たかしの目覚め
頑張るぞい!
仄暗い回廊にぽうと白い明かりが灯る。それは切れかけた豆電球の様にぱちり、またぱちりと明滅する。灯火は遠くで光ったかと思うと次の瞬間にはまた別の場所で光った。そして、それが現れるたびにその下で何かが振り子のように何かが揺れる。それは切り離された何かの頭部である。物語によく出てくるゴブリンの様なモノにそれは近いのかもしれない。だがその目はとうに生命の光を失っている。それは気まぐれに移しながら何処かへと向かっていった。
◆◆◆◆◆◆◆
心臓から肉体が起動する。
真新しい血液が循環し肺からどうっと古い空気が押し出される。
「はああああッ!」
藻掻くように息を吸い込んだところでたかしは今居るここが陸の上で空気が十分にあることを理解した。
すぅはぁ。すぅはぁ。混乱しながらも何度か深呼吸を繰り返しキョロキョロと周りを見渡す。
あ?なんだこれ?どこだここ?周りが見えない?
「あ」
ふと見ると暗闇の中に人工的な光がある。こちら側からは見えないが四角い光源が向こう側を淡い光で照らしている。なんだあれ?
たかしはそちらへ一歩踏み出そうとして
「うおっと!」
体のバランスを崩し冷たいタイルの上に手をついた。段差があったようだ。
いってえ...ケツを擦りながら近くにあった机の様なモノ(いやそれはまさに机だった)に手をかけて立ち上がる。立っていた場所は少し高い場所にあったらしい。
光源に照らされていつも着ているシャツのチェック柄が淡く浮かび上がる。光源の正体がわかった。
これは…パソコン?
それは見たことのない機種の端末であった。
そして端末の後ろからよくわからないコードが出ている。それは今まで自分が立っていた場所まで続いているようだ。
少し暗闇に慣れてきたたかしは目を凝らしてそれを見つめる。
丸く機械的な部品で構成されたその何かはSFモノのアニメに出てくるようなワープ装置もといポータルの様な形状をしている。
混乱していてたかしは今まで気づいていなかったが、それはついさっき役目を終えたかのように、しゅぅううと小さな音を漏らしながらその機能を停止させようとしている。
たかしはそれが機能を完全に停止させ沈黙するまでぼんやりと見つめていた。
徐々に冷静になってくる。
俺はどうしてここに居るんだ?んでもってここはどこなんだ?
ニート特有の錆びついた脳回路で現状を考える。
考えながら無意識にジャージのポケットを弄ると何かが入ってる。
「おっ。そういえばスマホ持ってたわ。」
現代の神器スマホ。いつも尻ポケットに入れてたのを思い出す。
充電はバッチリだな。
バッテリーの残量は99%を示している。
「薄々わかってはいたけどやっぱ圏外か…」
スマホで助けを求めることは出来ないようだ。
ダメ押しで何度か警察に電話をしてみたが当然つながらなかった。
下手に電池を使うのももったいないな。
たかしは大きくため息をつくとスマホを尻ポケットに戻した。
うーん。どうも記憶がはっきりしないな。
スマホの使い方はわかるしつい先月深夜にコンビニで漫画を立ち読みしてたことまで覚えてる。
因みに年齢は32歳無職だ。
どうやらここ1ヶ月の記憶の記憶が思い出せないらしい。
記憶喪失なんてものに自分がなるなんて思ってもみなかった。
「んーコレなんて書いてあんだろうな?」
端末の画面を覗きながらたかしは呟いた。
端末は何らかの作業をしてたらしい。ただ、その作業の途中でコンソールにエラーらしきものを吐き出してそこでカーソルが止まっている。
もしかしたらこの端末をいじればあの装置が自分を居心地の良い家に返してくれるかもしれない。
でもそんな確証はないし、下手に触って壊したりしたら目も当てられない。
おまけにそんな装置をいじったところで何が起こるのかわからない。正直怖い。
これはひとまず放っておこう。
光源の明かりを頼りに周りを探索すると机の下のロッカーから何かが書かれたファイルやら、マッチ?らしきもの。缶に入った何かの飲み物(振るとちゃぷちゃぷと音がする。コンビニで売ってる安い発泡酒のようなラベルをつけてる。たぶんお酒?)、懐中電灯。ウレタンの様な質感のリュックサックを見つけた。
勝手に取るのは良くないかもしれない。でも一応借りておく。そういうのは外に出られてから考えよう。
たかしはリュックサックに役たちそうなものを詰め込むと懐中電灯を手に取る。
ちょいちょいさっきから感じる違和感。
目が覚めてここに居たってのものそうだけど、それとは別に何かおかしい。
うまく説明できないけど。それに何か良くない感じがする。
何となくこの場を離れたほうがいい気がする。
それに…この端末が動いているってことはさっきまでこれで何かをしていた誰かが居たってことだ。
でも周りは真っ暗で人気がないし機械が止まってから本当に何の音もしない。どうもおかしい。
「なんか変だ」
口に出すと得体のしれない不安が形になったような気がした。
たかしはぶるるるっと身を震わせた。
手にとった懐中電灯の明かり部分を下に向け光を漏らさないように手で覆いながらそっとスイッチを入れ確かめる。
どうやら使えるようだ。
ゴクリ。たかしはつばを飲み込むと手を震わせながら明かりの点いた懐中電灯をそっと持ち上げた。
どうやら本当に誰も居ないみたいだ。
ふぅとため息をつくと懐中電灯を揺らして周りを確かめる。どうやら部屋の奥まった場所に居たらしい。
似たようなロッカー付きの机が並んでいる。
電源が入った端末が載っているのはここの机だけみたいだ。
懐中電灯を足元の丸い機械に向ける。
「本当にSFみたいやな」
どうみてもそれはSFチックな代物だった。精密に見知らぬ金属が組み合わさって作られたそれは現代の加工技術を超えている様に見える。
感じていた違和感の一つはそれだ。ケーブルから端末から建物の作りから何ていうかどこか自分の中にある現代の製品とズレている。
仄かに蒼い燐光を発する端末のモニタも端末から機械に伸びる複雑に絡みながらその太さを徐々にスリムに変えていくケーブルも未来的(たかしにはしっくり来る言葉がこれしかなかった)なのだ。
もしかしたら気が付かないうちに誰かにフューチャーにバックされたのかもしれない。
タイムマシンで人を呼び出したけど気づいてないのかもな。
自分を呼び出した間抜けな博士を想像してフフッと笑う。
そう思ってみると少し不安が和らいだ気もした。
どうせなら呼び出したドクターはそういう間抜けであってほしい。
呼び出しておきながら真っ暗なこんな場所に一人放置する人物なら
たぶんそれは友好的な存在じゃない。
少し散策してみようかな。
奥を照らすと防火シャッターと緊急時のドアが合わさったのようなものが見えた。
学校とかにあるようなタイプだ。
たかしは奥に進んでみることにした。