私、頑張るから
突然にがばっと音がして、思わずそちらを振り返ると、先程の少女が勢いよく起き上がったところだった。
でもやっぱりさっき強烈に打ったように見えた頭が痛いらしく、もう一度布団に倒れこむ。ああびっくりした。
「まだ起きない方がいいと思うぞ、寝てろって」
「は、はい…
えっと、ありがとうございます」
「いいっていいって」
膝の裏までありそうなほど長い黒髪が、ベッドから溢れて床にも流れている。
その髪といい、日焼けしたことさえなさそうなほどに白い肌といい、さっき地面から一跳びで高い枝につかまったうえ少々の時間そのままでいた謎のアクティブさが信じられないくらいだ。見間違いだったんだろうか。
でも確かにこの子はあの枝にぶら下がって、そこから落ちたから今の状況があるわけで…
「あ、あのっ」
「っ、どうした?」びっくりした…
大きくて黒い、ぱっちりした吊り目をこちらに向け、枕に頭を預けたまま必死な様子で言葉を探す。
「う、あ、いや…
何でもないです…」
「そ、そうか」
何が言いたかったんだ?わからん。
/////
聞けない。とても聞けたもんじゃない。
“何で私が見えるのか”なんてこと、とても聞けないでしょう…
…ここは、さっさと逃げるが勝ちかな。出来るかわからないけど…
「…もう、大丈夫です。
今日はありがとうございました」
「お、おう」
頭を起こして言って、床に足をつく。うわ、頭痛い…
痛みを無視して開きっぱなしのドアをくぐって、そそくさと外に出た。
さて、さっさとここを離れよう…
…あれ?
/////
外に出て行った少女を見送ろうと、家の外に出た俺は意外に思った。
なんか驚いたような顔をして、まだそこに彼女がいたからだ。
どうしたんだろうか。そう思った時、
「あ」
少女に向かって周囲の葉やなんかが引き寄せられたかと思ったら、いきなり彼女の体が傾いた。
とっさに駆け寄って支えると、そのままお姫様抱っこのような状態になる。
「…とりあえず、もう一回寝かしとくか…」
…倒れる直前、少女の体が一瞬透けたように見えたのは、気のせいだろうか…?
そうだとしたら、この子は幽霊かなにかということになる。
俺はまぁ、昔から時々そういう存在が見えたからそれほど驚かないが、だとしたらなぜ俺は今お姫様抱っこなんてしているんだろうか。解せん…。
なんだ、俺もとうとうなんかの能力に目覚めたのか?どんな厨二発想だよ21歳にもなって。
…まぁ、とりあえずいいか。
目を覚ました時にでも聞いてみよう。ここまでの思考、多分大体3秒で片付いたと思う。溜め息。
再び少女を俺のベッドに寝かせて、隣の部屋、ベッドが視界に入る位置に移動。
木製の机の前に回転椅子を転がして座り、パソコンの電源スイッチをつついた。
すでに日課になっている、オフライン日記を立ち上げる。
“×月×日
今日は不思議なことが起こった。
この人気のない山中に、少女が現れたんだ、この時点で不思議と言わずして何と言う。
10歳くらいに見えるその子は、もしかしたら人間じゃないのかもしれない。そのくらいどこか人間離れした感じがするんだよな。
何でこの山の中に来たのか。どうして突然倒れてしまったのか。倒れる直前に吹いた風は関係あるのか。
わからないことだらけだ。ここまで謎の少女となると、つい厨二的発想が浮かんでしまうな。
もしかして俺も主人公か?なわけないだろw
がばっ
「うわぁっ」
びっくりして思わず情けない声が出た。地味に恥ずかしい。
しかもうっかり上げた足が思いきり机を蹴り飛ばした。痛すぎる。爪先…!
「…起きたみたいだな、さっきはどうしたんだ?」
「え、私、あれ…?」
一度起き上がって再び枕に突っ込むという先程と同じことを繰り返した後、今度はそっと起き上がって頭を押さえつつ、真っ直ぐにこちらを見つめてきた。
回転椅子を転がしてベッドのある方の部屋に移動し、少女の視線を受ける。
「あ、あの、えっと…」
「ああ、俺のことは蓮でいいよ」
「あ、はい…
レンさん、さっき…いつから、いつまで見てたんですか?」
これは素直に答えるべき?
「…最初から、最後まで」
「…」
がくぅっ、と音がしそうなくらいの勢いで少女がうなだれる。
今ので首も痛めたんじゃないかと思うほどだ。それにしてもさっきの爪先痛い。平静装ってるけど痛い。
「…お前って」「…私」同時ですか。お互い驚いたらしく、自然に下がっていた視線が真正面からぶつかる。
「…ど、どうぞ」結局譲る俺。
「あ、はい。
えぇっと、私は…私は…」
「人間じゃない?」
「そう、それです。
いやそのえっと…!う、そう、なんです…」
言い辛そうだったから予想して言ったら当たりだったようだ。
ついでだから俺の方から聞いてみるとしよう。
「俺は見える方だからまぁ、問題はないけど、帰れなくなったのか?」
「…そうなんです。力を使い果たしてしまって…
今の私は人間と同じなんです」
「…じゃ、戻るまで泊まるか?
名前はなんて言うんだ?」
「いいんですか!?
えっと、小夜って言います」
「いいっていいって。
小夜、ね。家事だけ手伝ってくれな」
「はい!」
小夜というらしい少女の顔に、満面の笑みが咲いた。
まさしく咲いたという形容がふさわしそうなくらい思いっきり咲いた。
…俺、ロリコンなのかな…?
/////
レンさんの申し出は、とても嬉しいものだった。
私は人間の生活を知らないから。ずぅっと昔は少しだけ関わったけど、それ以来私を見ることのできる人にすら出会えなかったから。
でもまぁ、何日かすれば戻るだろうし。
とりあえず今はこの状況を楽しむしかないかな?
リリ…私、頑張ってみるよ。
あの時はうまくできなかったから。今度は、あんな失敗しない。