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キトキトさん

作者: さいべり屋
掲載日:2026/08/17


「あ、キトキトさんが憑いてますね。最近、草のあるところで寝転んだりしましたか」

 人づてに聞いて訪れた、雑居ビルの二階にある寂れた医院で、白衣の男はルーペで僕の耳を覗きながら言った。

「いえ、特には」

 とっさに首を振りそうになったが、医師の指に顔を固定されているため堪え、呟くように短く答えた。

 耳になにやらあてがわれたようで、ひやりとした物体が耳の中に差し込まれたのを感じる。


 ずるり。


 耳の穴から何かが引きずり出される感触におぞけが走ったが、ピンセットの先にぶら下がっているモノを見てあっと声が出た。

「やはり、見覚えがありますか」

 うねうねと身じろぎする、黒い毛に覆われた小指の先ほどの細長い生き物。

「はい、三丁目の公園の近くで、道にいるのを見つけて。その時はもっと大きくて、猫かと思ったんだけど」


「触りましたか」

 医師はなるほどというように頷いて、片手でデスク上の瓶を取り上げると、中身の飴をぶちまけて中に()()を放り込んだ。

 きゅっ、と音を立てて固く蓋を閉める。


「こいつは繁殖期に、薄暗がりで猫のふりをして人間に近づくことがある」

 蛍光灯の明かりに翳してみると、それは手足もなく、顔もなく、とても猫のようには見えない。

「触ってしまえば蕩けるようで、すべすべして、ふわふわして、どうしたって抱き上げたくなる。キトキトさんは穴が大好きで、その隙を狙って幼体を宿主に潜り込ませるんです」


「それって、寄生バチみたいな感じですか」

「そうそう、まあそんな感じ」

 まえに何かの動画で見た虫の名を出すと、医師はあっさりと肯定する。


「えっじゃああの、腹を食い破って出ていったりとか」

 たしかイモムシに産み付けられた卵は、宿主を中から食い荒らしながら育つ。

 その末路を思い出して、背筋がひゅんとおぞけた。


「うーんまあ、ちょっと、()()()()はしますよね」

 医師は摘出の済んだ患者には目もくれず、ルーペを出してキトキトさんの入った瓶を覗き込んでいる。

「あったはずのところに空洞ができちまうと、人間ってェのは落ち着かないもんなんですよ。でもまあ、こんなちっこいモノですしね。普通にしてたらそのうち塞がるんですがね」


「へえ」

 そんなものなのか。思ったほど怖いものでもなさそうだ。

「──普通にしてれば、っていうのは」


「たまにね、いるんですよ。空いた隙間にまた、入れちまう人が。なんたって、すべすべで、ふわふわですからねえ」


──また、入れる?

 この、黒くて、細長くて、尺取虫みたいのを?


「穴が、塞がりにくくなるってことですか」

「ええ。やめられなくなっちまったんでしょうね。この前の患者さんはね、隙間を埋めてほしくて、キトキトさんの巣まで行っちまったんです」


 医師はどちらに肩入れしているのか分からないような口ぶりで、あやすように瓶を爪で叩いている。

「キトキトさんは穴が大好きでね。そりゃもう、耳の穴から、鼻の穴から、瞼の裏から……」


──ごくり。

 自分の喉が鳴ったのが聞こえた。


「……どうなったんですか、その人」

「そりゃまあ、()()()()ですよね。そりゃ。そのうちふさがるって言ってもね、さすがにね。ほとんど皮しかのこってなかったですから」


 医師は天気の話でもするように言いながら、サラサラと書きつけたシールを瓶にぺたりと貼り付けた。

「それで増えたのかもしれないですね、この辺。君も当分、草むらで寝転んだりしないようにね」


 診察はそれで終わって、幸い自分は()()()()することもなく日常に戻った。


 それからずっと、夜の猫には近づかない。








────────────────────────────────



  東京怪異手帳 01:通称 キトキトさん。

  発祥は富山県北部と言われ、多くは人気の少ない雑木林などを住み家とするが、近年では市街地での目撃情報も増えている。



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― 新着の感想 ―
「きときと」は方言でありましたよね。"キトキトさん"は初めて聞きました。フィクションかな?ノンフィクションかな?(・・?) ホラーですが、キトキトさんがなんだか憎めない感じのイメージでした。人の方が積…
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