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はじめての異世界3

一応の目的地を国分寺魔術研究所と定め、徒歩の旅を始めた四人。自分の役目を見つけられずにいた一箱は、行く手をさえぎる魔物と戦う役目を与えられた。

 鬼は身の丈九尺(2.7メートル)。虎柄のパンツ一丁で、圧倒的な筋肉がピクピクしている。

 色は赤青緑の選べる三色。今なら金棒もついてきます。

 まだ距離はあるが、明らかに一箱たちに敵意を持っているのが分かる。


(よし、論理的に考えてみよう)

 鬼の身長はおよそ3メートル。それが3人で9メートル。

 一方一箱は1.6メートルぐらい。刀はせいぜい1メートル。つまり2.6メートル。

(ということはあと5……6? 6メートルぐらいないと勝てない!)

 なんと論理的な考察力か。論理そのものが理解不可能なのは問題ではない。


「いやいやいや! あれは無理だよ! 超強そうだし! 6メートル足りないし!」

「うむ。気にするな。死んだら助けてやる」

「手遅れだよ!」


「ねえ、木霊さん。助けてくださいよ」

「え~~、あたし疲れたぁ~~」

「歩いてないのに!?」


「ちょっと二人共何考えてるんですか!? 普通の人がいきなり魔物と戦うなんて無理ですよ!」

「おお!」

 ほのかは常識人として常識的な意見を出した。

「うむ。そうか」

 海羅はほのかの言葉を受け止めた。

「ではいけ! 一箱!」

 そして聞き流した。

「……なんで?」

「あー。こうなるともう何を言っても無駄ですね。一箱さんあきらめてください」

「そんな……」

 最後の希望、ほのかも一箱の味方とはならなかった。




 敵はでかくて強そうな鬼。しかも鬼に金棒状態だ。

 頼れるものは刀一本だけ。

 人は多いが、助けてはくれない。

(どうしよう……助けてせいねえ!)

 一箱は聖夜の姿を幻視した。

 セーラー服姿の天使が舞い降りる。

『ひとくんならいつもやってるとおりにすれば大丈夫だって』

(いつも……いつも!? いつもってバスケ!? ここでどう役に立つっていうんだ!?)


「オニイイイイィィ!!」

 鬼達も、いい加減に襲ってきた。

「うむ、来たぞ」

「ひーちゃん頑張って~~」

(近くで見るとマジでかい! やばいって!)

 鬼はゆっくりと振りかぶって、金棒を、振り下ろした!

「オニッ!」

「うわぁっ!」

 ズガーーーン!!

 金棒が大地を叩く。

「オニイィッ!!」

「うぎゃあっ!」

 ドガーーーン!!

 金棒が大地を揺らす。

「ウォオニィ!!」

 バギャーーン!!

 金棒が大地を割る。


 鬼の一撃のことごとくを一箱は避けた。避け続けた。

 そのうちにだんだんと冷静さを取り戻してきた。

(あれ? でもこれ、攻撃してくる前にすごいふりかぶってる。超分かりやすい。先に避けられちゃう)

 一箱がこの世界に来る前にやっていたゲームと似ていた。

 予備動作を見て、避ける。避けた後の敵の隙をついて攻撃する。その繰り返しだ。

(そうか、いつもどおりってゲームのことか!)


「えいっ」

「オニイッ!」

 精神的にも余裕が出てきたところで、なでるように刀を当てた。

 鬼の体表に浅い傷がつく。

 血は出ないが、見る人が見れば魔力が吹き出しているのがわかっただろう。

 鬼の目に怒りが宿る。他の二体も同様だ。

「「「オニイイイイイイイッ!!!!」」」

 三体の鬼は俄然勢い良く攻撃してきた。




「あの、海羅さん」

「うむ。なんだ、ほのか」

「一箱くん、やけに強くありませんか?」

「うむ。そうだな。あの動きは初めて戦うようには見えん。戦い慣れている」

「ですよね」

「それに鬼の強靭な皮膚をいともたやすく切り裂くとは。いい筋肉をしていると思ったが、やはり只者ではない」


「ねぇ~~、もしかして、ひーちゃん、飛蜥蜴の血を浴びたりした?」

 木霊は馬の頭に種を埋めながら尋ねた。

「うむ。そういえばそんなこともあったな」

「じゃあそれもあるんじゃないかしら~~。飛蜥蜴の血は力の象徴みたいなものだしぃ、昨日の夕飯でお肉も食べたしぃ~。ちょっと強くなってるのかもぉ」

「へー、そんな効果があったんですか」

「うむ。それならば私も浴びておけば良かったな」

「からりんは意味ないわよぉ~。飛蜥蜴より強いんだからぁ~」

「確かに」


「それに飛蜥蜴の血は基本的に毒だから、下手したら死んじゃうわよぉ~~」

「うむ。だからすぐに風呂に入れて、洗い流させた。私の適切な指示が一箱を救ったのだな」

 海羅は事実を捏造した。

「……私達、危ないことしてたんですね。干し肉を持ってきていたんですが、捨てましょうか」

 ほのかは驚き、怯えた。

「血抜きしたんでしょ? ならちょっとぐらい残ってても大丈夫よぉ~。それに昨日食べちゃったんだし」

「それもそうですね。では今晩にでも食べましょうか」

「うむ。肉はいいものだ。酒があれば尚いい」

「じゃああたしは肉じゃががいいな~~」

「じゃがいもなんてありませんよ」




 後ろで今晩のおかずの話をしているとも知らない一箱は、懸命に戦いを続けている。

 ちくちくと攻撃を繰り返していくうちに、鬼は一体、また一体と動かなくなり、ついにあと一体となった。

 その最後の鬼もかなりのダメージを受けている。

(よし……よし、いける! なんだ結構簡単)

 油断したのが仇となった。

 鬼の一撃が、一箱の予想外の方向から飛んできた。

(あ、やべっ)

 金棒が脇腹を叩くと、一箱は覚悟した。


(……あれ?)

 いつまでたっても衝撃が来ないので一箱が目を開けてみると、はるか後方で一番美味い肉の食べ方の話をしていたはずの海羅が、金棒を受け止めていた。

「うむ。よくやった、一箱」

 海羅は目にも留まらぬ速さで鬼を両断すると、一箱の頭をくしゃくしゃとなでた。


「た……」

「た?」

「助かったーーーー!! 死ぬかと思ったぁーーー!!」

 ぴょんぴょん跳ねて全身で喜びを表現する。

「やったーーー!! うわーーー!!」

 海羅の手を取りぶんぶん振る。

「うむ」

 海羅が振り返したので一箱がぶんぶん振られる。

 続いてほのかの手を取りぶんぶん振る。

「あわわ……お、おめでとうございます」

(つぎはあたしの番よねぇ~)

 木霊はわくわくして手を出す。

「あー、勝てて良かった。死ぬかと思った」

「え~~!? あたしは~~~!?」

「なにが?」

「む~~~! もういいもん! ひーちゃんなんてきらい!」

「なんで?」


 海羅が鬼の死体を処理する。刀を突き立て、呪文を唱えると死体は消え、金棒だけが残った。

「えっと、すみません。色々言いたいことはあるけど一つだけいい?」

「うむ? 言ってみろ」

「鬼が『オニー』って単純すぎない!?」

「……うむ。考えたこともなかった」

「そういうものですよ」

「そういうものなのか……」


「それより一箱、この金棒を持て」

「え? うわ、重っ!」

 一箱は金棒を渡された。一本8kgほどある。それを三本だ。

「ちょちょ、これ本当に重いよ! その馬? に載せられないの?」

「え~~、ひーちゃんが持てばぁ~~~」

 木霊は完全にすねて、馬の頭に生えた花をつついている。

「うむ。いつもなら私が持つのだがな。これも鍛錬だ」

 どうやら海羅は一箱を鍛えているつもりらしい。

「ひえー。どうしよう、せいねえ」

『ひとくん、がんばっ!』

「よし、がんばる」

「うむ。では行くとしよう」




 四人はさっきよりもゆっくりと歩き出す。

 途中もう一度鬼が出たが、今度は危なげなく倒した。

 一箱が持つ金棒は五本に増えた。

 日が暮れてきたところでぽつんと建つ平屋を見つけた。

 旅籠はたご屋という宿泊施設だ。


「うむ。日も暮れてきた。ここらで宿をとることにしよう」

「さんせぇ~~」

「そうですね。では幕屋を出しましょう」

「うむ……うむ? そこに旅籠があるではないか。

「ここは節約しましょう」

「しかしだな……」

「誰かさんが無駄遣いしたので路銀が心もとないんです」

「うむ。木霊、幕屋を出してくれ」

「えぇ~~~~!」


 かくして宿の横に幕屋テントを張る変な集団が現れた。

 宿泊客や、通りすがりの者達に変な目で見られる。

 海羅と木霊で幕屋を張る。一箱も四苦八苦しながら手伝う。大小二つの幕屋が並んだ。

 さらに夕食の準備。これはほのかの独壇場だ。

 大鍋に米と水、刻んだ干し肉や野菜、キノコを入れ、最後に味噌で味付けする。シンプルな粥ができた。


「うまいっ! やっぱりおいしいよ!」

「うむ。美味い。美味いのだが、肉はもっと大きく切ったほうが良いのではないか?」

「あたしキノコきら~~い。はい、ひーちゃん」

「わわっ。こんなに」

「おふたりとも、好き嫌いしないでください」

「ほのか、酒はまだか」

「ありませんよ」

「からり~~ん。お肉あげる~~。あ~~~ん」

「うむ。……うむ。美味い」

「何してるんですか! いやらしい!!」

「うむ、怒るなほのか。一箱、お前の肉を分けてやれ」

「えっ」

「そういう話じゃありません!」

「えっと……あーーん」

「やらなくていいです!!」

「あの……そこの旅籠屋の者ですが、お客様のご迷惑になるのでもう少しお静かに願えますか」

 怒られた。




 たっぷり作った粥もすっかり食べてしまった。

「あ、片付けは手伝うよ」

 何気なく一箱がそう言うと、ほのかは椀を取り落とした。その目は驚愕に見開かれている。

「あ……あの……? ほのかさん……?」

 ほのかはにっこり微笑むと、一箱の頭をなでた。

「!?」

「ありがとうございます。私、とてもうれしいです。今まで二人共そんなこと言ってくれませんでしたから」

 笑顔を紅潮させながら、小さい手で一箱の頭をくしゃくしゃになでまわす。

「いや、そんな大したことじゃ……」

「それでもうれしいです!」

 ひとしきりなでまわしたところで満足したのか落ち着いたのか、ほのかは離れた。

「何よ~~。私達が悪者みたいじゃな~~い」

「うむ。私はともかく木霊は悪者」

「からりんまでひどぉ~~い」

「いやー、一箱くんはいい子ですね。最初は反対でしたけど、一緒に旅ができて良かったです」


 簡単な洗い物を済ませると、今日はもう休むこととする。

「じゃあ私とからりんがこっちで寝るから、お子様二人はそっちで寝てねぇ~~」

 木霊は海羅に腕を絡ませる。

「何言ってるんですか、この幕屋は一人用で一箱くん用ですよ」

「え~~。私とからりんのあつぅ~~い夜を邪魔しないでよぉ~~」

「何言ってるんですか、女同士で。一箱くんも何か言ってやってくださいよ」

「わぁい! 秘密基地みたい! ほらほら、そこで拾ってきた木の枝で……え? 何?」

 一箱は一人用幕屋の周りではしゃいでいる。

「……一人用は一箱くんが使う。いいですね?」

「はぁ~い」


 木霊は奇妙な紋様が刻まれたこけしを取り出した。

「何それ?」

 一箱は幕屋から顔だけ出しながら尋ねる。

「これはねぇ~~。魔除けよぉ~~」

「魔除け」

「そう。こうやってぇ、背中のところに白魔石を入れたげるとぉ~~、魔物が寄ってこなくなるのよぉ~~」

「なるほど」

 白魔石は電池のようなもの。つまり動かない電動こけしである。


「そういえばせいねえも似たような物持ってたっけ」

「へぇ~~。ひーちゃんの世界にもあるんだぁ~。面白いわねぇ~~」

 木霊は魔石を入れたこけしを、台座にセットする。

「さ、これでだいじょ~~ぶ。安心して眠れるわよぉ~~」

「うん。おやすみ」

「うむ」

「おやすみなさい」

「おやすみ~~」


 他二人が幕屋に潜り込んだところで、海羅が一箱を呼び止める。

「そうだ、一箱。寝る前にひとつ言っておきたい」

「なに?」

「一箱は今日、魔物と戦い、荷物運びをして、料理の後片付けをした。自分が何の役にも立たないなどと思わぬことだ」

「……?」

(何の話だろう)

「うむ、気にしていないのならいいんだ」

 海羅は少し恥ずかしそうに、そそくさと幕屋に潜り込んだ。




 一箱は一人毛布にくるまってはみたものの、秘密基地感とキャンプ感のダブルパンチで寝るに寝られずにいた。

「うーん。ラジオとか欲しいなぁ。あと敵が来たときのためにエアガンか何か……あ、これがあったか。でもこれはちょっと違うんだよなぁ」


 突然、幕屋の入り口が開けられた。

「はぁ~い。木霊ちゃんでぇ~~す」

(うわぁ、この人か……なんか苦手なんだよな、この人)

「なに?」

「なんかぁ~、みんなでお話してたらねぇ~、ひーちゃん、魔法使えないのかな~って話になって、聞きにきました~~」

「使えないよ。僕の世界では魔法なんてなかったし」

「ふぅ~~ん。そうなんだぁ~~」


(何しに来たんだろうこの人。早く帰ってくれないかなぁ)

「ねえねえ、使えるようにしたげよっか?」

「ほんと!?」

(なんだ! いい人じゃん!)

「じゃあ目を閉じて~~」

「うん!」


 一箱はぎゅっと目をつぶる。

(魔法を使えるようにするって、何するのかなー。血の契約的な?)

 わくわくしながら待っていると、不意に唇に柔らかい感触が。

 そしてそこから波紋が伝わるように、今まで感じたことのない、電流のようなものが走った。

 次の瞬間には、それが魔力であることを理解していた。

 自分の体の一部。今までずっとそこにあったのに気がつかなかったもの。それが魔力だ。


 一箱が目を開けると、木霊がくねくねしている。

「や~~ん。ひーちゃんと口付けしちゃった~~~」

「うん、これが魔力なんだね」

 一箱はぐしぐしと制服の裾で口を拭う。木霊は若干ショックを受ける。

「で、魔法はどうやって使うの?」

「ん~~? いきなりは無理よぉ~~。しばらくは練習」

「どうしたらいいの?」

「教えたげな~~~い」

「……なんで?」

「もう! ひーちゃんなんて嫌いだもんっ!!」

 木霊は嵐のように現れて、嵐のように去っていった。

「……なんだったんだろう」


 そんな疑問もすぐに消える。剣に魔法に秘密基地。冒険に必要な要素は全て揃っていた。わくわくしないわけがない。

 ただ、囚われのお姫様にあたる最愛の姉、聖夜がいない夜はなんとも寂しいもので、ただ楽しいばかりの冒険ではない。

 物語の中のような出来事は、いざ自分が体験してみると何もかも良いことばかりではないのだと初めて知った。

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