そんなことより弟に会いたい01
ひとくんが死んだ。
少なくともみんなはそう信じている。
私がその知らせを聞いたのは、母に完全に拘束されてからだ。
母は、ひとくんが死んだと私が知ったら自殺すると考えたのだ。
母の選択は正しかった。
私が冷静さを取り戻すのに48時間かかったらしい。
そのとき私は、自分のせいでひとくんが死んだと思い込んでいたものだから、よくもその程度で済んだのだと自分で感心する。
ひとくんと再会したのはお通夜だった。
棺桶の中のひとくんは、まるっきり眠っているだけのようだった。
でもそれだけじゃない。異常なのはそこじゃあなかった。
「ねえ、お母さん。これ……誰?」
これはひとくんじゃない。
顔も髪も、骨の感じもひとくんにそっくりだ。
だけど、違う。
これはひとくんじゃない。
両親は私がおかしくなったのだと思ったようだ。
いつもの三倍は優しかった。コーヒーにもいつもの三倍のお砂糖を入れるぐらいだ。
あまり自分を責めるなというようなことを言っていたが、どうでもいい。ひとくんは死んでいないのだから。
おかしいのは私じゃない。世界の方だ。
私は火葬の前に頼み込んで、ひとくんの死体のサンプルを回収してもらった。
DNA検査にかけるのだ。
父が考古学者で、その関係で大学に検査を依頼できた。
数日で結果が出た。
死体はまず間違いなくひとくんだということだった。
ひとくんが死んだ。
少なくとも科学はそう言っている。
私はあることを思い出した。
ひとくんの靴に仕込んでおいた発信機。
雑誌の懸賞であたった『弟を見守るためのグッズ』だ。
パソコンをたちあげ、専用のソフトを起動する。
ひとくんの遺品は全て私の部屋にある。当然発信機を仕込んだ靴もだ。いいにおいがする。
発信機は今も正常に作動しているようで、画面上には私の部屋の位置が表示された。
そこからどんどん履歴をさかのぼっていく。
お通夜をしたお寺。病院。事故現場。学校。そして、家に戻ってくる。
ひとくんがたどった道筋が示されていくが、おかしなところはない。
「何か……何かないの」
ひとくんと別れて、再会するまでの48時間。全てをくまなく調べるつもりで、ゆっくり操作していく。
だが答えはすぐに見つかった。
「これは……?」
ひとくんが事故現場にいたはずの時間に、発信機の信号が二つに増えていた。
時間を進めると、もう一つの信号は消えてしまう。だが、確かにそのわずかな時間だけ、信号は二つあったのだ。
私はひとつの推論をたてる。
ひとくんは増えた。そしてコピーが事故に巻き込まれ、オリジナルは事故現場とは別の場所にワープした。
(私だって思うわよ、馬鹿げてるって。でも……)
確かめる価値はある。
ひとつは事故現場、もうひとつは……。
「お母さん! 私、イタリアに行く!」
母は二つ返事でオーケーを出した。
ひとくんは生きている。
少なくとも私はそう信じている。




