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三叉路

三叉路 ROAD2

作者: 恵/.

 時が過ぎ、季節が巡る。

 始まりの春は、新緑の夏となった。

 生命がより一層活発となる季節。

 件の彼らは、どうしているのだろうか。


  ◇◇◇


 七月の中旬。ここ「板橋学園」の生徒は皆、翌日に控えた夏休みが待ち遠しいようだ。言うまでもなく、それは彼らも同じである。



「ねーねー、まおちん。夏休みどうする?」

 彼女は楠川仁奈。この学園の一年生だ。艶やかな黒髪を右側に纏めた、サイドポニーが印象的な少女。どこか幼さが残るその顔には、眩いばかりの笑顔が浮かんでいる。

「まず宿題だな。宿題を終わらせる。後はバイトで金を稼いで、今後のために貯蓄する」

 彼の名は陰陽魔緒。同じく一年生だ。すらっと細長い体躯と白髪の短髪、真紅の瞳が一際目を引く少年。実は魔術師であり、猫田魔似耶という少女の人格を持っている稀有な存在。その辺りは、「三叉路ROAD1」を参照してくれればありがたい。

「とてもまともで面白味のない夏休みの過ごし方ね」

 そして彼女が清田七海。言うまでもなく一年生。仁奈の双子の姉だが、髪が左側で結わえてあることや、目付きがやや鋭い所が彼女とは異なる。何故姉妹なのに名字が違うのかという疑問も、「三叉路ROAD1」を参照してくれれば幸いだ。

「えー? そんなのつまんないよ」

「夏休みなんてのは宿題地獄だからな。厄介ごとは潰しとくに限る」

「それもそうかも」

 わいわいがやがや。いつの日の教室であったとしても、必ず見られる光景だ。とても微笑ましく、平和な世界。世の中の血生臭い話など、この空間ではまったくの無縁である。



  ◇


 ……そんなこんなで、放課となった。



「じゃあね、まおちん」

 今日の仁奈は、いつもより早めに教室を出ていった。もっとも、今日は授業がないので、それも当たり前なのだが。

「やけに帰るの早いな」

 そんな仁奈を見送る魔緒。

「何よ、そんなにあの子のことが気になるの?」

 七海がいつの間にか、魔緒の背後に立っていた。クラスが違うはずだが、いつの間に?

「いいだろ、別に」

「ふ~ん」

 ニタニタと、嫌味な笑顔の七海。魔緒はそれを見て、顔を顰めた。

「お前まさか、妬いてるのか?」

「そうね。そんなとこかしら」

 自惚れた質問だと思って訊いてみたら、肯定されてしまった。

「嫌がらせにも程があるぞ」

「あら、心外ね。私こう見えて、嘘は吐かない主義よ」

「だったら余計に質が悪い」

 魔緒は嘆息を漏らす。どうも七海は、魔緒に好意を持っているようなのだ。だがしかし、当の魔緒は七海をよく思っていない。理由は不明だが、いつ先日「お前なんか大嫌い」宣言(署名、捺印済の誓約書付き)をしていたので、好意的に見ていないのは確かだろう。

「嘘は吐かない主義ついでに。私は陰陽魔緒に一生を捧げるつもりです」

「捧げなくていいから。もっと別の、素敵な誰に捧げてやってくれ」

「あら、貴方も十分素敵よ」

「……もうどうでもいい」

 机に突っ伏せる魔緒。まともに相手をしても疲れるだけだと判断したようだ。

「じゃあ早速婚姻届を―――」

「性急過ぎるわ。人生を左右する決断を相手の承諾を得ずに勝手にするな。大体、俺はまだ十八になってないから結婚は無理だ」

「なら婚約」

「お断りだ」

 いくら疲れているとは言え、そこまで話が進むと突っ込まずにはいられないようだ。というか、七海のキャラが崩壊しすぎな気もするが。

「だったら、仁奈と婚約しとく?」

「それもいらん」

「……マジで?」

 七海もさすがに、相手が仁奈なら即答はないと思っていたようだ。

「いくらあいつの姉だからって、お前がどうこう言う問題じゃない。それに、婚姻が云々とかいうならまず憲法と民法を勉強しろ。憲法第二十四条第一項「婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない」とか、民法731条の婚姻適齢とか、民法737条の未成年者の婚姻についての父母の同意とかについてな」

「そこまで法律に詳しいとは思わなかったわ」

「どうしても法に触れることもするからな。とりあえず憲法、刑法、民法、刑事訴訟法、民事訴訟法、周辺自治体の条例くらいは網羅している」

「凄い努力ね……」

 努力の方向が間違ってる気もするが。

「その流れで、「悪女の見分け方」シリーズと「しつこい女の躱し方」シリーズも読破してしまったがな」

「何そのシリーズ? ていうか、何で今言うの?」

「今の状況に合ってるからだ」

「どういう意味よ! 私がしつこい悪女だって言うの!?」

「オンラインRPGの称号風に言うと、「しつこい妄言女+α」が一番しっくり来るな」

「妄言!? 私の言うことそんなに妄言に聞こえるの? てか「+α」って何よ! そんな称号貰いたくないわ!」

「相手を指名するチャットで特定人物に適当な文字の羅列を1GBに渡って送信し続けた女キャラに与えられる幻の称号」

「長っ! 1GBって全角文字で五億文字はあるのよ! 送りきる前に相手がログアウトするわよ絶対! てか既に妄言ですらない!」

「その効果はパーティーメンバーに常時怪文書とデメリット効果を送りつけて味方の行動を阻害して更には嫌われてしまうという努力に見合わない残念なものだが」

「誰が使うのよその称号?」

「まあ、53.72106%は嘘だが」

「中途半端ね! どこからどこまでが嘘か分からないわ!」

 ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ、と息を切らした七海。突っ込み過ぎたのだろう。

「結構アレな内容もあったのに、よくついて来れたな」

 魔緒は感心を通り越して、呆れてさえいるようだった。

「はぁ……。で、結局何の話だっけ?」

「知らん」

 どうやら、都合の悪い話は忘れてくれたようだ。



  ◇



「ただいま」

 魔緒は玄関の扉を開いた。どうやら帰宅したらしい。

「……ん?」

 靴を脱ごうとして、違和感を覚えた。玄関に、見覚えのない靴があるのだ。小さな革靴で、サイズは22センチくらいだろうか。因みに、この家の者で最も靴のサイズが小さいのは魔緒の母親で、24センチである。つまり、この靴は来客を示しているのだろう。

 という所に思い至った辺りで、奥のほうから中年女性が姿を現した。

「あら、魔緒。もう帰ってたの?」

 陰陽佳代子、魔緒の母親である。描写は面倒なので、読者自身の母親の姿を宛がうといい。もしくは、その辺の小母さんでもいい。そのくらい平凡な見た目だ。

「今日は帰るの早いって言ったはずなんだが」

「そう言えば、そんなことも言ってたような」

「聞いとけよ」

 年のせいなのだろうか。いくつか知らないが。

「それより、あなたにお客さんよ」

「客?」

 さっきの靴の持ち主だろう。

「リビングで待って貰ってるから、早く行きなさい」

「へいへい」



 魔緒はリビングの扉に手を掛けると、音を立てないようにゆっくりと開いた。客とやらは魔緒を待っているはずなのだから、音を消す必要はないと思うのだが。何故か忍び足でリビングに入り、来客用のソファへと向かう。客を、驚かせるつもりなのだろうか。ソファは丁度リビングの奥を向いているせいか、来客は魔緒に気づかないでいる。このことも考えに入れて、行動しているのかもしれない。

「お待たせ」

「きゃっ!」

 来客は案の定、悲鳴を上げて飛び上がった。

「どうしたんだよ、家まで来て」

 魔緒はそれに構わず(自分で驚かせて自分でスルーとは……)、対面の席に座る。

「……まおちん」

 魔緒と向かい合うように座っている少女、仁奈は、喜んでいるような、拗ねているような、泣いているような、何だか良く分からない表情をしていた。

「単に遊びに来た、って言うなら構わねえ。けど、何か事情があるなら、先に話せ」

 いやいや、来客用の菓子を食いながら言っても、全然様になってないぞ。却って苛つくだけだ。

「……うん」

 おい、突っ込まないのか。それとも突っ込む気力もないのか。そんなに重大な事情があるのか。


 という傍観者の声は、無論登場人物たちには届かず。よって、ここからは仁奈の回想である。



  ◆



「ただいま」

 何ヶ月か振りの「ただいま」。普段は家に誰もいないから、一々言わない。けど今日は、いる。今となっては、姉を除いた、唯一の家族と呼べる人が。

「おかえり。早かったじゃない」

 奥から出てくる妙齢の女性。私の叔母だ。因みに、ここは彼女の家。私は彼女の家に居候している身だ。もっとも彼女は仕事が忙しく、滅多に家にいないのだが。

「今日は早く帰れって言ったの、そっちでしょ?」

 そう。今日はこの叔母に、早く帰るように言われていた。そうじゃないなら、折角のまおちんと過ごせる時間を削ってまで、早く帰ったりはしない。

「そうだったわね」

 まったく、自分から言っておいて何なんだろうか。



「話があるの」

 昼食後、叔母がそう切り出した。

「何? そんな改まって」

 もしかして、出てって欲しい、とかじゃないよね? それだと本気で困る。私にはもう、頼れる人がいないから。

「学校のことなんだけど」

 なんだ学校か。でも、学校がどうしたんだろう。赤点はギリギリ免れたはずだけど。

「二学期から転校させるから」

 ……え?

「転校」

 私が理解できていないのを見透かしたのか、もう一度その単語を口にする。転校、という言葉を。

「誰が?」

「あなたが」

「いつ?」

「二学期から」

「どこへ?」

「近くの別の高校」

「どうして?」

 who、when、whereと来て、whyの部分で止まった。

 数分程経って、やっと叔母が言葉を発した。

「あなたの通ってる学校、教師や生徒が失踪してるらしいじゃない」

 それは、まおちんが「亡者」っていうのを退治してた時の話。正直、あの後まおちんがしてくれた説明でも、全部理解した訳じゃない。寧ろ、殆ど分からなかった。

「そんな危ない学校に、いつまでもあなたを置いとけないわ」

 だけどそれは、まおちんが解決した話。だからもう、学校は危なくなんかない。

「丁度夏休みに入るし、その間に転校の手続きを済ませるから。いいわね?」

 ……いいわけない。折角お姉ちゃんと仲直りしたのに。それに―――

「……嫌」

 それに―――

「嫌、じゃないわよ。これはあなたのためを思って―――」

「嫌!」

 気づけば、叫んでいた。

「絶対に……、絶対に嫌!」

 そして、私はそこから、逃げ出していた。家を飛び出し、ただひたすら走った。どこをどう通ってきたかなんて、覚えてない。けど気が付いたら、まおちんの家の前にいた。前に家の場所を教えてもらってたからかもしれない。けど、そんなことはどうでも良かった。

 気が付けば、私はその家のインターホンを押していた。



  ◇



「それで、まおちんのお母さんがここで待ってなさいって」

 その頃仁奈は、回想の内容を魔緒に説明していた。

「なるほど。母さんがやりそうなことだな」

 大方、自分と同年代だから、友人か何かだと思ったのだろう。そんな状況で飛び出してきたのなら、余程泣きじゃくっていたのかもしれない。それならば、家に招いたとしてもおかしくない。あの母親ならありうる。と、魔緒は結論付ける。

「ま、家は来客大歓迎だから、ゆっくりしてけよ」

 とりあえず着替えてくる。魔緒はそう言うと、自室へと向かった。



「……おい、魔似耶」

 自室の鏡の前で、呟く魔緒。

「楠川の奴、どう思う?」

 そして魔緒は手元の本を開く。この本は魔道書。彼が魔術師である証であり、その力の根源である。

「魔術解放」

 魔緒の体が淡い光に包まれ、それがすぐに落ち着く。ただし、そこにいるのは魔緒ではない。

「にゃ~。難しい質問なのにゃ」

 長身に合わせた女子の制服に、白髪の色に合わせた猫耳。くりくりと愛らしい、紅い瞳。彼女は猫田魔似耶。魔緒の内に潜む、もう一つの人格である。

「仁奈ちゃんは、離れたくないのにゃ。七海ちゃんとも、魔緒とも。だけど、自分を引き取ってくれた唯一の親戚に言われたら、うまく言葉に出来なかったのかもしれないのにゃ。ここはやっぱり、落ち着くまで一緒にいるべきにゃ」

 魔似耶はそう言うと、目を閉じて魔道書を開く。

「魔術解放」

 魔似耶の体が淡い光に包まれ、すぐに落ち着く。今度は、魔似耶ではなく魔緒がそこにいた。

「……やっぱ、そうなるよな」

 魔緒は嘆息した。もう一人の自分である魔似耶に意見を仰いだものの、分かったのは彼女も自分と同意見ということだけ。

「ま、あんまり考え過ぎるのもあれか」

 魔緒は手元の魔道書を閉じると、速やかに部屋を出た。



「立直、一発、平和に断公九、赤ドラ二枚に裏ドラ二枚。倍満だから二万四千点な」

「ま、まただ……」

 何故か魔緒は、仁奈と二人麻雀に興じていた。しかし、先程から魔緒が和了り続け、仁奈は得点がなくなった。因みに、仁奈の点がなくなるのはこれで三回目である。

「まおちん、イカサマしてない?」

「失礼な。俺は最低でも満貫で和了ってるだけだ。因みに、俺の自慢は家族でやった麻雀大会で四槓子と九蓮宝燈と緑一色を叩き出したことだ」

 それはどれも、難易度の高い役ばかりだ。てかこいつ何者?

「さすがに天和や地和、人和はないがな。得意なのは海底摸月、それも最低ドラ二枚と適当に二役付けてな」

「……」

 唖然呆然。あまりの格の違いに、声も出ない様子。麻雀に詳しくない読者は、「魔緒は相当の手練れ」という風に解釈して欲しい。それにしても、何故麻雀に興じているだろうか。

「ま、練習すれば嶺上開花連打くらいはできるさ」

 いや、普通無理だ。というか、フォローが大変なので麻雀ネタはやめてくれ。

「それはそれとして、そろそろ別のことでもしようぜ。いい加減、二人麻雀にも飽きてきた」

「うん」

 そうしてくれると助かる。と思ったのも束の間。

「五光」

「……」

 花札で敗れ。

「ロイヤルストレートフラッシュ」

「……」

 ポーカーではボロ負け。

「チェックメイト」

「……」

 チェスで負かされ。

「王手」

「……」

 将棋でも勝てず。

「ジャンケンポン」

「……」

 挙句、じゃんけんですら勝てない仁奈。

「こりゃ、運や知略が絡むゲームはできないな」

 というか、魔緒の運が異様に良すぎる気がする。将棋やチェスは仕方ないにしても、ギャンブルがここまで極端に強いのは明らかにおかしい。

「……」

 本日、後半からテンション駄々下がりの仁奈。何をしてもまったく勝ち目がないのでは、幾らなんでも酷すぎる。

「やっぱ、ゲームじゃなくてDVD鑑賞にしよう」

 そう言って、テレビの横の棚からDVDを選ぶ魔緒。因みに、そこにあるのはアニメのDVD(魔法少女もの)とドラマのDVD(時代劇)、そして映画のDVD(主にSF)等だ。ジャンルが散りすぎて、非常に混沌としている。

「んじゃ、これ行っとくか」

 魔緒が持ってきたのは、大河ドラマのDVD(数年前に放送した、前田利家が主役)だった。どういう意図で、そんなのを選んだのだろうか。



  ◇


 ……三十分後。



「……」

「……」

 二人は特に会話もなく、前田利家(幼少期)を眺めていた。

「……」

「……」

 何か喋って貰わないと、間が持たないのだが……。

「……」

「……」

 そこまで見入らんでも。



  ◇


 ……更に三十分後。



「……」

「……」

 更に会話もなく、賤ヶ岳の戦いの場面を眺めている。たった一時間で、どんだけ進むんだこのドラマ。



  ◇


 ……また更に三十分後。



「……」

「……」

 二人は、泣いていた。ただ静かに、泣いていた。前田利家が死去した場面で、それはもう泣いていた。

「……」

「……」

 いやいや、このドラマ一時間半で終わるのか。早過ぎるにも程があるだろ。しかも内容が薄すぎて、特筆するほど感動する要素なかったぞ。

「……利家」

「……あんた、最高だぜ」

 一体、どっからそんな感想が?



  ◇


 ……感動の余韻が消えた頃。



「ほら」

 戸棚からクッキー缶を取り出す魔緒。

「わーい」

「ア二×○トで見つけた特製クッキーだ。好きなだけ食え。ただし、晩飯食える程度にしろよ」

「はーい」

 まあ、缶に描かれている絵に関してはノーコメントで。

「紅茶はアッサムしかないが、それでいいか?」

「うん」

 紅茶とクッキーで優雅に談笑。

「これおいしー。ばくばく」

「そんなにがっつくな。それから、ばくばくとか実際に言わんでいい」

 とは、言えないようだ。



  ◇


 ……日が沈みだした頃。そろそろ夕食の時間だ。



「ご飯よー」

「「はーい」」

 母に呼ばれ、二人揃ってダイニングテーブルに腰掛ける。

「はい仁奈ちゃん。あなたのお箸」

「ありがとうございます」

「それじゃあいただきます」

「「いただきます」」

 今日の献立はハンバーグだ。やはり、ハンバーグにはデミグラスソースが一番だと思う。

「おいしー」

「ふふ、どういたしまして」

「母さん、手袋三重にして肉こねるからな」

「えっ、まおちん潔癖症?」

「そのほうが肉に熱がいかないんだ。一番外側は断熱材で出来てるしな。加熱前に余計な熱が加わるのはあまりよくない」

「へー、そうなんだ」

「仁奈ちゃんも、お嫁さんになったら作るようになるわよ。ハンバーグ」

「えっ! おおおお嫁さん!?」

「何うろたえてるんだ?」

「あらあら」

 見てて羨んでしまうくらいに、楽しそうだ。



  ◇


 ……夜。仁奈の寝床を整えることに。



「じゃあ、布団はこれね」

「はーい」

「ちょっとまて」

 魔緒の声に、仁奈と魔緒の母が振り向く。

「何故こいつが、俺の部屋で寝ることになってるんだ?」

 仁奈は、魔緒の部屋で布団を受け取り、そのまま床に敷こうとしている。

「だって、あなたのお客さんじゃない」

「そういう問題じゃない」

 年頃の、しかも親族でもなんでもない男女が同じ部屋で寝泊りするのはどうなのかと、母親に進言するが。

「あら、年頃ならいいじゃない」

 一体どこから、そんな結論が出てくるのだろうか。

「てかお前も、何か言え」

「何か」

「おい」

 そういう意味ではないと思う。

「だって……、ねえ?」

「ねえ? じゃねえよ」

 とは言ったものの、現在陰陽家で最大権力を持つ魔緒の母と、実際に泊まる仁奈が了承している以上、どうしようもない。


 という訳で、仁奈の「どきどき☆二人っきりのお泊り会」がスタートした。



 ……と思ったのも束の間、あっという間に消灯となった。



「ねえ、まおちん」

「何だ?」

「寝るの早くない?」

 現在時刻は午後九時半。寝るには少々早いかもしれない。

「夜更かしは美容の敵だぞ」

「そうだけど……」

 因みに仁奈の、高校生になってからの平均就寝時刻は、零時前後である。

「魔術師は脳を疲弊するから、睡眠時間が必要なんだ」

「へー」

 なら仕方ないと、仁奈も眠ることにした。

(もうちょっと、色々期待したんだけどな……)

 とは言うが、魔緒が相手では仕方ないだろう。隣(仁奈は床で、魔緒はベッドの上だが)で異性が寝ているというのに、もう寝息を立てているのだから。



  ◇


 ……翌朝。本日も快晴。



「……んっ」

 仁奈は身を捩り、むくりと起き上がる。

「……あれ?」

 見慣れない景色。見慣れない部屋。見慣れない布団に、見慣れない寝巻き。ぐるりと目線を回していく。

「……そっか。まおちんの家だった」

 そこでやっと、魔緒の家に泊まっていたことを思い出す。

「……まおちんは?」

 隣のベッドを見やるが、そこに彼の姿はない。先に起きたのだろうか。

「……起きよう」

 寝起きのせいか、テンションの低い仁奈であった。



「よう」

「……まおちん」

 洗面所にて、魔緒が歯を磨いていた。

「お前の歯ブラシこれな」

「……うん」

 魔緒と並んで歯を磨く仁奈。

「……」

「……」

 無言の二人。歯を磨きながらだと、喋りづらいからだろうか。

「……」

「……」

 終わるまで待とう。



「よく眠れたか?」

「……うん」

 その割には眠たそうな仁奈。大方、隣で魔緒が寝ているせいで、ドキドキして眠れなかったのだろう。

「それじゃあ、さっさと着替えろ。そろそろ朝飯の時間だ」

「うん」

 どうやら、テンション駄々下がりモードからは脱出したようだ。



 ……そして朝食。



「「いただきます」」

「はい、どうぞ」

 白米、味噌汁、焼き魚、漬物までついた和風朝食。最近では却って珍しい朝食だ。

「それで、今日はどうするの?」

「ん? そうだな」

 魔緒は顎に手を当て考える。

「とりあえず、こいつの着替えと、宿題を取りに行かないとな」

 その言葉に、仁奈は顔を顰めた。

「え~? 着替えだけでいいよ……」

「そういう訳にもいかんだろ」

 夏休みの宿題は、鬱になりそうなくらいの量がある。早めに終わらせないと、なかなか終わらない。

「それにだ。転校、したくないんだろ?」

「……うん」

「あらあら、青春ね」

 そんな二人の様子を、魔緒の母は微笑ましく眺めていた。



  ◇


 ……そんなこんなで、仁奈の家の前までやって来た二人。



「で、部屋の場所はどこだ?」

「えっとね、あそこ」

 仁奈は二階の窓を指差す。

「よし。そんじゃ、入るとするか」

「どうやって?」

「どうやって、って」

 魔緒は、正面玄関の扉に手を掛けた。

「さすがに、よじ登る訳にはいかないからな。普通に入り口から入る」

「見つかっちゃうよ?」

「安心しろ。魔術で隠れてる」

 魔緒はまったく躊躇せずに扉を開き、仁奈をそこへ引き入れる。

「靴はちゃんと持ってけよ。見つかったらばれるから」

「うん」

「後、音は話し声くらいしか消せないから、物音立てるなよ」

 兎にも角にも、仁奈の家に侵入した。



「ほら、手早くな」

「はーい」

 魔緒は仁奈を彼女の自室に引き入れた。彼自身は廊下で待っている。一応、彼女に配慮したのだろう。



「えーと、これとこれと、後これも……」

 箪笥の服を、鞄に次々と突っ込んでいく。そこでふと、思ったことがあった。

(私まるで、家出しようとしてるみたい)

 実際、保護者に無断で友人の家に泊り込めば、家出みたいなもんだろう。

(そういえば、家出なんて、したことなかったなあ)

 彼女は最近まで、親戚の元を転々としていた。それ故、だろうか。

「でも、何で今は……?」

 それは恐らく、魔緒という友人が出来たからだろう。彼の存在が、仁奈を大きく支えているのかもしれない。

「……って、そんなこと考えてる場合じゃなかった」

 仁奈は慌てて思考を中断し、作業を再開した。



「終わったか?」

「うん」

 着替えは詰め終わったようだ。

「じゃあ、ずらかるぞ」

 彼らは並んで、出口へと向かった。



  ◇


 ……そして、二人一緒に帰宅。



「ただいま」

「おっ、いたいた」

 帰宅した二人を出迎えたのは、スーツ姿の青年だった。

「兄貴じゃねえか。どうしんだよ、こんな時間に?」

 どうやらこの青年、魔緒の兄らしい。この暑い夏に、スーツを着るとは……。見てるだけで暑苦しい。

「ほう、この子が例の……」

 魔緒の兄はそれには答えず、その隣にいた仁奈に目を向けた。

「こんにちは」

 仁奈は、ぺこりと一礼する。

「まあいいや。それより、ほらよ」

 青年は魔緒に向かって、何を放り投げた。

「何だよこれ?」

 それは鍵だった。何の変哲もない、キーホルダーさえ付いていない普通の鍵だ。隠し金庫の鍵だろうか?

「俺からのプレゼント。この近くにある海辺の別荘の鍵な」

「何でそんなもん……」

「おや、この心の篭ったプレゼントのありがたみが分からないと。そう言うことだな?」

「俺はただ、どういう意図でこいつを渡したのかを訊いているだけだ」

 なんか、険悪な雰囲気が……。

「ったく……。折角の夏休みなんだから、そこの彼女と行って来いよ、って意図で渡したんだよ」

「兄貴……」

 魔緒は一度、意味ありげに目を伏せ、再びそれを開くと、

「気障な上にチャラい」

 ずばりと言ってのけた。

「文句あるか!?」

「文句はないが、突っ込み所は山ほどある」

「相変わらず、可愛くねえな」

「兄貴に可愛がられても気色悪いだけだ」

 それから数分ほど、あーだこーだ言い合っていたが、それも直ぐに治まる。

「とにかく、折角お前らに特別旅行を進呈したんだ。俺を敬いながら、喜んで行くがいい」

「何様のつもりだ。仮に行くとしても、敬わないからな」

 魔緒の兄は、無言で家を出て行ってしまった。

「ねえ、大丈夫なの……?」

 仁奈が、心配そうに尋ねる。

「ん? ああ、あれか。心配するな。兄貴とはいつもあんな感じだ」

「そうなの?」

「物心ついた頃からな」

 長い間姉とは離れていた仁奈には、そういった長年の付き合いというものが、ピンと来ないのだろうか。この双子たちも似たようなものだと思うが。

「それよか、どうしたもんかな、これ」

 魔緒は、先ほど渡された鍵を眺める。彼の兄は、近くにある海辺の別荘の鍵だと言っていたが。

「おい、どうする?」

「どうするって言われても……」

 そんなもの、「行く」か「行かない」の二択しかないだろう。

「そんなに遠くないし、気分転換くらいにはなるが。行くとなれば準備もしなきゃならないし、食事も自炊になるけどな」

 結局、魔緒には意見というものがないのか。単なる思考放棄なのかもしれない。

「う~ん……」

 唸る仁奈。確かに、魔緒と二人っきりで小旅行に洒落込むのも悪くない。寧ろ、是非そうしたいくらいだ。しかし今だって、彼の家にお泊りしているのだ。それで十分ではないか。そもそも、自分は家出してきたのではないのか。そんなことをしていていいのか。……といった葛藤をしているのだろう。

「保留してもいいが、夕方には決めてくれよ」

 さてさて、どうなるのやら。



  ◇


 ……そしてとうとう夕方になった。



「で、どうすんだ?」

 やって来ました、タイムリミット。仁奈が、魔緒との小旅行を決められる最終刻限だ。

「えっと……、その……」

 仁奈は、もじもじと煮え切らない様子。要は、「魔緒と二人っきりで小旅行に行きたい」と言い出せないのだろう。

「因みに、母さんは行くこと前提に準備してるが」

 その頃魔緒の母は、彼の着替えや、その他諸々を鞄に詰めていた。

「まおちんは、どうなの?」

「俺か? 俺は別に構わんが」

 仁奈の決定に従う、ということか。案外、優柔不断なのかもしれない。

「えっと、それじゃあ―――」

<ピピピピピ>

 間の悪いタイミングで、部屋の中に木霊する電子音。

「ったく、誰だよ……」

 魔緒が携帯電話を取り出す。携帯の着信音だったようだ。

「もしもし」

《あら、陰陽魔緒じゃない。奇遇ね》

 電話の相手は七海であった。

<プー、プー、プー>

 しかし、電話は切れてしまった。

「誰から?」

「いたずら電話」

<ピピピピピ>

 そしたらまたもや着信。

「もしもし」

《何で切るのよ!?》

 七海の怒鳴り声が、魔緒の鼓膜を揺さぶった。

「そっちから電話しといて、奇遇も何もないだろ」

《細かいことは気にしないの。それより勝手に切らないで》

 さっきのは、魔緒が切ったのか。

「てかそもそも、何で俺の電話番号知ってるんだ?」

《気にしない気にしない》

 そうやって、はぐらかされてしまう。

「まあ、それはいいとして……。何の用だ?」

《そうそう、忘れるところだったわ》

 もし魔緒が言い出さなかったら、用件言わずに電話を切っていたのだろうか。

《まさかとは思うけど……。仁奈が貴方の所にいたり、しないわよね?》

「質問の意味が分からん」

《……訂正するわ。貴方の家に、仁奈が、いるかしら?》

 魔緒は少し迷った。仁奈は確かに家にいる。というか、彼の目前に座っている。しかし、それを七海に話していいものなのか? 何故、彼女がそんなことを訊いてきたのかも気になる。その理由如何によっては、おいそれと教える訳には行かない。

「いる、と言ったらどうする?」

《今すぐ乗り込んで張り倒す》

 即答かい! というか、家の場所は分かっているのだろうか。

「……運が良かったぜ。もし本当にあいつが俺の家にいたら、今頃撲殺されてるな」

《冗談。貴方にはあの変な力があるんだから、私なんか瞬殺でしょ》

「いや別に、お前に使う気はないんだが……」

 それ以前に、そうだと分かっているなら何故、態々脅したりしたのだろうか。

《とにかく、そっちに仁奈がいないか訊いてるの。さっさと答えなさい》

 有無を言わせぬ口調に、さすがの魔緒もこれ以上茶化すべきではないと判断したのか、静かに口を開いた。

「確かに、家にいるぜ」

《……そう。なら安心だわ》

 しかし、返ってきた言葉は意外なものだった。

《私の妹を預かる以上は、丁重に扱いなさいよ。くれぐれも、変なこととかしないように》

「当然だ。VIP待遇でもてなしている」

《そう。それじゃ、お願いね》

 そして、電話が切られた。

「……」

「誰からだったの?」

 魔緒は疲れ切ったような顔で、仁奈のほうへ向く。

「お前の姉君だ」

「えっ、お姉ちゃん?」

 魔緒は、会話の内容を掻い摘んで話した。

「まあただ、あいつはここの住所知らないだろうし、問題ないとは思うけどな」

 大方、仁奈の叔母から連絡が来て、心配になったのだろう。そう推測する魔緒。

「そっか」

 仁奈は、穏やかな笑顔を浮かべながら頷く。

「それはそうと、結局どうすんだよ」

 おっと忘れていた。彼らは小旅行の話をしていたのだった。

「……うん」

 折角踏ん切りがついたのに、実姉に邪魔されていた仁奈。なんか、複雑な気分だ。

「じゃあ、えっと―――」

「魔緒ー、荷造りできたわよー」

 これまた間の悪いことに、魔緒の母が入ってきた。

「あら、お邪魔だったかしら?」

「少なくとも、話の腰は折ったな」

 恐らく、話の背骨が複雑骨折していることだろう。

「それより、はい荷物」

 どさり、と大きなボストンバッグが置かれる。一体、何泊すると思ったのだろうか。

「今日は、明日に備えて早く寝なさいね」

 そして、怪しげな笑みを浮かべつつ部屋を出て行った。

「「……」」

 唖然とする魔緒と仁奈。それでも、二人は一つ理解した。

「旅行、決行みたいだな……」

「うん……」

 この辺りの内容が、全て無駄になったということを。



  ◇


 ……翌日。



「忘れ物ない?」

「ねえよ」

 魔緒の母が、母親特有の鬱陶しさを発揮している。

「財布は持った? 着替えは?」

「全部持ったっての」

 魔緒はそれに、面倒臭そうに答える。

「向こうの鍵は? 携帯は? 夏休みの宿題は?」

「何も忘れてねえから安心しろっての」

 魔緒はそれに呆れつつ、仁奈の元へ歩いていく。

「もういいの?」

「ほっとけばいいさ」

 魔緒の母はまだ後ろで喚いているが、魔緒は気にしていないようだ。

「とっとと行くぞ」

「うん」

 二人は並んで歩く。差し当たりの目的地は駅。そこから電車に乗って、別荘へ向かう。



  ◇


 ……数時間後。



「……やっと、着いたね」

「そうだな」

 潮騒の響く中、二人は別荘に辿り着いた。夏の暑さと長時間移動のせいか、全身から汗が噴き出している。

「あぁ~、クーラーが恋しいよぉ」

「あ、クーラーねえわ」

「ええっ!?」

 夏が終わる頃の向日葵のように、萎れていく仁奈。余程ショックだったのだろう。

「くたばるなら、中に入ってからにしてくれ」

 そんな仁奈を引き摺って、魔緒は別荘に入った。



「暑いぃ~……」

 床の上で伸びている仁奈。先ほど、赤いキャミソールとデニムのショートパンツに着替えたのだが、それさえも汗だくになっている。

「まだそこ掃除してないんだが……」

 一方魔緒は、水で濡らした雑巾を絞っていた。これから雑巾掛けをするようだ。

「だってぇ~、暑いんだもん」

「そんなら海にでも入ってろ」

 ここは丁度、海の真正面だ。

「水着、持って来てないもん」

「着衣水泳」

 魔緒は床を手当たり次第に拭きながらも、仁奈の相手を続けている。

「あれって結構、動きにくいんだよ?」

「我慢するんだな」

「どっちを?」

 暑いのと着衣水泳、どちらをかということか。

「自分で選べ」

 ふと気づけば、魔緒の手が止まっている。

「どうしたの?」

「退いてほしい」

 仁奈と話している内に、床の殆どを拭き終えていたようだ。残すは、仁奈が転がっている辺りのみ。

「動くの面倒だよぉ~……」

「いいから、退いてくれ」

「やだ」

 魔緒は溜息を吐くと、どこかへ行ってしまった。

「まおちん?」

 と思ったら、すぐに戻ってきた。

「こいつをやるから、とっとと退いてくれ」

 彼が持ってきたのは、氷のうだった。ビニール袋に氷水を入れただけの、簡単なものだが。

「わーい」

 氷のう片手に、小躍りし出す仁奈。

「やれやれ」

 魔緒はその隙に、雑巾掛けを終わらせる。

「ひゃ~、気持ちぃ~」

 たった今魔緒が掃除した床に、寝転がる仁奈。額には、貰ったばかりの氷のうが当てられている。

「……他の部屋も掃除するか」

 そして魔緒は、残った時間を別荘の掃除に費やしたのだった。



  ◇


 ……その日の夕食。



「……まおちん、これって」

「今日の晩飯」

 食卓には、薄気味悪い緑の液体の入った食器が並べられていた。それには白米が浸されており、所々具のようなものも浮かんでいる。

「因みに、何て料理かな……?」

「カレーライス。日本の子供達に大人気だ」

「カレーって普通、茶色くないかな……?」

「ホウレン草をたっぷり使ったグリーンカレーだ」

 しかしこのカレーはルーにとろみがなく、米をスープに浸けたような状態になっている。カレーというよりは、雑煮に見える。

「少なくとも、人間が食えないものは入れてない」

 もし入ってたら、最早拷問だ。

「一応、前に調理実習で作ったら、割と好評だったんだぞ」

「え、ほんとに?」

 仁奈の疑うような視線を前に、魔緒は大きく頷く。

「まあ、最初はこの見た目のせいで、危うく廃棄物になるところだったけどな」

 一応、見た目がアレなのは自覚しているようだ。

「鉄分補給だと思って、さっさと食ったほうがいい」

「……うん」

 複雑そうな表情を浮かべる仁奈。


 何はともあれ、無事に食事は終わった。カレーの味については、ご想像にお任せする。



 食事の後は、二人で後片付けをすることになった。

「とりあえず洗っていくから、洗い終わった奴から拭いてってくれ」

「はーい」

 泡立ったスポンジで、食器を次々と洗っていく魔緒と、それを手際よく拭いていく仁奈。まるで、最初のうちは家事を手伝う亭主と、新婚ほやほやで浮かれている新妻のようだ。と例えたら、この二人はどう反応するだろうか。

「そういえば、まおちんって結構マメだよね」

「そうか?」

「うん。料理や皿洗いなんて、私だってしないもん」

「普段は一人暮らしみたいなのだって言ってなかったか?」

「いつも店屋物とかだもん」

 嘆かわしい。魔緒は、心の中でそう呟いた。いつもたった一人で、利益重視の既製食品を口にしているのかと思うと、自然とそんな気持ちになったのだろう。

「……料理、近いうちに教えてやるよ」

「……ありがと」

 ほんのり、顔を赤らめあう二人。一体何処にそんな要素があったのか知らないが、本人達が楽しそうなので良しとしよう。



 片付けを終えた二人は、それぞれ入浴を終えて、就寝前の歓談に興じていた。さすがの魔緒も、旅行のせいで浮かれているのだろうか。

「それでね、お姉ちゃんったら意地になっちゃって、お金がなくなるまで回してたの」

「ほう。あいつがガチャガチャに、そこまで執着するとはな」

 七海がガチャガチャをしていたら、一つだけ出ないものがあって、それを手に入れようと所持金を全て注ぎ込んだ。という話をしていた二人。

「それで結局出なかったんだけど、私がやってみたら一発で出たの」

「そりゃまたなんとも……」

 なんとも滑稽な、と続くと予想する。

「お姉ちゃんって、昔から向きになりやすいから」

「将来、ギャンブルに嵌って破産するタイプだな」

「……それは困るかな」

 仁奈は苦笑しているが、それほど嫌そうではないように見えるのは、気のせいではないのだろう。もっとも、望んではいないと思うが。

「ねえ、まおちん」

「ん?」

「今度はさ、まおちんの家族のことも聞かせてよ」

「俺の家族か? 分かった」

 魔緒は、ゆっくりと語りだした。

「まず、親父は滅多に帰ってこないな。東京へ単身赴任してる。お袋は韓流ドラマばっかり見てる普通の主婦で、兄貴は役所勤め。ごく普通の家族だ」

「でも、あんまり似てないよね。まおちんと」

 確かに、魔緒の特徴である白髪や赤目が、彼の母や兄にはなかった。遺伝的なものではないのだろうか。

「そりゃ、血が繋がってないんだから当然だけどな」

「えっ? 血が繋がってないの?」

「言ってなかったか?」

 初耳だ。少なくとも、仁奈の前では言っていない。

「まあ、言いふらすような話でもないからな」

「……なら、聞かないほうがいいよね」

「聞きたいか?」

「えっ! そ、それは……」

 聞きたそうだ。いや、是非とも聞きたいのだろう。というか聞きたい。

「この際だから、話しとくか」

 魔緒が声のトーンを下げたためか、仁奈も聞く姿勢(雰囲気的なもの)に入った。

「俺は、捨て子だったらしいんだ」

「捨て子……」

 確かに、それなら血が繋がっていないことも納得がいく。

「まだ赤ん坊の頃に、道路に放り出されてたみたいでな。家の親がそれを拾ったらしい」

「そう、なんだ……」

 仁奈は、表情の暗くなった顔を俯かせる。そんな話をされて、どう反応すればいいのか分からないのだろう。

「別に気にすることもないけどな。血が繋がってなくとも、家族に違いねえさ」

「うん、そうだよね」

「ま、そんな訳で未だに分からんのさ。この髪と目の理由は」

 そう呟く、魔緒の姿が儚げで。けれど、仁奈の目にはそれさえも魅力的に映っていた(と願いたい)。

「まおちん」

「ん?」

「ありがとね。その、一緒にいてくれて」

 魔緒は一瞬、呆気に取られたような顔をしていたが、すぐに頬を緩ませた。

「俺のほうこそ、礼を言わないとな」

「えっ?」

「俺みたいな奴と、一緒にいてくれてありがとう」

「まおちん……」

 顔を見合わせ、微笑み合う二人。見ているこちらまで、穏やかな気持ちになってくる。


 そして二人は、それぞれの部屋へと戻っていった。

 こうして夜は更けていく。



  ◇


 ……夜半。二人は既に寝静まっていた。そう、「二人」は。



「うにゃ~ぁ」

 魔緒の体が起き上がる。魔緒の意識は覚醒していない。彼の体だけが、独りでに動き出したのだ。

「せめて、猫耳くらいは付けて欲しいのにゃ」

 と思ったが、違った。どうやら、魔似耶が出てきただけのようだ。

「え~っと、猫耳は……っとにゃ」

 魔緒の荷物を漁り、猫耳を取り出す魔似耶。というか、なくても動けるのなら必要ないと思うが。

「にゃ~、やっぱりこのほうが落ち着くのにゃ」

 魔似耶は猫耳を装着し、一人和んでいる様子。やはり、ないと困るのだろうか。

「それにしても、魔緒にも困ったものにゃ。何の相談もなしに、こんな所まで……」

 そうぼやきながら、部屋を出て行く魔似耶。どこへ行くつもりなのだろうか。



 魔似耶は台所に入ると、ペットボトルに入った水を取り出した。

「うにゃ~、喉がカラカラなのにゃ」

 単に、喉が渇いただけか。ペットボトルの蓋を取り、その縁に直接口をつける。

「んっんっ、ぷはぁ~!」

 腰に手を当てながら、風呂上りの牛乳よろしく飲み干す。

「それにしても、暑いのにゃ」

 そりゃそうだろう。現在気温は摂氏三十五度、湿度七十パーセントである。その上、長袖のパジャマを着ているのだから、暑くないほうがおかしい。

「魔緒が、氷の魔術とか使えたらいいのに……。まあ、無理だけどにゃ」

 独り言を連発する魔似耶。これが普段の魔似耶なのだろうか。



 その後魔似耶は、冷蔵庫のハムを摘まみ食いし、トイレで用を足した。

「にゃ~、さすがに眠いのにゃ」

 そして、部屋に戻るようだ。と思ったら、急に立ち止まった。

「うにゃ、誰かいるのにゃ」

 なるほど、誰かの気配を察して、急に止まったのか。

「この気配……、仁奈ちゃん?」

「この声……、魔似耶?」

 魔似耶の正面から寝巻き姿の仁奈が現れる。

「どうしたのにゃ、こんな時間に?」

「ちょっとトイレにね。……魔似耶こそ、どうしてここに?」

「にゃ。夜は私の活動時間なのにゃ」

「そうなんだ」

「そうなのにゃ」

 確かに、魔似耶の初登場も夜だった。昼間は魔緒が、夜は魔似耶が起きているのだろう。

「あれ? 確か魔似耶って、前にもお姉ちゃんと会ってたんだよね?」

「にゃ? そんなこと言ったかにゃ?」

「だってお姉ちゃん、魔似耶のこと知ってた風だったし」

 これも魔似耶の初登場時のことだ。その細かいことも「三叉路ROAD1」を参照されたし。

「それがどうかしたのにゃ?」

「いや、夜にお姉ちゃんと会う機会が、前にもあったのかなって」

「……にゃ、にゃ~」

 わざとらしく目を逸らし、口笛(実際は声)を吹く魔似耶。都合の悪いことでもあるのか。

「聞かれると困ることなの?」

「ぎくっ……!」

 その擬態語を口で言う奴がいるとは……。

「もしかして、悪いこと?」

「そ、それは……、その……、えーっと……、にゃ?」

「「にゃ?」とか言われても……」

 仁奈から疑いの眼差しで見つめられる魔似耶。そのせいか、冷や汗がダラダラだ。

「きょ、今日はお日柄もよろしく……」

「もう終わる頃だけどね」

 現在十一時五十七分。その誤魔化し方は使えない時刻だ。

「……どうしても、言わなきゃだめなのにゃ?」

「うん」

 それでもまだ迷っているのか、魔似耶は暫くもじもじとしていたが、やがて躊躇いがちに口を開いた。

「学校に、最初の亡者が出た時だったのにゃ。幸い人気のない時間だったけど、念のために私が出て来たのにゃ」

「念のため?」

「にゃ。魔緒のままだと、誰かに見られたときに厄介なのにゃ」

「なるほど」

 しかしどの道、その特徴的な髪と目の色は誤魔化せないのだから、厄介なことに変わりはないと思うが。

「それで……、どうにか対処したその後に、七海ちゃんと鉢合わせたのにゃ」

「そう、だったんだ……」

 要するに、人を殺めた後に出会ったことを言い出しづらかったのだろう。

「……」

「魔似耶?」

「にゃにゃにゃんにゃのにゃっ!」

 仁奈の覗き込むような視線に気づいて、魔似耶が慌てて飛び退いた。

「えっと……、まだ何か言いたそうだったから」

「にゃんでもにゃいのにゃっ! 七海ちゃんが仁奈ちゃんのノートに宿題の答えを書いてたとこなんて見てないにゃっ!」

「えっ……?」

「にゃ……!」

 そこまで具体的に口走ったら、見たと言っているようなものだぞ。

「……あれって、お姉ちゃんだったんだ」

 例の如く、「三叉路ROAD1」を参照するように。

「にゃ……口止めされてたのに」

 言い出せなかった理由はそっちか。

「……ふふ」

「にゃ?」

 仁奈が突然笑い出した。

「お姉ちゃん、相変わらずだったんだなって」

「にゃ。それが恥ずかしくて口止めしたのかもしれないのにゃ」

「そうかも」

 そうやって、二人はしばらく笑い合っていた。

「それじゃあ、おやすみなさい」

「にゃ、おやすみなさいなのにゃ」


 こうして、更に夜は更けていく。



  ◇


 ……夜が明け、日が昇りだした頃。



「ん?」

 呼び鈴の鳴る音が聞こえたので、応対に出るため魔緒は入り口の扉を開ける。

「あら、陰陽魔緒じゃない。奇遇ね」

「……」

 直後、入り口の扉が閉まった。

「ちょ、ちょっと閉めないでよ! 開けなさい! 開けなさいって!」

「……」

 魔緒は、溜息混じりに扉を開ける。

「何で閉めるのよ!?」

「悪いな。自動ドアなんだ、家」

「自動のある民家なんて聞いたことないわよ!」

「相手が不審者だと判断したら、周囲の誰かに閉めさせるよう電波を送ってくる」

「要するに貴方が閉めたんでしょ!? てか何で私が不審者なのよ?」

「おっと、また電波が」

「閉めないでってば!」

 ぜぇぜぇはぁはぁと、肩で息をする七海。

「自分から訪ねたくせに奇遇とか言う奴は、どう見ても不審だろ」

「何よ? この程度のジョークも分からないの?」

「で? 何か用かよ?」

 七海は突っ込みたく気持ちをぐっと堪えて、それに答えることにした。

「貴方が仁奈と仲良くやってるって聞いて、私も混ぜてもらおうと思って♪」

「……」

 またしても扉が閉まる。

「何で閉めるのよ!?」

「……ったく」

 魔緒は三度扉を開ける。

「それで、何でここが分かった?」

「貴方の家に行ったからよ」

「住所知ってたのか?」

「調べたの」

「どうやって?」

「乙女の勘で♪」

 バタン、と扉が閉まる。

「何度目よ!?」

「とっとと帰れ」

 扉越しに聞こえる魔緒の声。しかし、七海がその程度で諦めるはずもなく。

「開けなさい! 開けなさいってば!」

 叫びながら、扉を叩き始めた。

「開けて! 開けてよ!」

「うっさい」

 すると突然、扉が素早く開いた。扉は外開きなので、近くにいた七海はそれに当たって吹き飛ばされる。

「きゃっ!」

 地面の上を二三転がり、落ちていた石ころに頭を打ち付けた。

「大丈夫か?」

「大丈夫じゃないわよ……」

 七海は起き上がり、出てきた魔緒を睨みつける。

「何で突然開けるのよ?」

「開けろって言ったのはそっちだろ?」

「お陰で頭打ったじゃない」

 頭を摩り、出血していないか確認する七海。

「血は出てないみたいだけど、かなり痛かったわよ」

「石頭」

「うるさいわね……。女の子に瑕をつけたんだから、ちゃんと責任取りなさいよ?」

「取らない」

 魔緒はそう言い残し、戻ろうとする。

「待ちなさい。女の子を傷物にして、責任も取らずにとんずらしようっての?」

「誤解を招くようなことを言うな。第一、血が出てないなら大したこと無いだろ」

「頭打ったのよ? 血が出てなくたって、脳に重大なダメージがあるかもしれないじゃない」

「だったら病院行け」

「貴方が治して。あの変な力使えばできるでしょ?」

「変な力言うな。魔術だっての」

「できるでしょ?」

「まあ、できなくもないが……」

「ならやってくれるわよね? はい決定」

「いや、俺はまだ」

「問答無用♪」

 言うが早いか、七海は駆け出し、別荘の中へ入ってしまった。

「……まあいいか」

 魔緒はそう呟き、別荘へ戻っていった。



「やほ~、仁奈」

「あれ、お姉ちゃん?」

 別荘に入った七海は、寝巻き姿のままで牛乳を飲んでいる仁奈と遭遇。

「仁奈、牛乳髭が出来てるわよ」

「えっ、ほんと!?」

 服の袖で拭こうとするが、寝巻きが半袖だったために腕で拭いてしまった。

「もぅ、何やってんのよ」

 七海はハンカチを取り出すと、仁奈の腕と口の周りを拭いていく。

「ほんと、相変わらずなんだから」

「そうかな?」

「そうよ」

 まるで世話焼きな母親と、いつまで経っても成長しない娘のようだ。

「それはそうと、どうだった?」

「どうだったって?」

「だーかーらー、陰陽魔緒とはどうなったのかって訊いてるの」

「えっ……!?」

 仁奈は言葉に詰まった。別に魔緒とは何もなかったのだが、咄嗟に返答できず、硬直してしまった。

「まさかもう、あんなことやこんなことまで……?」

 そんな仁奈の様子を、七海は肯定と受け取ったようだ。

「……仁奈、大人の階段を上ったのね」

「?」

 仁奈の頭上にはてなマーク。両者の認識が食い違っている模様。

「それならもう、陰陽魔緒は貴女に譲るわ。ええ、潔く諦めるわよ……」

「なんか、壮大な勘違いが起こっているようだが……」

 そこでようやく魔緒の登場。

「陰陽魔緒」

 七海は魔緒の肩に手を置くと、

「仁奈を、頼んだわよ」

 涙を堪えるようにして、そう言った。

「絶対誤解してるだろ」

 しかし彼に、その誤解を解く気はないようだ。

「というか楠川、さっさと着替えろよ」

「えっ?」

 言われて初めて、仁奈は自分の格好に気づいたようだ。寝巻き姿。それも、暑さで着崩していた、だらしのない状態。胸元のボタンは二つも開けられ、ズボンもずり落ちかけている。

「……っ!」

 咄嗟に、寝巻きの襟と裾を押さえる仁奈。

「何見てんのよ!?」

 声を張り上げたのは、仁奈ではなく七海だった。

「別に見てないけどな」

 実際、魔緒の視線は仁奈ではなく七海に向いていた。彼女と話しているのだから、当然と言えばそれまでだが。

 とはいえ、仁奈にはそんなことなど関係なく、というか寧ろショックだったのか、

「……まおちんの」

 顔を真っ赤にして、

「ばかぁーーーっ!」

 叫びながら、部屋から飛び出ていった。

「……」

「……」

 その後、仁奈の機嫌が直るまでに、数時間を要したとか何とか。



「……で、結局何にもなかったの?」

「ねえな」

 仁奈の機嫌が直るまでの間、七海は魔緒から色々聞き出していた。具体的には、……以下省略。

「というか、何しに来たんだよ?」

「あら、言わなかったかしら?」

「あれで納得するかっての」

 混ぜてもらうとか何とかの話だろうか。

「てか、頭はもう大丈夫なのかよ?」

「何のこと?」

 おい。頭を打ったから治してもらう、という名目で上がり込んだのではなかったのか。

「まあ、想像はしてたけどな」

 してたのか。そろそろこの展開にも慣れてきたのかもしれない。

「ともかく、誰かに他言したりしてないよな?」

「何をよ?」

「ここのことだ」

 忘れていたが、仁奈はただいま家出中なのであった。誰かに(というか彼女の叔母に)居場所を知られると、かなり不味いことになる。

「当たり前じゃない。仁奈に転校されたくないし」

「知ってたのか……」

「叔母さんからね、聞いてたのよ。仁奈を転校させるって」

 そこまで話していたのか……。いや、七海の所在を知っていたのなら、伝えるのが普通か。

「折角また会えて、ちゃんと分かり合えたのに……。また離れるなんて、ごめんだわ」

「そこまで言うなら訊くが、痕跡は残さなかったよな?」

「……は?」

 魔緒の質問が、分からないといった様子の七海。首を三十度くらいに傾げている。

「親には何も言わずに、勿論携帯の電源は落としたままで、来たんだよな?」

「何でそんなことを?」

「あいつの叔母とやらに見つからないように、だよ。親にはここの場所を言わないのは当然として、念のために携帯電話は電源を落としてるよな?」

「そこまでするの、普通?」

「……してないのか」

 いや、普通しないだろう。

「あいつの叔母ってことは、お前の叔母でもあるんだろう? だったら、そのくらいしないと来ちまうぞ」

「何でそうなるのよ?」

「お前の情報収集能力が、先祖の代から受け継がれてる可能性があるからだ」

 確かに七海は、魔緒の家の住所や電話番号を知っていた。それと同じものを持っているのだとすれば、かなり厄介なことになる。

「要は、携帯の電源を切ればいいの?」

「ああ」

 七海はポケットから携帯を取り出すと、

「その前に、アドレス交換しましょ」

「断る」

 何故、今の流れでそうなる?

「だったら切らない」

「あいつが見つかってもいいのか?」

「そのくらいで見つかったりしないわよ」

 魔緒は暫く考えていたが、

「なら、好きにしろ」

 やれやれと言ったように溜息を吐いた。

「そんなに私とアドレス交換したくないの?」

「てか、その分だと俺のアドレスも知ってるんだろ?」

「だって、貴方が私のアドレス知らないままじゃない」

「んなもん要らん」

 それから数分ほど押し問答が続いたが、最後は七海が折れた。

「いいわよ、もう。私のほうからメールするから。それで否応がなしに分かるんだし」

「そしたら受信拒否してやるよ」

「そこまでするの!?」

「お前の番号も着信拒否してある」

「うぅ……、ここまで嫌われてるなんて」

 七海はひどく気落ちしたように肩を落とすが、魔緒は気にしていない様子。

「てか、お前ら姉妹は謎だらけだな」

「……何よ?」

「どいつもこいつも、俺なんかに構おうとする。髪は爺さんみたいに真っ白で、目は兎みたく赤いってのに。こんな奇妙な奴のとこに好き好んでくるなんて、姉妹揃って変わり者だなと思っただけさ」

「あら、そうかしら?」

 七海は組んだ手の甲に顎を乗せると、優しく微笑んだ。

「貴方って、結構面白いわよ」

「見た目がか?」

「それもだけど、性格も。実際、校内でも他の男子よりも人気高かったし」

「何かうそ臭い」

「嘘じゃないわよ。皆、貴方と気軽に話してる仁奈に嫉妬してたくらいだし。斯く言う私も、大分仁奈に嫉妬してたから」

「お前らが素直に仲直りできなかったのは、そういう訳もあったのか?」

「まあ、妨げにはなってたわね」

 突如明らかになった、「魔緒が実はモテモテ」説。果たして、その真相はいかに?

「ったく、女子の考えてることはよく分からん」

「そうよ、乙女心は複雑なんだから」

 「乙女心=出口のない迷路」とは、よく言われている。というか今言った。作者が。

「なるほど、合点がいった」

 魔緒は頷きながら立ち上がると、

「おい楠川、いつまでも拗ねてないで出て来い」

 開きっぱなしになっている扉へ向けて、話しかけた。

「……気づいてたんだ」

 すると、その向こうから仁奈が現れた。

「こいつと楽しそうに談笑していればその内釣られてやってくると踏んだ、名付けて「天照大作戦」が成功していれば、そろそろだからな」

 日本の神話を基にしたタイトルなのだろうが、この双子姉妹には分からなかった様子。

「さてと、折角だから三人麻雀でもするか」

 だから何で麻雀なんだ? お前の家は雀荘でも経営しているのか? それとも作者の趣味か?

「そんなのより、もっといいものがあるんだけど」

 七海は鞄の中を漁ると、

「ほら、折角目の前に海があるんだから、泳ぐわよ」

 真新しい水着を取り出した。



「……何故こうなった?」

 海パン一丁で砂浜に座り込む魔緒。

「まおちんもこっち来たらー?」

 一方、仁奈は海に浸かっている。白いセパレートタイプの水着を着用し、浮き輪も完備。

「そんな情けない格好してると、運気が海に流れてくわよ」

 その隣には、七海の姿が。彼女のほうは黒の水着。仁奈のものとは色違いだ。

「泳ぐのはあまり好きじゃない」

「もしかして金槌?」

「そういうわけじゃないが……」

 どうも気が乗らないようだ。女の子二人と海に来たとは思えないほどのローテンションぶり。

「別に競泳しろなんて言わないから、早く来なさいよ」

「ほらほら、早く早く」

 双子姉妹に腕を引かれ、魔緒は渋々海に入る。

「……冷たい」

「こんなに暑いんだから、普通は気持ちいいとか言うものよ」

 それがどうしたと言わんばかり睨んでくる魔緒には構わず、彼を沖のほうへと引っ張っていく双子たち。

「そんなに行ったら危なくない?」

「大丈夫よ。この辺は遠浅だから」

「けど急に深くなることも……」

「きゃっ!」

 言ってる傍から、仁奈が躓いて、

「っととと」

 魔緒もそれに引っ張られ、

「えっ、ちょっと……!」

 ついでに七海も巻き込まれ、

「「わっ!」」

 三人一緒に、海へとダイブした。



  ◇


 ……数時間後。



「……えらい目に遭った」

「だからごめんってば」

「もういいわよ。ちゃんと帰って来れたんだし」

 砂浜に立ち尽くす三人。あの後潮に流されて、離れた無人島に漂流し、近くの木々を伐採して筏を作り、それに乗って戻ってきたのだ。

「もう二度と、木なんか切りたくねえな」

「ていうかよく切れたわね」

「素手で切り倒すのは大変だった」

「切るというより、へし折る感じだったけど」

 どうやら、相当苦労したらしい。それでも戻ってこれるのが、さすが魔緒といったところか。

「とにかく一回戻りましょう。お腹も空いたし」

 現在時刻は午後三時。漂流して帰還するまで何も食べていないのだから、空腹なのは仕方のないことだろう。後の二人も黙って頷き、別荘へと戻っていった。



「あら、遅かったわね」

 別荘に戻った彼らを出迎えたのは、意外な人物だった。

「叔母さん……」

 七海の呟きから察するに、彼女が件の叔母であろう。

「ていうか泳いでたの? だったら早く着替えてきなさい。風邪引くから」

「どうしてここが……?」

「女の勘で」

 双子の叔母はエプロン着用で、台所に立っている。昼食の用意でもしているのだろうか。

「鍵も掛けておいたのに、どうやって……?」

「合鍵、空の植木鉢の下に置いてあったから」

 七海といい、この叔母といい……。楠川の女、恐るべし。

「お腹空いたでしょ? ご飯作ったから食べなさい」

 台所に立っていたのは、やはり昼食を用意していたためか。



 会話もなく遅めの昼食を摂った後、この駆け落ち(と呼んで差し支えないだろう)について話し合いが行われた。



「いきなり飛び出して、全然戻ってこないから心配したのよ。連絡もないし」

「ごめんなさい……」

 申し訳無さそうに頭を垂れる仁奈。七海と魔緒は、その様子を見守っている。

「まあいいわ、無事だったみたいだし。それに、私もちょっと反省してるの。突然転校しろなんて言っても、素直に応じるわけないのに。七海とだって離れたくないだろうし。その辺のこと、すっかり失念してたわ。ごめんなさい」

 まさか許してもらえるとは、しかも謝られてしまうとは思っていなかったようで、まさしく鳩が豆鉄砲を食ったような顔をする仁奈たち。

「それに、結構頼もしそうな彼氏もいるみたいだし」

「かかか彼氏って!」

「あら、違うの?」

 頬を真っ赤にし、超高速で往復びんたでもされているように首を振って全力否定する仁奈。

「まだそこまで行ってないし!」

「「そこ」って、どこまで?」

「えっ!?」

「というか、「どこまで」行く気?」

「ええっ!?」

 叔母にからかわれ、あたふたしている仁奈。魔緒はそんな彼女の様子を眺め、思わず口元を緩めた。

「何にやけてるのよ?」

「別に、にやけてるわけじゃないがな」

 七海に指摘され、恥ずかしそうに顔を背ける魔緒。

「まったく、素直じゃないんだから」

「うるせえ」

 これはまだ、この夏の序章に過ぎない。これからの時間も書き綴りたいのだが、長くなるのでこの辺で。



  ◇◆◇



 これで、三つの道が全て揃った。そしてこの道は一つとなり、他の道をも巻き込んで、終焉へと続いていく。果たしてそれは、幸福なものになるのであろうか。


   ~THE END OF ROAD 2~

 こんにちは、恵/.です。無事にお楽しみ頂けたでしょうか? 今回は魔緒と仁奈をいちゃつかせるのが目的だったのですが、書いてみるとそれほどでもない気がします。キャラの性格上仕方ないのかもしれませんが、私もまだまだ未熟なようです。

 これに続く第三部ですが、全体の雰囲気が大きく変わると思います。終わりの部分はもう出来ているのですが、途中経過がまだ未定なので、完成は大分先になりそうですが。なるべく早く完成させるので、期待せずに待って頂ければ幸いです。それではまた。

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