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一人の少年、二つの異能 一

 次の日――日曜の早朝。睡蓮と有希は新地街にある大きな病院の前に立っていた。新地街の端近く、長閑な緑溢れる土地に建つ病院。平日は普段は混んでいるのだが、今日は休診日の日曜。しかも早朝で面会時間外ということもあり、人の姿は見えない。


「あの子、生きてるよね……?」

「わがんね」


 前日の夜、睡蓮が主治医に『超能力者を見つけた』と連絡すると、それはもう十五分足らずものすごいはやさでランプもない黒いバンきゅうきゅうしゃが駆けつけ、少年を乗せまたすぐに戻っていった。この病院こそ、少年が運ばれた場所。


 気を失った怪我人を乗せているとは思えない速度。その後、ほんもののサイレンが聞こえることもなかったので、事故は起こさなかったのだろう。


「さっさとせんせーンとこ行くよ。早くいきたいって言ったのは、ユーキなんだかんね」

「わっ。待ってよスイ」


 一日半ぶりにスウェットから着替えた睡蓮は、有希を引き連れ休日入口へ。警備員から主治医へ確認を取ってもらい、なかへと入る。エントランスロビーのベンチソファーに座っているのは、ヒマ潰しに花を咲かせる早起きの老人が数人。


 二人は奥に進み、職員用のエレベーターに乗り込む。睡蓮が押したボタンは地下一階、主治医の個室がある階層。動き出したかと思えば、すぐにポンッと音が鳴りエレベーターが止まった。


 人気のない廊下を歩き、特別顧問室と書かれた部屋の前までくると、睡蓮はノックをする。


「せーんーせー、あーそーぼー」


 そして言い終わるとともに、返事を待たず扉を開けた。


「小学生じゃないんだから」

「どうせ連絡してるし。ね、せんせー」


 そんな睡蓮の行動に困った表情を浮かべたのは、ソファーに座っていた中年の男性。無精ヒゲを生やし、隈のできた目に眼鏡をかけ、痩せこけた体躯。中年の前に『冴えない』という枕詞が付いてもおかしくはない。


「まったく。ボクが着替え中だったら、どうするんだい」

「痴漢って叫ぶ」

「遠慮も容赦もないところが、睡蓮クンのいいところなのかもね」


 男は抑揚のない声で呟き、また困った顔をしては肩を竦める。


「さ、二人ともこちらへ」

「ほーい」

「おじゃまします」


 男は対面のソファーに二人を座らせると、手ずから紅茶を淹れ二人の前に出す。


「まずは自己紹介からかな。初めまして、綾野あやの宗治そうじといいます。キミが神代有希クン、でいいんだよね」

「は、はい! 初めまして。神代有希です」


 宗治が差し出した手を、有希は慌てて握る。この人物こそ睡蓮の主治医にして、日本の超能力研究における第一人者。


「話は睡蓮クンから聞いているよ」

「……スイが変なこと言ってなきゃいいんですけど」

「そんなこ……もごむもごむ……言ってにゃす……むぐ」


 さすが自由人と言えばいいのか。お茶請けに出されたクッキーを貪り紅茶を流し込む睡蓮を見て、有希はますます心配になってくる。


「勉強ができない、くらいならね」

「やっぱり言ってた」

「ホントじゃんか」

「……そうだけどさ」


 事実なので反論はできない。それがまた悲しい。


「あの、先生は医者で、ここが自室なんですよね。でもこの部屋……」


 なので、話題を逸らしついでに気になったことを聞いてみる。有希が見回した個室のわりに広い部屋は、なんとも奇妙なものだった。


 無機質な白い壁にリノリウムの床、とここまでなら病院でもよく見る。しかしソファーのほかに置かれているスチール机の上には、PCに大きな顕微鏡、シャーレが並んでいるインキュベーター。棚には書類や薬品が無造作に納められている。しかも部屋があるのは地下。医師の個室というよりも、個人の研究室というほうがしっくりくる。


「医師免許は持っているよ。でも、ボクは医者の前に研究者であり、睡蓮クンがいるからここにいるんだよ。そのための特別顧問という立場なんだね」

「ええと、睡蓮を治療するためだけに、病院が先生を招いたってことですか」

「ちゃうよ。超能力者アタシを研究したいから先生が近い病院に頼んだの。研究に協力するとなると、補助金おかねが流れてくるからねー。病院も断らない断らない」

「あー、そうなん……ですね?」


 有希は曖昧に返事を返す。補助金がどうこうなどと言われては、なんと答えればいいかわからなかった。


「訂正したい部分は細々とあるけれど、簡単に言えばそういうことだね。さて、昨日の男の子の件だよね」

「はい、そうです」


 宗治はタブレットを取り出すと、画面の上の指を何度か滑らせる。


「病状としては栄養失調と睡眠不足。そこからくる酷い衰弱だね。まだ目覚める気配はないけれど、若いしそのうち回復するだろうね。それと」


 宗治の指が、もう一度タブレットの画面を滑る。その内容こそ、二人が一番気になっている部分。


「検査の結果、超能力者で間違いないね。超脳の存在が認められたよ。それで……」


 睡蓮と宗治の視線は有希に向く。

 話すことは決まっている。だが、まずは前提。


「先生は魂とか霊力とか、そういったモノを信じますか?」


 世間一般、霊能力を信じているかと問えば、あるかもしれないね、程度の認識。超能力には負けるが、霊能力だって都市伝説と同じだろう。信じてもらえなければウソにしかならないし、話も始まらない。姫狼を持ってきて黒狼になるところを見せれば早いのだが、見世物そんなことをすれば今度こそ噛み殺される。


「正直、信じ難いとは思っているね。でも、あっても不思議はないとも、思っているよ。なにせボクは、超能力の研究者だからね。だから別の異能についても信じよう。それに病院にいると、そういった話もよく聞くしね」


 信じてもらうというハードルは、思いのほか低かった。これも種類は違えど異能というモノに携わっているからなのだろう。ならば、と有希も正直に話す。


「わかりました。信じてくれるのであれば、あの子は霊能力者です。超脳みたいに、普通の人と違う器官があったりするわけじゃないですけど」

「霊能力者同士……同族だからこそわかる、ということでいいのかな」

「そういうことです」


 科学的、医学的な観点から、超能力があると証明された。

 同族としての知識と経験から、霊能力者であると確信がある。


「なら、話を始めよう」


 二つの異能を持つ能力者について、三人は話を始める。

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