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親友(♀)だと思ってたお姉様が、裏では独占欲全開のオス(♂)だった話  作者: 茗子


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第1話:二人の王子と、泥だらけの侵入者

「本当に、退屈だね。大人って生き物は」

眩いシャンデリアの光が降り注ぐ、住菱すみびし本邸の貸し切りホール。

そこは日本経済の心臓部と謳われる住菱一族の富を象徴する場所であり、今夜も着飾った名家の人々が優雅な調べに身を委ねていた。

二階の吹き抜けバルコニーで、ジンジャーエールの入ったグラスを揺らしながら微笑む少年がいた。夏目瑞樹(なつめ みずき・五歳)である。

彼は天使のように愛らしい笑顔で周囲を魅了しているが、その瞳の奥は驚くほど冷めている。自分に媚びを売る大人たちを、単純なからくり人形程度にしか思っていない。

「そう思わない? 伊織」

瑞樹が視線を向けた先には、壁際で不機嫌そうに腕を組む同い年の少年、住菱伊織すみびし いおりがいた。

光を吸い込むような漆黒の髪に、透き通るように白い肌。特注のベルベット製スーツを完璧に着こなす彼は、五歳にして他者を寄せ付けない凍てついた空気を纏っていた。

「……息が詰まる。母親の鏡台から拝借してきたような、あの令嬢たちの甘ったるいハンドクリームの匂い……すべてが鬱陶しい」

伊織は、ホールに充満する人工的な花の匂いに、僅かに眉をひそめた。

伊織の気を引こうと背伸びをした令嬢たちが、こぞって手元に塗り込んだ薔薇や百合のクリーム。その重たくベタつくような甘さが熱気と混ざり合い、伊織にとっては、自分の清浄な領域を侵す「不快な淀み」でしかなかった。

「あはは、相変わらず厳しいな。少しは笑えばいいのに」

「くだらない。僕は庭の空気を吸ってくる」

伊織は瑞樹のからかいを冷たく切り捨て、一人でバルコニーを後にした。


***


喧騒を離れ、広大な日本庭園の奥にある東屋あずまやにたどり着いた時、ようやく伊織は深く息を吐いた。

誰もいない静寂。初夏の夜風。

ここには、自分に媚びを売る大人も、鼻を突く人工的な匂いも存在しない。

そう確信してベンチに腰を下ろそうとした、その瞬間だった。

ガサガサッ! ドサァッ!!

「いっっったぁー……! あーあ、逃げられちゃった」

綺麗に剪定されたツツジの植え込みを突き破り、泥だらけの「何か」が転がり出てきた。

麦わら帽子に、サイズの合わないTシャツと短パン。両膝には絆創膏を貼り、鼻の頭を真っ黒にした少女――新しく入った住み込みの庭師・辰夫の娘、すずめである。

「な、なんだ君は! どこから入ってきた!」

伊織が驚いて声を上げると、雀は頭についた葉っぱを払いながら、目をぱちくりとさせて伊織を見た。そして、その泥だらけの顔をパァァッ!と輝かせた。

「わあぁ……! お人形さんだ! すっごく綺麗!」

「……は?」

「お目々おっきい! お肌まっしろ! ねぇねえ、君、お姫様なの!?」

伊織は絶句した。

住菱の跡取りに向かって、お人形? お姫様?

しかも、この無礼な野生児は、泥だらけの手のまま伊織の高級なスーツに向かってズンズンと距離を詰めてくる。

ふわりと、ホールに充満していた「甘ったるい油脂の匂い」を吹き飛ばすような、お日様の熱と湿った土の匂いが鼻先を掠めた。

「ち、違う! 僕は男だ! それにここは僕の庭で……」

「あ! 待って待って、動かないで!」

伊織の拒絶を無視し、雀は泥だらけの指を伊織の顔の前に突き出した。

「君の髪に、カメムシついてる」

「………っっっ!!!!」

完璧な天才少年・伊織の顔面から、スッと血の気が引いた。

「ひっ、取れ! 今すぐそれを取れ!!」

「わっ、暴れないでよ! ほーら、確保!」

雀は手慣れた様子で伊織の髪から緑色の虫を摘み取ると、ふう、と息を吐いて芝生に逃がしてやった。伊織は涙目になりながら、自分の髪を狂ったように払っている。

「……あ、危ないところだった。僕の髪に、あんな悪臭を放つ虫が……っ」

「大げさだなぁ。君、お顔はずっと怒ってるのに、手はすっごく震えてるね。もしかして、お腹すいてるの?」

「……っ、君が汚い虫を近づけるからだろ!」

伊織が涙目で睨みつけると、雀は自分のポケットをごそごそと漁り始めた。

そして、少し潰れかかった透明なフィルムを取り出す。中に入っていたのは、安っぽい「いちご飴」だった。

「はい、お近づきのしるし! お父さんがね、怖い顔になってる時は甘いものを舐めるのが一番って言ってたよ。君、お姫様みたいに可愛いんだから、ニコニコしてたほうがいいよ!」

「い、いらない! 僕はそんな安っぽい……っ、おい、無理やり手に握らせるな!」

「じゃあね! 私、あっちの木でまたカブトムシ探してくる! また遊ぼうね、綺麗なお姫様!」

雀は嵐のように現れ、そして嵐のように去っていった。

一人残された伊織は、手のひらに残された真っ赤な飴玉を見つめ、呆然と立ち尽くしていた。

「……だから、お姫様じゃない。僕は男だぞ」

口ではそう文句を言いながらも、伊織はその飴玉を、誰にも見つからないようにズボンのポケットの奥深くにコロンと隠した。

――そして。

その一部始終を、二階のバルコニーから見下ろしていた瑞樹は、楽しげに目を細めていた。

「……へえ。伊織があんなに狼狽えるなんて。しかも、あの得体の知れない飴を捨てなかった」

瑞樹の端正な唇に、好奇心に満ちた笑みが浮かぶ。

一方で、本邸の書斎では、住菱の創設者である伊織の祖父が、自らの命を救った庭師・辰夫への恩義を返すため、その娘である雀を住菱初等部へ「会長特約の奨学生」として入学させる手続きを進めていた。

完璧な氷の王子の箱庭に、泥だらけの「猛毒」が招き入れられた夜。

のちに性別を偽ってまで彼女を囲い込む魔王と、それを笑顔で掻き回す天敵たち。彼らによる長すぎる初恋が、ここに幕を開けた。

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