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一族滅び、路頭に迷う

 睡蓮が覗き観た記憶のなかに、睡蓮の望んだ情報はなかった。科学や医術といったアプローチは一切なし。よって螢という少年が超能力を使っても大丈夫だった理由は、超能力者として完成されているのか、霊能力を持つおかげなのか、わかっていない。


「鳴谷って……やっぱり、あの“ナルヤ”?」


 しかし、それ以外の情報は集まってゆく。


『だって、名前が鳴谷そうなんしょ?』


 月曜の昼過ぎ。制服姿の有希が話しているのは、今日も新地街の見回りをしている美兎。昼に連絡してこいと夏凛から言われた。だから連絡した……のだが出ないので美兎に連絡した。美兎が言うには、夏凛は急用で忙しいらしい。


 千里眼から連絡のあった悪霊は、夜には祓い終わった。反応は消えたという千里眼からの連絡とともに有希は泥のように眠り、そして朝。朝になり朝食を食べている最中に、『少年の名前わかったよ』と睡蓮に聞かされた。


 超能力で記憶を覗いたと睡蓮は言わず、『研究者に知ってる人がいた。ただし名前だけ』と、宗治と口裏を合わせて。しかし、名前だけでも十分。


『超能力なんて関係ないッスよ。霊能力を持った鳴谷なんて、“鳴谷一門いちもん”しかないでしょ』

「だよね……」


 鳴谷一門。神代や空杜と肩を並べて“いた”霊能力者一族の名家。


『まさか、鳴谷一門に生き残りがいたとはねー』


 生き残り。その言葉の意味するところは一つ。鳴谷一門と呼ばれた一族は現在、この世に存在しない。


 十六年前。重ねた血の相性が悪かったのか、数代前から霊力の強い霊能力者が生まれずにいた鳴谷一門は、力の回復に努めると一線から退き、一族揃って山奥の隠れ里に引き篭もった。


 そして二年前。鳴谷という名前が霊能力者の間で出ることも少なくなった頃――一夜にして滅んだ。救援に駆けつけた霊能力者が視たモノは、大量の霊鬼の残滓。そして、夥しい死体の山。


「現代最後の百鬼夜行、なんて呼ばれてたよね」


 二年前の騒ぎを引っ張り出す。当時は随分と大騒ぎになったが、原因もわからず、その後なにか起こるわけでもなく、燻ったまま蓋をされた事件。


「ねえ、夏凛さんが言ってた心当たりって」

『いっしょいっしょ。六、七年前かな。一度だけ、不思議な力を持った子供がいる~っていう話を聞いたことあったんだ』


 しかし名前が判明したため、調べる前に終わってしまった。


『調べるっても、どう調べるかを調べる段階だったからさ。名前以上のことなんて、わかんなかったかもだし。あ、先輩にはウチがしゃべったって言わないでよ』

「う、うん」

『んでさユウちー、さっきから気になってたんだけどさ。今どこにいんの?』


 美兎の耳に端末越しに聞こえる、ざわざわという多数の人の声。有希は学校のはずだが、それにしては聞こえてくる声が多種多様すぎる。


「もう外たよ。短縮授業だったの」

『へー。いいなー学生は。スーも一緒?』

「スイは朝から病院。なんか螢君にご執心みたいで」

『ってことはアイツ、まーたサボりか』


 美兎の呆れた声。学校を休みがちな睡蓮だが、気分で体調不良になることを知っている。


『テスト前なのに』

「うっ……知ってたんだ」

『ウチも一昨年まで高校生してたからね。時期的に、今日からテスト前の短縮授業ってことでしょ。ユウちーは学校サボらないようにしなよ~。先輩、怒るから』

「わかってるって」


 有希は朝、睡蓮とともに病院にゆくと、なずなが持っていたありったけの結界符を螢に貼り付けてから、睡蓮を置いて登校した。本当は有希も病院に残っていたかったのだが、夏凛から『半人前は学校を優先しろ』とキツく言われている。


「じゃ、先に病院で待ってるから」

『はいはい。あとでね』


 通話を切り、バスに乗って病院を目指す。今日の夕方、有希は夏凛と美兎を、件の少年に会わせる約束をしている。それまでに状況をまとめておかなければならない。


螢君あのこ、どうなっちゃうのかな)


 睡蓮が『ゾンビだ』と表現するほど結界符を貼り、螢から出ていた“霊力のようなナニか”の放出は、一般人と同じくらいまで収まった。……収まったのだが、まだ問題は残っているし、新しい問題も出てきた。


“残る”のだ。料理の入った鍋の蓋を閉めても、臭いが部屋に染み付くように。一晩たっても家に残っていた霊力のようなナニかに、有希も嫌な予感はしていた。そして実際に、霊を引き寄せた。


 時間で薄くはなるようだが、部屋の空気を入れ替えるように簡単に消えてくれない。霊力だってこんなに留まりはしない。悪霊や霊鬼の襲撃が収まったといっても、空白地帯になっただけ。清い水が簡単に濁ってしまうように、外にいるモノが混ざりこむ。そうなれば、また引き寄せてしまう。


「……ホントに厄介だよね」


 誰にも聞こえないほど小さな声。どうにかしなければいけない。だが、どうすればいいのか。頭を捻らせ、気付けばバスはもう病院の前。


 睡蓮は大人しくしているだろうか、とバスを降り病院を見上げると偶々、本当に偶々――八階の角部屋から、人が落ちるのが見えた。


「っ!?」


 息が詰まる。これから起こるであろう惨状に、病院の敷地内から悲鳴が上がる。……しかし、いつまでたっても鈍い音は聞こえてこない。いつまでだっても、いつまでたっても、落ちない。墜ちない。堕ちない。


 落ちずに病院の裏手にある山へと、フラフラしながら飛んでゆく。

 見たことのある姿だった。見忘れるわけがなかった。


 有希の携帯端末が、着信音を奏でる。指をスライドさせれば、とたんに聞こえてくる焦った声。


『ユーキいまどこ!? 逃げられた!』

「……うん。みたいだね……」


 しょうねんの姿はとっくに病院の陰に隠れ、見えなくなっていた。

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