第三話 大暴走
やぁやぁ、こんにちは。ゼロさんだよ?
えっ?楓さん?そんな人知らないなぁ~。他人の空似じゃないかな?
なんてな。俺はいま、ススキノの街にいる。まぁ、三か月ほど前にこの街に来てからちょくちょく転移してきているんだけどな。
ではでは、改めまして。楓さんだよ?
このススキノの街にはゼロとしてやってきているんだ。ちゃんと変装しているんだよ?変装というか、偽装っていうスキルだけどな。
俺の今の見た目は黒髪長身のクール系イケメン君だ。なぜだか知らんがこの世界に来てから透き通るような蒼色になってしまった髪を黒く変化させて身長を少し伸ばしている。スキルの効果なのでどうやって、身長が伸びているのかはわからないが、実際に身長は伸びている。そして、男らしく筋肉質にしてガタイを良くしている。
これで、地球にいたころのように女に間違えられることはない。桜の買い物に付き合っていたら女性店員にスカートを勧められるなんてことはないんだ!
どれだけ、筋トレしても全く目立たなかった筋肉も程よくついてまさに俺の理想の男性像だ。
えっ?スキルによる偽物じゃないかって?……細かいことはいいんだよ!大事なのは今!現在!俺が男っぽくなってるってことだ!これで、桜に女装を勧められることもないんだ!あれ、精神的に結構クるんだぞ!?死にたくなっちゃうんだぞ!?死ねないけどな!
それに、俺は男っぽく見せるためだけに変装しているわけじゃない。
俺が楓としてこの街に来る前に下見をしておきたかったのだ。このススキノの街は覇者の大森林から一番近い街だからな。この国の情報も集めたいのだが、下手に国の内情を探ると国に目を付けられる可能性があるので変装しているわけである。
それと、もう一つ。目立つためである。この街である程度目立ち有名になって権力者と顔をつないでおきたいのだ。だが、権力者は良くも悪くも面倒だ。身元を知られると囲い込もうとするやつが現れるだろう。
そのために、スキルを使ってまで変装したのだ。楓として権力者とは距離を置いておきたいからな。
今は、期待の新人冒険者ゼロとしてそれなりに有名になっている。まぁ、冒険者に登録して一か月ほどでBランクに上がった冒険者は俺以外に確認されていないらしいので当たり前だろう。そうなるように、動いたしな。
だが、もう一つぐらい名が売れる出来事が欲しい所だ。このままでは、ただの優秀な冒険者で終わってしまう。それでは、足りないのだ。この国の権力者――王族が興味を持つだけの何かが必要だ。
そう思いながら、冒険者ギルドの中に入る。初めて入った時はからまれたりもしたが、今じゃそんなこともなくなった。俺はそのまま受付へと進んでいく。時刻は昼前ということもあり、冒険者の姿はそう多くない。依頼は朝一で張り出されるため早く来ないと割のいい依頼はなくなってしまうのだ。
だから、ここにいるのは数がグッと少なくなるBランク以上のベテラン冒険者か。やる気のない飲んだくれだけである。
「ナンシーさん、何か面白い依頼はないか?」
「またですか、ゼロさん。この前、ロックタートルの背中に乗って鉱石採掘の依頼を終えたばかりじゃないですか。そんなに、ゼロさんが面白いと思える依頼ばかりありませんよ」
う~ん、だめか。だからといって、俺のランクじゃAAランクまでしか受けられないからな。
冒険者のランクはF~Aと順に上がっていき、そのうえがAAランク、それからS、SS、SSSランクと上がっていく。昔はその上に神話級というのがあったそうだが、神々に対して不敬という声が上がり廃止されたそうだ。ただ、魔獣や神獣に対してはそんなことはなく、SSSランクの上に神話級というランクが普通に存在している。水無月や栞菜さんは神話級の存在だな。一応、俺もだが。
「そうか、じゃあ薬草採取の依頼でもするかな」
「いや、それFランクの常時依頼じゃないですか。普通にBランクの依頼受けてくださいよ」
「嫌だ、つまらん」
普通の依頼受けるぐらいだったら、薬草採取の依頼をして住民に感謝されるほうがいい。それに、ここは日本の中でも屈指の危険地帯。そんなこの街にはFランクやEランクの冒険者のほうが少ない。
そして、薬草採取の依頼を受けて冒険者ギルドを出ようとしたところで怪我人を背負った数人の冒険者が駆け込んできた。
「ギルマスはいるかっ!?魔獣の大群がこの街に向かっている!」
ほうほう!なかなか面白そうなことになったな。たしかに、街の外に多数の魔力の反応を感じる。正確な距離はわからんが大分距離があるな。一刻一秒を争う事態ではなさそうだ。俺は、呆然と入ってきた冒険者を見つめているナンシーさんにギルマスを呼びに行かせてその冒険者に近づいていく。
「おい」
「あんたは?」
「ゼロだ。それより、怪我してるやつにこれを飲ませてやれ。ポーションだ」
そういって、俺はウエストポーチから取り出した回復ポーションをその冒険者に渡してやる。
「あ、あんたが凄腕って噂の新人か。すまん、恩に着る」
とりあえず、怪我してるやつについてはこれで大丈夫だろう。できれば、その大群とやらの規模と街までの距離を知りたいところだけど。それは、もう少し落ち着いてからにしたほうがいいだろう。ギルマスもそう時間がかからずに出てくるはずだ。
「おい、誰かまだ街に残っている冒険者を集めてきてくれ!あと、衛兵にも連絡しろ!」
「お、おう、わかった!」
とりあえず、今できることはこのぐらいか。あとはギルマスの判断次第だな。
冒険者が駆け込んできてから三十分ほど経った。ギルマスはすぐに出てきて件の冒険者から事情を聴いている。俺が、街にいる冒険者を呼びに行かせたため、ギルド内はかなりの数の冒険者が集まっている。AランクやAAランクのやつの姿もちらほらと見える。
残念ながら、現在Sランクの冒険者はこのエゾにあるもう一つの街に行っているためここにはいない。ここからその街まで五日間ほどかかるし、今回の魔獣の襲撃に間に合うかは絶望的だろう。Sランク冒険者なら今すぐに連絡すれば間に合うかもしれないが、その冒険者たちは街から少し離れたところにある遺跡の調査に行っているため連絡する手段がない。
「皆の者、待たせてすまん。今から事の次第を話す。それから、防衛の体制も説明するから心して聞いてくれ」
そういって、受付の奥の扉からギルドマスターと先ほどの冒険者がでてきた。
「まずは、皆もすでに知っているかもしれんが、この街に魔獣の大群が迫っている」
ギルマスの言葉で冒険者たちにどよめきが走る。さすがに、一流と呼ばれるCランク以上には動揺は広がっていないが、それより下のランクの者にはたまったものではないだろう。なんせ、死ぬかもしれないのだし。
「静まれい!」
ギルマスの一括でどよめきはなくなった。さすがは元Sランク冒険者といったところか。
「詳しい説明をするぞ。魔獣の総数はおよそ二千、AAランクの魔獣の姿も複数確認されている。だが、主戦力はCランク前後の魔獣だ。街までの距離はおよそ五十キロ。ここにたどり着くまでは三、四時間ほどだろう」
なるほど。ちょうど、日の入りぐらいの時間か。ここまで詳しくわかっているということは駆け込んできた冒険者が使い魔かなんかを放っていたのだろう。
というか、俺も使い魔は放っているのだが。ここでいう使い魔は俺の場合は霊術で作った式神のことだ。呪術でも魔術でも作ることはできるけどな。
その使い魔の情報ではギルマスの情報にほとんど間違いはない。ただ、重要な部分が抜けているが。いや、この場合は相手がうまく隠しているといったほうがいいか。
この魔獣の大群の中にSSランクが一体いる。そして、その魔獣の近くに今回の魔獣の襲撃の実行犯であると思われる人間の姿も確認できた。
(ふむ。場所的には魔獣たちが集まっている草原から少し離れた森の中か)
「現在、Sランク冒険者はこの街にはいないが、この街の冒険者は精強だ。慌てず確実に倒していけば勝てない相手じゃない。幸い、魔獣たちはCランク前後が多い。高ランクの魔獣はAランク以上の冒険者に任せてBランク冒険者を部隊長として数を減らせ。実際、高ランクの魔獣数体よりも群れとなって襲ってくる低ランクの魔獣のほうが街にとっては脅威だ。いいか、一匹たりとも街へ入らせるな!」
『おうっ!!!!』
この様子では、ギルマスもSSランクの魔獣や実行犯がいるってのはわかってないのか?いや、それにしては、ギルマスの顔が険しい。勘づいているが見つけられていないってことか。
ここで、ギルマスに行っても周りの声に邪魔されて聞こえない可能性があるし、何よりもせっかく上がっている冒険者の士気を落とす必要はない。
あとで、こっそりと言いにいこう。
「では、それぞれ準備を整えて一時間後に東の門前に集合だ。それと、Bランク以上は残ってくれ。部隊編成で話がある」
ギルマスのその言葉でCランク以下の冒険者たちがぞろぞろとギルドから出ていく。こういう場合は、冒険者はよほどのことがない限り強制参加だ。そのため、緊急依頼だからといって受付で手続きをする必要はない。
そして、Cランク冒険者が出て行った後には四十名ほどのBランク以上の冒険者が残っていた。Bランク以上がこれほどいるのは、危険地帯であるススキノの街ならではだそうだ。この国の外ではBランクが一人もいないギルド支部も珍しくないそうだ。
「さて、部隊のことだが基本的にはパーティー単位で対処してもらいたいと思っている。だが、その前に数を減らしたい。二千の魔獣にパーティーで挑んでもあっという間に飲み込まれて終わりだ。そのため、パーティー内の役割ごとに部隊を混んでもらおうと思ってる」
「役割ってーと盾役やら後衛ってな感じでか?」
「そうだ、それでその部隊の隊長を『六花の誓い』。頼めるか?」
「俺たちか?」
そういって、返事をしたのはいかにもベテランという感じの渋いおっさんだった。
(たしか、『六花の誓い』はAランクパーティーで師弟でパーティーを組んでいるパーティーだったよな?)
前衛、中衛、後衛が二人ずつのバランスのいいパーティーだったはずだ。なるほど、たしかにこのパーティーなら即席の部隊でも問題なく回せるだろう。Aランクという冒険者ランクに加え、リーダーであるガルドは兄貴肌で冒険者たちからも慕われている。
それに、それぞれの役割が独立しているため部隊を組んでもパーティーでの動きを部隊単位で行えばいいだけだ。
即席の部隊でこれ以上を望むのは贅沢というものだろう。
「いいぜ。ジンさんの頼みならな。断る理由もない」
おおっ、即答かよ!ガルドさんカッケーな!あと、ギルマスの名前初めて知った。
「それは本当か?」
「ああ、俺の使い魔が魔獣たちの群れから少しい離れた森の中で見つけた」
あれから、一時間ほどが経ち場所は打って変わって東門の前だ。俺は、『六花の誓い』が部隊をまとめ上げている隙ををついてギルマスに例のSSランクの魔獣と実行犯のことを話している。
「そうか、やはり群れを束ねる魔獣がいたか。束ねているのが魔獣か実行犯かどちらかかと思っていたのだが、まさかどちらもいるとはな」
「どうする?」
「ゼロとともに行動する冒険者たちには教えておこう。他の者にはあとで教える。いま、教えては士気が下がるからな。幸いあいつらは、いまここにいる冒険者の中では一、二を争う実力者だ。SSランクともなると討伐は難しいが群れが少なくなるまでの時間稼ぎはできるだろう。というより、してもらわなければ困る。高ランク冒険者で手が空いたものからお前たちの援護に向かわせるつもりだ。持久戦に持ち込んで数で倒そう」
まぁ、たしかにSSランクが冒険者たちに突っ込んでいったら戦線は崩壊するだろうしな。
「実行犯は?」
「それについては心当たりがあるから、ほっといてもかまわん。ゼロにはすまないが『聖獣の守り火』の面々と一緒にSSランクの足止めをお願いしたい」
AAランク冒険者パーティー『聖獣の守り火』。四人組のパーティーでススキノの街屈指の実力者たちである。それでいて若くしての人格者でもあり、何よりも男二人もイケメンであり女性二人も美少女であるため街でもかなりの人気を誇る。爆ぜればいいのに。
「別に問題ない。覇者の大森林じゃたまに見かける程度の相手だ」
「まったく、いまだに信じられんわい。まさか、覇者の大森林で暮らして居るものがいたとは」
まぁ、初めて来たときに出身地答えたら疑われたからな。まぁ、採取した薬草や魔獣の素材で納得してもらえたが。あの森の生態系が特殊で助かったよ。
「なかの方なら割と安全だぞ?森から出られなくなるけどな」
「行く予定なんかないわい!」
あらら、残念だな。水無月たちに料理を教えるやつがいると嬉しかったのに。
「まぁいい。それよりも雑魚の群れを頼むぞ?じゃないと、先にSSランク倒しちまうからな?」
「くははっ、そうじゃのう。群れの長がいなくなったら魔獣どもが散って周辺の村に迷惑がかかるからのう。儂も引退した身じゃが気合入れるとするか!」
いや、別に冗談じゃないんだけど。う~ん、やっぱりうまく時間稼ぐしかないか。『聖獣の守り火』の連中に怪我させるわけにもいかないしな。というか、怪我させたらあいつらのファンクラブの連中が黙ってなさそうだ。気を付けよう。
「それじゃあ、俺は『聖獣の守り火』の連中にこのことを話してくるぜ」
「ああ、くれぐれも情報が漏れないようにな」
「わかってる」
念を押すギルマスに手を振って少し離れたところで武器や防具の点検をしている『聖獣の守り火』の連中に近づいて声をかける。
「というわけで、今回はよろしく頼む」
「というわけがどういうわけか知らないが、こちらこそよろしく。俺はリーダーのクルトだ。剣士をしている」
そういって、クルトは俺に向かって手を差し出してきたので手を握る。
「俺はゼロ。ゼロ・ヴァイスだ。ソロで活動しているから盾役以外だったら何でもできる」
「私は弓師のリーナよ。少しだけど魔術も使うわ」
「私はリリアナといいます。斥候をしています。一応、ポジションとしては遊撃です」
「俺はダグラだ。見ての通り重戦士で盾役だな。よろしくな、ゼロ!」
「よろしく。早速だが、追加情報だ。今回の魔獣の群れの中にSSランクが一体いる」
実行犯については言わなくてもいいだろう。わざわざ、ほかのことに気を散らせるつもりはない。俺としても今回は捕まえるつもりがないからな。
「マジかよ」
「マジだ。発見したのは俺の使い魔だからな。本当はギルドでみんなが集まっているときにはわかっていたんだが、無駄に混乱を広げないために黙っていいた。このことは、クルトたちの他にはギルマスしか知らん」
「ってことは、そいつの相手は俺たちがやるってことか」
「ああ、やることは低ランク冒険者に突っ込まないように足止めすることと援護が来るまでの時間稼ぎだ」
「SSランク相手に足止めと時間稼ぎか。久しぶりに命がけの依頼になりそうね」
「出発はほかの高ランク冒険者たちと同じく魔獣の群れが目視できる距離になったころ。俺の使い魔がその魔獣に張り付いてるから一直線にその場所を目指す」
「そうだな。他の魔獣を相手にして体力を削られるわけにはいかないか」
さすがにAAランク。その辺は心得ているか。自分たちがSSランクには勝てないといいうこともしっかりと理解しているみたいだな。
「まぁ、SSランクは群れが瓦解したら俺の方で狩るから、怪我だけしないように気を付けてくれ」
「「「「はぁ?」」」」
「おいおい、期待の新人だってっ聞いてるが、自分の実力を過信するのはいけないぞ?」
「そうよ、自分の実力を理解できない冒険者の寿命は短いわ」
「悪いことは言いませんから、やめたほうがいいと思います」
「ああ、Sランクより上は格が違う」
まぁ、止めるのもわかるけどな。俺は所詮、登録して三か月ほどのBランク冒険者だからな。期待の冒険者だといわれて天狗になっていると思っているのだろう。
だが、問題はない。なぜなら――
「でも、覇者の大森林の神獣よりも弱いだろう?」
「え?あ、ああ。そりゃそうだ。神獣といえばすべからく神話級の存在だからな。SSランクなんて鎧袖一触だろう」
「なら、大丈夫だ。俺の実力はその神獣が自分よりも強いと太鼓判を押すほどだからな」
「「「「えっ?」」」」
今度こそ、四人は呆然とした顔で俺のことを見るのだった。
……どうでもいいけど、クルトたちって地球にいる俺の友人たちと反応が似てるよな。あいつらも四人組だったし。




