三階級理論あるいは独立
私は帰ってきました。教導師団の兵員居住区に。今ギルドに行ってもカリーナとゆっくり論争なんて出来ないでしょうし、今日は夏のガチョウクラブの会合に全員集まる予定ですので、早めに兵員居住区に行って時間の余裕を確定させておいて、近くにありすぎてあまり見る機会のない兵員居住区を見て回ってみましょう。全員集まれる機会は私とミロスラーヴァが管理本部に行く機会が多いことから意外とないので全員集まれる予定の日は大切にしたいです。
あのあと海から這い上がった私はローザに擁護してもらって、その後ボリシャコワ一家にお昼を御馳走になって家族のように和気あいあいとした時間を過ごしました。棟の外の掘っ立て小屋に割合立派なかまどが並んでいましたが、棟に住んでいる家族すべてが同時に使えるほどにはないので火を通す料理は制限されていました。しかし、この都市に来るまでは見ることもなかったほど豊富なザクースカ(前菜)とかまどが限られているので棟の全家族で共有する5種のスープ(キャベツのシチー、ボルシチ、他日替わり3種とゾーヤが得意そうに教えてくれました)、串にさして炙って胡椒をかけただけの塊肉、そしてアイスクリーム!アーノルド義父さん(擬制的親族関係!拒絶してローザを悲しませるほど嫌ではないので受け入れました)ではないですが、どうやら共産主義が実現したようです。もうしばらくしたら最高気温で氷点下を下回る冬が迫っている中の野外での野趣溢れるフルコースでしたが、それは素晴らしいものでした。こんなものを毎日食べられるなら搾取者たちが搾取を止めず、利己主義者たちが贅沢のために貯蓄をしていると罵られることにも理解が出来ます。美食は共産主義社会においても存続する悪性生物学的優位性かもしれません。
兵員居住区は教導師団員がみんな基本的に8時から17時までの勤務を選択しているので、今はまだ閑散としていますが、あと2時間もすれば人が溢れだします。都市管理委員会の管理地区では女と子供たち休暇に帰ってきた男たちで牧歌的、農村的雰囲気が漂いますが、こちらでは男ばかりなので出稼ぎ的、工業都市的雰囲気です。とはいえ、こっちでも都市管理委員会の管理地区と同じように共産主義的共同住宅が林立しているのですが、向こうとこっちでは規模が圧倒的に違ってこちらには70棟しかないので普通に全体を見渡すことが出来ます。それがより出稼ぎに来ている間の仮の住居感を強調していると言えなくもないですが。
そんなところですので一通り見て回るのに15分もかからず、まためぼしそうなところも動き出していませんでした。仕方ないので私たち夏のガチョウクラブが使っている住居に戻って17時まで休むことにします。この住居も他と同じ建物なのですが、少し離れたところに立っていて各格子点に立っている塔の電話連絡網に電線で繋がっています。そんなところを私たち夏のガチョウクラブと教導師団長のイリヤと教導師団政治委員のアンナを守る衛兵だけで使っていますので私は教導師団本部に住んでいるといっても言ってもいいかもしれません。
と、ここまで考えてこれはイリヤとの関係を誤解されるのも当然であると気付きます。教導師団本部に住み込んでいて軍高級官僚であるミロスラーヴァや教導師団ギルドを切り盛りしているところが人目に触れているだろうカリーナと違って、私は働いてないわけではありませんが無職ですからそんな女が本部にいるということで想像されることはひとつでしょう?
しかし、何故私が妻?想像されることはひとつでも、想像される地位はひとつでなく、妻とそれ以外があるはずです。アーノルド義父さんは私に気を使って元の噂で情婦であったところを言い換えたのでしょうか?それとも元の方でも私だったのでしょうか?
噂の分析にも生物学的手法が使えるはずです。噂にも生物学的優位性を持つ要素がなければ私たちはこんなにも噂話をしなかったでしょう。特に政府の公式発表が信用できなかったり、新聞が読者の重要事項に関心を示さなかったり、その結果があまりにも重要な影響を及ぼしたりするときに人は噂話に頼って行動するものです。そしてその行動が選択されて淘汰にかけられます。例としては『昔からあるわが国の伝統的伝染病――チフスやコレラなど――は最近いちじるしく減少し、戦前水準さえ下回っているのに、マラリアはかつてないほど大規模になった。都市や地域や工場がこの病いにかかっている。その突然の発生、その満ち干、その発作の周期性によって、マラリアは健康にだけではなく、想像力にも影響を及ぼす。人々はそれについて語り、思案している。それは迷信の基盤にもなるが、科学的宣伝の基盤にもなる。しかし、わが国のメディアは、一般に、この事実にあまりにもわずかな関心しか示さなかったし、今も示していない。ところが、マラリア問題について論じたどの論文も、モスクワの同志たちが語ったように、読者の最大の関心事だった。その論文の載っている新聞は人々の間で次から次へと手渡しされ、声に出して読まれた。わが国の新聞が保健人民委員部の衛生・宣伝活動でよしとせずに、この問題に関してもっと独自の活動を発展させなければならないことは、まったく明白である』(トロッキー 『新聞とその読者』湯川順夫・志田昇 訳)。
私たち夏のガチョウクラブ全体を夏の情婦クラブとする噂でもよかったはずです。何故なら夏のガチョウクラブの全員がここに住んでいるのですから。ミロスラーヴァなんて彼と偽装結婚するとも言っていますし。
明日ユリアのペニー大学でこの問題を提起してみましょうか?少なくても元の噂がどのようなものだったのかを確認しておきたいです。噂を研究するのは楽しいかもしれません。もし、噂がそれによって人間行動を変化させて人間に生物学的優位性を与えるとしたら、その噂そのものも生物学的優位性を得て繁栄したりするのでしょうか?それとも噂話とは人間にとって病原菌のように流行しているだけのものなのでしょうか?噂それ自体を生物のように生物学は扱えるのでしょうか?そうだったら人為的に実験を行えられるのでは?
私は一階の私の部屋でベットから起き上がりました。個室には窓がないので扉を開け放しておかなければ隙間からの光だけですが、手探りで机の上のランタンをつけます。懐中時計を見ると17時。うすぼんやりとした世界。そこにいない人。ぼぉっと廊下にでて点々とある壁掛けランプの光に少し心を奪われてから壁時計を見ると17時15分。どっちかを合わせないと。
外へ出てランタンをかざしてみる。空気は人を切り裂く。もう世界は闇に包まれて歩くにはランタンが不可欠だ。周りには森。遠くでは人の営みの明かり。閑散としていた居住地が熱気に包まれる。世界は取り戻される。私の世界は?
今が17時15分だと仮定して会合はいつも20時くらいからだから19時30分くらいに帰ってくるとすると今から2時間は見て回れますね。
そこかしこにかがり火がたかれて見渡す限り男、男、男。笑い声が溢れて人々が思い思いに振る舞って原始共産制の時代から人間はこんな風に過ごしていたのでしょうか。小さな集団が話し込んでいたり、どんちゃん騒ぎをしていたり、賭博をしている人たちもいれば、サッカーをしている人たちもいる。男性だけのクラブ――ただし女子独裁下の。 兵隊さんたち――ただし女子軍令下の!食べ物も飲み物も山積みにされて、そのまま食べることも出来れば、この場で調理されたものを食べている人たちもいます。しかし調理している人たちには他人に販売する意図がなさそうなことが残念です。売ってさえいれば私も教導師団ギルドの行列に並んで点数を貯めるのですが。
この場では一般的にみんな飲み食いをしながら何かをしているのですが、何も持たずに演説に聞き入っている集団が目に入りました。演説用と思しき台まで用意されて一人の長身の若者が熱心に演説しています。
「『黒人たちは奴隷制度によって彼らの人生の大半を綿花畑で過ごすことを余儀なくされ、それによって白人たちが経済的な利益を得たが、黒人たちは長生きできなかった。男性たちは徴兵制度によって彼らの人生を戦場で過ごさねばならず、それにより全ての人が経済的に利益を得ているが、男性たちは長くは生きられなかった』(ワレン・ファレル)『奴隷たちと男性たちはどちらもその他誰かの自由のために世界を守って死ぬ』(ワレン・ファレル)『奴隷たちの間では、その外で働く奴隷はセカンドクラスの奴隷と考えられていた。家の中の奴隷はファーストクラスの奴隷。男性の役割(外で働く)は屋外で働く奴隷、またはセカンドクラスの奴隷と同質である。伝統的な女性の役割は家の中の奴隷、つまりファーストクラスの奴隷と同質である』(ワレン・ファレル)『ほとんど全ての女性は「女性が支配してきた」家庭の構造の中で重要な役割を担っているが、ほんのわずかなパーセンテージの男性だけが「男性が支配してきた」政府や宗教の構造の中で重要な役割を手にしていたにすぎない』(ワレン・ファレル)。つまるところ歴史的家父長制とは?男性のご主人様と第一の奴隷である女性と第二の奴隷であるたくさんの男性による体制である!それから?第一の奴隷は解放された!我々は?取り残された!そもそも何でこんなにたくさん男性がいるのか?女子階級独裁理論はたくさんの女性を想定しているのに?それは男性が優秀であったからではない!男性が奴隷だったからだ!『ソヴェト連邦の国民を構成する四〇〇〇万の家庭のうち、五%、ことによると一〇%が直接的ないし間接的に、男女の屋内奴隷の労働の上に「かまど」をきずいている』(トロッキー)。五%、ことによると一〇%?諸君らはこの数字から何かを連想するのでは?一生の内に男性が産ませることのできる子供は千人を超えるのに女性の産むことが出来る子供は百人に満たないという非対称性!結局のところ奴隷労働の上の「かまど」だけで次世代を構成することが出来る!黒人の女奴隷が白人の子を産んできたということによって女子階級独裁理論はそう提示している!何故今まで第二の奴隷も繁殖してきたのか?一夫一妻のキリスト教的偽善によって!しかし?われわれの前に共産主義社会が現れた!よって?奴隷労働無しで「かまど」を維持できる?いや、我々はまだ徴兵されてソビエトから『その他誰かの自由のために世界を守って死ぬ』!我々は?良心をもって死んでいこう!女性はいつだってご主人様の方を見ていた!男女同権運動は女性がご主人様と同じ権利を獲得するための運動だった!第二の奴隷である男性多数派は存在を忘れ去られていた!我々は?良心をもって拒否しよう!女たちはご主人様と手に手を取って生きていけばいい!女子階級独裁理論の現実的表現は一夫多妻にならざるを得ない!一夫多妻?ご主人様は何本の腕を持つのか?我々は?良心をもって権力を拒否して死んでいこう!我々の子孫たちは我々より賢いだろうから彼らは良心と権力を両立させられるだろう!我々は?第二の奴隷である男性多数派は『歴史の掃き溜め』(トロッキー)へと行くのだ!而して?革命的後衛である我々は最後の『その他誰かの自由のために世界を守って死ぬ』世代になった!『生活は改善された。前よりずっと楽しくなった。神に栄光あれ、我々はついに松明の時代に到達した!』(ゴーリキー市のある大学教授)!……そこなフロイラインもこんな演説を聞いていないで、ご主人様の所へと行くといい。君たちは新しい時代をつくるだろう。我々は松明になるだろう」
……えーとっ、まぁこういうこともありますよね。ここには各師団から大学出身者が集められているんですからお仕着せの男性階級優秀性理論(皆さんは覚えておられるでしょうか?男女間で子供の数の性的非対称性があるのに現在子供の数を最大化させる性比ではなく男女がほぼ同数であるのは、激しい生存競争を勝ち抜くために男性がたくさん必要とされることを示すと予想されるので、そのことから男性の方が女性より優秀であることを提唱する理論です)で満足せずに、自分で理論化、定式化を進める人もいますよね。そもそもお仕着せの理論に満足して異を唱えない大学出身者は人民の敵になってこの森に来たりしないでしょうし。
彼の理論については?便宜的に共産主義的搾取者と被搾取者の二分、プラス被搾取者は性別差で二分されるので、三階級理論とでも呼んでみます。この理論と男性階級優秀性理論の差は男女の労働生産性が存在するかどうかになり、やっぱり『究極において労働生産性というあらゆる問題中の問題に帰着する』(トロッキー)ことになります。三階級理論は歴史的過程の進行についてよく説明するように思われます。
というのは人類初期の低労働生産性社会、仮に一人が一年生きるための労働を1として、男女差なしで年間一人が平均的に1.1しか獲得できない場合を考えてみると男女が子供を養っていくためには年間で3必要となるのに初年度では女が働けないので1.1、次年度でも2.2しか獲得できないことからその差をどこかから引っ張てくる必要があります。10歳から働けるとしたら全体で10.9必要となるので毎年0.2ずつ貯蓄できるとしても55年かかる上にそこから育て始めるので次世代の半分を育てるために(二人の人間から一人しか生まれていないので)計65年となります(55年貯蓄できる食べ物?高濃度アルコール!ここからロシア人がウォトカ好きなのは労働生産性が低いからだと冗談を言ってみます)。ところで1927年のロシア人の平均寿命は42.9歳です。この道をとった低労働生産性社会は滅んだので次に行ってみましょう。今度は一〇%の家庭が奴隷労働の上に「かまど」を築いています。そのため彼らは二人と十八人で構成されて子供を育てるには10.9必要となることから約5.5年ごとに一人次世代が再生産されますので約110年で現世代と同数が再生産されます。今度は人の数が徐々に減って滅んだので次です。今度は数を増やしてみて彼らは二〇人と十八〇人で構成されて子供を育てるには10.9必要となることから約0.55年ごとに一人次世代が再生産されますので約110年で現世代と同数が再生産されます。あれ、同じ数?いえ、さっきのは計算ミスで約11年後には20人の次世代が生産力として追加投入されるので2の剰余生産が生まれて約0.5年ごとに一人次世代が再生産されるようになって、また11年後には22人が、また24人、また26人、29人、32人、35人、38人、88年後に200人を超えて次世代が再生産されます。希望が見えてきました。今度は二〇〇人と十八〇〇人、約80年。今度は二〇〇〇人と十八〇〇〇人、約80年。………。今度は二〇〇〇〇〇〇人と十八〇〇〇〇〇〇人、約80年。………………。初期労働生産性の設定が低すぎました。1.2で次に行きます。この場合男女は次世代の再生産に約55年かかりさっきの倍の生産速度です。二人と十八人は約45年。二〇人と十八〇人は約43年。二〇〇人と十八〇〇人、約42年。ロシア人の平均寿命に到達しました!でも次、1.3。男女、約36年。二人と十八人は約30年。二〇人と十八〇人は約29年。二〇〇人と十八〇〇人、約29年。徐々に奴隷制との差が縮んできています。1.4。男女、約27年。二人と十八人は約23年。二〇人と十八〇人は約23年。二〇〇人と十八〇〇人、約23年。ここで奴隷制間の人数差での違いがあらわれなくなりました。1.5。男女、約22年。二人と十八人は約18年。あと一緒。そろそろ原始的社会を維持できる現実的な数字に見えてきます。2。ここまでくれば男女のどちらかが働かなくとも子供をつくらなければ生きていけます。男女、約13年。二人と十八人は約11年。以下略。奴隷制がルール上の下限に到達しています。3。男女、約12年。二人と十八人は約11年。以下略。4。男女、約11年。以下略。ついに制度間の違いが消滅しました。この計算は大まかなもので明らかな計算ミス(10.9を固定値と勘違いしました)をしてたりしますが、それでも素描くらいには傾向をつかめるでしょう。
次世代の再生産の観点で常に奴隷制は男女のペアに優位を持つか同等で、それは多人数の剰余生産をかき集めて早い段階で子供をつくれることがさらなる剰余生産の拡大へとつながるからでした。ですので労働生産性の向上につれて優位性は減少しているように見えます。もちろんこれはルール上の制限による見かけの差で実際には労働生産性4の時に男女のペアは倍になるだけですが、奴隷制は5倍に達しています。しかし、ここまで高い労働生産性に達した時に問題となるのは養えるかどうかではなくて女が産める子供の数へと問題が移行し始めているのです。そこからは『共産主義のネズミ』へと繋がっていくでしょう。長々と説明してきましたが三階級理論は原始共産制から奴隷制への移行を説明します。
原始共産制は人類の曙でそこには未開地が豊富にあったというよりも未開地しかありませんでした。そこでは豊かな土地での狩猟採集によって高い労働生産性が達成されて、そこでも問題は女が産める子供の数でした。そして高い労働生産性に支えられてたくさんの子供を持った人類は各地に広がっていきました。もっともそれは呪いの始まりでしたが。
各地に広がっていった人類には収穫逓減の呪いが降りかかり始めました。最良の生産性を誇る土地は限られていて、増えた人類が生きていくためには劣った土地でより労働を増やさなければなりませんでした。そして労働生産性が低下し始めました。労働生産性の低下は次の呪いを準備しました。奴隷制への移行です。
さっき見たように労働生産性の低下につれて奴隷制が男女のペアに生物学的優位性を持つようになった結果として奴隷制社会はより早く広まっていったはずですし、さらなる劣等地への進出競争において常に限界的に奴隷制社会でしか進出できない土地を獲得することが出来ました。さっきの計算では貯蓄することが出来るという前提でしたが、保存を始めるには農耕を始めなければならなくて、農耕を始めてしまえばそこはすでに奴隷制優位の労働生産性領域に入ってしまいますし、実際には貯蓄は現実的ではなかったでしょうから剰余生産をかき集めて貯蓄なしで子供をつくれる奴隷制はそのことによっても優位を獲得したでしょう。
奴隷制は彼らしか生存できない劣等地という策源地を得ました。そしていずれはさらなる劣等地への進出競争において彼らですら進出できない労働生産性の土地だけが残されます。現代ロシア人ですら労働生産性1.2ではほとんど人口を維持し続けることしかできないということがロシアの無限の未開の森林の存在を保証してきたのでしょう。そうでなければ人類はそこを切り開いていたはずです。
もはや人類に進出できる手近な土地は残っていない以上、あとは戦争解決をするしかありません。そしてそれをしようとするのは奴隷制社会だけなのです。なぜならペア型の原始共産制社会では奴隷制社会が進出した劣等地では人口を維持できないからです。もし原始共産制社会が奴隷制社会に打ち勝って彼らの土地を手に入れてもそこに住むことは出来ず戦争の痛手に苦しむだけです。奴隷制社会は違います。彼らは原始共産制社会を維持出来る豊かな土地を獲得してより繁栄していきます。
さらに戦争においてすら奴隷制社会に優位性があります。なるほど農耕民は狩猟採集民族に弓矢の腕では敵わないでしょうが、彼らには貯蓄が出来ます。狩猟採集民族はどんな時でも狩猟採集をしなければなりません。それが戦争中でも。農耕民は貯蓄を使って彼らに優位な機会を伺いつつ、狩猟採集民族に圧迫を与え続けて狩猟採集民族に選択を強いることが出来ます。すなわち餓死か決戦かを。餓死するならばそれでいいですし、農耕民は決戦を強要出来る優位な立場にあるので城砦を作って戦闘そのものも優位に行えるでしょう。狩猟採集民族が逆侵攻をかけようにも、ここでも貯蓄できないことが足を引っ張って長期にわたって城砦に籠られればまた不利な戦闘を強いられます。歴史が見えてきました。こうして奴隷制は原始共産制に最終的かつ決定的に勝利しました。
原始共産制から奴隷制への移行は他の移行と比べて特別な移行になります。人類の大まかな歴史は労働生産性を不断に向上させていく歴史でしたが、原始共産制だけはその次の奴隷制よりも高い労働生産性の上に築かれています。初期人類はその自然をつくりかえる技術よりも自然そのものの生産力により多く影響されたからです。『産めよ。増えよ。地に満ちよ』の結果として人類は楽園を追い出されました。そこには生物学的原罪━悪性生物学的優位性━がありました。三階級理論はこの特別な移行を論理的に明白に説明します。
男性階級優秀性理論はこの理論に駆逐されるか?決して!何故なら三階級理論は男性が優秀ではない場合になんで男性がご主人様だったかを説明しなければならないのですから。そこを男性階級優秀性理論より上手く説明できるとは思いません。『男性が優秀であったからではない!男性が奴隷だったからだ』ではない!男性は優秀かつ奴隷だったのです。これらは矛盾してません。タタールのくびきがスラブ民族の優秀性を否定しないように。優秀かつ奴隷?英雄だ!『Никто не даст нам избавленья -Ни бог, ни царь и ни герой』(インターナショナル)『英雄とは召使いなのだろうか?ええ、“hero" という言葉はギリシャ語のser-owに由来しており、現代の言葉で言えば、“奴隷"や“保護する者"の他に“召使い"の意味を持つ。英雄というのは基本的に仕え、守ることを目的にした奴隷であった。一般的にはコミュニティーを守り、特別に女性と子供を守る。その代わりに、英雄たちは尊敬と愛をその守っている者たちから受ける。ちょうど私たちが母親に対して料理への感謝をすることが、料理をさせ続け、“自尊心への賄賂"を与え、彼女を台所での自身の役割の奴隷にさせるのと同じように、彫像と栄光の逸話が男性を英雄としての役割の奴隷にさせる自尊心の賄賂であった。感謝は奴隷を奴隷に至らしめる』(ワレン・ファレル)。かれらはつまり我々の最後の英雄となると言っているのです。英雄となるために権力を拒否しなければならないなんて何て時代でしょう!
さて、現実に帰ります。私のご主人様?それは一般論ですか?特殊論ですか?貴方は私を特定していますか?
「同志、私のご主人様はどこに?」
「我らがご主人様は、演習の後かたづけを監督しているのをさっき上から見ましたので、いつもと同じように帰られると思われますよ。かまどを用意されたら良いと思います。……いや、失礼。時代は変わったんでしたね。あなた方が新しい時代をつくられますように」
私を特定していますね?しかし、フロイライン?既婚女性を示すフラウでなかったのはやはり噂では妻でなかったからなのか、単に式をあげなければ認めない的なものなのか。まさかこんな大勢いる前で噂について聞くわけにはいきませんし。
「アルトゥール!!メドベーチグラードは共産党からソビエト連邦の自治共和国として独立が承認された!!」
突然車で突っ込んできた男が、車を飛び降りて演説していた男に向かって叫びました。
「イワン!お前はそのまま知らせまわってくれ!全員!原隊に復帰して指示を待て!パイロットは機体の元へ直行、いつでも動かせるように、夜間飛行もあり得るぞ!フロイライン!今日は帰ってこないかもしれん!全員、急いでトラックを探せ!パイロットを最優先だ!」
場に温められていた熱気が速やかに緊張を含んだものになって、男たちが走り回り始めました。私も教導師団本部に急いで戻ります。ここにいても邪魔になるだけですから。
しかし、独立!出来るとは思っていましたが、少なからぬ戦闘の果てにあると思っていたものが、今提示されたのです。だからこそ信じられません。みんなその気持ちがあるから何の反論もなく原隊へと走って行っているのでしょう。




