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親友(♀)だと思ってたお姉様が、裏では独占欲全開のオス(♂)だった話  作者: 茗子


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第4話:噛み合わない会話と、鋼のポジティブ思考

「……はあ」

初夏の気配が濃密に漂い始めた、住菱すみびし本邸の日本庭園。

伊織は東屋あずまやのベンチに深く腰掛け、白く細い指先でこめかみを強く揉みほぐしていた。五歳児にして、すでに立派なストレス性の頭痛という十字架を背負わされている。

あの日、泥だらけのシロツメクサの冠を叩きつけて拒絶して以来。

伊織の完璧な秩序に守られた箱庭は、もはや絶対の安息地ではなくなっていた。

『伊織ちゃーん! 今日は綺麗な石ころ拾ったよ!』

『伊織ちゃーん! カエル見る?』

『伊織ちゃーん!』

来る日も来る日も、あの泥だらけの野生児――雀は、伊織の放つ絶対零度の拒絶を春風のようにすり抜け、満面の笑みで東屋に突撃してくるようになったのだ。

「……僕の言葉は、彼女の耳には異国の言語として届いているのだろうか」

伊織が氷のように冷たく射抜いても、彼女は「照れている」と変換する。

烈火のごとく怒鳴りつけて追い払おうとしても、「かくれんぼ」か「鬼ごっこ」の新種だと思い込んで、嬉々として駆けていく。

伊織の天才的な頭脳と、大人すら震え上がる冷徹な語彙力は、雀の持つ『鋼のポジティブ思考』の前では、無力な砂の城に過ぎなかった。

「伊織ちゃーーーん!!」

ビクッ、と伊織の肩が小さく跳ねた。

声のした方へ鋭い視線を向けると、今日も今日とて、麦わら帽子に半ズボン姿の雀が、白砂の飛び石を軽快に跳ねながら近づいてくるところだった。

今日の彼女は、頬に真新しい絆創膏を貼り、両手には何も持っていない。……いや、よく見ると、泥だらけの手を背後に隠し、何らかの「異物」を携えている。

「……ストップだ。それ以上、僕の領域に踏み込むな」

「えへへ! 今日はね、伊織ちゃんが絶対喜ぶものを持ってきたよ!」

伊織の制止など当然の理として無視し、雀は東屋の石段を一段登った。

太陽の熱と、千切れた青草の匂いが、むわっと伊織の鼻腔を突く。

「要らない。貴様の持ってくるものは、泥か虫か雑草の三択だろう。僕の視界をこれ以上汚す前に、さっさと元の場所に置いてこい」

「ちっちっちっ。今日は違うよー! じゃじゃーん!」

雀が誇らしげに背後から取り出したのは、自力で切り離した尾をまだくねらせている、一匹の小さなトカゲだった。

「……っっ!!!!」

「ほら! 虫じゃないでしょ! すっごくすばしっこくて、捕まえるの苦労したんだから!」

「爬虫類も同断だ馬鹿者!!! 今すぐその蠢くものを放り投げろ!!」

伊織は悲鳴に近い怒号を上げ、ベンチの一番端まで後ずさった。

完璧な美貌は蒼白に引きつり、額には冷や汗すら浮かんでいる。

「えー? はちゅうるい? なにそれ、かっこいい名前! 伊織ちゃん、やっぱり物知りだねぇ」

「感心している場合か!! 寄るな! その汚らわしい泥の手で、得体の知れない生物を僕の空間に持ち込むな!!」

伊織は荒い息を吐きながら、ギリッと奥歯を噛み締めた。

毎日毎日、こうして全力で拒絶し、エネルギーを費やして追い返す。……恐ろしいほど非効率な循環だ。読書の時間はおろか、静穏を保つための精神までもが削られている。

(……このままでは、僕の理性が先に焼き切れる)

天才・住菱伊織は、ここで人生で初めて「戦略的撤退」――という名の、極めて打算的な妥協を選択した。

「……わかった。もういい。僕の負けだ」

「えっ、本当? トカゲ触ってみる!?」

「断じて触らん!!」

伊織は深くため息をつき、乱れた呼吸を整えながら、氷のように冷たい視線で雀を射抜いた。

「いいか、雀。よく聞け。……そこに座れ」

伊織は、自分が座っているベンチの、対極にある端のスペースを指差した。

「え? 一緒に座っていいの?」

「座れ。ただし、絶対の条件を課す」

雀が目を丸くして首を傾げる中、伊織は一つ一つ、契約を交わすように言い放った。

「第一に、僕に話しかけるな。第二に、僕の視界を遮るな。第三に、その泥だらけの手で僕の衣類に一ミリでも触れたら、即座に庭から永久追放する。……わかったか」

それは、伊織なりの苦肉の策であった。

無益な抵抗を繰り返すよりも、視界の端に「無害な置物」として固定する方が、まだ摩耗が少ないと計算したのだ。

並の子供であれば、その冷酷な宣告に涙を流すだろう。

だが、相手はあの雀である。

「……わかった! つまり、『だるまさんがころんだ』のお喋り禁止バージョンだね!」

「(……なぜ子供の遊戯に変換されるんだ)……まあいい。そういうことだ。一言でも口を開いたら貴様の敗北だ。承知したなら、そこに座って口を閉じろ」

「うんっ!!」

雀はトカゲを庭の茂みに逃がすと、伊織から最大限離れたベンチの端っこに、ちょこんと腰を下ろした。

そして、泥のついた指で自分の口に「チャック」をする真似をして、えっへんと胸を張った。

(……ようやく、静かになった)

伊織はふう、と重い息を吐き、膝の上の洋書を開いた。

隣には、相変わらず土埃とお日様の匂いを纏った異物が座っている。

約束こそ守っているものの、雀は暇を持て余して長靴をパタパタと揺らし、しまいには口を閉じたまま「ふんふんふーん♪」と、絶望的に音程の外れた鼻歌を小さく漏らし始めた。

(……鬱陶うっとうしい。相変わらず、耳を塞ぎたくなるような悪声だ)

だが、不思議なことに。

叫び声を上げて追い払おうと奮闘していた数分前よりも、伊織の心はほんの少しだけ凪いでいた。

諦めからくる疲労とともに、活字が少しずつ意識に染み込んでくる。

氷の王子が、打算と疲労の果てに、泥だらけの野生児に「隣(特等席)」を許した瞬間だった。

この打算的な共生が、やがて来る初等部での「虫除けの案山子」としての本格的な利用、そして生涯逃れられない重度の執着への第一歩になるとは、伊織自身もまだ気づいていなかった。


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