始まりは困った井上さんから
私の名前は 但馬 花子。
専門職の26歳。
散々世間の皆さんにネタとして消費し尽くされ、
今は飽きて捨てられつつある元・弄られジャンル、『アラサー』界、期待のルーキーだ。
社会人1年目まではごく普通の実家暮らしだったのだが、
「おまえっの年齢♪ も・う・す・ぐ・クリッスマスケーキッ♪」
……と。
毎日毎日、私の目の前でめちゃくちゃ嬉しそうにケツ振りダンスをかましてからかってくるオチャメな父親(精神年齢12歳、明るく元気なバブル世代)に嫌気が差し、ヤツの尻に特大のスパンキングをかまして、24歳の春に実家を出て、今に至った。
現在は、都内のお安めワンルームマンションに一人暮らしをしている。
さて、そんな私が、VR……つまり、『バーチャルリアリティ』と呼ばれる技術に興味をもったキッカケ。
それは、仕事で関わったデイケア施設『はごろも』の、おじいちゃんおばあちゃん達の白熱ぶりであった。
――――時は2025年、6月。
相も変わらず世界ナンバー・ワンの超高齢化社会の地位を爆走し続けている、
そんなシルバー大国・日本が、青い顔をして若い日に遊びまわったツケを払い続けている……。
そんな、切なくも穏やかな時代のことである。
「――おーい花ちゃん! 花ちゃんもこっちに来い! 騙されたと思って、この装置を頭にかぶってみなって!」
「そうだそうだ、こっちに来い! 若いくせにゴミみたいな現実だけで満足してるんじゃないぞ! このゲーム、本当にすげえんだから!」
「やべえわ俺ー、このゲームに出会えただけで満たされちまったわー……もういつ死んでもいいわ……」
老人らしからぬ若者言葉で語り合い、白熱している『はごろも』のレクリエーションルームの一角。
そこにあるのは四台のパソコンと、四台じゃき切れないほどのご老人の群れだった。
いつもいつも、ここの老人たちはテレビや新聞などといった、
一昔前の老人のたしなみのようなものには見向きもせず、
この『パソコンエリア』に密集して日々様々なゲームに熱中しているのだ。
「……もう、一体何が楽しいんですか」
薄めた次亜塩素酸ナトリウムでフローリングの床を拭きながら、私は苦笑交じりに首を振る。
地味なチノパンにピンク色のポロシャツは、この施設の職員の制服だ。
何を隠そう今は立派な仕事中。
ご老人たちの遊びに混ざるわけにはいかない。
……それに。
はた目にPCの画面を見ている分には、老人たちが遊んでいる『ゲーム』の楽しさはまったくもってわからないのだ。
なにしろ水着の女がつったって、微笑みながら何か言ってるだけなのだ。
女の自分からすると、見るからにつまらなさそうである。
「花ちゃん、女の子ならこっちのゲームがいいわよ。ほら、こっちの画面のいいオトコを見てみなさいな。見るからに女の子向けでしょう?」
「……なるほど。画面の向こうで緑色の髪をした黒ビキニの男がキチ★イじみた笑顔を浮かべて手を振っていますね。
……謹んでご遠慮申し上げます。そういう昔のパチンコに出てきそうな男性キャラに興奮する趣味は、私にはないので」
私は苦笑しながらそう言い返し、PCエリアの清掃を続けた。
ゲームをプレイしている本人は、ヘッドホンと黒いゴーグルのような豆腐のようなもの(ヘッドマウントディスプレイ? とかいう電気ゴーグルの一種らしい……)をつけて、コントローラーを握っている。
ヘッドマウントディスプレイをつけて没入感たっぷりのゲームが出来るのは四人しかいない。
なので、他のお年寄りたちはPCの画面越しにゲーム進行を見守り、ああだこうだと楽しそうに話し合っているようだった。
画面上の水着を着た美女をああでもないこうでもないと論評するその姿は……老人というよりは、さながら男子中学生。大人げないが、楽しそうだ。
「おいっ、いい加減花ちゃんもやってみないか?」
「だーかーら、嫌ですって。そういうのは」
「いやいやいや、やってみないとわからないもんだぜ?
プレイする人間が例外なくドMに調教される名作『ときめき言葉責めメモリアル』、
ぜひ一度やってみなってばよ!」
「言葉責めメモリアルて」
「いやいやいや、このテのゲームは題名に騙されちゃいかんのだよ。
これが本当に良いゲームでさあ、キャラクターも豊富なんだ。
水着の女に女教師だろ? それから姫騎士、女ゾンビ、果てはメスゴリラなんてのも選べるんだぜ!?」
「メスゴリラ!?」
「な? 面白そうだろ!? だからさぁ、花ちゃんも!」
「いや……ええと、私はいいです。一応仕事でここに来てるんで」
メスゴリラにはネタ的な意味で強く惹かれたが、今はソレどころじゃない。
そもそも、ただでさえ最近の私は、あまりゲームに興味が無いのである。
どうも将来への漠然とした不安と、高校の頃から使い続けている低スペックスマホが、私のゲームへの興味をじわじわと奪っていったようだ。
スマホのスペック不足で動かないゲームほど、人をいらだたせるものはないからな。
「――ふふっ、男子はダメねえ。あんなに大騒ぎしたら、逆に若い人は引いちゃうじゃないの。ね、花ちゃん」
「あ、カツエさん」
近くの椅子に座ってお茶を飲んでいたおばあさん……カツエさんが、私に笑いながら話しかけてきた。
白髪のオカッパ頭に藍染めのワンピースを着たカツエさんは、見た目の通りかなりクセのある変わり者だ。
ゲームやラノベが大好きで、言動が年寄りっぽくない。
時折私に話しかけてきては、昔のアニメ作品の話題に興じて楽しそうに笑っている。
(カツエさんに限らず、ココのお年寄りはあんまり言動がお年寄りっぽくないよなあ)
何となく私はそう考える。
カツエさんに至っては、私のビジュアルが『昔流行ったロボットアニメの女キャラクターに似ていて大変良い』というだけの理由で私を好いてくれている。
お年寄りっぽくないというか、むしろ子どもみたいだった。
ちなみに、私の容姿は赤ブチメガネに暗めの茶髪のお下げ髪なので……まあ、確かによく似てはいる。
あのピンク色の全身スーツを着た女の子にな。
「ねえ、花ちゃん。アイツらみたいにVRゲームで『恋』をしてみる気はないの?」
カツエさんは秘密の内緒話をするように、私に身を近づけて話しかけてきた。
「えっ?」
いきなり恋の話とな!?
……と、驚いた私は、目を見開いてカツエさんを見た。
カツエさんは話に食いついてきた私を見て、嬉しそうににんまりと笑う。
私が話題に乗ってくると、彼女が決まってする表情だ。
「本当は興味があるのね? だったらやってみなさいよ。昔人気だったエスエーオーまでのレベルじゃないけど、MMORPGだってあるし、ちゃんとした恋愛ゲームだってやれるのよ?」
どうやら、私に無理やりロボットアニメを見ささせることに成功した彼女の次なる目標は、私にVRゲームをプレイさせることらしい。
「確かに楽しそうですけど……でも今はゲームやら恋愛やらをやっているヒマはありませんよ。機材を買うお金だって無いし、そういうのは、小中学の頃に卒業しましたし……」
「そうなんだ、恋愛もしたの?」
「あー……恋愛はしてないですけど。でも、ゲームはかなりやり込みました。もちろん、漫画もアニメも」
パソコンエリアからはひっきりなしに馬鹿笑いが聞こえてくる。
それを少しうらやましく思いながらも、私は床掃除を続行した。
掃除は続けながらも、なんとなくおしゃべりも続けてしまう。
「ゲームとか恋愛とか漫画とか……娯楽はみんな、大事な働く時間を奪うリスクでしかない有名な話があるでしょう? この大切な時期に遊びほうけて、人生を棒に振りたくないですからね」
「ああ……。一、二年前からネットで何度も話題になっているあの話のことね」
彼女も同じ記事を見たのだろう。
憂鬱そうな顔をしてため息をついた。
「『若年時代に娯楽に没頭すればするほどと、生涯賃金が明らかに下がる』とか言うあの話でしょう? 日本の若者もそんなことを考えなきゃいけない時代なのよねえ」
「大学でモラトリアムを謳歌させてもらえてただけ、私は幸せ者ですけどね」
「それだって勉強漬けだってっていうじゃない? たくさんのバカが大学に行って、大騒ぎできた時代もあったってのに」
パソコンエリアからはおーっぱい、おーっぱいと男たちが口々に叫んでいる声が聞こえていた。
他の職員が苦笑しながらソレを見守っている。
おじいさんたちだけではなく、おばあさんたちはおばあさんたちで、「ちょっと何騒いでんのよ男子たちは!」とか言いながら、自分たちは自分たちで、バーチャル世界の向う側にいるイケメン演歌歌手に夢中になっていた。
「……これってねえ……なんだか、違うと思うのよ」
カツエさんのその言葉で我に返る。
私はお年寄りたちのオッパイコールをBGMに、床を吹き終えた雑巾をバケツで洗っているところだった。
なんとか時間内に終わった。バンザイ。
「元クソオタクの私としては、お年寄り『だけ』がゲームに救われる時代って、なんだか違うと思うの」
「カツエさん、クソオタクて」
「いいのよ、本当のことだもの。
私はね、私は子どもや若者だって、もっとゲームを楽しむべきだと思うの。
だって、私がクソオタクだったことはそうだったから。
そうしてゲームで得た楽しかった体験を元に、仕事を選んだり仕事を作っていくような人達がいっぱいいて、とても豊かな文化が育まれていったのよ」
すっかり冷めてしまったであろう緑茶を飲み干しながら、カツエは憤懣やるかたない様子で話を続ける。
「貴方みたいな若者が年寄りみたいに何もかも諦めて、あたしたち年寄りだけが先端技術の恩恵を享受している……こういうのは、なんか違うと思うのよ。不公平だし、ゆがんでいるじゃない」
「ー……それは、どうなんですかね……」
私は何も言えなかった。……確かに、不公平なのかもしれない。
最近は学校の設備に掛けられる予算は削減されていく一方であり、最近の小中学校では、保証の切れたOS入りのオンボロPCを、五、六人がかりで使っている始末なのだ。
私もそういう学校で学んだクチであるが、あれは酷い環境だった。
あんな環境ではPCの技術など身につくはずがなかったし、最近の日本の家庭にはPCが一台もないのが当たり前なので、私はごく当たり前のように『PCがロクに使えない今の若者』の仲間入りを果たしてしまったのである。
それにひきかえ、こちらの施設では最先端のPCが四台も揃っている。
おまけにあの黒い豆腐のようなバーチャルリアリティ機器まで付いているのだ。
これは老人向けの施設では珍しくない光景だった。
予算がおりやすいそうなのである。
―――厚生労働省は10年以上前から、認知症対策のための国家戦略を立て続けに策定していた。
2015年の段階でも、厚生省は『全国で認知症を患う人の数が2025年には700万人を超える』との推計値を発表していたのだそうだ。
65歳以上の高齢者のうち、5人に1人が認知症になってしまう計算だ。
2012年の段階でも認知症高齢者の数は全国に約462万人と推計されており、約10年で1.5倍にも増える見通しとなっていた。
……そんな中、『快適なVR体験は認知症予防に明らかに効果的である』という論文がいくつも出た。
認知症予防のためにVRゲームを! というキャンペーンが公民問わず様々な組織から何種類も打ち出され、当然国家もソレに乗った。
そんな裏事情があるために、今やお年寄りは若者以上に豊かなPC環境を楽しむ事ができるようになっていた。
今や彼らは最新のプログラム言語を駆使して自分好みのゲームを作ったり、ネット越しに可愛い女の子とおしゃべりしているのだとか。
……正直、羨ましくないわけではない。楽しそうだとさえ思う。
しかし、就職に苦しんだ挙句、違法な労働を強要する職場で苦しみ抜いて死んだ兄を持つ身としては、何かを楽しむことよりも、死なないこと、ゆるゆるとでもいいから生きていられる環境を確保することのほうが先立った。
……なーんて、物思いにひたりきっていたのがマズかったのだろう。
「――おいっ、花ちゃん! 仕事は終わったんだろ?」
という声が聞こえたのとと同時に、私はがっしりした体格の老人に背後から羽交い締めにされた。
「うわわっ!?」
私は思わず素っ頓狂な声を上げる。
しまった。ぼうっとしていたせいであっさり拘束されてしまった。
「い、井上さっん!? 一体何をするんですか!」
「何って、ゲームだよ、ゲーム!
お前はいっっっつも俺達がゲームに誘っても逃げるじゃないか。
今日という今日は、付き合ってもらうぞ!」
「えええー!? そんな! 困りますって!」
私は必死になって井上さんから逃れようとしたが、がっしりとした力に阻まれてソレは出来ない。
VRのおかげだかなんだか知らないが、ここのお年寄りたちは基本的にいきいきしているし、身体能力もそれなりに高いのである。
「あら、それはいいわね。あのゲームをジジババだけが楽しむわけにはいかないわ。タケシちゃんにもやらせてあげてよ」
カツエさんがぽんと両手を叩いて賛意を示した。
「わーははは、任せろカツエさん! 俺が、俺達が! この絶食系女子に仮想現実の楽しさを叩き込んでやるぁッ!!」
「ええっ!? そ、そんな……本当に困ります! まだタイムカードも切ってないのに……! 主任! しゅにーん!!」
私が必死に助けを呼ぶと、騒ぎに気づいた主任が苦笑交じりに「付き合ってやって」と言いながら、私の首からIDカードを取ってタイムカードを押してくれた。
……あれれー、そういうのやっていいんでしたっけー、主任? 主任ー??
「おお、ついに花ちゃんが来たぞ!」
「本当だ、花ちゃんだ!」
長らくゲームの参加を渋っていた私は、パソコンエリアのメンバーから歓声とともに迎えられた。
安っぽい椅子に座らされ、先程まで他の人がかぶっていた電気ゴーグルを渡される。
「ああ、黒い豆腐……」
「おいおい花ちゃん、そういう年寄りみたいなこと言うなよな。
これはHMDって言うんだ。
昔話題になったオキュラスやモーフィアスは覚えているか? あれの最新版がコレだ。性能は中の下くらいだけどな」
「あー……ありましたっけね、そういうの」
「これをかぶって、このコントローラーで動かすんだ。……さすがにコントローラーを握ったことがないとは言わないよな?」
「失礼な。イカがインクを塗りたくるゲームくらいはやりましたよ」
いつのまにやら、ほかのPCに群がっていたはずのお年寄りたちも私の周りに集まってきていた。
あらかた私の『初・VRゲーム体験』に興味をもったのであろう。
私が黒い豆腐……もといHMDを被ると、視界は闇に閉ざされた。
(気は進まないけど、食わず嫌いは良くないしなあ……。お試し体験くらいはしてもいいか)
半ば無理矢理に体験させられることになってしまったが、
私はひとまず前向きに、先端技術の粋を楽しんでみることにした。
闇に包まれたのはほんの一瞬で、すぐにキラキラしたピンク色のエフェクトがかった背景と、ゲームの題名『ときめき言葉責めメモリアル』がふわっと現れ……ってえええええ? 私の初・VRゲーム、コレになっちゃうのおおお?
少し嫌な顔をしながらも、私はスタート画面を押してゲームを始めた。
言葉責めをしてくれるキャラクターのセレクト画面みたいだ……スゴイ。本当にメスゴリラがいるぞこのゲーム。
「ヘッドホンつけるぞ」
という井上さんの声が聞こえたのと、私の耳にヘッドホンが取り付けられたのはほぼ同時のことである。
つけた瞬間、特に感想を述べるほどではないゲーム音楽が響く。
なんとなく周囲を見回すと、キラキラしたエフェクトが掛かったピンク色の謎空間が、どこまでもどこまでも続いていた。上を見ても、下を見ても、右を見ても、左を見ても……。
「花ちゃん、早くやってみろよ!」
ヘッドホン越しにからも聞こえる、指示厨と化したお年寄りたちから大声のリクエストが飛んできた。
雑音を無視すればまるでここには自分一人しかいないのではないか……と思われるような空間だが、実際にはいつも顔を合わせているお年寄りたちに囲まれていると思うと落ち着かなくなってくる。
(ヘタなキャラを選ぶと絶対後でからかわれる……)
進退窮まった私は……この選択肢の中ではもっとも無難なメスゴリラを選択した。
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(はあ……楽しかったな)
なんだかんだで、23時。ゲームだけではなくその後残務もこなしたので、結局こんな時間になってしまった。
仕事を終えた心地よい疲れに身を任せながら、私は帰り道の住宅街をとぼとぼ歩いた。
井上さんたちから散々「ナンデ!? よりによってナンデメスゴリラ!?」と文句を言われてしまったものの、メスゴリラとの恋愛は上々だった。
いや、メスゴリラ自体は正直どうでもいいのだが、あのHMDを被って見る『バーチャリリアリティ』の世界はとても魅力的だったのだ。
青い海に、透き通るような水色の空。
色とりどりの花と木々が風に揺れる音。
一方的にウホウホ言われるだけだった言葉責めパートが終わり、メスゴリラと海辺の喫茶店でデートをすることになった時に、誰かがサッとストローをさしたほうじ茶を渡してくれた時にはさすがに笑ったが。
(あれにハマる気持ちは少し分かったな……楽しかった)
小奇麗な喫茶店で財布の中身を気にすることなく可愛い女友達(?)とお茶を楽しむという体験は……決してお金持ちではない私にとって、それだけでとても楽しい体験だった。
貧乏クジ世代と呼ばれる私達の世代にとって、喫茶店なんてもはや貴族の行くところである。
あの楽しさを味わうためなら、少しくらいならまたやってもいいかな、とさえ思った。
(……だけど)
と、私は目を伏せる。
(井上さんたちは『好きな男の子キャラと仲良くなってデートしまくればいい』って言ってたけど……そこまでの時間は、さすがにないかなぁ……)
今の私にとっては、実際の青春はおろか、仮想現実上の青春さえ縁がないものに思える。
なにしろバーチャルリアリティの機器はバカ高く、あのパソコンと機材を揃えるだけでも給料2,3ヶ月分はいるのだとか。
仕事に残業に押しつぶされそうになっている今の自分には、とてもじゃないがそんな余裕はない。
……気力的な意味でも、体力的な意味でも……。
(さてさて、頭を切り替えないとねえ。ええと、家に帰る途中に出来る雑用はあるかなあ)
格安スマホでメモ帳を開き、帰路につきながら出来る雑用がないか、確認しながら歩いていく。
(――あ、そうか。
PCの回線代をまだ払ってなかったな。コンビニで振り込んでいかないと)
そんなことを考えながら、コンビニに入って、キムチと納豆とチューハイを買ってコンビニを出た。
ダメな大人の食事の典型例である。
……いや、ダメといってもいまさら食生活を改善する気もないのだが。
なにしろアラサー女の夜は遅いし、朝もそれなりに早いのである。
虚脱しきったまま帰宅しては泥のように眠りこけ、
明日の朝になったら体力も気力も回復しきってない残り電源半分のスマホみたいな状態で、
一日の仕事を何とかこなさなければならない。
ふと時計を見れば、もう23時半だった。
私は思わず歩武を早める。
いつもどおりの時間とはいえ、早く帰らなければ自由時間が削れていってしまうからだ。
そして帰宅。
私はオートロックの暗証番号を押してマンションの中に入った。
何の気なしに、いつもの習慣で郵便ポストを漁る。
……見慣れない不在者票が入っていた。
差出人が聞いたこともない会社で、宛先が私の名前になっている。
不在者表には『宅配ボックスの5番に荷物を入れた』といった内容の文章が書かれていた。
首を傾げながら宅配ボックスに向かうと、中には大きな段ボール箱が入っていた。
「うおっ!? なんだこりゃ……」
思わず女らしくない驚きの声を上げながら、私はおっかなびっくりそのダンボールを持ち上げた。
……かなり重い。
こんなことなら一度部屋に入って自分のカバンを置いてから荷物を取りに来るべきだった……と後悔しながら五階にのぼり、ダンボールを置いてから自宅の鍵を開けた。
ガチャン。
真っ暗な玄関先に置かれた兄の写真が私を迎える。
私は若干キモめなレベルの超お兄ちゃんっ子だったので、兄が亡き後もこうして家に帰るたび、兄の笑顔を見ないと落ち着かないのだった。
(もう、中身はなんななのよ、これ……)
あまりの重さにため息を付きながら、私は自室にダンボールを運び入れる。
(……あっ、しまった。またコンビニで回線代振り込むのを忘れた……)
納豆とビールごときに夢中になりすぎたことを後悔しながら、乱暴な動作でガムテープを引きちぎって開ける。
すると、その中には驚くべき品物が入っていた。
「ええっ!?」
私は思わず目を見開いた。
そこには給料2,3ヶ月分……もとい、明らかに一般家庭用ではないゴツさのデスクトップPCセット一式と、見たことのない四角い機器、手袋、それから……今日体験したばかりの、HMDが入っていたからだった。




