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古くて色あせた旗のもとへあるいは二戦目

偶然に助けられていることを強く実感しています。ナターシャとの話がなければ管理本部長を説得する論理展開ができませんでした。しかしまぁ、管理本部に来ればナターシャの所には寄るので、あの話を聴けたのは偶然という程ではないかもしれません。ですがこれは完全に偶然だったはずです。神に助けられてるのではとも疑います。助けてくれるというなら何でもいいのですが、ともかくそれによってあの演説を聴けたことが私に良心的権力拒否運動戦術を可能にさせました。


 フィグネリア元帥はきちんとした共産主義者として『エリートを自任するボリシェビキの選良意識の根底には「共産主義的道徳」とでも言うべき独特の倫理観が存在していた。ボリシェビキ党はみずからを政治的前衛と思っていたが、同時に、道徳的な意味での社会の前衛をも自任していた。メシア主義的な指導者意識に貫かれていた党は、すべての党員にエリートにふさわしい資質の持ち主であることを要求した。エリートの一人でありたければ、すべての党員は自分の私的な行動と信条が党の利益に一致することを証明しなければならなかった。まず、自分が共産主義の誠実な信奉者であることを示し、国民大衆よりも高度の道徳的、政治的意識の持ち主であることを証明する必要があった。すなわち、正直であること、規律を重んじ、勤勉で、大義の為に滅私奉公することが求められた』のを彼女自身が忠実に実行しようとしています。結構なことです。そればかりではなくそれを拡大して国民大衆にも要求しようとしているのでしょう。だから家族制度の復活の為にわざわざ労力をかけようとしているこの提案に反対しているという論理展開のはずです。私には結構です。


「元帥閣下、貴女方は美しいものに毒を混ぜようとしておられます。出世主義者という毒を。貴女方はすべての人間を共産党員という特別な人間と同じように変えられると信じられてるようですが、確かに貴女方は優秀ですからそれも出来るでしょう。ですが、思い起こしてほしいのです。共産党が出世主義者に何をしたのかを。党は一度は見抜くことが出来ずに彼らを中に抱え込みました。そして後になって彼らを見つけた時には彼らをつくりかえようとはせずにただ党から追い出していきました。ブルジョワ的残滓を共産主義化しようとしても無駄なこと!貴女方がすべての人間を共産党員へと変えようとする過程である者は自分の内面を克服した真の共産主義者になり、もう一方では自分の内面を克服出来ない見かけだけの共産主義者へと分化していくでしょう。真の共産主義者になれない者に労力をかけることは無駄なだけではなく害悪です。何故ならばその者たちは決して報われない自己改造によって抑圧されるだけされるのですから。まず選抜が行われるべきです。すべての人間を救済することは忘れて『党員に与えられた責務を的確に理解し、泣き言を言わず、腐ったリベラリズムを捨てて、自分の義務を果たさなければならない。ブルジョワ的なヒューマニズムは窓から投げ捨てて、同志スターリンに恥じないように、ボリシェビキらしく行動せよ』。そしてそのための最良の選抜方法にも内外家族再会本部、およびその管轄予定の業務全般はなると思うのです。というのは、家族の為に努力することはブルジョワ的なヒューマニズムの最善部分だからです。この時代には誰かが旗を振らなければならないのです。貴女方の振っている綺麗な赤い旗と私がこれから振る古くて色あせた旗を。元帥閣下、どうか私の旗のもとに集まった人々に花を手向けたうえで忘れていただけませんか。ブルジョワ的なものはいよいよ最後の段階に入りました。ブルジョワ分子によって『良心をもって権力を拒否して死んでいこう!』と演説される時代に、です。『私たちは『ソーフキ(ソヴィエト人)』だった。私たちは自分の欲望を満たすためではなく、未来の社会の幸福のために生きる人間だった』(ワレンチナ・チハーノワ)。未来の社会の幸福のために死を選ぶ人間もいるのですから、彼らはせめて彼らの欲望をブルジョワ的なヒューマニズムの最善部分で満たされていくべきだと主張します」


 言ってからあの演説者がブルジョワ分子かどうか確認してないことに気付きましたが、少なくても彼らは革命的後衛であることを自任していましたし、これで元帥を説得できれば彼の意思に沿うことにはなるんじゃないかと思って納得しておきます。それに真の共産主義者は他人にフロイラインと呼びかけたりしないでしょうし。


「認めない!すべての人間を救済することを放棄するなんてあり得ないです!私たちは神を殺すのです!あの、人が悪をなせるように作っておいて、人を劣悪な環境において悪へと誘惑して『主はサタンに言われた、「見よ、彼のすべての所有物をあなたの手にまかせる。ただ彼の身に手をつけてはならない」。サタンは主の前から出て行った』(ヨブ記1:12)、それどころか人間をサタンへと引き渡した上に死は許さずに、人が悪へと落ちれば地獄へと落として、もしこれと同じことを人が他人にすればその人を地獄へと落とすものを!偉大なる全能者ハリストスも『わたしが地上に平和を投ずるために来たと考えてはなりません。平和ではなく、剣を投ずるために来たのです』(マタイによる福音書10・34)すべての人を救うためでなく『わたしは分裂を生じさせるため、男をその父に、娘をその母に、若妻をそのしゅうとめに敵対させるために来たからです』(マタイによる福音書10・35)神がつくった人間を選別にかけて『そして、だれでも自分の苦しみの杭を受け入れてわたしのあとに従わない者は、わたしにふさわしくありません』(マタイによる福音書10・38)魂を失わせる『自分の魂を見いだす者はそれを失い、わたしのために自分の魂を失う者はそれを見いだすのです』(マタイによる福音書10・39)ためにしか来なかったのですから!『Вставай, проклятьем заклеймённый,Весь мир голодных и рабов!Кипит наш разум возмущённыйИ в смертный бой вести готов.Весь мир насилья мы разрушимДо основанья, а затем1Мы наш, мы новый мир построим...Кто был ничем, тот станет всем. Этоесть наш последнийИ решительный бой:С ИнтернационаломВоспрянет род людской!』(インターナショナル)私たちは決して仲間を見捨てたりしない!仲間を救うことを諦めたりしない!司祭たちに従ったりしない!神を殺すのは、ただ、すべての人間を救済するために!私たちが全員地獄に落ちてなお幸福であるために、その方法としての自己改造をみんなが身につけなければならない!」


「フィグネリア、それは心配しなくてもいいわよ。私も一緒に地獄に落ちるのだから。そこでまたやり直しましょう。だから私は貴女の話を聞いても緋色のWを支持します。少しずつ『亀の歩み』で進んでいきましょう。人民の敵が無痛のうちに共産主義を受け入れるだろう速度で貴女たち革命的前衛からブルジョワ分子までへと。古くて色あせた旗のもとに集まった人々になるべく痛みをあたえないやり方をその間に探しながら。結局、自由意志において始めなければ身につかないのだから。グラフィーラとミーシャはどう思う?」


「私も支持しますよ。家族と再会することを希望することは克服しなければいけない弱さではないので選抜方法にはならないと思いますけれど」


「……私も支持します。貴女を守ることに支障が出ない限りにおいて決して反対したりしませんから、アデリーナ、そのつもりで動いてください。決して亡命者を亡命者受け入れ地区からこっちに入れるようにしないように」


「これで3対1ね。『その決定が正しいなら反対者がいるはずで、全員一致は偏見か興奮の結果、または外部からの圧力以外にはありえないから、その決定は無効』規定により私たちは彼女の案を支持することに決定よ」


「その規定の改定を求めるものです。その決定が正しいなら反対者はいないはずで、全員一致するまで決定の正しさの説明をして説得することをきちんとするべきです」


「それは出来ないわ。『批判の自由と思想闘争の自由が党内民主主義の本来の内容を成していた。ボリシェビズムはフラクションを容認しないなどという今日の教義は衰退の時代の神話にほかならない。実際にはボリシェビズムの歴史はフラクションの闘争の歴史である。加えて、世界の転覆などという目的をかかげ、その旗のもとに果敢な否定者、反乱者、戦士を結集しようとする真に革命的な組織がいかにして、思想的衝突なしに、グループ化や一時的なフラクション形成なしに生き、かつ発展しうるであろうか?』(トロッキー)この反全員一致規定が私とミーシャの半数を占めるフラクションから貴女とグラフィーラを守ることで民主主義が生き延びてるのよ」


 だからですか。だから管理本部長と親衛隊長はお茶会において積極的に発言しようとしないのですか。元帥は全会一致制を求めていましたが、この反全員一致制においても思いがけなく全会一致制が達成されています。ただ全員が提案に賛成もしくは反対するという意味の全会一致制ではなくて、最後の一人の回答者に拒否決定権があるのでそれを説得しなければ提案を通すことは出来ないという意味での全会一致制になっています。

 三人が回答した時点で提案が通り得る状態は(3,0)か(2,1)です。そこから回答しようとすると(4,0)か(3,1)か(2,2)になりますが、(3,0)と(2,1)どちらからでもいける(3,1)の場合にだけ提案が通り、他だと規定か多数を取れないことで拒否されます。


 積極的に2人が喋らないことによって、提案をするのは聖チイティヴィヨールティか元帥になるのでこの2人が結託していれば意に沿わない提案を必ず拒否することが出来ます。何故ならばこの2人は聖チイティヴィヨールティの提案には基本的に反対しませんし、戦おうとしているのは元帥が積極的に提案している共産主義的な提案ですから。積極的に会話に参加しないことで提案も出来なくなりますが、そもそも親衛隊長はどうやら外に興味を持っていないようですし、管理本部長はこの都市では統帥権がないだけでほとんど君主に等しいですから、ここで聖チイティヴィヨールティの前で約束させられなければ自由に出来ますから提案なんてする必要もないです。

 しかもこの2人は自分たちの影の支配フラクションを聖チイティヴィヨールティから隠すことにも成功しています。思い返してみれば回答の順番は管理本部長が必ず先でしたが、これで見かけ上の半数フラクションの優位が達成されています。しかもこの優位は影の支配フラクションともたいていの場合において利害が一致しているでしょうから、気付かれることはないはずです。ですが彼女たちは必要と思えば聖チイティヴィヨールティの提案をつぶすこともやるでしょう。それぐらいでなければ、元帥を『取り除』こうとはしないでしょうから。


「それはともかく、今日は久しぶりに全員で朝まで過ごしましょう?フィグネリアもグラフィーラも忙しくて休める時もないでしょうから、今日はここで休んで明日からに備えましょう。あ、全員には緋色のWも含まれてるんだけど来てくれる?私には私的にお客さんを呼ぶ権利があるけれど、貴女にも私的に断る権利があるわよ」


「反対です。私的な権利というものは無いです」


「反対しますね」


「……私も反対します」


 私抜きで公的に断られてしまいました。影の支配フラクションが動いたようです。私も休日調整委員会で何とか4人で会えるように調整した日にミロスラーヴァが来るとしたら何とかして止められないか考えるでしょうから反対されたことには納得です。ですが私の提案やこの提案のように実質複数の提案が含まれている一つの案が拒否された場合にはどうするのでしょうか。全否定されるのか、部分的に再提出するのか。


「ミーシャ!ミーシャ!貴女抜きでお客さんを呼んだりしないから」


「……私は、一般的な私的にお客さんを呼ぶ権利に反対していただけなのでそれなら賛成に回ります。アデリーナ、来ますか?」


「グラフィーラも全員で朝まで過ごすことには賛成よね?ある程度したら緋色のWには別の部屋に行ってもらうから認めて!」


「そこまで言うなら認めますよ。私も賛成です」


「これにより3対1になったので可決しました。親衛隊員に連絡しておいてもらいます。それで緋色のWは来てくれるわよね?」


 ここまでやられると私的に断る権利があるという話は少し信じられなくなります。私はお茶会に来ているのでそこまでして呼ぶ理由もないように思いますが。

 しかし影の支配フラクションが反対したら聖チイティヴィヨールティが切り崩しを掛ける形での妥協案を進めるようです。自分の任意のタイミングで可決を宣言できて、切り崩せるなら私が思っていたより影の支配フラクションは強くなかったかもしれません。

 それはともかく。


「ではお世話になります。行政区画に近い一等地にある印刷作業場のナターシャに今日帰れなくなったことを伝えておいていただけませんか」


 お泊りすることになりました。


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