手記 4
「聞き分けのないことを言わないで!」
お母様に叩かれるのも、怒鳴られるのも初めてで、私は思わず黙った。
その隙に、お母様は私にランプと袋を無理やり持たせ、扉の向こうに突き飛ばした。
どこにそんな力があったのかと思うほど勢いよく突き飛ばされた私は、転んでしまった。慌てて起き上がって振り向いた私が見たのは、閉じてゆく扉。
「お母様!」
私は扉に手を伸ばす。
「いや!お母様!1人にしないで!」
「行きなさい!早く!」
「いや!」
「行きなさい!」
きつい声でそう言ったお母様は、ふいに微笑んだ。
「生きて、サーラ。愛しい私の娘」
その言葉と共に、扉が完全に閉ざされ、ほどなく鍵がかかる音がした。
「出して!お願い、出して!」
私は扉を必死で叩いた。だが、喉が痛くなるほど呼び掛けても、扉を叩く手に血が滲み始めても、返事は一切なかった。
「…!」
泣きじゃくりながら扉を離れた私は、通路の奥に歩き出した。
言われた通り、地下に降りて奥の壁から隠し通路に入った私は、長い時間歩き続け、やがて水車小屋に出る。そろりと外に出ると、そこは城から大分離れた場所だった。
遠くに城が見えることを確認すると、私は城とは反対の方向に歩き出した。
その後、料理屋を営む夫婦に拾われた私は、密かに城の情報を集めて暮らした。
料理屋の夫婦は親切で、いくらでもいればいいと言ってくれたが、それは申し訳ないので、私は少しずつ仕事を教えて貰って働き始めた。
そんなある日、お母様と数人の家臣が、処刑されたと聞いた。
新たな領主となったあの男は、夫を呪い殺し、娘の体を弱らせ、領地に不作をもたらした悪い魔女とその配下を倒したと吹聴していると言う。
――馬鹿な。お父様が亡くなったのは病気のせいで、私の体が弱いのは生まれつき。不作だったのは気候のせいだ。
何故、いつも一生懸命だったお母様が、魔女に仕立て上げられなければならないのか。
悔しい。悲しい。全てを奪ったあの男が憎い。
だが、臆病な私は、結局何もしなかった。
私の気持ちなど関係なく、領民はあの男を支持した。お母様に、薬草の知識があったことも仇となった。そう言った知識のある女性は、あらぬ疑いを掛けられることが多い。
あの男は、特に圧政を敷くでもなかったので、わざわざ逆らう者もいなかった。
そうして、月日は経ち、気付けば3年が過ぎていた。
この領地には、いつの間にか、領主の娘と悪い継母の物語ができた。
だから、私はこれを記す。
私は継母に苛められた可哀想な少女ではなく、何もできずに逃げた臆病な小娘であり、お母様は恐ろしい魔女ではなく、誰よりも強く優しい女性であったことを、後世に伝えるために。