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左 翔太朗

桜の花弁

 俺が住む椿町にはこんな言い伝えがある。

『春の万年桜は願いをかなえてくれる』

 この万年桜とは、町の一番大きな山頂にあるかなり大きな桜の事。毎年春になると噂を信じたうら若き乙女とか、観光客が大勢訪れる、この町の観光スポットである。

 まぁ実際、願い事なんてそんなにホイホイ叶う訳もない。願った連中の中には叶った、とか言った奴もいるが、そんなのただの偶然だ。俺はそんなの信じちゃいない。

 現にあいつの願いだって、桜は叶えてくれやしなかった。

「ふぅ」

 今俺は、万年桜を目指して暗い山道を登っている。さっきも言った通り、願いを言う為じゃない。あそこからは月がよく見え、町の風景も一望できるいいスポットなのだ。

 今日は満月。月見と花見、両方一辺に楽しむなんて、こんなに贅沢なことはないだろう。

 そうこうしているうちに、頂上へ着いた様子。

「いつ見ても慣れないな、この風景には」

 ハラハラと舞い落ちる花弁はさながら桃色の雪のよう。それを月光が優しく、しかし妖しく照らし出す。浮世離れしたその風景は、まさに圧巻。

 俺指定の特等席に腰を下ろすと、そこからは月に桜、街の明かりが一望できた。

 手に持っていたビニール袋から、缶ビールを取り出して中身を口へ運ぶ。只今未成年真最中だが、まぁ気にしない方向で。

 そうして月見酒と花見をいっぺんに楽しんでいるうちに、気分が高揚してきた。

 足元を見てみれば、缶が五、六個転がっている。少し飲みすぎた、これでは帰る時が心配だ。

「そう言えば、あの野郎」

 思い出すのは友人との会話。確か俺に彼女ができるとかどうのだったか。曖昧な記憶では思い出すのはおぼろげな会話だけだ。

「たくよぉ。何が、お前はそんなんだから彼女ができない、だ。アイツだっていないくせに」

 自分が何を言っているのか今一把握出来ていない状態で、俺は桜に向かっていく。

「おい桜さんよぉ」

 この時。

「お前が本当に願いを叶えるってんならさぁ」

 俺が発した言葉が、まさかあんな事になると、果たして予想できただろうか。

「俺に」

 これが、俺とアイツの、すべての始まりだった。

「彼女の一人くらい授けてみろよぉ!」

『その願い、確かに聞き入れましたよ』

 吹き行く風が、何かを俺に伝えていたような気がした。


   *


 頭上で、何かがけたたましい音を響かせている。

「朝、か」

 薄らと目を開けると、視界には見慣れた天井が。

 起きようと思い体を起こすと。

「っ……!」

 頭に鈍い痛みが走る。どうやら二日酔いになってしまったらしい。飲んだ缶四本目までの記憶はあるが、そこから先は曖昧だ。だがまぁ、とりあえず、今自分は家にいる。無事に帰ってこれたんだろう。

 そう思い、頭上にあるだろう時計のアラームを止めようとして寝床に手をつくと。

 ふにゅん。

 俺の右手が、何かやーらかい物を掴んだ。

 力を込めると。

「んぅ……」

 隣から、艶かしい声が聞こえてきた。え、なにこの状況?

 視線をゆっくりと右手の方へ移すと。

「あ、おはようございます」

 女の子の胸を、鷲掴みにしていた。

 ちょっと待て、誰だこいつ?

 赤く綺麗に澄んだ、ぱっちり二重のまんまるおめめ。顔は綺麗というかかわいい系。少しウェーブのかかった長髪は、薄いピンク色。

 まぁ、ここまではいいとしよう(何がいいのかわからんが)。

 だが、な?  何故。

 上裸でいるんですか?

 パッと見服着てないし、右手に伝わってくる感覚がダイレクトなわけですよ。

 よし、まずはアラーム止めて、手を放して、少し距離とって。

「アンタ誰ぇええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!」

「ふぇ?」

 近所迷惑よろしく思いっきり叫ぶ。

 なにか? 俺もしかしてヤっちまった? 

 た勢いで知らない女の子連れ込んでベットインしちまったのか!

 マズイマズイマズイマズイマズイマz(ry

 とまぁ、寝床で頭抱えながら呪詛のように言葉を紡いでいると、女の子から声をかけられる。

「あの、昨晩の貴方のお願い、叶えに来ました」

「は?」

 願い事? 俺はそんなのした覚え……。

『俺に彼女の一人くらい授けてみろよぉ!』

 ありましたね。

 ちょい待ち、ってことは、もしかして。

「アンタが、俺の彼女だって言いたいのか?」

「はい」

 満々の笑みで、自称彼女さんは答える。

 そんな彼女に対して、俺から出た言葉は。

「ふざけんな」

「え?」

 怒りのこもった声に、彼女は戸惑いの色を見せる。

「ふざけんなっつてんだよ!なんで今頃なんだ? なんで俺なんだ?なんであいつの願いじゃないんだ!なんでこんなくだらない事を叶えるんだ答えてみろよ!」

 ふざえんじゃねぇよ、それじゃぁあいつが報われないじゃないか!あいつは、願いを叶えようと必死だったのに!

「い、痛いです」

「っ……!」

 ハッとなり、俺は掴んでいた手を放す。力を入れすぎたためか、彼女の肩は赤くなっていた。

「わ、悪い」

「ごめんなさい。私も何が何だか分からないんです。気が付いたらここにいて、頭の中にあるのは、貴方が昨日言った事だけなんです」

 語気が下がっていき、最後はようやく聞き取れるくらい。

 次第に俺は冷静さを取り戻し、彼女から手を離した。

「……取り乱してしまって、済まなかった」

「いえ、私こそ、お力になれずすいません」

 訪れる妙な沈黙。言葉が、出てこない……っ!

 そんな時、不意にドアが開かれる。

「まったく、早く起きなさ……い……?」

 入口にいたのは、学校指定のブレザーを着た少女だった。

「ヒ、ヒロ兄が知らない女の人ベッドに連れ込んでるぅうううううう!」

「色々と待てよ鈴!」

 木原 鈴。俺の一つ下の妹。炊事洗濯家事を完璧にこなし、他者への面倒見がいい自慢の妹である。

「け、警察に連絡しなきゃ。あれ、警察って110だっけ? 一一九だったっけ?」

「落ち着け鈴、これには海よりも深いわけがあってだな? まずは俺の話を聞いてくれ」

 その後、携帯を取り出してアタフタする鈴をなだめ、自称彼女さんに服を着せて、一緒にリビングで朝食をとるのと一緒に事情を説明してみた結果。

「ヒロ兄、なんでそんなおバカなお願いしてるのよ。もっとちゃんとしたお願い出来なかったの?」

 呆れられました。

「いや、こればっかりはしょうがないだろう。あの時俺酔ってたんだし」

「あ、またお酒飲んだの? この前散々怒られたの忘れた?それともまた怒られたいの?」

「それだけは勘弁してくれ」

 以前鈴に飲酒の形跡が見つかったときは三時間正座でのお説教をくらった。もうあんな思いはこりごりだ、今度は見つからないようにしよう。

「そういえばヒロ兄、この人に自己紹介したの?」

「来るべき時が来たらやろうと思ってた」

 単に忘れていただけだが、いい機会だ。今のうちに言っておこう。

「俺は木原(きはら) (ひろし)。こいつは俺の妹の鈴」

「はい。よろしくお願いしますね、博さん、鈴さん」

「あぁ、私の事はさん付けしなくていいよ。これからここで暮らしてくんだし」

「ふぇ?」

 あっけにとられた顔をする彼女。

「だって家以外に行く場所ないし、それに元はと言えば、こうなった責任はヒロ兄にあるわけだし、私にもお姉ちゃんができるし」

「おい最後お前の願望入ってるじゃねぇか」

「ヒロ兄は黙ってて。だからさ、家で暮らそうよ。親にはこっちから言っておくし、ね?」

 まぁ、鈴の意見にも一理ある。なら俺が反対する理由はない。

「私、ここに居てもいいんですか?」

 不安げに揺れる瞳で俺を見つめてくる彼女。鈴は鈴でさっさと答えろと言わんばかりに睨み付けてくる。怖いからやめんか。

「反対する理由はないし、好きなだけいるといいさ」

「ありがとうございます!」

 咲き誇らんばかりの笑顔を向けてられ、俺は顔をそらしてしまう。

「あ、ヒロ兄照れてる」

「黙らしゃい。それはそうと鈴」

「ふぉうかふた?」

 リスの様に頬を膨らませながら答える鈴。みっともないからさっさと食えよ。

「時間、大丈夫か?」

 先述したとおり鈴は今制服姿。となれば必然的に学校に行かなければならない訳で。

 普段は八時前には必ず家を出発するが、今はその時間を少し過ぎたところ。遅刻ギリギリのラインだろう。

 時計を見た鈴は凍りつき、一拍置いて。

「行って来まーーーーーーーーす!」

 脱兎のごとく駈け出して行った。

「あの、博さんは行かなくていいんですか? お部屋に鈴ちゃんと同じような服がありましたけど」

 俺と鈴は同じ学校に通っている。俺が三年で、あいつは二年。本来なら俺もすぐに行くのが当然なのだが、遅刻の常習犯である俺にそんなことは関係ない。

 鈴が毎朝起こしに来てはいるが、行動の遅い俺につき合わせて遅刻魔にさせるわけにもいかず、いつも先に行かせているというわけだ。

「今から急いだって俺は遅れるだけ。無駄な体力を使うよりかはましだ」

「それじゃいけません。今度からは鈴ちゃんと同じ時間に行けるように、私が起こしてあげますからね」

「期待せずにしておくよ」

さて、飯も食い終わったし行くとするか。

「んじゃ、着替えたら行ってくるよ」

「はい。気を付けてくださいね」


   *

 

 教室に着くと、一限目終了ギリギリ。教科担当からいつも通りのキツイお叱りを受け、只今二限目に向けての休み時間。

「木ィイイイイイイ原クゥウウウウウン!」

 後方から近づいてくる足音。ギリギリまでひきつけてから足を横へちょっとだけ出すと。

「あっ」

 机や椅子を巻き込み派手な音を立てながら、男子生徒がずっこけた。

「痛いじゃないか木原君! 何で足引っ掛けたのさ!」

「お前が朝から大声出すからだよ、邦枝」

 邦枝(くにえだ) (あき)。悪友兼弄られ役である大事なストレス解消源である。

「ねぇ今とてつもなく失礼なこと言わなかった!」

「知るかボケ」

 小学生と見紛う程の背丈、同じくかなり幼い顔。脳みそもそこから進化していないような頭の中をしている邦枝は、一部の女生徒から需要がある。女子との関わりがない俺としては、凄く憎たらしいったらありゃしない。

「それにしても、今日も遅かったね。理由はいつも通り寝坊?」

「まぁそんなところだ」

「このままだと出席日数足らなくて木原君留年しちゃうよ? やだからね、一緒に卒業できないのは」

「はいはい、分かったから」

 時間を見ると、そろそろ二限目が始まろうとしている。

「さっさと机と椅子、直しておけよ」

「木原君手伝って~」

 目に涙をためながら懇願してきたが、それを一蹴し俺は授業の準備に取り掛かった。

 その後も特筆する様な事はなく、昼まで時間は流れる。

 いつもなら鈴が弁当を作ってくれるのだが、いかんせん今朝は色々とバタバタしすぎた為弁当がない、即ち、昼食がない。

 こういう時はいつも購買を頼る……予定だったのだが。

 席を立ち目的地へ行こうとしてふと外を見れば、どっかで見た事ある様な姿が校庭にいる。

「おいおいまさか」

 廊下を小走りで移動し、向かう先は昇降口。靴を履き替え外に出てみれば案の定、自称彼女さんがいらっしゃった。

 彼女の手には包みが二つ握られている。

「あ、博さん」

「『あ、博さん』じゃねぇ、アンタ一体何しに来たんだよ」

「あ、そうでした。お弁当を届けにきたんです」

「は?」

 出てきた答えに、俺は素っ頓狂な声で答えてしまう。と言う事は、その手に握られている包みは彼女が作ってくれた弁当だというのだろうか?

「自分でもよく分からないんですが、作らないといけない気がして。持ってきちゃってました」

「持ってきちゃいましたって、ここまでの道のりはどうしたんだよ」

「色んな人に聞いてきました」

 堂々と言うなよ。

 しかし、どうする俺。クラス戻ったら戻ったで冷やかし食らうだろうし。かと言って戻らない訳にもいかないし……。

「あ、鈴ちゃんのお弁当も作ってきましたので、渡してもらってもよろしいでしょうか?」

 この子はこの子でマイペースに話を進めてきた。

「何はともあれ、ありがたく頂いておくな」

 包みを受け取ると、彼女はどこか気恥かしそうにうつむいた。

「あの、味の保証はできませんので、あまり期待しないでくださいね? なにぶん初めて作ったものなので」

「あいよ」

 踵を返し帰ろうとした時に、後ろから声をかけられる。

「帰ったら感想、聞かせてくださいね。今後の参考にしたいので」

 どうやら今日だけでなく、明日からも作ってくれるらしい。これは嬉しい限りだ。

「分かった。んじゃ、気をつけて帰れよ」

「はい」

 その言葉でお互い踵を返し、俺は教室へ、彼女は自宅へと戻っていく。

 さて、鈴に弁当渡して教室に戻ってきたはいいのだが。

「木原!あの可愛い子誰だ!? 教えろ!」

「お前鈴ちゃんに飽き足らずあんな可愛いこまで!」

「木原あの子君の彼女か?」

「違ったら俺に寄こせよバカ野郎!」

「お前その手に持ってるの、まさか弁当か!?」

「何!? ならおかず俺に一つよこせ!」

 などなど、意味のわからない質問ばかりを男勢が言いだす。

「あー、もぅ。面倒くさい」

 まぁ予想してなかった訳ではないが、その斜め上を行く熱気だ。

「木原君、あの事どういう関係?」

 くそっ邦枝の野郎、面倒な質問掛けてくんじゃねぇよ。

 しゃぁねぇ。もう俺も腹くくるか。

「あいつは俺の……大切な存在だ」

「「「「な、何だってぇええええええええええええええ!」」」」

 そのとき、俺のクラスが揺れた。

「ほへー。木原君随分大胆な事言うんだね」

「事実言っただけだ」

 糞恥ずかしいがな。

 その後も筆するようなことは起こらずに弁当を美味しく頂き、午後の授業を終えて帰宅した。

「ただいま」

「あ、お帰りなさい」

 彼女の声が聞こえたかと思うと、こちらへ足音が向かってきた。

 そして現れたその姿に、俺は言葉を失う。

「今御夕飯を作っているところなんです」

 長い髪はゆるく巻かれ、先の方をリボンで縛り前へと流している。朝と同じ服の上からエプロンをつけお玉を持つその姿。

 あえて言おう、ここに楽園(エデン)はあったのだと。

 何だこれは、凄く似合いすぎているじゃねぇか。いかん、まともに彼女の事見れなくなった。

「どうかしましたか?」

「いや、問題ない。それより料理の方は大丈夫か?」

「あ!」

 どうやら焼いたり煮るなりする料理をしていたらしい。急いでキッチンへと彼女は戻って行った。

「あ、ヒロ兄。先に帰ってたんだ」

 急に後ろから声がかけられ振り返ると、そこには鈴が立っていた。

 俺もこいつも得に部活やってない。俺はただ単に面倒なだけでやっていないが、こいつは知らん。

「おう。それはそうと、お前昼飯どうだった?」

「……正直自信をなくすほど美味しかったです」

 どうやら俺達は同じ感想に至ったらしい。


   *


「で、名前はどうするの?」

 食事を終えて鈴は俺の隣にいる彼女を見る。

「一応決めてきた。まぁ、在り来たりになっちまったが」

 期待を込めた視線が一気に注がれる。いてぇ。

「名前は……桜花。椿木(つばき) 桜花(おうか)でどうだろうか」

「おぉ!いいじゃんその名前!」

 どうやら鈴には好評だが、本人を見てみると。

「桜花……桜花、ですか」

 とても優しく、美しい笑顔を浮かべてくれた。

「博さん、ありがとうございます。名前、大事にしますね」

「お、おぅ」

「あ、ヒロ兄照れてる~」

「五月蝿い!」

 こうして、賑やかな夜は更けていく。

 そして、それからの生活もにぎやかで楽しいモノとなった。

 まだ桜が咲いていた時は、こいつらと花見に万年桜の元に行った。

 夏には、邦枝も混ぜて四人で海に行った。夏祭りもあったが、それは桜花と一緒に歩いて回った。

 秋には、桜花と遊園地でデートをした。在り来たりだが、とても幸せな時間だった。

 冬には親が来て、桜花を紹介した。孫の顔を楽しみにしていると言われた時は、俺も桜花も顔が真っ赤だったのを覚えている。

 そして季節は巡り、また万年桜が花を咲かせた。

「おはよ、木原君」

 卒業間近になったこの頃、教室で席に座っていると邦枝に声を掛けられた。

「いやー、毎日早いね。これも桜花ちゃんのおかげだね」

「まぁ、な」

 振り返るのは去年の春。

 あまりにも寝坊が多い俺にしびれを切らしたのか、毎朝早くに起こすようになり、今では彼女が俺を起こすのは日課になっている。

 おかげで学校にはもう遅刻する事がなくなった。

「献身的な奥さんだね~。これなら夫婦生活も円満かな?」

「バッ、お前何言ってんだよ!」

「お、照れてる照れてる」

 ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべる邦枝。

「……そう言うのはまだ早ぇよ。まともに稼げる様になってから、俺の方から願い出るつもりだ」

「そう言えば、木原君大学行くんだよね」

「大学でないと言い給料もらえないんだよ」

「ありゃりゃ、意外としっかり考えてるんだ」

 なんかムカついたら殴っておいた。

 丁度担任も来たので、俺はそちらに耳を傾ける事にした。


   *


「今帰ったぞ」

 玄関に入ると、桜花が出迎えてくれた。

「お帰りなさい。もう少しでご飯出来ますからね」

「おぅ。それなら着替えてから行くわ」

「はい」

 満面の笑みでこたえる桜花。その顔を見ると、頬が緩むのが自分でもわかる。

「鈴ちゃんがお部屋で宿題してるので、下に来る時に呼んでもらえますか?」

「了解」

 自室で部屋着に着替え、俺は鈴を呼ぶ為にあいつの部屋へ。

「鈴、晩飯だから下降りて来い」

『はーい』

 階段を下りて、居間につくといい香りが俺の鼻をくすぐる。

「丁度良かったです、今ご飯が出来ました」

「ありがとうな」

「いいえ、私にはこれぐらいしかできませんから」

 そっと桜花を抱きしめると、彼女も抱き返してくる。

 やがてどちらからともなく顔は近付いて行き、そして……。

「あ、お邪魔しました」

「「っ!」」

 あと少しと言う事で、鈴が入ってきた。とっさに手を話し、お互い距離をとる。

「こりゃ夫婦になった時は何時までもラブラブだろうね~」

「茶化すな鈴! ほら桜花、お前からも何か言ってやれ!」

 隣に居る桜花を見てみると。

「あ、あぅあぅ」

 顔を赤らめながらモジモジしてらっしゃいました。

「はぁ、私も早くいい人見つけないとなぁ~」

 こうして、何事もなく日々は過ぎていく筈だった。

 筈だったのに。

 異変は唐突に起きた。

 その日は桜花が料理をする姿を後ろから見ていた時のことだった。

 体が微かにだが揺れている。雰囲気もどこか危うい。

「桜花、お前大丈夫か?」

 そう声をかけた時だった。

「…………」

 桜花が、倒れた。

「桜花!」

 駆け寄って抱きあげると、コイツの体はとても熱かった。

「お前、どうしてこんなになってんのに言わないんだよ!」

「心配……掛けられませんから」

 弱々しく小さな声で、桜花は呟く。

「とりあえず、お前の部屋行くぞ!」

 急いで連れて行き、ベッドへと寝かせる。

「ちょっと待ってろ、今解熱剤持ってくるからな」

 そう言って部屋を出ようとした時だった。急に手を掴まれる。

「博さん……お願が、あります……」

「どうした?」

 側にならこの後いてやるつもりだし、それこそコイツがして欲しいと言えば何だってやってやるつもりだ。

「二人で桜……見に行きませんか?」

 そう言って、桜花は儚げに微笑む。

「……あぁ、分かった」

 他人からしてみれば、病人を外に連れ出す事など以ての外。

 だが俺は確かに感じていた。今ここでこいつの願いを叶えてやらないと、俺は一生後悔すると。

 ベッドに居る桜花を抱きかかえ、俺は歩きだした。


   *


「桜花、着いたぞ」

 背中に居る桜花に、俺は声をかける。

「やっぱり、綺麗ですね……」

 大多数が散っているが、まだ花が微かにのある万年桜は枯れてもなお、その迫力を十分に誇っていた。

「博さん……この桜って、お願いを叶えてくれるんでしたよね……」

「あぁ」

「なら、私もお願いしちゃいましょうかね……」

 ハラリと、残っている華弁が落ちて行く。

「桜花……!?」

「博さん……貴方にずっと幸せが訪れますように……」

 ふざけんなよ、何満足そうな顔してやがるんだ。俺はまだお前にしてやらなくちゃいけないことが山ほど残ってるんだ。

「博さん……私はずっと、貴方の側にいますからね」

 最後の一片が、落ちて行く。

 すっと、彼女の腕が俺の頬に伸びてくる。そして、彼女の唇が俺の口へと導かれる。

「私はずっと……貴方を愛しています……」

 ふれあった直後に、彼女の重みが完全に消えた。腕の中に残るのは、彼女の温かさだけ。

「お、うか?」

 なんだよ、言うだけ言って消えやがって。

「桜花ぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」

 俺の叫び声は、全てを落とした万年桜の前で虚しく響いた。


   *


「ちっ、やはり失敗か」 

 たくさんのモニターが並ぶ部屋の中に、男が椅子に座ってそれらを鑑賞している。

 彼は白衣をまとっており、憎々しげな瞳でモニターを見つめる。

 殆どのモニターには何も映っておらず、ただ黒い画面のまま存在するだけ。その中でたった一つだけ、映像が映っている。桜吹雪が舞う中で声を荒げ泣き叫ぶ、男とよく似た顔立ちの少年の映像が。

 部屋の中は錆ついた鉄の匂いが一面に立ちこめている。

「何故どの世界でも上手くいかんのだ。やはり、願いを接触するまで持っている事が大前提ではいけないのか」

 男の膝の上にはノートパソコンが。ディスプレイには大量のアルファベットと無数の数式。

「試していない事象はこれのみ。なれば実行してみる他あるまい」

 まるで、それ以外の事柄は全て試したと言わんばかりの口調で、男は指を動かす。

「数多の世界の中で、失敗しない選択を選んだ記憶を入れさえすれば、この実験は成功する」

 一通り動きが止まると、無数のモニターに一斉に映像が映し出される。

「そうだ、数ある並行世界を疑似的に生み出せば、必ずや成功の未来が訪れるのだ……!」

 モニターを確認して男は席を立ち、自分の後方へと歩いて行く。

 そこにあったのは大きな卵状のカプセル。中が見えるようにガラス張りにされており、内部は透明な緑色の液体で溢れている。

 その液にひっそりと佇む、一人の少女。歳は十七、八くらいで、明るい桃色の長髪が桜の花びらの様に広がっている。

「待っていてくれよ、もうすぐ会えるからな……」

 狂気に満ちた瞳で、男は慈愛を込めて言葉を放つ。同時に、少女の頬を撫でるようにカプセルに手を触れる。

「鈴、これも全てお前のおかげだ……」

 少女の頬を撫でるように、男は優しくカプセルを撫でる。その下は、どす黒いシミで染め上げられている。

 カプセルの下にはプレートがあり、ローマ字で少女の名が刻まれている。

 ―――“Ouka ”、と。


おはようございます、こんにちは、こんばんは。

今回はテーマを決めて書いてみました。

まず「春」、次に「桜」、最後に「願い」。この三つがテーマになっています。

はい、言わないでください。これなんてダ・〇ーポ?とか、内容が鍵作品じゃね?とか。

内容に関してですが、本来この作品は長くなる予定でした。ですが、製作期間と私のポテンシャル上でこんな風になってしまいました。

あとは、書いてるうちに、バットエンドの練習でもするか、と考えたことでこの作品が完成したのです。

今度はもっと、計画的に作業を進められるように、内容ももっと面白くなるようにできればなと考えています。

最後に謝辞を。

 今後共々、皆様が面白いと言って頂ける様な作品を書きつづる為、努力していきます。どうぞよろしくお願いいたします。

 では又、次の機会に。


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