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親友(♀)だと思ってたお姉様が、裏では独占欲全開のオス(♂)だった話  作者: 茗子


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第21話:少し伸びた背丈と、変わらぬ泥の結界

季節が幾度か巡り、彼らが私立住菱すみびし初等部の高学年へと進級しても。

中庭の白亜のガゼボを支配する「奇妙な生態系」は、何一つ変わっていなかった。

成長期を迎え、少し背が伸びた住菱伊織の氷細工のようなかおは、幼少期よりもさらに鋭く、触れれば血が滲むような冷徹な美しさを増していた。

寸分の狂いもなく仕立てられた紺碧こんぺきの制服を纏い、優雅に洋書のページをめくるその姿は、まさに手の届かない「氷の王子」そのものである。

しかし、その完璧な王子の視界の正面――特等席である向かいの席には、今日も今日とて、麦わら帽子を被った泥だらけの野生児が陣取っていた。

「……ふふふ〜ん、ふっ、ふー♪」

絶望的に音程の崩れた鼻歌を響かせながら、すずめが短い指先でこねているのは、図工の授業から持ち出したとおぼしき黒黒とした泥粘土である。

高学年になっても、彼女は相変わらず「お日様の熱と湿った土の匂い」を撒き散らし、伊織が課した「声を出さずに敵から守る案山子かかしの任務」を、彼女なりの解釈で忠実に遂行し続けていた。

「ああ、今日も伊織様は神々しいまでに美しいわ……っ。でも、あんな泥娘が視界の邪魔を……」

「不用意に近づいて、わたくしたちの制服にあの泥が跳ねたら大変ですわ……っ」

ガゼボの外周、半径十メートルの位置には、今日も幾重にも重なる紺碧の群れがひしめき合っている。

年齢が上がるにつれ、令嬢たちの伊織に向ける熱はよりねっとりと媚びを帯びるようになり、彼女たちが塗りたくる甘ったるいハンドクリームの淀みも、以前よりずっと毒々しく重たいものになっていた。

(……チッ、相変わらず品性の欠片もない有象無象だ)

伊織は、洋書の活字から目を離すことなく、胸の奥で忌々しげに舌打ちをした。

もし、この目の前で泥粘土を捏ねている「優秀な防波堤」がいなければ、あの息の詰まる油脂の匂いが、容赦なく自分の清浄な領域を侵食してくるのだ。

「……できたっ!」

不意に、雀が顔を輝かせ、泥だらけの両手を伊織の目の前に突き出した。

「……っ、急に動くな。土の塵が舞うだろう」

伊織が氷点下の声で咎めるが、雀は全く意に介さず、テーブルの上に灰色の物体をドンッと置いた。

「伊織ちゃん、見て! すっごく強そうなライオンさん!」

「……どう見ても、車に轢かれたツチノコだ。僕の視界にその不衛生な土塊つちくれを近づけるなと言っている」

「えー? たてがみとかすっごく上手にできたのに! じゃあこれ、かかしの任務の報酬として伊織ちゃんにあげる!」

「いらないと言っているだろう!! 僕のテーブルを汚すな馬鹿者!」

伊織が声を荒らげる。

しかし、その絶対零度の怒号には、かつてのような本気の「殺気」や「嫌悪」は微塵も含まれていなかった。

むしろ、怒鳴りつけた直後に伊織が吸い込んだ空気は、令嬢たちの香水などではなく、雀がもたらした青草と土の匂いに満ちており、伊織の肺を心地よく満たしていた。

(……うるさくて、不潔で、目障りな存在だ。だが、この泥ザルを視界の端に置いておくことが、僕の思索の時間を守るための最も効率的で、合理的な手段であることに変わりはない)

七歳の頃から何一つ成長していない、天才的な論理武装(ポンコツな言い訳)。

伊織は、テーブルの端に追いやられた「ツチノコのようなライオン」を忌々しげに一瞥しつつ、決してそれを「捨ててこい」とは命じなかった。

ただ、静かに本に視線を戻し、再び滑らかにページをめくり始める。

初夏の風。外れた鼻歌。泥の匂い。

伊織にとって、このガゼボの空間は、誰にも侵すことのできない「永遠に続く完璧な箱庭」のはずだった。

――しかし。

「ふふっ……相変わらず、伊織は面白いね」

ガゼボから少し離れた、緑陰の遊歩道。

そこから、楽しげに目を細めて「氷の王子のいびつな箱庭」を観察している一人の少年の姿があった。

夏目瑞樹。

彼もまた背が伸び、その色素の薄い髪と天使のような微笑みは、令嬢たちを意のままに操る「腹黒い貴公子」としての魅力を残酷なまでに開花させていた。

「数年も経てば、少しは自分の執着に気づくかと思ったけれど。……あれじゃあ、ただの『お気に入りのおもちゃを隠し持っている意地っ張りな子供』と一緒じゃないか」

瑞樹は、クスクスと喉の奥で笑い声を漏らした。

伊織のあの余裕に満ちた、傲慢で冷たい仮面。それが「雀」という存在一つでギリギリの均衡を保っていることに、瑞樹はとうの昔に気づいている。

「……そろそろ、本気でちょっかいを出してみようかな。伊織がどんな顔をして怒るのか、すごく見てみたいし」

瑞樹の端正な唇が、ひどく嗜虐的な弧を描く。

数年間、奇跡的なバランスで保たれていた「泥の結界」。

そこに今、甘く危険な猛毒を持つ貴公子が、面白半分に足を踏み入れようとしていた。

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