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親友(♀)だと思ってたお姉様が、裏では独占欲全開のオス(♂)だった話  作者: 茗子


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第24話:乱された完璧な静寂と、名付けようのない苛立ち

夏目瑞樹の端正な唇が、真っ赤なタコさんウインナーを迎え入れようと開かれた、まさにその刹那。

ガンッ!!!

私立住菱すみびし初等部の中庭に、凄まじい音が響き渡った。

住菱伊織が、座っていた重厚な椅子を乱暴に蹴り飛ばし、大理石のテーブルを両手で激しく叩きつけたのだ。

「……っ!?」

すずめがビクッと肩を揺らし、箸に挟まれていたタコさんウインナーが、危うくテーブルに転がり落ちそうになる。

「……僕の領域で、不衛生な餌付けをするな」

伊織の口から紡がれたのは、絶対零度を遥かに通り越した、地獄の底から響くような酷薄な怒声だった。

端正なかおは夜叉のように凍りつき、その漆黒の瞳は、瑞樹と雀の間にある「赤い物体」を射殺さんばかりに睨みつけている。

それは「潔癖症の怒り」という言葉では到底説明のつかない、ひどく獰猛どうもうで、ドス黒い熱を帯びた眼光だった。

「成分もわからない粗悪な加工肉を、僕の視界の中でやり取りするなど言語道断だ。その安っぽい油と着色料の匂いが、僕の思索の時間を著しく阻害している。……今すぐ、その見苦しい真似をやめろ」

伊織のその凄まじい剣幕に、ガゼボの外周を取り囲んでいた紺碧の制服の群れは一瞬悲鳴を上げたが――直後、彼女たちの顔はパァッと歓喜に輝いた。

「ああ、ご覧なさい! 伊織様が、あの泥娘の図々しい振る舞いにとうとうお怒りですわ!」

「ええ! 瑞樹様があのような下賤で不衛生な食べ物を口になさるのを、身を挺してお止めになったのね……っ! さすがは我らが氷の王子ですわ!」

令嬢たちは、純白のレースのハンカチを胸に当て、うっとりと熱を帯びた溜息を吐き出す。

彼女たちの嫉妬と歓喜が入り混じった熱気は、薔薇やジャスミンの甘ったるいハンドクリームの淀みをさらに色濃くし、ガゼボの結界を押し潰そうとゆらゆらと揺らしている。

「きっと、今日こそあの泥娘をお払い箱になさるおつもりよ! 会長特約の特待生だか何だか知りませんけど、ついに天罰が下るのですわ!」

外野の盛大な勘違いの声が、初夏の風に乗ってガゼボまで微かに届く。

伊織は内心で(違う。僕が激怒しているのは、僕の特等席で僕の防波堤が他人に使用されそうになったことへの、純粋な『規律違反』に対してだ)とギリッと奥歯を噛み締めたが、もはや訂正する余裕すらなかった。

「あーあ」

伊織の明らかな「異常」と、外野のカオスな勘違いを目の当たりにしても。

瑞樹は微塵も怯えることなく、むしろ極上の喜劇を見つけたように、ふわりと天使の微笑みを深めた。

「せっかくすずめちゃんが食べさせてくれようとしたのに、伊織がそんなに怒るなら仕方ないな。……今日は、やめておくよ」

瑞樹はゆっくりと立ち上がり、紺碧のブレザーの埃を払うように優雅に肩をすくめた。

「ごめんね、すずめちゃん。伊織の機嫌が直ったら、また今度食べさせてよ」

「う、うん。わかった。瑞樹くん、ごめんね……?」

状況が全く飲み込めていない雀が、申し訳なさそうにタコさんウインナーを自分のお弁当箱へと戻す。

その泥だらけの指先が瑞樹から離れたのを見て、伊織はようやく、白くなるほど強くテーブルに押し付けていた手のひらの力を少しだけ緩めた。

「じゃあ、また明日ね。伊織も、そんなに怖い顔をしていると疲れるよ?」

瑞樹は、伊織に向かって嗜虐的しぎゃくてきなウインクを一つ落とし、そのまま令嬢たちの甘ったるい淀みの中へと、楽しげな足取りで消えていった。

ガゼボに、再び静寂が戻る。

「……伊織ちゃん、タコさんウインナー、そんなに嫌いだったんだね。ごめんね、目の前で出したりして」

雀が、少しだけしょんぼりとした声で、自分のお弁当箱の蓋をパチンと閉めた。

その言葉を聞いても、伊織は立ったまま、荒くなった呼吸を整えることすらできずにいた。

(……僕は、なぜ、あんなにも取り乱した?)

伊織は、大理石に押し付けられた自分の手が、かすかに震えていることに気づいた。

ただのジャンクフードだ。あんな泥だらけの野生児が、得体の知れない赤い物体を誰に食べさせようが、住菱の次期当主である自分には何の関係もないはずだ。

それなのに、雀が瑞樹に向かってあの「無防備な笑顔」を向けた瞬間、頭の中が真っ白になり、気づけばテーブルを叩きつけていた。

(……いや、当然だ。あの泥ザルは、僕の読書環境を守るための『道具』だ。それを他人に私物化されるなど、極めて不愉快な契約違反に過ぎない)

天才の頭脳が、必死に論理の糸を紡ぎ、自分の中の「異常な独占欲」に布を被せて隠そうとする。

しかし、口の中に残る苦い唾液と、胸の奥でチリチリと粟立つような焦燥感は、どれだけ合理的な言い訳を並べ立てても消えてはくれなかった。

むしろ、瑞樹が最後に残した『また明日ね』という言葉が、伊織の心に重く、黒い影を落としている。

明日も、あの男はここに来る。

そしてまた、僕の視界の端で、僕の案山子かかしに笑いかけるのだ。

「……チッ」

伊織は忌々しげに舌打ちをし、乱暴に椅子を引き直して腰を下ろした。

洋書を開き、活字に視線を落とす。しかし、いつもなら雀の放つ「お日様の熱と土の匂い」によって完璧に守られていたはずの静寂は、すっかり乱されてしまっていた。

氷の王子の分厚い仮面の下で、名付けようのない苛立ちと、ドロドロに煮えたぎる所有欲が、静かに、だが確実に臨界点へと向かって膨張し始めていた。

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