血は水よりも濃いが、絆には及ばない
悪い事は続くものだ。
最初に言い出した人は、よほどの不運にぼやいたのだろうか。
否。きっとこの世の真理と、諦めて口にしたのだ。
「待ってユーキ。鳴谷螢は、アタシの弟なんだ」
「冗談を言ってる……わけじゃないみたいね」
睡蓮の唐突な告白に、有希は“家へと戻りかけていた”足を止める。
「アタシが養子だってことはユーキも知ってるでしょ」
「そりゃもちろん。神代宗家でも話題になったし」
泉の当主が役立たずを拾ってきおった。本家分家が集まる場で、なんど聞かされただろう。
「アタシが養子になった経緯は?」
「……そこまでは知らない」
気にはなっていた。だが聞けなかった。睡蓮やなずなから聞かされるならまだしも、自分から聞くのは躊躇いがある。
「ほほ~う。そかそか。聞いてなかったか。ならば聞かせて進ぜよう」
ならばと睡蓮は指を立て、偉そうに、とても上から。
「アタシね。ある施設から“出荷”されたの」
とても酷い話を始める。
「出荷って……なによそれ」
「そのまんまの意味だよ。牛や豚と同じ。超能力を持った子供がセリに出されて、欲しいヤツらに買われてゆく。直前で助けてくれたのが、今の母。偶然だけどね」
有希は耳を疑う。睡蓮の話は完全に人身売買のそれ。仮に人身売買が行われていたとしても、その前提がオカシイ。
「売り買いできるほど、超能力者がいるっていうの……?」
超脳を持つ人間は、一億人に一人程度。だが世界中の超能力者を集めても百人もおらず、そのほとんどが、国や施設により保護されている。こうして普通に生活しているように見える睡蓮だが、海外への渡航も制限されている。
ならば、遺伝を含め人工的に生み出せるのか。それは過去の日本、アメリカ、ソ連、などなど各国の研究結果から否定されている。
「わかってないなぁユーキは。超能力ってさ、色々できるでしょ。空を飛んだり、変身したり、心を覗いたり。“ないものがない”のが超能力。んならさ」
睡蓮は手を広げ、空を見上げる。
ありえないはずの現象を起こせる。
常識という制限が存在しない。
「“超能力者を産む超能力”なんて、あっても不思議じゃないよね?」
睡蓮は笑っていた。しかし、笑っているのに、笑っていない。
とても酷い顔だ、と有希は思った。
「アタシの本当のお母さんがそうなんだって。んで、アタシが生まれたの。笑えるよね」
「っ! 笑えるわけないでしょ!」
「……ですよねー」
大きな声に睡蓮は目を瞬かせ、また酷い顔で笑う。
「まぁ、そんなわけなん。んで、あの螢って子もそう。アタシと違って、オーダーされて生まれてきたみたいだけど」
「それで私にお願い?」
「そだよ。一生のお願い。あの子を――アタシの弟を、連れ戻してきて欲しい」
いま連れ戻せるのは有希しかいない。だから連れ戻してこい、と。
「さぁ。こんなカワイソーなアタシのお願いを、ユーキは断れるかな!」
「はあぁぁぁぁぁ……」
長い溜息。有希は顔に当てた指の隙間から、病院を見る。
八階の窓から伸びる、糸のように細い霊力のようなナニか。いくら消えにくいとはいえ、あれでは十分もかかるまい。他の霊能力者は呼べない。夏凛や美兎、援軍として呼ばれた霊能力者を含め、余裕がなくなった。
「今がどんな状況か、わかって言ってる?」
「わかってるって。大量の悪霊やら霊鬼が、街と山を目指して進行中! ピンチだ危ない全員集合!」
だからこそ、有希しかいない。半人前の有希しか。
『数十の悪霊と霊鬼が新地街に迫っている』
有希の元へ連絡がきたのは、降りてきた睡蓮と螢を探しにいこうかというタイミング。前日の比ではない量と質。それが、少年の逃げた方向と逆側から迫っている。
「だったら、探してるヒマないのわかってるよね」
「原因を取り逃がすほうが、霊能力者としては痛手でない?」
「それは……」
「それに半人前のユーキは、母と一緒にお山の警護でしょ」
新地街の外から固まって動いている外敵に対して、夏凛たち霊能力者は郊外での決着を求めた。しかし有希に与えられた役割は別だった。
少数だが、家のある來豊山にも敵が迫っている。來豊山の防衛か、來豊山を捨て夏凛たちの後方支援に当たり、その後來豊山を取り戻すか。なずなと相談し、すでに後者と決めている。
「ねーねーユーキー! おーねーがーいー! アタシが代わりにお家守るからー!」
「スイにできる?」
「自分の家くらい自分で守るわ。まだクリアしてないゲームあるし」
家にはなずながいる。いくら霊力が低いとはいえ、來豊山はなずなの工房。呪具を使い、拠点防衛に専念するならば、簡単に負けることはない。そして姫狼。所有者がおらずとも、黒狼の姿で戦うことができる。こちらも悪霊程度に負けはしない。
(スイがいて大丈夫かな)
睡蓮という存在がメリットとなるか、デメリットとなるか。超能力者が霊に対してどう役に立つ。
「頼むよユーキ。あの子はアタシと一緒なんだ。ううん、アタシより酷い。誰かが一緒にいてあげないとダメなんだよ」
普段とまったく違う、真剣な顔。自分も姫狼と一緒だな、と有希は小さく息を吐く。
「二つ教えて。螢君はなんで逃げたの。スイはなんで螢君にこだわるの」
「名前を呼んだら逃げた。家族だから。姉の顔を見て逃げるとは何事だって叱るため」
「三つだし……」
真剣なのは顔だけかとツッコミそうになるが、やめておく。
「わからないで言ってたらヤダなあ」
「あにがや」
「……スイは友達で、なずなさんの子供で、つまり親戚で」
こんな状況でも、真剣な願いを叶えてやりたいと思うくらいには。
「私の家族ってこと」
もう身内に含まれているのだと。
「ちゃんとなずなさんの言うこと聞くんだよ!」
「あ……っ! 頼んだからねユーキ!」
有希は消えかけの糸を追い、病院の裏へと走り出す。顔が熱い。変なことを言ってしまったと後悔する。だが、間違ったとは思っていない。
「あんな顔、スイには似合わない」
家族がいつもの笑顔に戻ったのだから。
悪い事が続こうとも、諦める気はない。




