霊力が――魂の欠片が銀鷲に吹き込まれ、“繋がる”。


「よしっと」


 美兎の左目に映るのは傀儡符の銀鷲。そして右目に映るのは――自分の顔。


 離魂の法と呼ばれる九流々家に伝わる秘術で、部分的な幽体離脱を可能としている。現在、美兎の右目は霊力の糸で繋がれ、銀鷲の頭部に宿っていた。


「前から思ってたけど、ドローンとか使ったほうが楽なんじゃないの?」

「ウチの秘術にヒドいッス。ま、そこら辺は後々ってことで」


 銀鷲は空へと飛び立つと、美兎の考える方向へ――外へとを向ける。空の視界の先には空と森。


(……百鬼夜行か。なんの因果なんしょね)


 空には普通の人間には視えない黒い点が複数。下の森にも不気味な気配を強く感じる。


「報告! 霊鬼どもは新地街を目指して直進中! ただ、採石場ここと進路がズレてるッス!」


 このままでは素通りされる。だが、その程度は想定内。


「全員、魂を燃やしなさい!」


 夏凛の言葉に、美兎を除いた全員が抑えていた霊力のたがを外す。


 腹が減っているのだろう。餌を求めているのだろう。ならば、ご馳走を目の前に持ってきてやろう。霊力は霊の鼻をくすぐり、空腹が思考を奪う。鬼を寄せるなら、これだけで十分。


「ッ! 進路変更を確認! くるッスよ!」


 喰いついた。空を飛んでいた黒い点が、森に漂っていた気配が、採石場へと進路を変える。


 嫌がおうにも高まる緊張感。美兎は銀鷲を近づけ、気配の正体を探る。森の木が揺れている。そして遠くから聞こえてくる、カンカンという木を叩く音。


「空に十五! 森に三十! 乙等級の霊鬼は恐らく“山荒ヤマアラシ”!」


 乙寄生種、山荒。猪や熊などの獣に悪霊が取り憑き、霊鬼と成ったモノ。全身の毛を長く逆立て槍のように硬化させ、山を進めばカンカンと木に傷を刻み、山を荒らす妖怪。他は悪霊と霊鬼が半々と言ったところ。


「へぇ、なかなかの大物じゃない」


 美兎の報告に、全員の霊力がさらに高まる。……だが足りない。千里眼から連絡があった乙等級の霊鬼の反応は二体。


「どこ……どこにいる」


 目を凝らし探す。だが乙等級ほどの強い気配は山荒以外に感じない。


「……これは」


 最初に異変を感じ取ったのは、美兎ではなく夏凛。足の裏に感じる小さな振動が、地中に蠢く気配が、急激に大きくなってゆく。


「――ッ!?」


 全員が一斉に飛び退くと、地面が音を立てて割れる。現れたのは巨大な蛇。しかし蛇が鎌首をもたげると、表面からボロボロと欠片が降り注ぐ。欠片は蠢き、這いながら、再び身体へと戻ってゆく。


「ッ! “大蚯蚓オオミミズ”!? 乙どころか丙等級、しかもマジもんの妖怪じゃないッスか!」


 丙群生種、大蚯蚓。二百尺(約60メートル)を超える巨体を持つが、その正体は大量に集まった蚯蚓の群生体。元は十尺(約3メートル)の巨大な蚯蚓だと言われており、長い年月を生き、集まった他の蚯蚓と魂で繋がり、一塊の巨大な生物と成った妖怪。


 正確には悪霊や霊鬼の類ではないが、起こす災害は並みの霊鬼を凌駕する。蚯蚓の本能のままに地中を動き回り、穴だらけにしてしまう。最後に大蚯蚓が出た記録は約七十年前。そのときは、山間の村や町が土中に沈んだ。当時の霊能力者は協力し討伐にあたったが、もう少しというところで取り逃がしたという。


「地下にいたせいで予測が外れたッスかね。さすがに二百尺もないみたいだけど……」

「ご先祖様が減らしておいてくれたってことでしょ」


 大蚯蚓の大きさはおよそ百尺。それでも巨大。


 山荒と大蚯蚓。どこぞの山奥から鬼子に惹かれて動いたか。それとも集まった霊鬼を喰うためか。どちらにしろ、ここで食い止めるしかない。夏凛は自らの命を預ける大薙刀を構え、号令を出す。


「三人は山荒に当たって! 私ともう三人は大蚯蚓に! 倒すことより足止めを考えて! 美兎! あなたは空を!」

「え、ちょ、ウチが空にいるの全部ッスか!?」

「その後は状況を見て動きなさい! 頼んだわよ!」


 一人置いていかれた美兎は、げんなりと長い溜息を吐く。そしておもむろに、アタッシュケースのなかから自分の得物を取り出した。それは無骨な鉄とプラスチックの塊。それは機能美の塊。それは銃と呼ばれる、近代の英知。


「……んひ」


 得物を手にし、美兎の口角が上へと歪む。両手で抱えるほどの銃を二挺、霊力で強化した腕で持ち上げる。マガジンの中身は神鉄鋼製の弾丸がたんまりと。換えのマガジンもたんまりと。


「さーて! 撃ちまくるッスよー!!」


 美兎の撃った弾丸が、空を飛び交う霊へと飛んでゆく。


 ――こうして、新地街を守る戦いの火蓋が切って落とされた。

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