この世界の『魔法』
「ほほう、これは新鮮な感覚ですねぇ」
どうやら魔道書に記されていた魔法が意図せずに発動してしまったらしく、私の肉体は急激に筋骨隆々&高身長のマッチョボディへと変化を遂げていました。周囲の家具やミアちゃんとの身長差から判断するに、およそ五十センチ以上は伸びているようですね。
視界が広くなり、手足の長さも相応に伸びているので、慣れるまではいつものように動けないかもしれません。要練習ですね。
「わぁ、すごい! いきなり魔法が発動できるなんて、すごいよ、リコちゃん!」
「そうなんですか?」
そういえば、魔法の才能は稀少なんでしたか。
ふむ、この才能が元々私に備わっていたものか、それとも何者かに付与されたものかは現時点では不明ですが、手札が増えたことは素直に喜んでおきましょう。
「……おや?」
体感でおよそ一分ほど経過すると、まるで風船の空気が抜けるかのように私の身体は元の体型へと戻りました。きっと、魔法の持続時間が切れたということなのでしょう。
「なるほど、これが魔法というものですか」
「あ、あの、感心する前に身体を隠したほうが……」
そういえば、着ていた服も下着も、膨れ上がった筋肉で裂けてしまったので全裸なんでした。この私にも、裸体を他者に見られたら羞恥を覚えるという感性は備わっているのですよ。
「その割には冷静だね」
「ええ、騒いでも解決しませんし。とりあえず体操服でも着ておきます」
「なんだか変わった服だね?」
同性の友人の前とはいえ裸でいるわけにもいかないので、この世界に来た時に着ていた体操服を着用しました。地肌の上に直接着ているので少々スースーしますが、何も着ていないよりは幾分マシでしょう。
「魔法を使えたのは良しとしても、毎回服がダメになったら困りますね」
いくら強靭な肉体があっても、全裸で暴れまわるというのは流石に人としてどうかと思います。そもそも私はあまり運動が得意ではないのです。素の状態ではチワワにも負ける自信があります。たとえ腕力が増えたとはいえ、訓練もなしにその力を十全に使えるとは思わないほうがいいでしょう。
あの魔法は奥の手の一つとして記憶しておくに留めて、できればもっと魔法らしい魔法を主戦力にしたほうが良さそうです。
そう思って、もっと使い勝手の良い魔法を知らないかとミアちゃんに尋ねてみたのですが、結論から言うと結果は惨憺たるものでした。
「『筋力強化』以外の魔法? ええと、中級の『筋力大強化』と上級の『筋力超強化』でしょ。あとは滅多に使える人がいないけど『全体筋力強化』っていうのもあるよ。それから……」
「……ちょっと待ってください。あの、もっとこう、魔法らしい魔法はないんでしょうか?」
「え、魔法ってこういうのじゃないの?」
ミアちゃんは「他に何があるの?」とでも言いたげな顔でキョトンと小首を傾げるばかり。小動物のような仕草がキュートです。萌えますね。それはさておき、確認しておくべきことがあります。
「たとえばですが、ミアちゃんの想像する魔法使いが遠くの敵を攻撃する時はどういう風な行動を取ると思いますか?」
「ええと、普通に近付いて殴るんじゃないかな」
「離れた所から攻撃したりはできないと?」
「そんな事はないよ、ほら投石とかで」
魔法使いの遠距離攻撃手段が投石オンリーとは……。
ここに至って私は双方の前提としている常識の相違に気付きました。
所変われば品変わる。
世界が変われば常識や価値観も変わって当然。
なまじ、それ以外の部分が私の知るテンプレファンタジーそのものだったせいで、理解が遅れてしまったようです。迂闊でした。
私の想像する『魔法』と、この世界の人間の思う『魔法』には大きな乖離があったようです。どちらも不思議パワーを使って超自然的な現象を起こす技能には違いありませんが、この世界の『魔法』はどういうわけかそれが筋肉方面に特化しているのでしょう。
「これは、想定外ですね。困りました」
何しろ、使うたびに服が破れるような魔法など不経済の極み。
未だに一文無しの身としては、何かしらの収入源なり寄生先なりを見つけないと、せっかくのチート能力もオチオチ使えません。
「……ミアちゃん、私たち友達ですよね?」
「え? ……えへへ、そんな風に言われるとなんだか照れちゃうね」
世の中持つべきものはお金持ちの友人ですね。
純真な彼女を利用することに後ろめたさを覚えないでもないですが、当面は衣食住の面で頼らせてもらうしかなさそうです。
いやはや、罪悪感で胸が張り裂けそうですね。本当ですよ?