指と珈琲
男らしい大きな手からは想像つかない長くて綺麗な指で、淹れる珈琲に惹かれて、この店に来てどのくらい経つのだろう…。
「マンデリンです。」
うつくしい陶器のコーヒーカップの中には黒蜜色の液体。
僕は一口珈琲を飲んでから、気分次第に砂糖やらミルクやらを入れて、珈琲をいただく。
コーヒーの味を壊しているかもなあとちらりとマスターの顔を見るが、何な表情もない顔がそこにあった。
店主と客、ただそれだけ。
「いらっしゃいませ。お好きな席にどうぞ」
僕は、文庫本を取り出して本を読む仕草をする。
何度も読んでいる本だから中身が知っているのが仕草を本当に見せるために役に立ってる。
僕はちらりとマスターの顔を見てからまた、読む仕草を始めた。
「で、あんたは一体何をしたいの⁇」
目の前に生ビールを美味そうに飲んでる見た目がかわいい女がいる。
対して、僕はコーラーを飲む。
真逆に位置する女、で、最高の親友がそっけなく聞いた。
「別にどうしようもないけど…」
「はっ!嘘言わないでよ。なんかアクションを期待しているんでしょ⁇」
僕と彼女があーでもない、こーでもないと言い合っていたら、男の声が割り込んできた。
「お前らの関係って本当に不思議な。何、俺ここは嫉妬するところか⁇」
いきなり割り込んできたのは、会社内の友人で自分がゲイだと知りながら、いつもつるんでるイケメンだ。ついでに、彼女の彼氏でもある。
「何が不思議よ⁇タケルだって気にしてたじゃない。最近儚い顔がますます儚くなってきてるって幸薄い顔がますますひどいって」
「由香子、おまっ‼︎本人の前で言うのかそれを‼︎」
「当たり前でしょ‼︎私と幹也の関係を甘く見ないでよね‼︎幹也くらいなんだから、私の嗜好全部知り尽くしてるの‼︎」
「ゆか…さすがの僕も傷つくときあるし、タケル、ゆかの嗜好を話さないからね。僕にだってそれは不可抗力なんだから」
由香子とタケルと僕はその後脱線したまま、店を出た。ベロベロに酔っ払った由香子をタクシーに乗せてから、僕とタケルは僕のマンションにきた。
僕はタケルに珈琲を淹れてから出す。
「なあ、俺さ。普段何も思わないようにしていたのだけど…」
あっ…きたか。と思った。
僕と由香子の何でもかんでも言い合って、笑って、泣いての関係を傍目から見ていたら、いつも、同じ疑問に行き渡るらしい…。
こいつら、できてるのに何で彼氏彼女じゃないんだ。男と女の友達にしては仲良すぎだろ?彼氏のメンツって何なんだ⁇と言う疑問に
「な…なに⁇」
「お前、男同士の経験あるのか⁇お前何かクリーンすぎるんだよな。」
「はあ⁇…いやいやいや、ありますよ!何言ってるの⁇あるに決まってるじゃん。」
「お前、すっげえ動揺してる。」
「動揺もなにも、いきなり直球できたのと、あと…」
僕は珈琲を一口も入れずによかったと思いながら、あと…に続く言葉を飲み込んだ。
「心配するな。俺は別に由香子とお前の関係よく知っていて付き合ってるから、大丈夫だよ。」
僕はタケルを見て、かなわないなあと思った。
こんなことを言われたら、素直にそう思うしかないじゃないか。
「まあ、お前が早くそのマスターとうまくいけば良いな!あっ、由香子から聞いたぞ、恋の神様で有名な某所行ってきておみくじひいてきたんだってな。で、大吉で喜んだんだろ⁇」
由香子のやつー!うわっ。めっちゃ子供みたいじゃないか。
僕は肩をすくめたらタケルがケタケタ笑い出し、その笑い声を聞いたら僕も笑ってしまい、夜中のキッチンが少しだけ騒がしくなってしまった。
タケルはそのまま泊まって、翌日同じ服で仕事に行った。
また。女性社員たちが要らぬ噂をするのだろう。それをタケル本人がわかった上で楽しんでるから、タチが悪いとは思うのだが…。
その日は突然やってきた。
本当に突然に来るんだなあと今にしてみればそう思う。
休日2日のうち1日目は、早起きをして、部屋の片付けをしてから、珈琲を淹れて買ってきた本を読み始める。読み終えたら、休日にしかできないお洒落をしてから、繁華街へ行く。大好きな洋服と大好きな本を買いに行くのに一駅だけで事足りるのは、繁華街はすごく便利だなあと思う。美味しい店も多いし。
大好きなデパートへ行ってから同じ道沿いにある、大手書店へ行った。
文芸書と文庫本コーナーの2Fで本を物色していた時だ。
「あっ!」
僕はその声に振り向くと、目の前にはあのカフェのマスターがいた。
「あっ!」
僕も思わず呟いてから苦笑いしてしまった。
マスターが持っている本の手というか指をじっと見てしまう。
「あ…あのう。いつも来てくださりありがとうございます。」
「え⁇」
え⁇じゃないだろ、そうじゃないだろ⁇指に見惚れるのは今じゃないだろ⁇マスターがあのマスターが声をかけてくれてるんだろーっっって全力で自主ツッコミを入れてから、
こう呟いてた。
「マスターの珈琲を淹れるときの指が好きなんです」
「え⁇」
マスターの驚き顔と自分の失言に呆然となった僕はそのまま、走り出して逃げ出していた。
バカだバカだバカだ大バカだーっっっ
しかも、今日の服超走りにくいし…。服というか靴⁇何で厚底でダッシュしないといけないんだ!
黒のサルエルパンツに厚底の靴を組み合わしたら可愛いなあと思って着てきた、今日を恨みたくなってきた。
ハアハアハア…普段運動しないとこうなるんだなあと実感した。
その時、いきなり手を掴まれた。
「やっと見つけた。」
この声は…。
僕は恐る恐る首を回した。
いた!彼の顔が其処にあった!
「あのう…走り疲れませんか、ここら辺に落ち着けるカフェがあるんです。行きませんか?」
腕を掴まれたまま、僕は彼に引きずられるような感じで、数分歩いたビルの地下にあるカフェにはいっていった。
僕はしゃべる気になれずにうつむいていたら、彼が勝手に注文をしてくれた。
「ラテでお待ちのお客さまお待たせしました。」
目の前には可愛いラテアートがあって、見ていたら、我慢できずにスマホで写真を撮ってしまった。
「可愛いですよね!俺もラテアートが好きなんですけど、天性の不器用で出来なくって、仕方なく、珈琲専門店だけやっているんです。」
彼が話しかけて、ぼくは彼を見た。
「だから、指のことを褒めてくれて、すごく嬉しいんですよ!」
彼がくしゃっとした笑顔でぼくを見る。
あー、あー、ダメだ。こんな笑顔でぼくを見ないで、そんな笑顔で見つめられたら、恋をしてしまう。
それこそ、泥濘にはまってしまう。泥濘にはまりたくないから、恋は遠ざけていたのに…。
「気のせいだったら悪いのですが、俺と付き合いませんか⁇俺のこと好きですよね⁇」
普段なら、何だこの男は‼︎で済む発言も、今の自分では、恋のスイッチになってしまう。
認めないといけない。きっと、初めて彼の指を見た瞬間から恋に落ちていたのだと。
でも、肝心なところで天邪鬼なぼくは首を横に振った。
「そうですか…。なら…」
彼の顔が近づいて、耳に息を吹きかけながら囁いた。
「恋させればいいんだろ⁇」