論争の終わりあるいは労働者の倫理
薪ストーブの暖かな光とカリーナと私。結局他の皆は帰って来ていないので会合は流れると思います。浮き立つ心を抑え込むことなどできはしません。明日の朝、いや多くは今夜中にでも軍隊が緊急に召集されて、棟管理人たちがいざという時に備え始めることによって独立について知ることになるでしょう。しかし、まだ独立が本当であることを信じられません。『党員に与えられた責務を的確に理解し、泣き言を言わず、腐ったリベラリズムを捨てて、自分の義務を果たさなければならない。ブルジョワ的なヒューマニズムは窓から投げ捨てて、同志スターリンに恥じないように、ボリシェビキらしく行動せよ。クラークの連中が頭を持ち上げたら必ず殴り倒せ。これは戦争だ。勝つか負けるかの戦いだ。資本主義的農業の最後の腐った残滓を何としてでも一掃しなければならない』(メンデリ・ハタエヴィッチ)……。私たちは『頭を持ち上げ』ています。ソビエトが独立を認める?それは革命の放棄になります!それとも『やむを得ない一時的な譲歩としてネップを採用し、それによって革命を救出し、国家を存続させるというのがレーニンの戦術だった』的戦術ですか?これはありそうです。モスクワ近郊に突然現れた百万人の武装した人民の敵がモスクワを一時占拠して『4700人の責任ある共産主義者』を殺害すれば革命が破産するかもしれないのですから。独立が本当であることが信じられるような気がしてきました。ただ本当の独立ではないだけです。ネップのように私たちは一息をついて、いずれ最後の階級的戦いが始まるのでしょう。私は浮き立った心のままに論争を終わらせるための論争を始めます。
カリーナは疲れ切っているようでした。しかし、それでもなお彼女はランタンをたくさん用意して明かりを確保してたくさんの書類をかき集めて教導師団ギルドの出納帳を作っています。教導師団ギルドが動き出してまだ2日目ですが、今からこれでは先が思いやられます。私はすでに5日間の労働によって点数を貯めた労働者に月極めで大量の土地を貸し出す上に、それでも貸す土地より借りようとする人の方が多そうな6日目が来ることに恐怖を覚えていますが、彼女はその時には倒れてしまうかもしれません。
「カリーナ?働きすぎじゃない?少し休憩しましょうよ」
「……素のアデリーナは久しぶり。ナターシャみたい。いつか4人でまた集まりたいね。……でも、今は働かないと、市場の信頼には立ち上がりが大事だから、まずギルド員の信頼性を確認しないと」
私、カリーナ、ローザそれからナターシャ。労働収容所の同じグループ内の4人の労働サークル。ナターシャは印刷工だったので、解放後に私たち全員がまだ管理本部にいた時に印刷機とインクを調達してきて、私の『共産主義のネズミ』やカリーナが配ったビラを印刷してもらっていました。結局管理本部に残ったのは彼女だけになってしまいましたが、彼女は彼女で忙しく働いているようです。私たち4人が再会するには、休日調整委員会を設立する必要があるかもしれません。
「それで、個々のギルド員について確認してるの?ブルジョワ経済学者は階級意識について何も語らないけど、個々人のインセンティブを測って行動を予測してその総体を見るんじゃなかった?」
「……それは理論だから、現実にはやっぱり理論通り動いているか確認しないと。『理論というものは、いつでも現実にたいして支払いを要求できるような手形とはちがう。理論が誤っていれば、それを再検討するか、その欠陥を埋めるかしなければならない』(トロッキー)。……誤っているかどうかは動かしてみないとわからない」
彼女は手を止めないで応じます。こういうところに高等教育にいける知性があるかどうかがあらわれてる気がします。私は考え始めたら周囲の世界が溶けてしまいますからね。
今までは高等教育を行える余裕が限られていたから、高等教育を受ける人間も限られていましたが、共産社会において義務教育には高等教育が含まれるべきかとかは今は考えないようにします。
「ということはギルド員のインセンティブを高める制度は作ってあるけどその確認ということ?」
「……そう、そして明日からはこの確認が行われていることをギルド員に周知させる。それによって、いつでも正直なギルド員と日和見的なギルド員の区別はつかなくなるけど問題はない。重要なことは実用にあらわれるところだけでその本質がどうかではない。……これが生物学的考え方だった?」
「淘汰に実用部分しかかからないならまさにそうです。そしてその場合本質というのは何を意味するのかは哲学の世界に引き渡されてまだ帰って来てません。ところで、ちょっと計算してみたんだけどこの土地の労働生産性は恐らく1.2つまり10人の労働が2人の貴族を養えるということ以下だと思う結果が出てます。逆に言うと今、人が住んでいる土地の労働生産性は1.2以上で、これは1927年のロシア人の平均寿命42.9歳に規定されています。ということで技術進歩に伴い労働生産性が向上することで未開だったロシアの森が切り開かれますけど、労働生産性が向上しなくても平均寿命が向上すれば次世代の再生産が可能になってやっぱりロシアの森は切り開かれるということで新しい問題が提起されます。『究極において労働生産性というあらゆる問題中の問題に帰着するからである』(トロッキー)多分大丈夫だと思うのですがこの文を書き換えなくてはならなくなるかもしれません。労働生産性と労働投入可能時間というに。」
「……それは、マルクス経済学者の仕事に近いから私には何も言えない。でもやっぱり、この土地の労働生産性は低かった。……どうせなら、技術力というに書き換えたらいい。どっちも源泉は技術から来ているのだから」
彼女はまだ手を止めません。いいでしょう。最後の一撃を食らうといいです。
「ある限定下においての利己主義者の存在が証明されましたよ」
「……それは…つまり、利己心の勝利である?」
彼女はやっと手を止めて私を見ました。これで止まらなければもうどうしようかと思いましたよ。
「はい。もちろん。でも、その勝利の分け前は血縁主義にも分配されますし、『個々人の利己的な行為が市場を通じて結局は利他へと転換される』のだから利己心の勝利は結局のところ利他心の勝利。……この前の繰り返しはここまでにして血縁主義にはより狭い表現があることを見落としていました。つまり、親は放棄し自分とその子供たちの為だけにお金を使うというありかたです」
「……それは、やっぱり、血縁主義者ではあるのでは?」
「だから限定付きなんです。伴侶が見つからなければ、彼はお金を自分に使って、後は貯金するしかない。利己主義者と何か違うように見えますか?これが私の考える利己主義者という言葉が生き残った理由です。何故他者を攻撃する言葉として残ったのかはともかく、利己主義者にしか見えない人たちはこれからも存在し続けるでしょう」
「……それは盲点だった。確かに父は農村から都市に出てきて、故郷の話はしなかった。私たちのことだけだった。……シベリアの冬はモスクワの冬より長く厳しい。父も母もその企業家精神で乗り越えられるだろうけど、それはいつまで?」
「いつも思ってたけど、カリーナって利己主義者に見えないのになんで全ての個人は利己的な経済学的合理人だと信じられるの?」
「……それは私の習った経済学の前提で、そして私もそうだから」
「本当に?そうならブルジョワ経済学に傾倒するべきではなかったし、親子の縁を切れば、ここに送られてくることもなかったでしょうに。貴女はブルジョワ経済学で貴女の父親を助けようとしなかった?それでも自分は利己主義者だと言える?」
「……それでも、私は利己主義者。私は私の為に父を助けようとしていた。だから利己主義者」
「……それ、生物学畑だと利他主義者になるんですけど。うすうす思っていたんですけど私の利己主義者と貴女の利己主義者って別の人ですよね」
「……それは、早く言って欲しかった」
「貴女が感づいてくださいよ!いつもいつも利己主義者のたとえに利他主義で解釈できるものしか持ってこないからおかしいとは思ってたんですけど、攻撃側が気付くべきでしょう!」
「……あっ、利己主義者だ」
「そういうこと言います?私が『共産主義のネズミ』の執筆で忙しかったのは知ってるでしょうに。貴女がやらなかったから私が代わりに利己主義者の存在を証明してしまいましたよ」
「……私も、ビラで市場の創設を訴えたり、教導師団ギルドの運営で忙しかったし」
「貴女の方は学があるんですから。貴女にはそういうこともこなしながら先に気付ける力があるでしょうに」
「……私は、個人的なコネで教えてもらってただけだから。正規教育は受けてない」
「……はぁ、ところで教導師団ギルドの運営なんですけど今からそんなのだと、6日目からどうするつもりなんですか。倒れますよ」
「……まさに、それに向けて今頑張ってる。そこからはギルド職員が不正をする誘惑が大きくなるからそれまでに規律を定めておきたい」
「そうですか。迷惑でしょうからもう話しかけるのを止めた方がいい?」
「……迷惑だけどいい。こっちに来てから私たちだけで話す機会がない。アデリーナと話すときはいつも利己主義者や教導師団のことだけだったし、あの頃みたいにお話ししよう」
「利己主義者はもう終わりましたから、そうだ。今度4人で再会するために休日調整委員会をつくろうと思うんですけど、いつ休めます?」
「……一ヶ月は無理。それよりあの頃みたいに触れ合ってお話ししよう」
4人の労働サークルでは寒さを抑えるために4人で重なり合って寝たり、話し合っていました。
「まだ作業してるのに?後ろから抱きしめるぐらいでいい?ローザみたいに」
「『何故なら生きているとはさわったりさわられたりすることだから』……。あの時はそう思わなかったけれど疲れてくれば納得する」
「疲れてるなら私に手伝わせればいいのに」
「……これは、私の仕事だから。誰が信用できるかの基準を自分の中で作るための作業だから」
「私たちは夏のガチョウクラブの外様だからここにいるときに素ではやっていけなかったり、貴女は恐らく大変な仕事量になるだろうけど呼んでよかった?」
「……3人はすごい働いていて、アンナなんて毎日3時間睡眠だけどそれでも疲れてない。人の上に立つ人というのはいて、私はそうじゃない。……呼ばれなかったとしても、ローザは軍に行ってたからどのみち4人でいることは出来なかった。……それならこっちに来て市場に携わっていた方がいい」
「私も3人みたいには働けないし、貴女のようにも働けない。所詮労働者に過ぎないから」
「……そんなことはないと思う。普通の労働者は『共産主義のネズミ』を書いたりしない」
「結局それを価値あるものにしたのはミロスラーヴァで私はインスピレーションを与えただけ、彼女がいなければまだ3人で管理本部にいたんじゃないかな」
「……それでも、貴女は私に最初の納得をくれた。私の疑念にも答えることが出来た」
「それは生物学の力だから。私の力じゃない」
「……私が使っているのも経済学の力であって私の力じゃない。要はどう使うか」
「そんなものかな?」
「……結局淘汰にかかるのは本質じゃなくて実用だってさっき言ってた」
「図らずも哲学の世界に足を踏み入れてしまった!ローザのお父さんが言ってたんだけど私、イリヤのお嫁さんなんですって」
「……私、聞いてない」
「私も聞いてなかった。教導師団ギルドで仕事しているカリーナなら何か知らないかなって思ってたんだけど」
「……何も知らない。今度聞いてみる。お嫁さんになるの?」
「ミロスラーヴァがなるとばかり思ってる」
「……女子階級独裁理論としては一夫多妻を奨励してるけど」
「奨励はしてない。ただ一夫多妻が生物学的優位性を持つだけ」
「……じゃあ、迫られたら?」
「その時に考える」
「……ほんとに?」
あの後、長時間お話をして作業が終わった後には抱き合って眠りましたが、一晩明けて少し寝不足です。カリーナは一山超えて、少し元気を取り戻しているように見えました。
さて、今日ですが独立があって話題がそれで持ち切りだと思われるユリアのコーヒーハウスに行くのは避けて、ローザ、カリーナと触れ合ったのでナターシャに会いに管理本部に行くことにします。ちょうど午後のお茶会に呼ばれている日ですし、私は独立に関して何も知りませんがユリアは私が何か知っていると思って聞いてくるでしょうけど、それに答えられないのは心苦しいですから。
いい加減車の長時間運転にも慣れていきたいものですが、まだ慣れません。先に内側全天候型環状高速道路が建設されるかもしれません。その方が有難くはあります。
管理本部もまた城壁で囲まれていますが、こちらにはちゃんと門があって出入りはそこで親衛隊の門番小隊に管理されています。管理本部内では車が使えないのでここで降りていきます。
「名前と所属と目的地と身元引受人をここに書いて下さい」
門番が受付をしているのですが、門の上には機関銃手と門の奥側に砲兵が待機しています。警備自体は厳重ですが、審査はざるです。女子であって誰か身元引受人になれる人がいれば通れます。私はまだ審査を受けたうえで引っかかった人を見たことがありません。来たのが男性だった場合には通ることが出来ずに、来た要件が中に伝達されて待合室で待ち続けることになります。
「内側全天候型環状高速道路建設の予定時刻を地図に貼ってあるので確認しておいてください。その時間にそこにいたら最悪死にますから」
受付の後ろに貼ってある管理本部内の地図とメドベーチグラードの全景図の全景図の方に建設予定地として(2,2)(8,2)(2,8)(8,8)の区画の内側を頂点とした図と通行止めの時間がかかれています。この時間帯だと今日は帰ることが出来ないようですが、これからは移動時間が大幅に短縮されることへの喜びが大きくあります。有難いことです。
中にはお決まりの共産主義的共同住宅が林立している行政区画と「象徴の実現通り」とでも言えそうな多種多様な(といってもデザインは限られていて色彩においてという意味で)二階建ての一軒家が林立している街区に分かれています。聖チイティヴィヨールティが住んでいる塔は行政区画側にありますが、周囲を森に囲まれていてそこに親衛隊が駐屯しています。こっちは審査も警備も厳重で出入口以外から入れば誰でも撃つという看板が森の周囲に鉄条網とともに設置されて、彼女たちはいつも小銃で武装しています。行政区画には管理本部の諸建造物群がありますが、軍本部の諸建造物群は城壁の外側に配置されています。城壁の中にあると男性が入ってこれなかったり、演習を行う際に一々審査手続きが面倒という理由もありますが、一番の理由はフィグネリア元帥の集団主義にあるとはミロスラーヴァの言です。グラフィーラ本部長が「象徴の実現通り」に象徴されているように城壁の内部で個人主義的な管理を進めているので、その影響を避けるために外に兵営を築いているそうです。管理本部の機能は最初は塔にありましたが、仕事量の増大と親衛隊からの圧力によって行政区画に移転しました。今のところ管理本部の仕事は主に物資の配備、流通と郵便業務ですが、それを都市管理委員会が代行しつつあるとはアンナの言です。都市管理委員会には都市管理委員会内にて議席を持つ師団政治委員と消費者により近くこちらも議席を持つ地区管理人がいて郵便業務は主に各師団と都市管理委員会の間で行われるということが都市管理委員会が管理した方が効率的であるという状況をつくっているようです。管理本部と軍本部の関係性ですが、管理本部の人間は『軍の兎』、軍本部の人間は『塔の兎』とお互いを呼び合っているというエピソードがあります。それは最初は悪口で軍本部の人間には実際に解放のための戦闘に参加していた人間が混じっていたので、その人たちが管理本部の人間を決定的な時に安全な場所に籠っていたということで穴に籠る臆病者の例えとして兎を使って揶揄していました。当然揶揄された方は黙っておらず、軍の人間が各師団で指揮官になって多数の男性に囲まれてそれを統率するために身体を使っているに違いないという悪意ある見方をして、淫乱性の例えとして兎を使って揶揄しました。それから女子階級独裁理論が広まったことで、お互いを独裁を維持するために必要としているという共通認識が出来て、兎は独裁階級にふさわしい多産の象徴として解釈し直されました。こういう流れでなかったら『塔のネズミ』『軍のネズミ』と呼び合っていたかもしれません。……やっぱり、ネズミより兎だったかもしれません。兎は可愛いですけど、ネズミに例えられたい娘は余りいなさそうです。
ナターシャは街区に住んでいますが、二階建ての一軒家が林立している街区にあって一階建ての印刷作業場を持っていてそれは行政区画に近い一等地にあるので発見が非常に楽で助かります。街区の戸建てが立ち始める前のまだ私たちが全員管理本部にいたころに建てたので行政区画に近い場所が確保できました。
「ナターシャ?いますかー?」
返事がないのでどうやら、作業場の方にいるようです。居住空間の方で待つことになります。私たちがここにいたころには4人でここに住み込んでいました。まだ1週間しか経ってないということに解放されてからの時間の早さを思います。彼女は仕事に他のなにものをも関わらせたくないというスタンスで、仕事に必要なものは全て作業場においてあり、作業場の中にいるときも外にいるときも鍵をかけているので彼女が仕事を終えるまでは誰も彼女に会うことは出来ません。私とカリーナが論争しつつ、それぞれの作品を仕上げながらローザが家事をしたり人に触ったり(カリーナは触られるのをあまり好まなかったので主に私とナターシャを)して、作業場からはナターシャが印刷機を調整している音がする光景を懐かしく思い出します。居住空間の方はそれぞれの私物がなくなったぐらいで他は変わっていませんでした。ナターシャには趣味と呼べるものが印刷機を動かすことしかないようなので、居住空間が何も変わっていないのには納得します。生活は無事できているのでしょうかと思ったら、私たち3人がローザにそう思われているとは思います。家事は全部ローザ任せでしたから。ということは、私もカリーナも何とかやっているのでナターシャもきっと大丈夫でしょう。行政区画には無料の食堂があるので大丈夫です。食事さえとれていて、家があれば生きていけます。午後のお茶会は15時からなので移動時間を考慮して14時までには出てきてくれると嬉しいのですが、手紙で今日の来訪を知らせてあるので大丈夫であるとは思います。
いくら家事をローザに任せていたといっても勝手知ったる私たちの家ですので、サモワールで紅茶をいれて少し待っていたらナターシャが作業場から出てきました。
「お久しぶり、ナターシャ」
「お久しぶり、アデリーナ」
ナターシャはつなぎを着ていますが、汚れてはいません。彼女によるとつなぎを汚すのは未熟さのあらわれだそうで、彼女は汚さないことに誇りを持っているそうです。もしかしたら作業場の中で新しいつなぎに着替えているのかも分かりませんが。彼女はおしゃれに興味がないようで、外出するときにはつなぎの上に全員に支給されているすごく重くて暖かい白単色の外套を羽織るだけです。おしゃれに興味のある普通の女子(冬宮に機関銃手として突撃したグーセフの娘に憧れたりしない人たち)がその外套に裁縫によって新しい装飾を施しているのを見かけるのですけれど、彼女はそれに印刷機で出来るのではないかという観点から興味を持っています。私たちのなかでそういうことをするのはローザだけなので彼女も私に言われたくはないでしょうけれども。
「最近忙しい?今度4人で再会するために休日調整委員会をつくろうと思うんですけど、いつ休めます?」
「お仕事が外から入るようになったし、印刷機の実験が楽しいから。この家からは出れないけれども、先に言ってもらえればこの家の中ではいつでも時間が取れるわ。貴女とカリーナは教導師団の幹部に抜擢されたけれど働きすぎじゃない?ちゃんと休憩してる?」
「カリーナは最近働きすぎになっていますけど、山は越えつつあります。でも後一ヶ月は彼女の予想的には再会できないとみてますので、それまでは休日調整委員会は設立休業状態です。そもそも休日の弾力的運用が出来そうなのが私とカリーナしかいないので、私たちで話し合って結果は郵送しますね。……私は幹部としての仕事をしているとは思えないので、労働としては楽させてもらってますよ。失敗したら元帥が死ぬかもしれないくらいなだけですから」
「それは楽とは言えないわね。仕事の内容は聞かないけど、きちんと仕上げましょう。それが労働者の倫理というものよ。そのためには、何回も言ったけど働きすぎない、ちゃんと休憩する。どうしても目の前にある仕事を片付けるために頑張りすぎてしまうのだけど、それは長期的に見て良くないことだわ。私たちは考える動物なのだから仕事を受けたらそのことだけを考えて、きちんと休憩をとって最高の思考力を発揮して仕事を効率化していかなければならない。もしそれで納期に間に合わなかったならば、それはその仕事を振った方が悪いのよ。考えないで働き続けるモノが欲しいなら機械を雇えばいいのだから。貴女もカリーナも教導師団の幹部になったなら人にそういう仕事を振らない。もちろん貴女やカリーナ自身も含めてよ。カリーナにも再確認しておいてね?」
「でも今のカリーナのように、どうしても今だけは働きすぎなければならないという時もあると思うんですが」
「それはそうよ。でもね、一度それを労働倫理が許してしまえば、どこまでも落ちていくものなのよ?いつでも、これで将来が楽になると思って、もしくは当然だと思って働きすぎつづけるの。それを改善することも考えもせずに。知ってる?思考力が落ちると思考力が落ちた事にすら気付かなくなるのよ。だから厳しめの労働倫理を持つの。それでも現実に流されてしまうことはあるけど、それを正しいことだとは思わないように考え続けるの。『急速な成功は、敗北と同じく我々の武装を解除する。事件の基本的道筋を見失ってはならない』(トロッキー)、私は頭が良くないから、いつでも原則を守らないとやっていけないけれど、貴女たちはなまじ頭がいいから目の前の問題に集中して解決できるの。でも忘れないで、目の前の問題がなくなる時なんて来ないから延々と戦って貴女たちは本質的に武装解除されてしまうから。それをなくすためには目の前から離れて本質的問題に急襲をかけなければならないから。……ごめんね、長々としゃべって、でも貴女たちには目の前の小さな問題より、それが発生する構造を解決する大きな人になってもらいたいのよ」
「……いえ、肝に銘じておきます。そうですよね。幹部の仕事ではなくても、人命がかかってますもんね。構造の方を何とかできるか考えてみます」
「そうしてくれると嬉しいわ。貴女なら出来ると思ってる」
「ありがとうございます。……カリーナにも、さっきの言葉をお願いしたいですから休日調整委員会の方も頑張ってみますね」
「……それは、貴女からカリーナに伝えてくれると嬉しいのだけど」
「いえいえ、あんな熱い思いを私だけが受け取るのはカリーナに悪いですから、是非本人の前でもう一回言ってください。できたらトーキーの撮影設備を用意してもらってやりましょう」
「からかい始めてるでしょ。だから休日調整委員会の方で頑張るのは、ほんとに止めなさいね。労働自体はほどほどにやって頭を使うんだからね?頑張らなくても、いつか4人で再開できるときも来るわよ」
「いえいえいえ、働きすぎを止めるための働きすぎですから許されますよ。少しふざけてるにしても私としてはさっきの言葉は本当に記録に残しておく価値があると思ってます。あとすいませんが、今日帰れなくなったんで泊めてもらってもいいですか?」
「いいけど、貴女にしては感情が昂りすぎてない?どうしたの?」
「貴女が昂らせたんでしょう!」
「そんなことないと思うわ。絶対何かあったでしょう」




