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暴れん坊王女様

 

 むかしむかしある王国にとても見目麗しい王女様がおりました。王様や王妃様はたいそう可愛がり蝶よ花よと大事に育てられました。

 下にも弟達に恵まれ王女様も王様達が自分にそうしてくれたようにたいそう可愛がり家族は仲良く暮らしていたのです。

 しかし、そんな王国に影が射したのは一年ほど前。封印されていたという伝説にある魔王が突如として甦り王国に対して宣戦を布告したのです。


 王国では腕に覚えのある冒険者や叡智を授かった魔術師など様々な人材を魔王討伐へと派遣します。ですが誰一人として帰ってきたものはおりません。


 その間にも国境に位置する村が侵略され村にいたものは誰一人逃げ出すことも出来ず占拠されてしまいます。王国の民は日に日に届く凶報に不安で一杯でした。


 そんな折、王様は王女様を自室へ呼び出します。

 今までにないほど緊迫した様子で王女様へ訊ねる王様。


「王女よ、そなたには王族として役目を全うして貰わねばならぬやもしれん。命を懸ける覚悟はあるか?」


 王女様は迷いなく答えます。


「お父様、わたくしは王族として生まれこれまで何不自由なく過ごさせていただきました。国のため、民のため、すでに覚悟はできております」


「そうか。ならばこれ以上は問わぬ。準備が出来次第実行にうつすが良い」


「はい、お父様。吉報をお待ちください」


 王女様が部屋を出て行くと王様は背を向けたまま肩を揺らしておりました。

 ぽつりぽつりと雫を落としながら……。



 王族には建国以来秘伝のわざとして異世界から勇者を呼び込む魔法があります。ですが、この魔法を使えるのは清き乙女のみ。しかも魔法を使えば魔力の欠乏によりほぼ死に至ってしまうのです。


「……愛しい我が子を死に追いやる父を許してくれ。くくぅうあああ」







 そしてそれから一週間が過ぎました。王様はおかしな事に気付きます。王女様の姿が見えないのです。良く考えてみればあの話をしてから王女様の姿を見ていません。

 王妃様や王子様たちに聞いても誰も見ていないといいます。

 王様は慌てて王女様の部屋へと向かうとそこはすでにもぬけの殻。王女様の姿はなく付き従っていたはずの侍女の姿もありません。

 ふと気付くと机の上に手紙が置いてあります。



 ――お父様、お母様、弟達へ


 わたくしは王族としての責任を果たす為、魔王の討伐へと向かいます。お顔を拝見すれば留まりたくなるので挨拶もなく出て行くのをお許しください。必ずや吉報をお届けしますので皆お体にはお気をつけください――




「王女ぉぉぉおおおおおぉぉおお!?」



 王様は驚きました。

 王女様の覚悟とは魔王を討伐に行くことだったのです。


 王様は失念していました。

 王女様はちょっぴり考え方が斬新でもの凄く行動的な女の子だったのです。







 その頃、王都より魔王領へと続く街道。

 そこには意気揚々と魔王討伐へと向かう王女様と御供の侍女がてくてくと歩を進めておりました。


「お、王女様ぁ。本当に魔王の所へ向かうのですかぁ?」


 侍女はいまにも倒れそうな顔色で王女様へ訊ねます。


「勿論ですわ。王族としてこの国を守るのです。あなたも我が国の名門セバス家の出なんですからもう少しシャキッとしなさいな」


「ふえぇぇ、確かにそうですけれども雇用契約に魔王の討伐の項目はなかったのですよぉ」



 それはそうでございます。そんな雇用契約などありはしないでしょう。


 そんなふうにてくてくと歩を進める王女様の前に魔物が現れます。

 見た目は大きな黒い狼。デミフェンリルと呼ばれる知能の高い魔物で罠などが通じずそれでいて身体能力も高いものですから厄介な存在として有名な魔物です。


 ワォォォォォォゥ


 確実に勝てると踏んでいるのでしょう。道の真ん中に堂々と陣取り王女様たちを見据えています。



「お、お、おおお、王女様。魔物ですよ。強そうですよぉ。ど、どどどど、どうしましょうぅ」



 慌てる侍女をよそに王女様は落ち着き払っています。

 そして発育の良い胸に手を当てるとそこから光が溢れ王女様の手にはとある武器が握られておりました。


 王族やそれに近しい貴族には血筋の内に『王器』と呼ばれる武具が発現することで王位継承権が与えられます。


 例えば王様は民を導く王錫、王妃様は癒しの御技を誇る杖、王子様たちは剣と弓。

 もちろん王女様にもそれはありました。ですが王女様の王器は非常に変わっておりました。


「さぁ、躾のなっていないワンちゃんにはわたくしが折檻してあげますわぁ。おーっほっほっほっほ」


 ビシィッと地面を打ち付ける音が響き渡ります。


 そう、王女様の王器は鞭。特殊能力が……『調教』だったのです。



 アオォォォォォォン



 森一帯に狼の切なそうな叫び声が響いたといいます。









 ところ変わってここは魔王城。


 てきぱきと執務をこなす小さな姿。

 そんな彼こそが魔王様です。見る人が見れば心奪われそうなその愛らしい姿は王女様にも引けをとらないでしょう。そんな魔王様を鼻血をたらしながら側近が見つめております。


「側近よ。侵攻の具合はどうだ? 昨日の段階では進みが遅いとの事だったが?」


 鼻血を流しながら夢見心地だった側近がその言葉に我に帰ります。


「ハッ、原因は不明ですが戦線は膠着状態になり落とした村より南に2キロの地点で進軍が停止しております。現在、その原因の把握に努めておりますのでいましばらくお待ちください」


「うむ」


 そしてまた手を動かし執務をこなす。

 それからしばらくして不意に魔王様の手が止まる。


「なぁ、側近よ」


「いかがなさいましたか? 魔王様」


「なんで我々は王国へ進軍しておるのだ? 我が生まれてからお前の言うがまま魔王をしておるがそこらへんが理解できん」


「魔王様。これが様式美なのでございます。先代も同様に魔王領を広げるべく進軍されておりました」


「だが、そのせいで先代は封印されてしまったのであろう? ……その体を糧に我は生まれたのだがな」


 魔王様は物憂げに外を眺めながらそう呟きます。





 そんななか執務室に魔族が駆け込んできました。



「た、大変です。ある一団がこの魔王城目掛けて進軍しております! しかも道中その数を増しながら!! 敵の数はもはや500に達しようかと……」


 動揺を隠せない側近が伝令に対し問い詰めました。


「な! 一体どこからやってきたというのだ。それに迎撃はどうした。四天王が待機しているはずであろう!?」



「そ、それが……」



 さらに駆け込んでくる魔族がいます。


「で、伝令!! 四天王様陥落です! しかも、進軍する一団に合流した模様!! もはや敵は魔王城の目と鼻の先です!!」



「な、ななな、なんってこったぁぁぁぁ。魔王様、ここはひとまず迎撃の準備をしませんと……」



 そんな中、城の下部からどかーんばきーんとけたたましくなにかが破壊される音が響いてきます。そしてその音は一直線にこの執務室へと近づいているのです。



 ……っ、ほっほ……


 ……おーっ、ほ………


 ……おーっほっほっほっほっほ……



 バキーンドガーン


 執務室の扉が吹き飛ばされもくもくと煙が立ち込めます。

 煙が晴れたそこには大きなデミフェンリルに乗った王女様がいるではありませんか。侍女は必死にしがみついていた為か顔面蒼白です。

 側近は腰を抜かし、伝令たちは扉ごと吹き飛ばされ壁にめりこんでいます。

 魔王様だけが冷静に王女様を見つめておりました。



「初めまして、魔王様。わたくしは王国の王女。王国のため、民のため、平穏を乱すあなたを討伐に参りましたわ」


 その後ろには屈強な冒険者や聡明な魔術師、エルフやドワーフ、果ては魔物や魔族などもおります。

 そう、王女様は道を塞ぐもの全てをその愛の鞭にて調教せっとくしてきたのです。調教せっとくにより真実の愛(ドM)に目覚めた魔物や魔族たちを纏め上げ、サキュバスなどにうつつを抜かしていた戦士達や魔術書に心奪われていた魔術師達を再教育(きゅうしゅつ)し魔王城へとたどり着きました。



「お初にお目にかかる王国の王女よ。我が魔王。この国を束ねるものだ」


「あら、随分と可愛らしい。うちの弟と同じくらいに見えますわね」


「そうなのか? 我も生まれたばかり故にな。そういった感性がよく分かっておらぬ」


「そう……なんですの?」


 王女様は困っていました。意気揚々と魔王城に踏み込んでみたはいいものの目の前にいるこの子が魔王という事実に。


「生まれたばかりなのになぜ戦争など仕掛けたんですの?」


「ふむ、そう問うか。魔王領は魔石などには富んでいるが食料に乏しい。故に食料を巡って争いごとが絶えないからだというのが表向きの理由だ」


「表向き? 他にも理由があるんですの? わたくしが見てきた限りでは陥落させたはずの村も非道をせず民はそのまま生かされておりました。魔王様のお考えが聞きたいですわ」


「ふむ」


 魔王様はこの王女に興味を示しておりました。魔王である自分に物怖じせず(物理的にも)真正面からぶつかってくるこの少女に。


「そもそも我に元々戦争などする気はなかった。というよりもそこまでの自我がなかったというべきか。こうやって考えられるようになったのは最近だからな。我はあの宣戦布告の少し前に生まれたばかり故に」


「ではなぜ宣戦布告を?」


「そこな側近がこれこそ魔王の様式美というからだな」


「この側近をなんとかすれば魔王様は戦争をお止めくださるの?」


「ふむ、それであれば我に戦争を続ける理由もない。食料に乏しいというのならそれを改善するすべを見つけるほうがよほど建設的であろう?」


 その話を聞いて王女様は側近へと向き直ります。魔王様の言葉に嘘はないと直感で感じたからです。


 キッっと側近を睨みつける王女様。手に持つ鞭がビシリと音を立てます。





 ッアーーーーーー








 雪も溶け春を迎えた王国。

 王女様が魔王討伐へ向かいはや数ヶ月。新年をむかえたのに王城内は活気がありません。幸いにして魔王軍の侵攻は停まっており王国内でも多少のゆとりが出来ているのにです。

 王女様が出て行かれてからというものまるで火が消えたような有様となってしまいました。どれほど彼女が皆から愛され光を振りまいてきたのかという事が窺えます。

 今日も謁見をこなす為に玉座に座る王様。


 そんな時です。


 王の間の中心に魔力が集中し空間が歪んだのは。


 ギチィィィィ


 歪んだ空間が門を形取りそこから何者かがこの広間へと降り立ったのです。



「お父様! ただいま戻りましたわぁ!」


「「「「「「「「「「王女(様)!!??」」」」」」」」」」



 そこにいたのは二人の男女。

 青の美しいドレスに身を包んだ王女様と一人の少年でした。


「王女よ、お前が戻ったということは魔王を討伐したのか!?」


 王様が震える声で王女様へ尋ねます。


「いいえ。ですがもはや魔王軍が攻めてくることはありません。国境の村も今頃は開放されておりますわ」


「なんと!? し、しかし、討伐しておらんのにいったいなぜ?」


「それは……」


 意味ありげに少年のほうを見つめる王女様。少年はついと前に出て王様へ頭を下げる。


「我は魔王。この度、あなたの娘子である王女を我妻としてむかえたく思いこちらへ参じた次第。此度の戦役の謝罪と賠償をする用意もある」


「な、この少年が魔王だというのか!?」


 王女様は事の次第を王様たちに説明していきます。

 生まれたばかりの魔王様を唆した側近は王女様の教育せんのうで魔王城の執務室に閉じ込め仕事の鬼と化していること。

 国境の村における戦死者はなく、無事解放されたこと。

 冒険者や魔術師は順次此方へ帰ってくること。ただし、あっちが気に入って帰ってこなかったり舞い戻ったりすることはあるかもしれないこと。

 王国での動力源となる魔石や宝石にて賠償をすること。

 また、国交を回復し魔石や食料の交易を開始すること。


 全て話し終えると王女様は魔王様へと近づき寄り添いながら手をつなぎます。


「わたくしと魔王様が架け橋となりより良い未来を創っていきたいと思うのですわ。お父様、お許しくださいますか?」



 ふるふるふるふると顔を伏せて震える王様。


「ゆ……」


「ゆ?」


「ゆるさぁぁぁぁぁぁん! ちょっと備蓄倉庫裏へこいや若造! 儂の可愛い王女を連れて行こうなんざ10年はやいわぁ!!」


 上着を肌蹴て筋肉隆々な姿を見せ威嚇する王様。そんな王様の背後へそそそと寄り添う王妃様。


 ドゲシッ


 王器の杖で王様の頭をクリーンヒットした王妃様はそのまま王様を奥の部屋へと連れて行きます。


 あまりのことに言葉も出ない一同。


 戻ってきた王様は干からびたような様となり一緒に出てきたつやつやの王妃様はいいました。


「王妃たる私の名において王女と魔王の婚姻を認めましょう。これよりは大切な隣人です。共に手を携えて参りましょう」


 オオオオオオオオオオオオオオオオオ


 国中から大きな歓声が上がります。どうやら魔王様がきた時点から空中へこの広間の様子が映し出されていたようです。

 一体誰の仕業でしょうね?



 かくして二つの国は互いに過去のしがらみを忘れ不足を補いながら手を取り合って繁栄していったそうです。


 ちなみに王様と王妃様の間にはあれから3男1女に恵まれたらしいですよ。


 王女様と魔王様は魔王領のシンボルとして末永く幸せに暮らしましたとさ。あ、側近は馬車馬のように働かされたそうです。




 めでたしめでたし。



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― 新着の感想 ―
[一言] 侍女さんはどこへ?
[良い点] アホらしい ロミオとジュリエットにもならん \(^^ )
[一言] どことなく童話のような皆ハッピーなお話で面白かったです。 王女様がきちんと王族の責任を果たしていて立派だと思いました(色々な意味で)。
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