旅立ち
初めまして、にっきと言います。
今まで色んな方の作品を読ませて頂きました。
自分の妄想をねじ込んだ作品で、掲載が不定期になることもあると思いますが、ご容赦下さい。
side 盗賊A
俺達は間違った。
二十人足らずの小さな盗賊集団ではあるが、盗賊家業を始めて十数年。寂れた田舎町や、細々とした商人を襲っているおかげか、討伐されることもない。
下っ端ではあるが奪った酒や、町で拐った娘や女奴隷など楽しい日々を送っていた。
今回の獲物は新米冒険者を護衛にした商人であり、俺たちにとっちゃ〈葱を背負った鴨〉と言って良い獲物だ。
いつもの場所で、いつもと同じ様に囲み、護衛を潰す。護衛は3人。
初めに仲間が後ろから不意をつき、1人を殺す。連中が慌てた隙に残り二人を始末し、後は戦えない商人だけとなる。
最初の標的は年が十になるかどうかの子供 。燃えるように紅く長い髪を一つに縛り、子供ながらも整った顔立ちをした、女好きのするだろう少年。
防具である胸当てや籠手はしているものの、剣や槍といった武器は持たず、手ぶらである。
隠密スキルを持つ仲間がナイフ片手に忍び寄るのを見て、配置に着く。
ナイフが降り下ろされ、悲鳴が上がるかどうかのタイミングで仲間と共に飛び出す。
俺は上がった悲鳴に狼狽えた護衛を斬り、そのまま商人の乗る馬車へと向かう。
腰の抜けた商人を脅しているボスと合流し、笑みを浮かべた瞬間、胸に違和感を感じた。目をやると赤い何かが自分の胸から生えている。背後から何かで貫かれたのだと理解できたのは、倒れこんだ後だった。倒れこむ俺が見たのは、同じ様に貫かれていく仲間の姿であった。最後に倒れるボスの背後に立つのは最初に殺されたはずの子供。両腕の肘の上辺りまでを真っ赤に染めた少年から見た目からは想像できない殺気を受け、俺の意識は刈り取られた。
「おーい、おっちゃん。大丈夫か?」
声をかけるのは、紅い髪をなびかせ、両腕を真っ赤に染めた少年〈ニキ〉であり、声をかけられ、呆気にとられるのは、商人の親父である。
「あ……あぁ、助かったよ。若いのにとんでもない強さだな。」
二十人近くの盗賊を瞬く間に殺した、年端もいかない少年に対し、商人が安堵よりも恐怖を感じるのは仕方のないことである。
「それなりに鍛えてるからなー、こいつらのステータスカード回収してくるから、ちょっと待っててよ。」
ステータスカードとは、誰もが持つものであり、その人の名前やスキルなどの個人情報が記載されている。普段は他人が見るには本人の了承が必要だが、死亡済みの者においては、個人の特定より閲覧可能となっている。
今回の場合、盗賊のカードを然るべき所に持って行けば、褒賞金が支払われることもある。
盗賊と護衛の冒険者のカード、そして彼らの装備品を回収したニキと商人はその場を後にした。
名前
ニキ・リューザキ (男)
人族 9歳
スキル
後述
少年ニキは両親の顔を知らない。
捨てられた彼は、ある老人に拾われ、育てられる。老人の名は カナデ・リューザキ。異世界である日本から迷いこんだ転移者であった。
一年前……
「ニキや、少しよいか。」
人里離れ、魔物の頻出する魔の森の中心とも言える場所で結界に包まれた一軒家が建っていた。
井戸の側で皿を洗う老人カナデは、隣で皿を拭いているニキに声をかけた。
「カナデじーちゃん、どうした?」
「お主を拾って8年ばかりか。楽しい日々じゃったが、そろそろお主には自立してもらおうと思ってな。」
「自立ってじーちゃん、俺はまだ八歳だぞ?
それにまだじーちゃんに勝てねーし、教わってない技もたくさんある。」
「基礎は全て叩き込んである。何事も教えられるだけではなく自分で編み出すものじゃ。」
「じーちゃんがそういうなら頑張るけどさ、自立ったってなにすれば良いの?」
「それも含めて、自分で考えるんじゃよ。なに、難しいことではない。自分のしたいことをすれば良い。何もないなら、いろんな場所を旅すれば自ずと見つかるじゃろう。」
「そっかー、じゃあ俺は旨いもん食いたいな。俺もそこそこ料理スキルが上がったけど、じーちゃんの作る飯ほど旨いもんは作れねぇよ。」
「ほっほ、旨い飯か。それは良い。飯は人間には欠かせぬし、旨い飯は人を元気にさせるしの。世界にはお主が知らぬ食い物もあれば、儂より旨い飯を作る者もおるよ。」
「ほんとかよじーちゃん。まぁ、少しやる気出てきたよ。それでいつ出れば良いんだ?」
「洗い物が終わったら出発しなさい。」
「はえぇよ!いきなりすぎるだろ!?」
「そうでもあるまい、大事なものは無限袋に入れてあるじゃろう?最悪手ぶらでも行けるんじゃから、覚悟を決めぃ。」
無限袋とは、ニキの持つスキルの一つで生き物以外であれば何でも入れることが出来、かつ時間が止まっているため保存にももってこいである。
同種に収納箱、収納袋があるが、収納量においては無限袋が一番である。
洗い物の後、無限袋に荷物を詰めたニキはカナデに見送られ、人生の大半を過ごした土地を離れた。
「ウァレフォル、バルバトス。おるか?」
カナデは視線はニキを見送ったままどことも知れず声をかける。
「どーしたよ、カナデ。孫同然のニキ坊がいなくなって寂しいのか?」
「そう言ってやるなウァレフォル。奴も人の子。人並みの寂しさ位持つだろう。」
現れたのは一対の黒い翼と額から伸びる角を持った悪魔と呼ばれる存在であった。
180センチ程の背に、細身ながらも引き締まった体をしたウァレフォル。
2メートルを優に越し、筋骨隆々と言える肉体を持つバルバトス。
悪魔には寿命という概念が存在しない。その為二人のような永年を生きる悪魔は、年齢に比例した強さを持つと言える。
「喧しいわい。転移され孤独に生きてきた儂の唯一の肉親で孫じゃぞ。可愛いに決まっとろうが。ったく、話を戻すぞ。既に気づいておると思うが、儂ももう長くない。もって今日の日没かの。もう立っておるのも辛い。儂からの最後の契約じゃ、受けてくれるか?」
自分の寿命が尽きることに気づいたカナデはニキに悲しませ無いよう、旅立たせた。
「カナデとの付き合いも50年くらいか?うちら悪魔にとっちゃ短いもんだが、楽しませてもらったよ。特に四竜王の一角、水竜王とのバトルは楽しかったなぁ。なんとか逃げ帰れたけど、マジ死ぬかと思ったよ。楽しませてくれた礼だ、遠慮なく言いな。」
「ウァレフォル、お主はまたそう軽々しく受けよって……。まぁ、感謝しているのは私も同じだ。大抵の事には乗るつもりでいる。」
三人はカナデが若い頃より、共に行動してきた。その為若気の至りと言おうか、絶体絶命のピンチや滅茶苦茶な戦いにも乗り越えて来た絆が、そこにはあった。
「感謝してるのは儂の方もじゃよ。儂からの条件はこれからはニキに憑いて守ってやって欲しいんじゃよ。対価として儂の魂をやる。」
「ーーーー!?自分が言っていることをわかっているのか?魂を失えば、お主は2度と生まれ変わり、生を受けることが無くなるのだぞ!?大体人間一人に憑く程度、魂を対価にする程の事でもないぞ!?」
人の魂、それは生者に必要不可欠であり、死者においても言える事である。魂を失えば輪廻転生から外れ、再び現世へと送られることはない。その為、悪魔との契約において、最上級の対価として扱われる。
「バルバトス。お主の気持ちは嬉しいがの、あやつ……ニキは儂の孫じゃぞ?そんじょそこらの人間とは違う。勿論、その人生もな。それに付き添うお主らの苦労を考えると魂一つでは到底足りんじゃろうよ。まぁ、儂の魂もそこらの人間とは格が違いすぎるじゃろうが、お主ら二人分と思えば儂に後悔はないの。遠慮なく受けとれば良い。」
「それでもだカナデ。私はお主にそんな目には……」
「その辺でやめときな、バルバトス。悪魔の契約は等価が原則。カナデがそこまで覚悟を決めたんだ。俺らが今更どうこう言うことじゃない。対価として十分なら、その契約を受ければいい。それがカナデの望みだよ。」
「……わかった。私も覚悟を決めよう。」
「ありがとな、バルバトス。カナデ・リューザキの名において、悪魔公ウァレフォル、悪魔公バルバトスに契約を求める。儂の魂を対価に、ニキ・リューザキに憑き、守ることを望む。」
「悪魔公ウァレフォルの名において契約を受諾。全力を尽くすよ。」
「同じく悪魔公バルバトスの名においても契約を受諾。必ず護ると誓おう。」
「「「…………っくくく。あっはっは!!」」」
「相変わらず儂らに固いのは似合わんのぅ。」
「私はこれが普通なのだがな。」
「バルバトスも普段の口調は固いけど、ここ最近で一気にだらし無いところが出てきたよな。」
「抜かせ。そもそも、お主らがいつも……」
「そこらへんにしとけ二人とも。最後の晩餐。別れの酒と洒落こもうぞ。付き合ってくれるな?」
結界に囲まれた静かな森の中、男三人の笑い声が日没まで絶える事は無かった。
カナデと別れたニキは最寄りの村へと向かっていた。
「えーと、確かこっちにちっさい村があるとか、確かじーちゃんが言ってたよな?」
物心つく前から魔の森で育ったニキからすると、魔の森は庭の様なものである。森を歩く中、今まで仲良くなった者達に話しかけられていた。
「あら?ニキじゃない。今日はどうしたの?」
魔の森に存在する湖に住み、水中の生き物の頂点にたつ存在、水の上級精霊ウンディーネである。
「久しぶりです、ウンディーネ様。今日からこの森を出ることになったんだ。」
「そう、それは寂しくなるわね。必要なものは忘れず持ったかしら?無茶して体を壊しては駄目よ?それに寝る前には歯磨きをしなさい?あとは……飲み水には気を付けなさいね?」
元はカナデの友人であったウンディーネは、子育てに慣れないカナデにニキの世話を頼まれる事があり、ニキを我が子の様に可愛がっていた。
「何度も確認したから、忘れ物はないよ。自分の体を大事に、十分注意するよ。」
同様にニキにとっても母や姉の様な存在である。言葉の一つ一つから自分を思う気持ちを感じ、自然と笑みがこぼれていた。
「本当に気を付けるのよ。たまには顔も見せなさいね。あと、水だけじゃなく食べ物も注意しなさい?夏は食べ物が腐るのが早くなるわ。あと、このアイテムも良かったら持っていきなさい。湖に沈んでいたものだけど、使い勝手がいいものも有るみたいだから。」
薬草と呼ばれる有用な食用草の他にも、痺れ草や眠り草などの有毒な野草は多く存在する。
ニキは解析スキルを持っているので、腐っていたり危険であれば、表示されるのだが子を送り出す母としては心配が尽きることは無いのだろう。
「大丈夫だよ。解析スキルもこれでもかって位鍛えられたから、心配ないよ。ありがとう、これも大切に使わせて貰うね。また顔も見せに帰ってくるから、美味しい物でも作ってね。」
「水の幸をふんだんに使ったご飯を作ってあげるから、楽しみに帰ってきなさい。」
「うん。ウンディーネ様のご飯もじーちゃんと同じくらい美味しいから楽しみだよ。じゃあ行ってくるね。」
「えぇ、行ってらっしゃい。」
ウンディーネと別れた後も、森に住む翼竜の長や、千年樹の木の上級精霊アルラウネに見送られた。
「ぬ、ニキか。今日も修行しに来たのか?……そうか、森を出るか。寂しくなれば、いつでも帰って来い。その時は、背に乗せて飛んでやろう。それと、良かったらそこに積んである魔物の素材を剥いでいくといい。人の世界では魔物の素材は金になると聞いたからな、餞別だ。」
「あらら~?ニキちゃん~?お出かけかしら~?……そう、旅に出ちゃうのね~いつでも帰ってきていいのよ~?また一緒にお昼寝しましょうね~?あと、餞別にこれあげるわ~。」
また帰ってくることを約束し、餞別を受け取ったニキは森を出た。
森を出てから、村に着くまでは2日ほどかかった。
人口もそれほど多くない開拓村であったが、森から出たことのないニキにとっては初めての人里である。これからの期待に胸を膨らませていた。
「ようこそ、モルドー村へ。見ない顔だが、坊主一人か?村への目的は?」
村の入り口で立っていた門番に話しかけられた。
「じーちゃんから、旅に出る様言われて旅をしている。ここでは、次の村か町まで行く為のお金稼ぎと観光に来た。ここに、冒険者ギルドってあるの?」
冒険者ギルドとは、村人からのお使いから国からの依頼まで様々な仕事を紹介されるハローワークの様なものである。
「その年でもう、自立できているとは凄いな。ここにはギルドはないが、この道を真っ直ぐ行けば村長の家がある、そこに行けば村からの依頼は受けられるから行ってみると良い。その前にステータスカードの犯罪歴の部分を見せてくれるか?大丈夫だとは思うが、一応決まりで全員確認しないといけないからな。」
「いいよ、はいこれ。」
「拝見するよ。……うん、大丈夫。問題ないよ。入っても大丈夫だ。カードを返すね。では改めて、ようこそモルドー村へ!」
村に入ったニキはその足で村長宅へ向かう。何故なら、ニキはお金を持っていないからである。
この世界には硬貨というものが存在しない。
全てのお金がカードに情報として保存されるのである、その為物の売買においてはカードを互いに重ねたり、向かい合わせることで支払われる。単位はギルであり、ニキのカードには、0ギルと記載されていた。
金を稼がねば、折角村に来たのに野宿する羽目になってしまう。ニキの足は自然と急ぎ足になっていた。
……コンコン
「すいませーん。誰かいますかー。」
「はいはい、ちょっと待ってね。……はい、お待たせ。どうしたんだい?」
出てきたのは顔も体もふっくらしたおばちゃんである。
「ここで村の依頼を受けられるって聞いたんだけど。」
「あぁ、依頼だね?えーと、今はこんな感じの依頼が出てるねぇ。」
「薬草採取、薪割り代行、畑の水やり、洗濯の手伝いか……、じゃあ薪割りと畑の水やりを受けさせてもらっていい?」
「2つも受けて大丈夫かい?特に薪割りは子供には辛いよ?」
「大丈夫だよ、結構鍛えてるから。じゃあ行ってくるね。」
まずは薪割りである。依頼主は村のお爺さんで生活用の薪が足りなくなったのだか、腰を痛めて割れないらしい。
「それじゃあ、行くぞ~。そいっ!」
ブンッ、パカ、ブンッ、パカ
斧を片手に、テンポ良く薪を割っていく。
カナデと暮らしていた時も、薪割りは家事兼修行として頻繁に行っていたので、手慣れたものである。
次は畑の水やりである。
「水魔法、恵みの雨。」
自給自足生活であったニキの家は勿論畑があり、魔法の修行として畑の水やりはニキの仕事であった。魔法は想像力が基となっており、固定の技と言うものは存在しない。魔力を練り、想像に合わせることで現象が起こる。恵みの雨は水に肥料を含ませることで、作物を育てやすくする魔法であり、土地の栄養や、肥料の概念を知るカナデから教えられたものである。
ニキにとっては、今までの生活の一部のような依頼だったのであっという間に終わり、村長宅のおばちゃんから驚かれたのであった。