初桜 ~女神~
俺があの世から居なくなっていくら経ったのだろうか。
知る気はないが、気にならないと言えば嘘になる。
そんな、いらないことを考えれているということは・・・
俺はいまからどこへ向かうのだろう。
意志はまったく無いのに、俺の頑丈な脚は前へ前へと進んでいく。もしかしたらこれが「本能」というものなのか、とちょっと呟いてみた。なるほど、声も出るらしい。
見たことがあるようで、ないような景色をボーっと眺めながら前に進んでいく。遠くの方は霧のようなもので見えなくなっている。
「終わりの無い道」
この名がこの道には合っていると俺は思った。
虫や鳥、飛行機とかは飛んでいないようだ。そういえば、おそらく夏であろうこの場所にはセミの鳴き声がひとつも聞こえない。異常気象でセミが激減したという話は、ニュース番組で聞いた。(あの世での話だが・・)
どれくらい経ったのかは全く知らないが、そろそろこの勝手に動く脚も疲れてきたようだ。スーっと横に流れていく景色が、だんだんゆっくり流れていくようになった。死んだはずのこの体も、休むという行為を求めているっぽい。
(どこかに、村とかないのかな・・・?)
なにぶん、おそらく初めて訪れたであろうこの場所だ。どこに何が存在するなんて知る由も無い。
「お~い、兄ちゃん。こんな時間になんの用だぃ?」
「?!」
いきなり、後ろから声をかけられた俺は、反射的に声のするほうへ振り返った。どすの聞いた黒い声の主は、俺の真後ろに立っていた。
「ん?なんだ、都会のモンかぃ。んまぁ、どーでもええわ。こんな時間にこの道を歩くのは、いくら男だからとて危険過ぎるからな。ほれ、俺について来な」
「は?!え、ちょいちょいちょいっ!どこに行くんですかっ・・・?」
にこやかに笑いながら俺の手を強引に掴み、そのまま何処へと連れて行こうとする声の主に、俺は抵抗した。このままでは、何かいろんな意味で危険な感じがする・・。
「おー、しゃべれんのか、兄ちゃん。今な、もー夜の2時半だぁ。今すぐ俺ん家来ないと危ねぇぞ?バケモンがな、通るんだよこの道を」
「ば、ばけもん???」
「そーだ、化け物よ。もうすぐこっちにも向かってるって言うとったから、心配で観に来たが・・案の定、おったおった。はっはっは」
(はっはっはって・・笑ってる余裕あんのかよ・・・)
状況を読み取れていない俺を引き連れて、ずんずんと歩いていく。
「すいません、よく意味が・・って。ぅわっっぁ?!!」
っがががががっががっがっが!!
ものすごい勢いで、紫に光る馬(?)が、さっきまで俺が歩いてぃた道を爆走した。それにより、出た強風が俺を襲う。
ゴォォォ・・・
もう、何がなんだか、全然わからん・・・・・
「ぉ~ぃ、兄ちゃん。わぁかるかぃ?おーい」
(ん・・・・)
かすかに聞こえる呼び声で、せっかく久ぶりに見た夢が、解けてしまった。
「起きねぇなぁ・・。しかたねえ、メシは全部食っちまおう。んで、半月ぐらい置いといたら、起きるだろ」
(ん・・?なんかおかしな方向いってるぞ、この男)
「いんや、その前に、狼にでも食われちまうだろーなぁ。はっはっは」
(何でもかんでも笑いで済ませるなよ、おっさん!)
このままずっと寝たフリをして、危険な目に遭わされるのもあれなので、とりあえず起きてみる。
「ん・・ここ・・どこだ?・・」
実はさっきから起きていたが、敢えて知らないフリをする。
「起きたか、兄ちゃん!まーまー、いいから、前見てみな」嬉しそうに言う、おっさん(決定)
言われた通り、重い目を、ゆっくりと開けてみる。
眠くてまだ視界がはっきりしていない俺の目でも、これだけはしっかり見ることができた。
正直言って、言葉が出なかった。
涙も、出てこなかった。
ただ、なんとなく・・・
以前にも感じたことのある様な、感情と気持ちが、俺を包み込んだ。
これが、今後の俺を変える秋桜だということに、そのときの俺はなんとなく気づいていたのかもしれない。
この世に来て初めての、「初桜」を俺は見てしまったのだ。
その桜(秋桜)は、太陽の光で満たされた、一人のウェヌス(ヴィーナス)に見えた。
読んでいただき、ありがとうございました‼