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はじめての異世界2

 異世界に来てしまった吉村一箱は一文字海羅、佐倉ほのからに助けを求めた。二人はそれを快く受け入れた。

 一箱の歓迎会と称して宴会が催されていた。

 海羅は大いに酒を飲み、一箱とほのかは茶と料理を楽しんでいる。

「うむ、一箱、お前も飲め」

「いや、僕は未成年なので……」

「もう、海羅さん。無理に飲ませちゃ駄目ですよ」

「うむ、では相撲だ」

 そう言いながら海羅は着物を脱ぎ始めた。

「きゃーーっ! 駄目ですよ海羅さん! 男の人がいるんだから脱いじゃ駄目です!」

「うむ? そうか? しかし一箱とは一緒に風呂に入る仲だし……」

「そんなことしてたんですか!? 不潔! 不潔です!」

「ええっ!? 僕は別に……」


 無駄に騒いでいると、突然、部屋の戸が開いた。

「あ~~~っ! あたしがいないのにご飯食べてるぅ~~!」

 女性が部屋に入って来た。

 ボサボサの薄い緑色の髪がウェーブを描いている。腰までの流さがあり、前髪もやたらと長くうっとおしい。

 ローブ、あるいはワンピースのようなゆったりした服を着ているが、よく見れば作りは着物と大差ないようだ。

 頭に花の髪飾りをつけているのを始め、チョーカーや指輪などアクセサリーの類を多くつけている。

 豊かな胸に谷間に華の入れ墨がある。

「うむ、帰ったか木霊」

「帰ってこなくて良かったんですけどね」

「ほのちゃんひど~~い。あたしもお仕事してきたんだよぉ~」


「あの、この人は?」

 一箱が疑問を投げかけると、緑の女が一箱に抱きついた。

「何この子かわいぃ~~。どうしたんでちゅか~? お姉さんたちと遊びたいんでちゅか~?」

「うわぁ!?」

 蒸れた女性の臭いが一箱の脳髄に染みわたる。

 一箱はもがくように手足をじたばたさせ逃れようとする。

「うむ、それは一箱だ。新しく旅に加わることになった。一箱、こいつは旅の仲間だ。一応な」

「むー。一応とかひどぉ~い」

 気が逸れた瞬間に、一箱は女から逃れる。

「吉村一箱です」

国生こくしょう木霊こだまだよ~~。木霊ちゃんかこーちゃんって呼んでね」

(えー、何この人。人のこと赤ちゃん扱いするし、おばさんなのに自分をちゃん付けで呼べとかちょっと気持ち悪い)

「……木霊さんで」

「ん~~。ひーちゃんに嫌われたぁ~~。あたしったら悲しいぃ~~」

 泣き真似をしながら再度しなだれかかる木霊に、ほのかがヤクザキックをかました。

「ほら、ご飯温めてあげましたよ。さっさと食べてください」

 倒れている木霊の横に御膳を置く。

「ほのかさんって意外と……」

「何です?」

「いえ、何も」

「うむ、皆打ち解けたようで何よりだ」




「ふ~~ん。異世界ねぇ~~」

「うむ」

「あれ? その話本気だったんですか?」

「はい」

「あのですねえ……」

 パーティー唯一の常識人、ほのかがその非現実性を説明しようとしたところで、意外なところから意見が出た。

「本当だと思うわよぉ」

 木霊だ。

「そっかぁ、異世界かぁ~。道理で魔力が珍しい形してると思ったぁ」

「なんで?」

「んっとねぇ~。ひーちゃんの魔力はぁ~、なんかこう、お星様みたい。人間とも魔物とも違う。鉱石や植物でもないしぃ~……異世界って言うんなら、異世界でいいんじゃなぁい?」

「はあ……」

「うむ、木霊のお墨付きなら間違いなかろう」

「まあ……そうですね。人格は信用できませんが、魔法に関しては信じていいかもしれません」

「や~~ん、ほのちゃんに褒められたぁ~~」

「全然褒めてませんが?」


 ともあれ、ここからいかにして一箱が異世界から元の世界へ帰るかという話に移る。

 言い換えれば、今の世界から異世界へ行く手段はあるかという話だ。

「うむ、木霊はそういう魔法を使えないのか?」

「あたしはそういう魔法は知らないわぁ。そうねぇ~。その手の魔法なら国分寺さんが一番かしら」

「国分寺さん?」

「そう。魔界門とか旅の門とかを研究してる人よぉ~」

「うむ。確かにアレは一番異世界に近いかもしれん」

「じゃあ国分寺魔術研究所に行くことにけって~い! さあ、前祝いで呑むわよぉ~~」

「なんの前祝いですか」

「うむ、理由は何でもいいからとりあえず呑もう」

「はあ……何かおつまみ作って来ますね」

 旅館を貸しきっての宴は夜が更けるまで続いた。




「一箱くん、起きてください。もう朝ですよ」

「うう……眠い……」

「もう、しっかりしてください」

 昨日は激しい宴会だった。ほのかは途中で呆れて就寝。

 一箱はお酌に雑用、果ては宴会芸の強要と、社会人や大学サークル一年目のごときパワハラを受けた。

 また、慣れない夜更かしも重なり、目覚めは最悪であった。

 一晩中呑んでいたはずの海羅は平気な顔をしている。


 ほのかが作った美味い朝食を食べる。白米、味噌汁、浅漬け、蕗と油揚げの煮付けだ。

「相変わらず美味しいなぁ」

 ほのかはうれしそうに微笑む。

「うむ。木霊が起きたら買い物をして次の村に行こう」

「置いてってもいいんじゃないんですか?」

「まあそう言うな」

「……買い物?」

「一箱くん、服も何もないでしょう? 色々入り用ですからね」

「なるほど」

 言われてみれば今着てるのも旅館の浴衣だ。

 一箱が地球世界から持ち込んだ物で残っている衣類は制服と靴ぐらいだ。




 日が完全に昇りきってしばらくしてから木霊が起きたので、四人で買い物に出た。

 ここで初めて一箱は村の様子をよく観察する機会を得たが、それはなるほど異世界であった。

 建物は瓦屋根の木造建築。道行く人々は和服で、ちょんまげ頭もたまにいる。

 これだけなら江戸時代かと思うが、ところどころおかしい。

 例えば髪の色がカラフルだったり、牛が水牛だったり、提灯モチーフの街灯があったりといったところだ。


「あれは何?」

「あれは種まき機ですよ」

 人が車輪のついた小さな箱を引いている。箱が地面に魔法で穴を開け、続けて自動的に二、三粒の種をまいた上でまた土をかぶせている。

「あれは?」

「あれは田植機よぉ~」

 牛が人力車のような機械を引いている。風車のように回転するからくり腕ロボットアームが次々と苗を植えていく。

「あれは?」

「うむ、あれはただのおっさんだ」

 頭の禿げ上がったおっさんだ。褌一丁に苗籠を携えたおっさんが苗を植えている。


「……なんで? 機械があるなら使えばいいのに」

「魔道具は高いですからね。地主さんでもないと買えませんから手作業を続ける人も多いです」

「あ、でもあのおっさん速い! すげー速い! ちょっと気持ち悪いぐらい速い!」

「うむ、ただのおっさんではなかったようだ。神速田植えおっさんなり」

「わぁ~、田植機よりはや~い」

 一箱の常識では常識では測れない世界がありふれている。慣れるにはまだしばらくかかりそうだ。




 呉服屋についてすぐ、海羅はその辺をぶらぶらしてくるとどこかへ行ってしまった。

 一箱は服なんてなんでもいいと思っていたのだが、ほのかと木霊があまり熱心に選ぶので何も言えずにいた。

「やっぱり黒髪なんだからぁ、黒いのがいいと思うのよねぇ~~」

「えー、それはちょっとジジ臭くありませんか? もっと明るい色の方が似合うと思います」

「明るい色ねぇ。じゃあ桃色はどぉ~? あたしとおそろ~い」

「あなたは馬鹿ですか?」

「え~~。似合うと思うんだけどなぁ~」

「ここは縹色ですよ。……ほら、似合う!」

「え~~? はなだより花がらの方がよくなぁい?」

「あなたは馬鹿ですか?」

「あの、僕は別になんでも……あっ、これとか」

「「それはないわ」」

 もはや着せ替え人形となるより他になかった。


 いくつもの服をあてがううちに、ほのかが不満気に言う。

「やっぱり上着は羽織ものに変えませんか? ちょっと独特すぎるというか……」

「でもぉ~、この服、変な魔力が込められてるのよねぇ。多分飛蜥蜴の血を浴びたときに何か起きたんじゃなぁい? 着てた方がいいわよぉ~」

 ということで、上下学生服の中に和服を着るという奇天烈な服装は確定してしまった。

 ズボンは隠れるのでまあいいが、上はどうしようもなく不自然だ。とりあえず前を閉めないことで、羽織のように着こなすこととした。

「それにあたしは好きよ、この服。ほらぁ、わぁっりりしぃ!」

 凛々りりしいというよりむしろリリシーというような調子だ。

「そうですかぁ? ……まあ、実用性重視ならいいですけど」

「もうなんでもいいから早くして……」


「うむ。大変そうだな一箱。飲むか?」

 ブラブラしてきた海羅は瓶入りの飲み物を手にしていた。

 一箱は二人に一言断って休憩することにした。

 一箱が一本を選ぶと、海羅は素手で栓を抜く。もちろん本来なら栓抜きを必要とする構造だ。

(ゴリラだ。ゴリラだこの人)

「ほら」

「あ、ありがとう。ごくごく……ふーっ、よく冷えてる。これどうしたの?」

「うむ、珍しく自販機があってな。つい買ってしまった」

「自販機!?」

「うむ。一箱がいた世界には無かったか? 自動販売機」

「いや、あったけど……」

 思ったよりも技術格差がないことに驚いていた。

 このままいくとコンピュータとかスマートフォンとかまで出てきそうだ。


 二人は一箱が休んでる間に、これ幸いとばかりに自分たちの服もあさっている。

 すでに購入予定の服は山と積まれている。

「あんなに買って、お金は大丈夫なのかなぁ」

「うむ、昨日の飛蜥蜴退治の報酬がある」

 海羅は袱紗包みをほどき、小判を見せた。

「おお。本物の小判初めて見た」


「ああ、旦那! 探しやしたぜ!」

 一人の男が話しかけてきた。

「うむ? なんだ貴様は」

「へえ。あっしはしがない農民でして。昨日、飛蜥蜴が斬られた土地で農家をやらせていただいてやす」

「うむ、それが何用か」

「いや実はですね、飛蜥蜴の血が飛び散ったあたりは薄気味悪いんで、土を入れ替えようと掘り返したんですよ。そしたらこんな物が出てきやして」

 男が見せたのは見事な拵えの太刀だ。

 ところどころに土がついている。

「この刀はあの飛蜥蜴の遺品でやんしょう。なら旦那が持つのがいいと思いやして。ええ、あっしが持ってても無用の長物でやすし」

「うむ、そうであったか。わざわざすまんな」

「お安いご用でさぁ。では、あっしはこれで……」

「うむ、待て」

 海羅は男を呼び止めると、小判を一枚握らせた。

「これはとっておけ」

「こ、こんなに……いいんでやんすか?」

「うむ」


 慣習として、魔物の死体などの遺品は倒した者が得ることとなっている。刀が飛蜥蜴の遺品であることは明白であり、海羅が受け取るのは正当な権利であろう。

 しかし、男は見つけた刀を海羅に渡さず、行商人にでも売ることができたはずだ。だがそれをしなかった。

 海羅はその正直さ、実直さに感激し、たまたま手元にあった小判で気持ちを形にしただけだ。

 男としても人として当然のことをしたまでであり、まさかこれほどの大金を得るとは思いもよらぬことである。

 両者ともに満足のWin-Winだ。


 尚、小判一枚の価値はお米一年分と同程度である。


「ほれ、一箱。この刀はお前が差しておけ」

「えっ!? でも僕剣なんて使ったこと……」

「構わぬ。私の他に使う者もない。私はもう十分」

 背中の長刀と腰の打刀を見せながら言った。

「……じゃあお言葉に甘えて。……あれ?これどうするの?」

「どれ。ちょっとじっとしてろ」

 海羅は大きい体でしゃがみ込むと、器用に一箱の腰に刀を結わえた。

「うむ、なかなかサマになっているではないか」

「……カッコイイ!」

 やはり男の子。剣道すらやったことがないものの、一箱は刀に目を輝かせ、抜いたり差したり構えてみたりするのだった。

(まあ、でも、使うことはないかな)

「一箱さーん! 休憩はもういいですか? 服選びますよー!」

「うへぇ」

「うむ」




 なんだかんだと一箱と、他三人の分の着物を買い、また歯磨きや手ぬぐいのような日用品、食器類、毛布や一箱用の幕屋(すでに四人で泊まれるほどの物があるが、ほのかが男女同衾するべからずということで強固に主張した)といった野営具、果てはお守りまで揃えた。

「うーーーん、買いましたねえ」

「楽しかったぁ~~~」

(疲れた……)

 なぜ女という生き物はこうも買い物が好きなのだろうか。

 一箱にとって分からないことがまた増えた。


「でも本当に良かったのぉ~~? 手持ちの銭全部使っちゃってぇ?」

「大丈夫ですよ。まだ海羅さんが小判を一枚お持ちですから」

「うむ。それならやってしまった」

「え?」

「いや何、いい出会いがあったものでな」

「小判あげちゃったんですか!?」

「だからそう言っているだろう」

「はあ……またそういうお金の使い方を……」

「はっはっはっ! 気にするな!」

「ちょっとは気にしてくださいよ……」


「あの、僕こんなに買ってもらうのも悪いですし、ちょっと返品しても」

「あ、いや、大丈夫ですよ。一箱くんが悪いわけじゃないです。悪いのは無駄遣いする海羅さんですから」

(その無駄遣いの現場に僕もいたんだけど……)

 犯罪の片棒を担いだような気分で、一箱の胃がキリキリする。


「じゃあしゅっぱ~~つ」

 木霊は呪符に魔力を込めると、地面に放った。

 するとどうだろう。土はムクムクと盛り上がり、四足の動物のような形になった。その背中は平らで、半畳ほどの広さがある。

 そこにズタ袋に詰めた荷物を載せ、さらに木霊も残りのスペースに腰掛けた。

「へー、魔法って便利なんだなぁ」

「えへへぇ~、すごいでしょぉ~? 光秀っていうんだぁ~。かあいい馬でしょぉ~?」

「うん。馬?」

「馬だよぉ~」

「馬かぁ……」

 短く太い脚に平たい背中、加えて足用のギプスを逆さまにつけたようなずんどうな頭。

 控えめにいって亀。率直に言えば幼稚園児の粘土細工だ。


「ひーちゃんも乗る?」

「え? でももうスペースが……」

「ほらほら」

 木霊はぽんぽんと自分の太腿を叩く。ここに座れと言うのだ。

「いや……自分で歩きます」

「え~~~。じゃあほのちゃん」

「嫌です」

「じゃあからりん」

「うむ。木霊が潰れるだろう」

「からりんが座って、あたしがのっかるのぉ」

「歩く」

「むぅ~~~」

「置いてくぞ」

「あ~~~ん、待ってぇ~~~~」




 てくてく歩いていく。まだ小さいほのかがいるのでペースはそれほどではない。

 そのほのかだが、皮袋を二つ下げ、ちょくちょくいじっている。

 いやらしい意味ではない。

 袋から何かを取り出してしばらく握り、もう一つの袋に入れるという意味だ。

「ほのかさん何やってるの?

「あ、これですか? これは白魔石です」

「白魔石」

 ほのかが小さい手を広げると、じっとり汗ばんだ手の中に白濁色の何かがあった。

 いやらしい意味ではない。

 白濁した半透明の細長い石だ。

「白魔石は魔力を貯めることができるんですよ。貯めた魔力は魔道具を動かすのに使えます。空の白魔石を安く買って、魔力の貯まった白魔石を売ることでちょっとした稼ぎになるんです」

「なるほど」

 要するに充電池だ。


「私は魔物退治もできないし、力もないし、魔法も料理魔法しか使えません。街に入るとできるお仕事が少ないんです。ですからこうして、少しでもお役に立てたらなと思いまして」

「うむ、何を言うか。ほのかは十分役に立っている」

「それにかあいいしねぇ~」

 ほのかの手の中で、透明な白魔石は、魔力が貯まるにつれて白く染まっていく。

「ほのちゃんは白魔石との相性がいいのねぇ~。魔力補充効率がとっても高いわぁ」

「そういうものなの?」

「そういうものなのよぉ~」




 一箱は物思いにふけっていた。その顔は少し深刻にも見える。

「うむ、どうした一箱。浮かない顔だな」

「いや、なんでもないよ。ただ……」

「ただ?」

「みんな、ちゃんと自分の役目が当て偉いなって」

 一箱は、海羅のように飛蜥蜴ドラゴンを斬ることも、木霊のように馬(?)を作ることも、ほのかのように魔石に魔力をこめることもできない。

 地球にいた頃は勉強が仕事だと考えていたが、それが役に立たない今になって、自分がただ守られているだけの存在だと薄々自覚してしまった。

 そしてそれに無力感。いや、罪悪感すら抱いていたのだ。

「うむ。ならばちょうどいい。一箱、仕事だ」

 海羅が一箱の背中を叩く。あまり勢い良く叩くので、つんのめるようにして前に出た。

 我知らず下がっていた一箱の視線が、しっかりと前を向く。

 そこには行く手をさえぎるように、筋骨隆々の鬼が三人も立っていた。

「奴らを斬れ」

「……なんで?」

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