一人の少年、二つの異能 二
「超能力としては……これは直接見ている二人のほうが詳しいだろうね」
少年が病院に運ばれたあと、睡蓮と有希、なずなの三人で、色々と話し合った。超能力者にできること。霊能力者にできること。そこから少年の力を割り出している。
「んなら、まずはアタシから。思い当たる能力は二つ。まずは念動力」
人体は自力で空を飛ぶようにできていない。霊能力者でも不可能。しかし、少年は飛んでいた。ならばどうやって飛んでいたのか。超能力者というのであれば、答えは簡単。自分の体を持ち上げ、移動できる能力があればいい。念動力ならば可能。
「スイは飛ばないよね。楽しがってぶんぶん飛んでそうなイメージ」
「鳥じゃないんだ。制御がメンドくさいんだよ。負担もデカいし」
念動力で空を飛ぼうとすると、思考しなければいけない項目が多すぎる。無機物であればある程度感覚で動かせても、有機物であるなら速度や空気抵抗などの、負荷も考えなければならない。
「最高速で直角に曲がるジェットコースターなんて、アタシは乗りたくない。だって楽しくないから」
しかも能力次第で、どんな速度でも、どんな角度にも、思いのまま進める。睡蓮は少年が空で方向転換をしたときバランスを崩したのも、急激な負荷に身体が耐えられなかったのだろうと考えていた。
「念動力は使っても、帰るとき山で足を動かす補助させる程度かな。山道キツイし。あと扇風機動かしたり、リモコンとったり、座布団運んだり、テーブル投げたり、本取ったり、ベッドまで動いたり、布団被せたり、あとはあとは……」
数えてみれば、指の数が足りないくらいには活用している睡蓮だった。有希も宗治も、苦笑いを浮かべる。
「なら、二つ目の能力は」
「こっちは推測の域を出ないけど、変態だと思う」
「睡蓮クンは持っていない能力だよね」
「前に変態の資料を読んだことあるんだけどさ」
念動力は実体験から、そして変態能力は知識からの推測。記憶にあるのは変態能力についてまとめられた資料なのだが、睡蓮の注目した部分はこう。
――能力により変化させた身体の不要部分は、レンガのようにヒビ割れ、最後は砂のように崩れた。
「変態能力なら、皮膚の再生くらいできそうなもんだし」
「ふむ、そうだね。ボクも睡蓮クンから話を聞いて、最初に思い浮かんだのはそれだよ……しかし」
「なんか気になるトコあんの?」
「気を失ったまま、“元の姿に戻った”という点が、ね」
宗治はテーブルの上にタブレットを置き、ある資料を表示させる。
「研究者間の共有資料だよ」
それは、変態能力についての資料。睡蓮の記憶にある資料より、さらに詳しく書かれているものだった。
睡蓮は興味深そうに読み進めるているが、有希は文字を追うごとに顔を顰める。
「ド、ドイツ語? 病院だしドイツ語だよね。私、ドイツ語はちょっと習ってないので」
「カルテじゃないんだゾ。英語だよ。期末が心配だよアタシゃ」
専門的な単語も多く、普通の高校生が容易に読めるような文章でもないが、ドイツ語と間違うようでは問題外。
「んー、ここかな。『――変態能力は身体の構造変化である』『――構造変化は明確な意識下で行われるようだ』。つまり、気を失ったからって勝手に戻る類の能力じゃないはずと」
「そういうことだね。ということは、そのままの姿じゃないとおかしいんだよ」
少年が悪魔の姿へと身体の“構造を造り替えた”のならば、気を失ってもそのままのはず。少年が意識して造り替えない限り、元の姿に戻るはすがない。
「話を聞く限り、変化させたのは外皮だけ。まるで身に纏う鎧のように、不必要になったら脱げてしまう。変態とは違う。そうだね……仮称ではあるけれど、変身能力と言ったほうがいいかもしれないね」
「おー、かっくいー。ヒーローみたいでいいじゃん。それとも黒歴史かな?」
変身ヒーローならば、ピンチで変身が解けるのもお約束。睡蓮も気に入ったようで――気に入り方は人それぞれだが――拍手しながらタブレットを宗治に返す。
「アタシからは以上。あとは検査や本人に聞かなきゃわかんないでしょ。頭んなかを覗いてミなきゃね」
「そうだね。なら、次は」
「ほら、ユーキ。こっちの話は終わったよ」
「う、うん。あの子が変態じゃないってのはわかったよ。え……なに話してたの怖い」
「なんのこっちゃね」
目を回していた有希の意識を引き戻し、次の――霊能力者としての話を促す。
「まずは魂の大きさ――霊力の多さです。あの多さは、血を重ね続けた霊能力者特有のものです」
黒いバンで運ばれてゆくまでだが、有希となずなは少年を検分し、霊能力者で間違いないと確信していた。
「ピンチで霊能力が覚醒! 一般人だったのに気付いたらハーレム! とかではないんかね」
「なによハーレムって。まず、一般人がいきなり霊能力に覚醒、なんてありえないから。あったとしたら……近い世代に霊能力者がいるはず」
血を重ねた数が霊能力者の伝統であり強み。濃く血を受け継げば、よほど重ねた血の相性が悪くない限り、霊能力者が生まれる。そして超能力者とは違い、血も魂も関係なく突然変異的に、力の強い霊能力者が現れることはない。
「次に、霊力の制御です。気を失っていながら、体内の霊力は澱みなく制御されていました。幼い頃から霊力を扱う鍛錬をしていないと、ああはなりません」
霊能力者であれば、霊力の扱いは幼少より徹底して鍛えられる。それは霊力を使いこなす鍛錬であると同時に、霊力を悟られぬようにするためでもある。
霊能力者、特に子供は、霊力を欲する悪霊や霊鬼にとっても格好の餌になる。誘蛾灯にならぬよう、霊力を抑えなければならない。抑えた分だけ目立たずにすむ。
「超能力みたいに個々に特殊な能力があるというより、霊能力者として順当な力を持っている、みたいな感じですね」
霊視や身体能力の強化、そういった力が使える、と宗治に説明する。
「曖昧で申し訳ないんですけど、以上です」
「いや、そちらは専門外だからね。だったら専門家の意見は信じるし、知識として蓄えるよ。どう活かせるかは、まだわからないけれどね」
「あはは……そうですよね」
「でも、興味深い話だったよ。聞かせてくれてありがとう、神代クン」
頭を下げる宗治に、有希も合わせてお辞儀をする。宗治の言葉の裏まで探ろうとは思わない。それに、信じてもらう、というのは心地いいもの。
「少しお聞きしたいんですけど」
「なにかな?」
「その、あの子が常に超能力を使っているというか……そういうことってないですか?」
質問にたいし、宗治は腕を組んで少しだけ考え込む。
「……うーん、どうだろうね。超脳が常に働いているか、という意味なら、そうだとも言えるけれど」
超脳とは、超能力を使うためのエンジンともいえる。だからと使わないときは止まっているわけではなく、いつでも使えるように暖機している状態。どの程度が暖機状態なのか、どの程度が本格的に動いている状態なのかは、よほど負荷がかかっていない限り、互いを比べてみなければわからない。宗治は、そう有希に説明する。
「負荷はかかっていないようだし、病院にきたときにはあの状態だったからね。比べる対象がないんだよ」
「そうですか……」
わかりました、と有希は質問を切り上げる。
「話は終わりかな。もしこのあと予定がないのなら、男の子のお見舞いをしていくかい?」
「いいんですか?」
「少しならね。病室は八階の十七号室。一番隅の部屋だよ」
「ありがとうございます! よかった。頼もうと思ってたんです」
「うーい」
二人が部屋から出ようと立ち上がると、『ああ、そうだ』と宗治はわざとらしく声を上げた。
「睡蓮クンは、ついでに検査をしていこうか。二十分くらいしたら、戻ってきておくれ」
「ういうい。わかったから休日手当て頂戴」
「淹れた紅茶、一杯あたり五千円はするんだけどね」
「む……どうりで高級な味がすると思った」
「クッキーと一緒に流し込んでたくせに。あ、あの、すごく美味しかったです」
有希は礼を言いながら、睡蓮は後ろ向きで手を振りながら、部屋を出てゆく。
――――
二人を見送り、空になったティーカップを片付けた宗治は、新しく淹れなおした紅茶をお供に安物のデスクチェアに座る。PCの画面に映るのは、空白の文章ファイル。紅茶を飲み、無精ヒゲを撫でつつ、考えを頭のなかでまとめる。
「霊力に魂……面白い。もし、魂が人の形を決めているというのなら、変身した姿というのも、男の子の魂が影響しているのかもね」
やはり知らぬ知識を垣間見るのは楽しい、と少しだけ喜の感情を声に込めて一人ごちる。そうして宗治は睡蓮が戻ってくる間、自分の考えを挟みつつ、考えを文字へと変えていった。




