手記 3
結局、私達はその縁談を断ることにした。噂のこともあったし、2つの領地を1つにするというやり方も心配だった。下手なことをして、領民を困らせたくはない。
そうして、彼との関わりはなくなった――はずだった。
ある夜、城に知らせが入った。領地が攻め込まれている、と言う。
攻め込んできたのは、縁談を断ったあの領主だった。豊かなこの地を、我が物にせんと攻めてきたのだ。
突然のことだった上、長い間戦と無縁だったせいで、領地はあっと言う間に侵略されてしまう。たった数刻で、敵の手は城下まで伸びてきていた。
皆に言われて城の奥にいた私だが、いきなり部屋に入ってきたお母様に、目を見開くことになる。数人の侍女を引き連れた彼女は、私のドレスを脱がせ、替わりに粗末な服を着せた。
「お母様…?」
「おいでなさい」
お母様は、私の手を掴んで走り出した。
お母様に連れて来られたのは、古びた扉の前だった。
いつも鍵が掛かっているこの扉を、私は一度も開けたことがなかった。
お母様が小さな鍵を取り出し、扉の鍵穴に差し込んで回す。軋みながら開いた扉の奥は、暗くて細い通路だった。
続いて、お母様はランプと金貨の入った袋を取り出した。
「サーラ、これを持ってここから逃げなさい。この通路は地下に繋がっていて、そこから隠し通路に出られるの。地下の一番奥の壁が、隠し通路の入り口になっているわ」
「お母様はどうするんですか?」
ここで別れることを前提にしたような言い方に、私はぞっとした。
「わたくしはここに残ります。この扉は、こちらからでないと、鍵が掛けられないの」
「そんな!お母様も一緒に逃げましょう」
私だけ逃げるなんてできないと思った。それなのに、お母様は首を振る。
「だめよ。鍵が開いていれば、すぐに追っ手が来てしまう。それに、この城を見捨てるわけにはいかない」
「それなら、私も残ります」
「いけません。あなたは逃げるのよ」
「だって、私も一緒に守るって約束したのに!」
「それでも、だめ。ここは危険過ぎるわ」
「お母様だって危険でしょう!やっぱり、私も一緒に…!」
その瞬間、ぱん、と音が鳴り、頬がじわりと痛んだ。お母様に叩かれたのだと気付くのに、少しかかった。