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内外家族再会本部あるいは初戦

 アデリーナは労働者の娘ですが、名誉あるお茶会に参加できることになりました。喜んだアデリーナが森の入り口で待っているとそこに真っ白な分厚い外套を着て腕に赤い星と緑の星を縫い付けた娘が現れました。娘はアデリーナをお茶会に連れて行ってあげるといって彼女の腕を引いていきました。アデリーナが腕を引かれて歩いていくと森の中にある小さな赤い一軒家へとたどり着きました。童話を思わせるその家には何と武装した親衛隊員が住んでいたのです!この書き出しでは、私はこの後悲惨な目に遭いそうですが、特にそういうこともなく娘―グラフィーラ管理本部長―と一軒家へと入っていきます。この童話を続けるならばアデリーナはこの後富農だった娘と白軍の親衛隊員にこき使われて、甘い話を信じたことを後悔します。そこへ偉大なる同志スターリンの命令を受けた精強な赤軍の小隊が襲撃をかけて、アデリーナは解放されます。後悔していたアデリーナはその後自己批判して、一生懸命ノリリスクの鉱山でニッケルを掘り出して働き、その後五ヵ年計画が達成されてソビエトは豊かになり毎日でもお茶会を開いて暮らしていけるようになりました。おしまい。という感じになるでしょうか。これこそ『形式においては民族的、内容においては社会主義的』(スターリン)な社会主義リアリズム童話と言っていいかは分かりませんから、私には良くわからない分野を知っていそうなユリアに今度聞いてみましょう。

 それはともかく、一軒家の中に入るとそこにはもう聖チイティヴィヨールティとミーシャ親衛隊長、それに親衛隊員の皆さんがお茶を飲んでいました。親衛隊員の皆さんはいつもお茶会中にも周囲を警戒しているのですが、お茶を勧められたら断れなかったのでしょう。何人かずつで椅子に座って他で警戒しています。

 その様子を座りながら眺めてフィグネリア元帥の到着を待っているのですが、今までのお茶会でいつもこの順番に到着していることから何かフィグネリア元帥と聖チイティヴィヨールティが一緒にいる時間を減らそうとしている裏取引があるような匂いがします。懐中時計を取り出して見ると15時、壁時計も15時、教導師団本部の方を合わせていいのかもしれません。元帥はいつも15時過ぎに到着するのですが、ミロスラーヴァによると元帥は時間にはむしろ早く着こうとする人間だそうなのです。元帥と管理本部長、親衛隊長間の対立構造の存在を感じます。

 それはさておき、元帥も到着したので椅子に座っていた親衛隊員の皆さんが席を空けましたからいつもの場所に座りに行きます。


「『こんな素晴らしい午後には、世の恋人たちは二人きり、そして貴方もまた、彼女と二人きりなのです』」


お茶会が始まりましたが今日は積極的に動いていくことにします。


「聖チイティヴィヨールティ様、元帥閣下、昨日の夜にメドベーチグラードがソビエト連邦の自治共和国として独立するという噂が広がりました。このことを解釈してみませんか?何故噂において独立したと言っているのに自治州でも共和国でもなく自治共和国という地位に納まったかについて議論してみませんか?」


「それは議論にならないと思うわ。理由はそれが事実であるというただ一点ですもの」


「いえ聖チイティヴィヨールティ様、それはそれで議論できます。何故正しい噂が広がったのかでもいいですし、何故独立において自治共和国という地位を求めたのか、もしくは他の地位を求めたのに自治共和国になったのかという点でもいいです」


「それは確かにそうね。なんで自治共和国での独立を狙ったの?」


「それは本質的なものではないです。本質的には独立交渉の意思があることをソビエト政府に伝えるということが重要だったのです。その意思もないのにモスクワを攻撃して政府を打倒しようとしていると政府に思われたら、それを阻止するために政府が地方軍をこっちに投入して国境での帝国主義諸国の蠢動の余地が生まれたり、一般動員をかけたりして経済建設が遅れてまた国内での騒動を誘発して結果として無駄に革命を危険にさらすでしょうからそれを避けたかったのです。ただ本質的ではないですが連邦から脱退する権利を持つ共和国を狙ってもその権利を使いようがなくソビエト政府の疑念をあおるだけなので、自治共和国の線で交渉を進めようとしたという戦術的な選択です」


「交渉は軍本部の管轄だったんですか?」



「もちろんです。軍は交渉が決裂した際に、一番血を流す部門です。ならばせめて、それまでの選択も任されるべきです」


「独立交渉の過程と結果はどうだったんですか?」


「共産党幹部の親族の娘の知り合いの線から交渉を始めようとしたのですが、逐一指示が出せる環境になかったので、彼女に全権委任をして進めたのです。よって目的を単純化するために要求としては自治共和国での独立に絞って、譲歩としては、これはチイティヴィヨールティに許可を取ってですが、ソビエト政府が要求する物資を全量納入するの線で進めたのです。彼女が無事帰ってこれるかが心配だったのですが、昨日帰って来て交渉の成功と追加譲歩としてのメドベーチグラード内に共産党支部の設置と相互旅行者受け入れの確認を報告してきたのです。ですので、グラフィーラと協議して(8,8)に新しい区画として城壁に囲まれた旅行者地区とそこに共産党支部を設置した上で、そこを管理する旅行者管理委員会の設立を決定しました。そのためにチイティヴィヨールティには(10,8)から旅行者地区までの特別道路の建設をまたお願いするものです。明日はプロレタリア革命の日ですから革命の無事と戦争回避、未来の建設をお祝いするのが楽しみです」


 明日はプロレタリア革命の日であることをすっかり忘れていましたが、それどころではありません。旅行者地区は当然のようにソビエトのスパイで溢れるでしょうけど、それを隠すために少数の本物の旅行者も訪れるでしょう。そしてそのことは、ここにいない家族との再会の可能性を生みます。これが落ち着いていられるでしょうか。いえ、ナターシャには謝らないといけません。私には是非ともやりたいことが出来て、そしてそのためにすべての思考力を振り分けたくなりました。

 内外家族再会本部を設立しましょう!そして、出来るだけ多くの家族を再開させて、こちら側に引き込みましょう!それが出来ればソビエト政府はそのルートでスパイを中に入れたくなるでしょう。そして担当者である私のことを調べるはずです。私の父親のことを知るでしょう。そして?私の父親を連れてくるか、脅迫してくるかの二択になります。これは賭けです。その上にどちらの結果になっても道徳的には正しくなくなるという賭けです。それでも、やります。そもそも夏のガチョウクラブに入った時点でこの賭けをやらなければならない可能性が発生しているのでしょう。ですから能動的にやります。そこにしか道はないのですから。


「聖チイティヴィヨールティ様、少しお願いをしてもいいですか?」


 お茶会において積極的に発言しようとしない管理本部長と親衛隊長がこの一言でこちらを睨んできました。こんなところでも結託していることを確認できますが、こんな怖い目に遭うなら確認したくなかったです。でも、止めません。私はただ使われているだけで居たくはありませんので報酬を確保しようと思います。


「旅行者の中にメドベーチグラード人民の家族がいるか確認して、いた場合には亡命者として受け入れることの出来る権限を持つ内外家族再会本部の設立とそこに管理権のある城壁に囲まれた亡命者受け入れ地区の確保、さらに、私、アデリーナが内外家族再会本部の本部長として就任することを支持していただきたいのです」


 皆さんこちらの意図を探りつつ私の提案について思考している状態になりましたが、聖チイティヴィヨールティは笑顔になってすぐさま簡潔に答えました。


「もちろん、支持するわ。細かいことはグラフィーラと協議してね。貴女のご家族は外にいるのかしら?」


「はい。とは言ってもシベリアにいるのですぐに会うことはできないと思います。管理本部長閣下、内外家族再会本部の業務の一部として外に家族のいる人民の情報を収集することとその家族に小包を送ることを想定しているのですが、それは管理本部経由になるでしょうか、それとも直で旅行者管理委員会と掛け合えばよろしいでしょうか?」


「その二択なら直ですかね。アデリーナさん。聞いておきたいのですが、何故わざわざ内外家族再会本部の設立を提案したのですか?その機能は独立せずに旅行者管理委員会に含まれていた方が自然ですよね?貴方のご家族が外にいるから関わりたいというならこっちにポストを用意しますよ?」


 管理本部長は疑わしそうな顔でこちらを見ながら問いかけてきました。とりあえず外の家族に小包を送ることは共産党支部に話を通さないと出来ないはずなので旅行者管理委員会に小さな意味での外交権があることと旅行者管理委員会にはおそらく暇になり始めている管理本部の人員が転用されることとそれにより日常業務が管理本部出身者に占められて管理本部よりの組織になることを確認できたと解釈しておきます。

 小さな意味での外交権があると言っても、次に大きな意味での外交があるとすればそれはソビエト政府が我々を屈服させるために交渉を始めるか、宣戦布告をかけてくるかくらいなので結局交渉の余地もないでしょう。我々にとっての大きな外交は自治共和国としての独立で終わったので小さな意味での外交は我々が経験する外交のすべてです。よって軍本部からも治安維持用の人員は送られてくるでしょうけれども、基本的には旅行者管理委員会は管理本部よりの組織であることが想定されるので外交権が軍本部から管理本部に移ったと思っておきます。


「何故ならそれは独立していた方が弾力的に運用できるからです。確かに、旅行者管理委員会の中にいれば、横の繋がりはより強くなって同じ機能を運営するための人員は少なくて済むでしょうけれども、この仕事は最初に外に家族のいる人民の情報を収集するという膨大な仕事量があって、その後はここに来る旅行者の数と送る小包の数に仕事量が左右されます。その労働需要の増減にうまく対応するためには市場が必要になってくるので、教導師団ギルドとその経験を共有できて助力も期待できる私が提案と立候補をさせていただいたのです」


「いやいや、私たちのところだって労働需要の多寡に応じて有機的に対応できますよ。ですからわざわざ独立させて公式組織で市場を採用しなくてもいいんじゃないですかね?」


「それがよろしくないのです。その『ところ』というやつが。管理本部の方々は優秀だと思っていますが、優秀すぎて問題を全部あなた方で解決できてしまいます。ですので外の手を借りるという発想が出てこないんですね。だから労働需要の多寡に応じて有機的に対応すると言ってもそれは管理本部の中だけの話になります。そして管理本部の方々が解決しなければならない問題は日々どこかからあらわれてきます。そうすると当然に緊急性のある問題に有機的に対応されますが、内外家族再会本部の仕事は本質的に緊急性のないものです。それをしなかったからと言って死者が出るわけではないですから。その結果として有機的対応によってこの仕事は延々と後回され続けることが予想されます。おまけにこの仕事は分かりきったことに延々と労働力をつぎ込み続けるモノです。ゆえにこれは市場を通して仕事をする普通の時間がある市民に任せていただいて、管理本部の優秀な方々にはもっと緊急性があって頭を使う必要のある問題を解決していただきたいのです」


「そういう考え方もありますか。納得しましたよ。確かに、私たちは独裁階級ですからね。その分私たちにしかできないことを解決する責任がありますね」


 即興の説明で何とか説得できました。まさか本音を言うわけにはいきませんでしたけどポストを用意してもらえるなら説得する必要もなかったかもしれませんね。ですが、


「私たちの共産主義的前進を妨げる内外家族再会本部の設立、およびそもそもその管轄予定の業務全般の実施に強く反対するものです」


 まだ、雄弁な共産主義者が立ちふさがっています。

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