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親友(♀)だと思ってたお姉様が、裏では独占欲全開のオス(♂)だった話  作者: 茗子


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第5話:腹黒貴公子は、バルコニーで喜劇を待つ

「ふふっ……あはははっ」

初夏の柔らかな日差しが、住菱すみびし本邸の広大な客間に降り注いでいた。

開け放たれたバルコニーの窓辺で、極上のダージリンティーが放つ芳醇な香りに包まれながら、夏目瑞樹は声を殺して肩を震わせていた。

一族同士の退屈な会合に連れてこられた五歳の瑞樹にとって、今日はひどく無機質な一日になるはずだった。

サロンの奥では、着飾った貴婦人たちが高価で重厚な香水の匂いを競い合うように漂わせ、中身のない社交辞令を繰り返している。そのむせ返るような芳香と、大人たちの浅ましい欲望が混ざり合った「よどみ」は、瑞樹にとって酷く退屈なものだった。

天使のように愛らしい笑顔を一つ振りまけば、大人たちは容易く陶酔し、欲しいものは何でも手に入る。この世のすべては単調なからくり人形で、予想通りの動きしかしない。瑞樹は五歳にして、すでに世界という名の箱庭に飽き飽きしていた。

唯一、予想外の機微を見せる同年代の少年――住菱伊織でさえも、最近は「ただの冷徹な氷の彫像」として、その美しさに既視感を覚え始めていた。

誰が媚びを売ろうが、泣いて縋ろうが、彼は絶対に表情を崩さない。他者に全く興味を示さない伊織の完璧な無関心は、瑞樹にとって僅かに好ましかったが、同時にひどく退屈でもあった。

だが、今の瑞樹の瞳は、これまでにないほど強烈な好奇心と嗜虐的な光でキラキラと輝いていた。

「……信じられないな。あの伊織が、あんな声を出すなんて」

瑞樹の視線の先。

眼下に広がる、完璧に調律された日本庭園の東屋あずまやで、信じられない「喜劇」が繰り広げられていた。

『爬虫類も同断だ馬鹿者!!! いますぐそれを放り投げろ!!』

あの、どんな高級な献上品すら「不潔だ」と一瞥もせずに退ける氷の王子が。

泥だらけの麦わら帽子を被った野生児が差し出した「生きたトカゲ」に対し、顔面を蒼白に引きつらせて、ベンチの端まで逃げ惑っているのだ。

次期当主としての完璧な所作も、他者を圧倒する威厳も、そこには微塵もなかった。ただの、虫を怖がる等身大の五歳の子供がそこにいた。

(すごいな、あの子)

瑞樹は、東屋でケラケラと笑っている庭師の娘――雀の姿を、面白くてたまらないというように見つめた。

数日前の夜、伊織の髪からカメムシをむしり取った、あの奇妙な侵入者。

伊織がどれだけ氷点下の声で拒絶しようが、殺気を放とうが、彼女はまるでそよ風でも浴びているかのようにニコニコと笑っている。伊織の絶対的な防御壁が、彼女の前ではただの透明なゼリーのように意味を成していないのだ。

やがて、バルコニーから見下ろす瑞樹の目の前で、さらに決定的な光景が起きた。

『……わかった。もういい。僕の負けだ』

『いいか、雀。よく聞け。……そこに座れ』

伊織が、深いため息とともに、自分のすぐ隣のスペース――彼が聖域として守ってきた絶対的な「特等席」を、彼女に明け渡したのだ。

雀が嬉しそうにちょこんと座り、泥だらけの手で口に「チャック」をする真似をする。伊織は忌々しげに顔を背けながらも、彼女を追い出すことを放棄し、再び洋書を開いた。

「……へえ」

瑞樹の唇の端が、三日月のように弧を描き、ゆっくりと吊り上がった。

それは、大人たちに見せる「天使の微笑み」とは全く違う、ひどく冷酷で、ひどく愉しそうな、腹黒い貴公子の本性だった。

伊織は計算高い。追い返すための不毛な労力を費やすよりも、黙らせて隣に固定しておく方が合理的だと妥協したのだろう。

だが、それは彼にとって致命的な悪手だ。

(あんな泥だらけの異物を、自分の『絶対領域パーソナルスペース』に許してしまったら。……伊織、君の完璧な氷の城は、内側からあっけなく溶かされてしまうよ?)

大人たちがまとう人工的な香水の壁も、他人の体温も拒絶してきた伊織の隣に、太陽の熱と土の匂いを強烈に放つ少女が座っている。

今はまだ「静寂を買うための妥協」かもしれない。

だが、その特等席にいるのが『当たり前』になった時。もし、誰かがその泥だらけの少女を、伊織の隣から奪い取ろうとしたら――あの氷の王子は、一体どんなかおをして、どんな狂気に堕ちるのだろう。

「……あはは。最高の暇つぶし、見つけちゃった」

瑞樹は、ティーカップを優雅に持ち上げ、甘い紅茶で喉を潤した。

今はまだ、手は出さない。

あの氷の彫像が、泥だらけの熱にじわじわと侵食され、無自覚に彼女を自分の「所有物」だと錯覚するまで、じっくりと観測させてもらおう。

そして、一番面白いタイミングで――僕が彼女を奪いに行ってあげる。

初夏の風が、バルコニーのカーテンを優しく揺らす。

完璧な箱庭に落ちた一滴の「泥」が、伊織の狂気をどう育てていくのか。

特等席の観測者となった瑞樹は、東屋の二人を見下ろしながら、ただひたすらに、美しくも酷薄こくはくな笑みをこぼし続けていた。

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