【短編】無欲な聖女と強欲な悪役令嬢
ある日突然気づいてしまった。
自分がもうすぐ滅ぶ国の悪役令嬢に転生したことを。
気づいたきっかけは死にかけたからとかではない。
今、少し離れたところで信徒たちに囲まれる聖女への苛立ちで思い出したのだ。
女神の愛し子セレスティア。
足元までの長い銀の髪に純白の衣装、常にどこかつまらなそうな顔をしている美少女。
彼女は我が国が崇めている聖女である。何も欲しがらない為無欲の聖女とも呼ばれている。
セレスティアはその神秘的な容貌と絶大な聖力で最早女神本人のような扱いを受けていた。
彼女の姿を一目見る為に裕福な平民も貴族もこぞってお布施をしている。
今日はそのお礼代わりの顔見せを教会でしているのだ。
ついでにつまらなそうに歌も歌ってくれる。
公爵令嬢である私は父の代理でそれに招待され、本日婚約者と一緒に教会の来賓席に座っていた。
特別な地位にいたり教会に多額のお布施をすると座れる豪華な椅子だ。正直悪趣味だと思う。
「では皆様。女神の化身セレスティア様の歌声に耳を澄まし祈ってください」
神官の言葉の後にパイプオルガンの荘厳な音色と澄んでいるが何も心に響かない歌声が聞こえる。
私は指を祈りの形にしながら溜息を吐いた。
たしかにセレスティアの聖力は絶大なものだ。何でも聖力を測る水晶玉が計測不能で破裂したらしい。
でも別に国の為に何かをしてくれるわけではない。
本当に何もしてくれないのだ。
私は前世の記憶でそれを知っている。
この世界はファンタジー小説「儚月のセレスティア」と同じだ。
いや本当に同一かはわからない。けれど酷似しているのは確かだ。
聖女セレスティアは小説のヒロイン。
銀月の夜に生まれ、赤子の頃から絶大な聖力を持つ生まれながらに聖女になるべき存在。
彼女は教会に庇護され上げ膳据え膳で育てられるが、そんな人生に退屈していた。
そんなある日海の向こうから一人の美青年がこの国にやってくる。
そして彼女と面会し「新しい世界を見せてあげる」と誘惑し連れ去るのだ。
だがその美男子の正体は力を封印された魔王で、セレスティアの力を接吻で半分奪うと行きがけの駄賃とばかりにこの国を魔法で焼き尽くして帰っていくのだ。
迷惑過ぎる。
力を半分奪われたセレスティアは暫く籠の鳥として魔王城でメソメソ暮らす。
結婚式の夜、力のもう半分を頂くと魔王はセレスティアに告げる。
しかし光の勇者である他国の王子が魔王城に訪れて魔王から力を取り戻してくれる。
そして完全体となったセレスティアは彼と力を合わせて魔王を倒してめでたしという感じだ。
要は光と闇のイケメンが聖女様を取り合うという恋愛物である。
私はあらすじを思い出し、そして退屈そうな顔を隠しもしない聖女様を見つめ思った。
今の内に、始末しておくかと。
魔王が好き勝手世界を侵略し始めるのは彼女から力を奪った後だ。
つまりその力が無ければ悪さも出来ない。
なら今の内にその力をこの世から消滅させればいいのではと思った。
(ただ私にそれが出来るかというと難しいのだけれど……)
歌が終わったのに気づかずそんなことを考えていると肩を軽く叩かれた。
「又聖女様を睨んでいるのか、オディール」
「ローレンツ様」
少し呆れたような優しい声。
金の髪の眩しい美男子が私を見つめていた。
彼はローレンツ。この国の王太子で公爵家長女である私の婚約者である。
そして魔王による攻撃で死亡する。
国を滅ぼされ家族も愛した婚約者も殺された中、オディールは幸か不幸か生き残る。
そして魔王と彼に唆された聖女セレスティアを憎むのだ。
髪を切り侍女の振りをしてセレスティアに近づいたオディールはセレスティアを殺そうとする。
しかし隠れていた魔王にあっさり首を切り落とされ死ぬのだ。
血の海の中で泣くセレスティアに無理やり接吻する魔王。
その背徳的な光景の為に消費される悪役が私だ。
前世の記憶が蘇る前から私はセレスティアが嫌いだった。
公爵令嬢である自分よりちやほやされている癖に常に不幸そうな顔をしているのが気に入らなかったのだ。
(しかしいつもつまらなそうな顔をして何がそんなに嫌なのかしらね)
籠の鳥で自由が無いことだろうか。
でも勇者と一緒に旅している時も彼女は生活の一切を勇者に面倒を見させていた。
生活能力が皆無だし、自分で働くという意識も皆無なのだ。
じゃあ誰かに管理されて生きるしか方法は無い。
そんな彼女だが最終的には勇者と結婚し子供を抱いて「今の私はもう聖女じゃない、貴方の妻よ」と微笑む結末になる。
勇者は王子でもあるのでセレスティアは当然家事などしなくていい。
雑なことを言うなら彼女は単に住む場所が変わっただけだと思う。
(……でも幸せそうだったわよね、運命の相手に出会えたからかしら)
私はローレンツに目線で合図をして教会から退出する。用は済んだから後は帰るだけだ。
この後は私の実家でお茶をする約束をしていた。
二人で馬車に乗り込むと私は口を開いた。
「別に睨んでなどおりませんわ、ただ聖女様がいつも不幸そうな顔をしているのが気になって……」
「まあ、生まれた時から自由など無い籠の鳥だからな……」
「本当にそうでしょうか?」
私はわざとらしく首を傾げる。
自由が無いのは嘘だ。女神のように扱われているのだから。
要は彼女が何も望まないのだ。
けれど無欲と言う訳では無くて、簡単に言うとセレスティアは察してちゃんなのだ。
皆と遊びたかった、友達が欲しかった、いつも一人だった。
普通の女の子のように暮らしたかった。
そう彼女は勇者に涙ながらに言い俺がいるよと慰められる。
でも物語の前半でセレスティアの生活が長々と描写されるが、そんなことを願っている様子は一切無い。
寧ろ人々と関わることを拒んで自分の世界に浸るのが好きだとさえ書かれている。
話が合わない、相手が自分を特別視するのが辛い、本当の自分を見て欲しい。
大体セレスティアの思考はこんな感じだ。
「なら私がお友達になれば色々出歩けるようになるのではないかしら」
「そうだな、聖女様の力になってあげてくれ」
私が提案するとローレンツ様は嬉しそうに賛同してくれた。
しかし私はセレスティアを舐めていたらしい。
「……ローレンツ様、教会からもう来ないでくれと言われました」
「何だって?」
「私が彼女の嫌がることばかりしているらしく……心当たりはありませんが」
私はただ、彼女の願いを叶えようとしただけだ。
物語の中でセレスティアがやたらアピールしていた孤独を埋める為に親しくなろうとした。
しかし彼女自身が話すのが苦手でこちらから話題を振ってもほぼ無言だった。
誰もが自分を聖女と特別視して距離を置くのが辛いと物語のセレスティアは言っていた。
これも私が友人の令嬢にするように親し気に話す程その目に静かな蔑みと怒りが宿り始めた。
物語の中で連呼していた「本当の自分を見て欲しい」は、そもそも彼女に見せる気が無いのだ。
もしくは見せてもいい相手を限定している。
籠の鳥が辛いのかと外出を提案したり、学びたい物があればと貴族学校への入学も提案した。
学校生活は小説内でセレスティアが勇者に何度も語っていたしたかったけどできなかったことだ。
しかし口をへの字にして首を振られるだけだった。
そして面と向かって何か言われることなく、私は教会の人間から聖女に嫌がらせをするなと言われ出禁になった。
彼女に好きな食べ物を聞いて差し入れもしたが、一口食べた後で「好みの味じゃない、嫌がらせをされている」と泣いたらしい。
よくよく話を聞けばどうやら名前だけ聞いて食べてみたかっただけらしい。
もうどうしようもない。
「あの方と相性の良い人間なんているのかしら……」
困り切った声で呟く。
でもセレスティアは魔王の誘いには簡単に乗ったし勇者には常にニコニコと甘えていた。
そう考えて私はあることに気付いた。
「……もしかして聖女様が一番欲しいのはもっと単純なものでは」
「急にどうしたんだオディール」
「急にではありません。ただ思ったのです、聖女様は今のような籠の鳥扱いが苦痛なのでは無いのかと……」
「確かに……退屈な日々で心が疲れているのかもしれないな」
「なので今の状態は寧ろ聖女様に苦痛を与えているようなもの、いざという時に国や民を守って頂けるかずっと不安でしたの」
私は悲しそうな顔をする。ローレンツは慌てて私の肩に手を添えた。
「君がそこまで聖女様とこの国を思いやっていたなんて……嫌っていると誤解してすまない」
「いえ、仕方がありませんわ。誰だって口にしなければ理解はされませんもの」
「確かにそうだが……」
「きっと聖女様は神殿にこもりきりの生活に倦んでらっしゃるのよ、国内の巡礼を提案するのはどうかしら」
「それは……確かに土地や住まう人々を見て貰う方が我が国に愛着を持ってくれるかもしれないな、父に話してみよう」
「ええ、聖女様の存在や教会の教えが広まっていない辺境の村を中心にお願い致しますわ。布教にもなるでしょうし」
私はそう言って婚約者ににっこりと笑った。
■■■
それから数か月後、巡礼の旅に出たセレスティアはある村で美青年と恋に落ち聖力を失った。
当時は国中大騒ぎになったが今は大分落ち着いている。
だってセレスティアは元々国の為にその力を一切使っていない。
なので失おうが民たちの生活に支障は出ないのだ。
教会は寄付金が激減して嘆いているらしい。
しかし最近調子に乗り過ぎていたので弱らせるぐらいが国政としては丁度良かった。
姿を偽っていたとは言え多額の賄賂に目が眩み魔王を聖女に対面させるぐらいの節穴なのだから。
当時はセレスティアも相手の農民も批判されていた。
けれど私はそれを懸命に庇った。聖女でも人であるのだと。
なんなら聖女と農民のいる村を公爵家の兵たちで警護させた。
セレスティアはそんな私にこう言った「意地悪そうな顔をしているけれど……本当は優しいんだね」と。
前世でも彼女のこういう一言多い発言が好きじゃなかったことを思い出した。
セレスティアは美青年と結婚し農民の妻として暮らしている。
当初は侍女もおらず食い扶持は自分で稼がなければいけない生活に耐えられず教会に聖女として帰りたがったらしい。
なんと男と一緒にだ。
それは出来ないと断られた結果渋々農作業と家事を覚え働いているらしい。
(あの無気力な聖女が……美男子の力って偉大だわ)
私の予想した通り、セレスティアの本性は面食いの男好きだった。
だから魔王にも初対面で口説かれて即靡いたのだ。
そんな気質なら女性ばかりの教会での生活はつまらなかっただろうし物足りなかったに違いない。
いつも不満顔をしていたのは納得だ。
女神と同一視されていた彼女を貴族や裕福な平民たちが女として口説くことも無かった。
ある意味お行儀が良すぎたのだ。
そして彼女が聖力を失う条件も恐らく私の予想通りで。
処女としての清らかさを失うということだったのだろう。
その村を訪れて数日で失われるとは思わなかったが。
聖女は偉大な力を授かりつつ一度も使うことなく農民になった。
でもそれだって不幸なだけでは無いと思う。
どんな結果であれセレスティア自身が選んだのだ。
私はただ彼女の前に選択肢を増やしただけ。
それに不満が全く無い生活なんて無い。
彼女の抱える不満の内容が変わっただけだ。
(でもこんなに上手くいくなんて何だか複雑ね)
前世で読んでいた物語のヒロイン。
その運命の相手が顔が良ければ誰でも良かったなんて少し興醒めだ。
私は控室で溜息を吐く。
純白のウェディングドレスは美しいが少しだけ動きづらい。
今日は私とローレンツ様の結婚式。
元聖女の醜聞を消す為に式を早めたのだ。
控室の扉が叩かれる。
私が入室許可を出すと婚礼衣装を身にまとったローレンツ様が微笑んだ。
「綺麗だオディール、女神のように」
「私はただの人間ですわ、ローレンツ様」
そう、私には特別な力など無かった。
けれど一度だけ奇跡は起こったのだ。
私はそれを女神の慈悲だと信じることにした。
前世の記憶を思い出した私は魔王に吸収される前に聖女の力を失わせた。
その上で先週何も知らず入国し聖女に会いに来た魔王の暗殺にも成功した。
金に困った教会を飼い慣らし、スパイを入り込ませたのが早速役に立ったのだ。
その死体は肥溜めに捨てさせた。
無意味に私の国と私の家族と私の婚約者を殺した報いだ。
これで魔王はこの世に存在しない。
つまり私は世界を救ったことになる。
誰に言うつもりも無いけれど。
「……でも限りある力だからこそ、存分に国の為に使いたいと思いますわ」
女神が一度だけくれた奇跡に全力でしがみついた私は、今度こそ愛しい人を失わないよう彼の腕にしがみついた。




