4番目のあるいは反革命のカナリア
星が燦然と輝いていてこのまま赤い旗に張り付けて国旗にしてしまいたいような美しい夜が明日、もしかしたら今日の革命記念日の成功を約束しているように思えます。
あの後、流れるように時は過ぎて、私は一人夜空を見上げています。
お茶会じゃなくなった途端に管理本部長も親衛隊長も、普段喋れない分を埋めるように積極的に喋りながら楽しくも延々と続くフルコースを堪能しました。元帥は普段通りでしたが、それでも楽しげに見えました。聖チイティヴィヨールティはもちろん満面の笑みを浮かべて、お行儀も無視して会えない時間を埋めるように喋りたいこと、聞きたいことを話して盛り上がっているのを私は横目に見ながら壁の花になって笑みを浮かべながら見守っていました。いつか私たち4人も再び集まってこういう風に楽しみたいものです。こんなに楽しい集まりになるなら普段からお茶会じゃなくて、こうやって集まればいいのにと思いますが、政治的な集まりであるお茶会あってのこの楽しさかもしれないので黙っておきます。私たちの夏のガチョウクラブもこういう風に政治的会合と楽しい集まりを分けてみたらもっと楽しくなるかもしれないので今度提案してみましょうとだけ思っておくことにします。
楽しいフルコースが終わった後は4人は寝室へと移動していき、私はお別れして個室でワインとオームリ?とかいう魚の燻製とパンを貰ってちびりちびりとやっていました。基本魚もワインも食べたことのない私には高尚過ぎる感じでしたが、それが椅子と机とランプ、ベットに窓しかない急遽用意されたかのような質素な部屋と相まって不思議で楽しい夜を演出しています。いえ、ワインの効果かもしれませんが。私はこの程度のワインで楽しい気持ちになれるので、ミロスラーヴァみたいに酒に慣れるために努力しようとは全く思いません。楽しい方がいいじゃないですか。彼女は素の指導力で尊敬を勝ち取れるだろうに、ロシア人が酒豪を尊敬するからといって努力するなんて業の深い話です。誰も得しないだろうことが特に。しかし彼女このことでは、私たちの説得を聞いてくれないですから、元帥に頑張ってもらえると助かるのですが。同じ軍本部で勤務してますからね。そんな議題があがって真剣に議論しているところを想像したら笑えてきますけど。
塔の中は真ん中にあるエレベーターと、周りにある同じような部屋が各階延々とある、出歩いてみようという気が起きない構成なのですが、更には親衛隊員の皆さんが見張りとして角々に立っているので部屋の中で夜景をお供に部屋でのんびりしています。
こんなことしてる場合じゃないのは分かってます。何故なら今のところ聖チイティヴィヨールティが私を呼ばなければならなかった必然性が見えてきていませんから。しかし他に出来ることもありませんので、最悪の場合に備えて楽しんでおくことにします。酔っ払って寝ていたとしても必要なら起こされるでしょうから。
それから少しの間楽しんだ私はベットに倒れるようにして眠り込みました。
「『こんな素晴らしい午後には、世の恋人たちは二人きり、そして貴方もまた、彼女と二人きりなのです』」
ほぼ暗闇の中で、体を揺すられて聖チイティヴィヨールティの声が聞こえてきました。まだ判断力が戻っていない私はせっかくなので疑問に思っていたことを聞いてみます。
「……貴方って、誰なんですか?」
「その前に私の質問に答えてみて?何で私は聖チイティヴィヨールティ(4番目の)なんて名乗ってると思う?」
「それは、えーっと、……モーセ、エリヤ、ハリストスの後だからじゃないんですか?」
「そこでエリヤを挙げられるのは、貴女はハリストスの教えをちゃんと習ったのかしら?」
「反宗教的な人間になるための宗教的教育を父から受けましたから。それでそうじゃないんですか?」
「そうじゃないわ。貴女はラービアって知ってるかしら?」
「いえ、存じ上げませんが」
「私の名前の由来を聞くと皆3人の宗教指導者を挙げるのだけれど、それにムハンマドを挙げた人でも分かってくれないからそれは仕方ないのだけれどラービアはイスラームのスーフィーの人なの。『ところが、ラービアはこう応えた。自分はどんな男性とも結婚できない、なぜならもう恋をしているから、と。「恋をしている?」かつての主人は喘ぎながら尋ねた。「いったい誰に?」「アッラーに!」と答えるや、ラービアは熱烈な感情のこもった詩を流れるように詠いだした。その熱情に圧倒されたかつての主人は、彼女の最初にして終生の弟子となった。ラービアは禁欲的な瞑想と神秘的な黙想の世界に入った。そうした生活の中から、しばしば恋の歌が堰を切ったように溢れだした。それらの詩はあまりに情熱的だったので、彼女が「恋人」と称する対象がアッラーであることを考慮しなければ、官能的としか表現できないような響きがあった』
『わが主よ、星は燦然と輝き、
人々の眼は深い眠りに閉ざされ、
地上の王者たちもその邸宅の門に鍵を掛け、
恋する若者たちはみな、最愛の乙女と二人きり……
そして、私もこうしてあなたと二人きりでいるのです』(ラービア)私がお茶会の前に毎回言っている貴方と彼女が誰だかこれで分かってもらえたかしら?私の両親がキリスト教的共産党員として流刑になった時に私には何個か選択肢があって、私はハリストスを試してみることにしたの。極北を目指してひたすらに北上してみることを。『このゆえにあなた方に言いますが、何を食べまた何を飲むのだろうかと自分の魂のことで、また何を着るのだろうかと自分の体のことで思い煩うのをやめなさい。魂は食物より、体は衣服より大切ではありませんか』(マタイによる福音書6・25)。やってみると当然に飢え乾いて、森の中に倒れて、死を待つことになったの。ここで私が何で北を目指していたのかを説明すると、私はサードマンの伝説を知っていて、極地の極限状態において人にあらざるものがそばにいることを知覚できるという話を頼りにして北を目指していたのだわ。そして死の淵で何かが私の前に現れて何も言わずに去っていったの。それから私が死の間際にクワスが飲みたいと思ったら現れたように、私は何でもつくりだせるようになったのよ。それから私はあれを神の使いないし神そのものだと思ったのだけれど、何で何も言わずにこんな力を私に授けたのかという疑問を考えることになったの。ハリストスは神の子だから例外としてもモーセもムハンマドも神的な存在と対話して、使命を受け取ったはずなのに。それで思い出したのはラービアだったわ。神は彼女と一緒にいることに忙しくて私に話しかける時間もなく、力だけを与えていったに違いないと。地上の悲惨さが神に見過ごされているのもそのせいだったのだと。だから私は名前を棄ててチイティヴィヨールティ(4番目の)と名乗るようになったの。ラービア(4番目の女性)の情熱が私に宿りますようにと。貴方と彼女に見捨てられた世界を救えますようにと」
「私はその話を聞かせるためにここに呼ばれたのですか?」
「いいえ、そうね。本題に行きましょう」
彼女はうすぼんやりとした闇の中で眼にそれでも分かるような怪しい輝きを宿らせながら言い放ちました。
「貴女、ちょっと、鳥籠の中に入ってもらえないかしら」
「えーっと、どういう意味でしょうか?」
「『もともと、ロシアの社会主義的知識人層の文化とイデオロギーの中心には、物質的な贅沢を拒否する姿勢があった。彼らは「プチブル的な」暮らしを象徴するあらゆる品物、たとえば、暖炉の上に並ぶ装飾用の陶器、鳥籠の中で囀るカナリア、植木鉢の植物、柔らかな椅子、家族の肖像画など、居室を飾るありきたりな品物をすべて排除し、そうすることで高貴な精神生活の高みに到達しようとしていた。「俗物的贅沢」との戦いは共産主義的生活様式を確立しようとする革命家の努力の核心を占めていたのである。詩人マヤコフスキーは一九二一年に書いている。……[中略]……
忠告しよう。
カナリアの首を切り落とせ。
そうすれば共産主義は
カナリアに打倒されないだろう』私は貴女をこのカナリアだと思ってるってこと」
「もしそうだった場合私を鳥籠の中に入れて囀らせたら、共産主義が打倒されてしまいますがそれでもいいんですか」
「それはいいの。……私は革命の成功を信じるには疲れすぎてしまったから。でも、フィグネリアは完全に共産主義的方法論で共産主義的幸福が成就されることを信じてるし、グラフィーラも古典的幸福を推進しているように見えて共産主義的方法論への信頼を失ってはいない。彼女たちがそうであることに私は何か言おうとも思わない。友達が素晴らしいことを信じているのに何を言えるかしら。……でも、信じられない。彼女たちは綺麗すぎる。私達が闇にも手を入れておかないと。そのために貴女を私の鳥籠の中に入れておかないといけない。貴女は反革命のカナリアなのだから。」
「……私は、そんな大層なものじゃないと思いますが」
「反共の師団長、軍本部における唯一のフィグネリアに対抗できるフラクションの長、教導師団ギルド、大学出身者および反女子階級独裁傾向をもつ兵士、これからは内外家族再会本部長の役職の権能もつくわね。貴女のところの夏のガチョウクラブが反革命に必ず直接参加あるいは間接的に関与する唯一の団体であることは目に見えている。だから貴女だけをお茶会に呼び続けることにしたのよ。貴女を反革命後の私との交渉役に選ばせるために」
「……良く調べてありますね。私に反革命を阻止するか密告しろと?」
「だからそれはいいの。貴女にしてもらいたいことはたった1つだけ。反革命からフィグネリアとグラフィーラの命を守って、反革命が起きた後に私のもとに連れてくることよ」
「このことは他人にも話していいんですか?」
「フィグネリアとグラフィーラの命を守るためなら何をしても許すわ」
「そこまでするんですか?」
「ここに連れてこられた時の最初の友達はそこまでしてもいいくらいの特別な友達たちよ。貴女もそうでしょう?」
「そうですね。……そうですね」
「だから、……私はフィグネリアとグラフィーラの命を守るためなら、何でもしなければならない。例えば貴女の友達を親衛隊に引き込んでおくとか。そうよね、ミーシャ」
「……はい、貴女の御心のままに」
闇から親衛隊長の声がしました。考える余裕もなかったから考えませんでしたが、こんな話をするときに暗闇の中で2人っきりにさせているはずもありませんね。しかし考えがまとまりません。ワインを飲んで寝たりしなければ何か思いついていたんでしょうか。
「そこまでしますか。……わざわざ私の友達まで調べて」
「そこまでするのよ。この都市で親衛隊に出来ないことなんてなくても、私はまだ安心できないから。……これが私からの貴女への鳥籠よ。これで貴女の友達の運命と私の友達の運命は繋がったの。だから貴女には私の友達たちと貴女の友達たちのために頑張ってもらいたいの。これから聖人の古典的仕事である病直しを私がするために塔に入れるようになるから、何か秘密の話がある時は病気になってきてちょうだい。……頑張って」
聖チイティヴィヨールティは後ろめたそうな声で私に要件を伝えた後は親衛隊長と闇の中へと消え去っていきました。
私が思ったことは怒りでした。聖チイティヴィヨールティにではなく、神と自分への。神は地上の悲惨さを見逃しているのに、人が悪徳を成そうと考えただけで速やかに報復をしに来ました。私はここで殺される可能性を考えて、最後の晩餐を楽しんだせいで思考力を奪われていました。そうでなかったら、何か思いついていたかもしれないとどうしても考えてしまいます。私はそんなに優秀ではないとわかっているにしても。……本当に、ナターシャとローザに謝らないといけません。
私はまだ中身の残っているワインの瓶を叩き割って、暗闇を見つめ続けました。




